2009年05月13日


剣闘士競技と戦車競技(歴史)

 古代ローマを批判的に語る際に用いられる言葉に「パンとサーカス」というものがある。パンというのは小麦のことで、サーカスというのは娯楽のことだ。ローマ人は国からパンとサーカスを無料で配られて遊んで暮らしていた、という訳だが小麦法が貧民救済策だったことはグラックス兄弟以来の話である。そしてサーカスといえば有名なのが剣闘士競技と戦車競技、映画「グラディエーター」と「ベン・ハー」で知られる残酷な見世物だ。

 剣闘士競技は円形競技場で行われる、剣闘士や獣が争うものだ。映画の影響もあって剣闘士といえば奴隷のイメージが強いが、実際にはローマ市民権が与えられないだけで必ずしも奴隷であった訳ではない。剣闘士で金を稼いで解放奴隷となり、そのまま剣闘士を続けた例もあればローマ市民が市民権を返上して剣闘士になった例もある。タニマチが経営する訓練所で生活して待遇は下は奴隷並みから上は貴族のパーティーに呼ばれるまで様々、もちろん実力と人気次第である。現代に近い例を探すならば、市民権以外は日本の大相撲のようなものだろう。
 起源はエトルリアにあるというからローマがイタリア半島を制する前から存在する。演目はその時によって違ったが、罪人の処刑や獣の格闘が前座にある。ちなみに罪人の公開処刑は近代イギリスでも人気の娯楽だった。

 剣闘士には兜に腕当て、短い剣や槍に盾を持ったり網を投げたりするいくつかのスタイルが存在した。これで相手が倒れるまで殴りあうのだが、多くの人が勘違いをしているのが決して死ぬまで殴りあった訳ではないということだ。もちろん武器は本物だから死者が出ることもあった。敗者の処遇は主催者に任されていて、不甲斐ない戦いぶりに観客が親指を立てればその場で処刑されることもある(親指は下ではなく上に立てる)。だが選手は財産だから簡単に死んでは困るのだ。研究者の推計では試合で命を落とした剣闘士はおよそ十人に一人、たいていは未熟な新人だったという。

 戦車競技は縦長をした専用の競技場で行われる。四頭立てまたは二頭立ての馬車を駆って、ものすごいスピードでトラックをぐるぐる回るのだ。赤青緑白の四枠が用意されていて一日に何度かのレースが開かれる。古代ギリシアでもオリンピックの花形種目で、各チームにスポンサーがついていたこともあって現代の競馬やモータースポーツに近い。接触やカーブを切る際の事故に大きな歓声が上がるというのも、この手の競技を見る人であれば分かるだろう。
 ローマではこれらを造営官や執政官、後には皇帝も開催して市民を招待した。公共の建築物を建てるのと同じく公共の娯楽を提供するのも裕福な市民の義務なのだ。とはいえ剣闘士競技については野蛮だから嫌いという人もいれば、人の生死を知る機会として容認する声もあった。後の皇帝ネロが野蛮な剣闘士競技を嫌って詩吟や演劇を好んだのは有名な話である。

 現代でも相撲や格闘技、競馬やモーターレースを観戦する人がいるがこれらを国が経営して入場無料にしてくれたら、「パンとサーカス」だとしてどれほどの批判が出るものかちょっと見当がつかない。
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