2009年03月27日


退廃の予兆(歴史)

 ところでカトーである。スキピオ弾劾の先陣を切り、ギリシア文化を唾棄するほどに嫌い、カルタゴ滅亡を主張しつづけた元老院議員だが、この人こそ共和政ローマが退廃する予兆を誰よりも感じていた人だった。先のスキピオ裁判でザマの英雄への追及が途絶したときも、彼だけはローマで初めて審理の公正が汚されたといって憤慨したものだ。
 そのマルクス・ポルキウス・カトー。歴史上では大カトーとか監察官カトーと呼ばれるこの人物、厳格で気難しい保守派に思われているがユーモアのある毒舌家としても知られている。度を越した配給を求める市民を前に「さて耳を持たぬ胃袋の皆さん」と呼びかけたり、不品行な老人には「これ以上年と恥を重ねるのはおやめなさい」とたしなめ、公衆の面前で妻を抱いた議員を告発したときには「雷が鳴っているとき意外にハレンチな真似はやめたほうがいい」と言っては周囲を爆笑させたそうだ。ちなみに雷とはローマの主神ユピテルの象徴である。

 いまどき粗末な服を着て畑を耕しているところをスカウトされたのがカトーの政界入りのきっかけとされているが、公正な手腕と迫力ある弁舌でたちまち造営官に法務官、執政官や監察官へと名誉あるキャリアを重ねていくことになる。人気取り政策を鼻で笑い「あなた方には厳しい粛清が必要だ」とまで演説する、この怪人物に市民は票を投じた。

 古来の美徳を重んじるカトーはどれほど顕職を歴任しようと高価な衣服にも豪奢な饗宴にも目を向けず、手にクワを持ち奴隷たちと並んで畑を耕した。そのカトーがスキピオたちギリシアかぶれのモダニストを毛嫌いしたのも無理はないだろう。カルタゴやギリシアからの賠償金の受け取りや領土の拡大に伴う交易の増加によって、急速な発展を続けるローマに急速な退廃も広がりつつあることを彼ほど危惧していた者はいない。
 息子にはギリシアに関わるなといい、元老院ではカルタゴは滅ぼすべしと言い続けたカトーの主張は単なる軍国的あるいは復古的な反動主義でしかなかったろう。繁栄するローマが今更それを捨てることはできないことを誰もが知っている、だが皮肉なことにローマの退廃はカトーが心配するとおりの方向へと進んでいくのだ。自分たちのような田舎育ちの成金地主が、洗練されたギリシア文化に影響されればどうなるかをカトーは知っていた。

 その後、発展と拡大を続けるローマはカルタゴやギリシアを征討すると美しい彫像や絵画、優れた陶器を抱えて凱旋し、洒落た知識人たちを迎え入れることになる。若者や婦人が新しい文化に群がる様をカトーは慨嘆するがどうにもならない。その後のローマが内包する社会不安はカトーが懸念した洗練と富によってもたらされることになり、ユリウス・カエサルが共和政を破壊することでようやく解決するのだ。後に詩人ホラティウスがこんな言葉を残している。

「征服されたギリシアが、野蛮な征服者を虜にした」
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