2014年02月08日
リュウグウノツカイ(動物)
子供の頃に魚類図鑑で深海魚の頁を開いたことがある人ならば、まず印象に残る魚といえばミツクリザメとチョウチンアンコウ、そしてリュウグウノツカイではないだろうか。サメやエイなどを除くいわゆる硬骨魚類最長の体に「竜宮の使い」なる美しい名前を冠しているが、当時リュウグ・ウツノカイと読んでいたのは内緒である。
外見はタチウオのような薄い刀状の姿をしているが、長さでは並ぶものがなく数メートルから十数メートルにおよぶとされている。飾り紐のような鰭条(きじょう)が背中にずらりと並び、胸びれや腹びれも帯のように長く伸びてこれらが鮮やかな紅色をしているという、御伽噺そのままといった風情の魚だ。
ふだんは深海に暮らしているので生きている姿が確認される例は珍しく、生態もほとんど分かっていないが浜辺に漂着したり死体が打ち上げられる例は昔からあって特徴的な姿とあいまって世界中で知られている。欧州では「灰色の魚たちの王」、中国では「皇帝魚」といった呼び名を与えられて、西洋の大海蛇や東洋の人魚伝説との関わりも指摘されているがこれが英名になると「オールフィッシュ」という想像力のカケラもない名前になってしまいアン・シャーリーがぶちきれてしまうことだろう。国内でも地域によって異なる名前で呼ばれることもしばしばだ。
で、過日秋田の漁港でこのリュウグウノツカイが生きたまま泳いでいる姿を発見、捕獲したという事件があってすぐに水族館に送られたのだが残念なことに翌朝には死んでしまった。標本以外に水族館でリュウグウノツカイが展示されている例はなく、一度長崎で一般公開されたときも三十分ほどで死んでいる。今回はその一般公開にも間に合わなかったというわけで、残念な話ではあるのだがインターネットなるもので寄せられた意見やコメントにはこんな発言もあったりした。
「捕まえるなんて残酷だ、どうして自然に帰さないのか」
単なる無知なのがかえって気の毒だが、最初に書いたとおりこの魚は「深海に暮らしている魚」だから水面近くに上がってきたが最後水圧で内臓がふくれあがってしまい、自力でもぐることもできなくなってあとは死ぬしかないのである。山のてっぺんに持っていったポテトチップスの袋が破裂するのと同じ理屈で、一刻も早く保護しなければ死んでしまうしそれでも間に合う保証はない。
ただでさえ深海に暮らしていてほとんど生態も分かっていない魚である。かろうじて食べているものが知れたのも死体の内臓に残っていた残余物を調べたからで、生きていても死んでしまっても最大限の研究成果を得て保全に役立てるのが水族館の存在意義のひとつである。
ところで昔から知られている言葉に「手に取らでやはり野におけ蓮華草」というのがあるが、しおれたレンゲに万事手を尽くすなど無意味だから、自然のまま殺しておけというたいへんありがたい格言だ。
>他の戯れ言を聞く