2009年06月29日
秩序のための同盟(歴史)
スラ体制の崩壊をきっかけにして歴史舞台に登場するキケローだが、当人が意識してか否であったか彼の政治思想自体はスラの構想に近い。元老院と平民が分裂して対立するローマにおいて、これを統合するには貴族と金持ちが手を組むことが必要である。キケロー自身はこれを指して「秩序のための同盟」と称していた。
スラは任期無期限の独裁官になると、法律を整備することによってローマの統合を実現しようとした。キケローは統合されたローマが十全に機能するには、元老院を主導する指導者が必要だと考える。類を見ない虚栄家でもあった彼は有能で私心のない自分のような人物こそ、その指導者にふさわしいと心から確信してその通りにふるまおうとした。ローマを救おうとする、キケローの弁舌は純粋な使命感と親切心に満ちたものだった。
史上有名なカティリーナの陰謀を鎮圧して「祖国の父」の称号を得たキケローはプリンケプス・セナートゥス、元老院の第一人者の栄誉も贈られる。これも官職ではなく旧来から存在する称号であり、元老院議場での席順や発言順が優先されるといった類のものでしかない。だがこの時期、東方では偉大なるポンペイウスがシリアやユダヤを平定して帰国する途上にあった。多くの特権や待遇を認めさせたポンペイウス、平民や兵士の支持厚いポンペイウスが今回もまたオリエント平定を成功させて帰ってくるのである。これに対抗できる存在は祖国の父で元老院の第一人者であるキケローを置いてほかにいない。
貴族の出自でもなく、軍務経験もないキケローは堂々たる弁舌と思想によってカティリーナの陰謀を裁いてみせた。ポンペイウスの台頭に警戒感を抱く元老院が武器なき英雄キケローを自分たちの代表選手に見なしたのは当然だろう。文筆家でもあったキケローが主導するローマが実現すれば、旧来のローマには存在しなかった文民統制、シビリアンコントロールが実現するのだ。
後世、ラテン語を完成させた一人と言われるキケローが残した政治や哲学にまつわる数多くの演説や著作は、現代でも世界中で刊行されている。英語をはじめとする西洋言語の母体となった、ラテン語を必修とする国々で教材に用いられるテキストにもキケローの弁論や著作を用いたものは多い。
その著作の中でキケローは、プリンケプスが主導する元老院と平民の融和こそが国家のあるべき姿であると説いている。そしてそれを支えるには事例と判例が中心だったローマの法律を体系的に再構築すること、そのためにギリシアの哲学が有用だとも説いていた。スラはローマに公文書館を寄贈すると同時に法体系の整備を試みていたが、キケローはその構想を哲学を基に引き継ごうと考えていたのである。
後に共和政の崩壊に伴って、キケローの構想は有能で私心のない皇帝が主導する帝国へと置き換わっていくことになるが、その皇帝もまた自らをプリンケプスと称しておりこれを指してプリンキパトゥス、元首政と呼ばれることもある。内乱の一世紀を経てローマに安定と平和をもたらす、帝国の根底には共和政の旗手、キケローの思想が流れているのである。
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