2012年04月08日


シフゾウ(動物)

 日本ではけっこう以前から多摩動物公園などで飼育されているシカの仲間で、この生き物だけでシカ科シフゾウ属と単独の分類をされているが一見して普通のシカと明らかに違うというほどではない。絶滅危惧種として扱われている生き物の中でも珍妙な一種だが、外見や習性よりも境遇が珍妙な生き物として知られているのがシフゾウである。
 もともと中国に棲息する生き物で、角はシカに、首はラクダに、ひづめはウシに、尻尾はロバに似ているがそのどれでもないとされて四不像の名が与えられた。なるほど普通のシカと比べてみると、首のまわりのふさふさした毛、大きめでがっしりしたひづめ、長く伸びた先に毛がはえている尻尾が独特といえないこともない。むしろ三つの特徴があるシカ、といった風情だがこれを四不像と呼んだ中国人のセンスの方がよほど詩的というものだろう。

 中国でも珍種として皇帝の狩場で飼われていたが、野生の個体は十九世紀の半ばには既に絶滅していたらしい。塀に囲われた広大な狩場でごく少数が暮らしていたが、清朝末期の動乱の時代、十九世紀末に洪水で塀が破られると飢えた中国人が入り込んで狩り尽くされてしまったという。狩猟用の庭園で暮らしていたシカに警戒心を求めることができた筈もなく、日本人に襲われたトキのように捕まえやすい獲物だったに違いない。
 中国原産中国棲息のシフゾウはこれであっさりいなくなってしまった。辛うじて一頭だけ生き残ったメスがいたものの、日本最後のトキと同じように手厚く無意味に飼われると1920年に死んでしまう。更にかつて如何わしい目的のために中国を訪れたヨーロッパ人が数頭のシフゾウを海の向こうに連れ出しており、最後の希望として幾つかの動物園で飼われていたがなんとこれらも第一次大戦の混乱ですべて殺されてしまう。こうして中国の野蛮な動乱とヨーロッパの野蛮な動乱の犠牲になったシフゾウは絶滅危惧種ではなく絶滅種となってしまう。人間の欲望で滅ぼされたペンギンのように、人間の野蛮さで滅ぼされた象徴がシフゾウという動物なのだ。

 だがペンギンには起こらなかった奇跡がシフゾウには訪れた。イギリス貴族のベドフォード公爵がかつて狩猟用にと十数頭ほどのシフゾウを動物園から手に入れると、自分の所領で飼っていたがドーバー海峡の向こうで繁殖したそれらが正真正銘最後のシフゾウとして生き残っていたのである。貴重種を保護すべき動物園は貴重種を殺してしまった恥をすすぐべくシフゾウを再び繁殖させて、二十世紀の末には中国にも返還されると野生に戻す試みが続けられている。ゼロ頭になったシフゾウが今では数百頭まで回復して、あいかわらず絶滅危惧種ではあるが絶滅種ではなくなることができた。
 かつて神獣として扱われた四不像の姿に感心することも、数奇な境遇の挙げ句に生き延びることができたシフゾウの幸運に安堵することも自由である。だが最も忘れてはいけないことは、人間の欲望で滅ぼされたペンギンと同じように、人間の野蛮さでシフゾウという生き物が滅ぼされた事実が消えた訳ではないということだろう。奇跡とは二度起こるものではないからこそ奇跡の名に値するのだ。
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