2010年02月03日


ソルベ(歴史)

 古代ローマで流行していた菓子にソルベというものがある。なんのことはない、シャーベットのことだがローマに限らず当時のギリシアやエジプトでも好まれていたとされている氷菓子だ。ちなみにこの代物、各地にその起源と見られる食べ方が伝えられており地中海に限らずとも似たようなことを考える人はいたらしい。アラビアやら中国やら、シルクロードを通って伝播したものもあるだろうし後にマルコ・ポーロの東方見聞録でも冷やしたミルクを食べる記述が登場する。
 シャーベットの決まった作り方というものは特に存在しないが、果物や果物の汁に氷を混ぜるか冷やして食べる例と、雪や氷にシロップをかけて食べる例があるようだ。果汁だけではなくミルクや砂糖にハチミツ、ワインや花の香りを混ぜる例もある。かのユリウス・カエサルは雪にシロップをかけて食べるのを好んだというし、有名な皇帝ネロはバラの露を加えたソルベを特に好んだという。陽気で楽しい青年皇帝はこれをネロ・ブレンドと称して市民と味わっていたそうだ。日本アイスクリーム協会が語るところでは、古代ローマのグルゲオ将軍とやらが世界最古のシャーベットのレシピを残しているとも伝えている。ギリシアでもローマでもエジプトでも、抜けるような青空と強い日差しが攻め立てる地中海世界で冷たいソルベが人気を博したことは容易に想像できるだろう。

 とはいえ時の権力者だけではない、そこらの市民が嗜好品としてソルベを食べていたことに古代世界の生活水準を窺わせる。電気も石炭も石油もない時代、彼らは雪や氷を冷やしたり運んだりすることができたのだ。それも必要不可欠ではなく皇帝や権力者にも限られない、市民の楽しみのために。

 石造りの建物を利用して、陽光の届かない吹き抜けを作って冷たい空気が部屋に流れ込むエア・コンディショナー。薄く張った水を流してこれが蒸発する気化熱で冷凍庫を作った例もある。素焼きのツボに水をかけて、やはりこれが蒸発する気化熱で氷や雪を溶かさずに運ぶこともできた。残念ながら現代でも、一般市民がエアコンや冷凍庫を持っていない国や地域は少なくない。
 エジプトやギリシア、あるいはフェニキア人やユダヤ人からもたらされた技術がローマに結集して古代世界の豊かな生活を支えていた。雪や氷で果物を冷やす、ソルベが古代に存在したこと自体はさほど問題ではない。ふつうの人々がソルベを食べることができるほどに、それがごくふつうの生活に溶け込んでいたことが重要なのだ。

 古代ローマを中心とした地中海文明、それは時として現代に勝る繁栄を実現した世界である。電気も蒸気機関もコンピュータもない時代に彼らはエレベータを備えた開閉式ドーム型スタジアムを建て、酷暑のアフリカでは冷凍庫が、厳寒のヨーロッパでは床下暖房がある家に暮らしていた。町は上下水道を完備して郵便局も銀行もあり、舗装された街道は世界中を埋め尽くして旅人は里程標を見て目的地への距離を測りながら、サービスエリアで足を休める。
 港に水揚げされた荷物は即日市場へと運ばれるが、風や波が悪ければ近くの避難港を経由して街道や運河を使う。人々は日が昇る前に起きると勤勉に働いて、昼を過ぎれば劇場やレース場に赴いてもいいし公衆浴場やグラウンドで汗を流してもいい。存分に汗を流したら皇帝推薦のソルベで心地よいデザートを楽しむ。ヨーロッパから北アフリカ、近東の地方都市に至るまで古代ローマは人々にこうした暮らしを与えていた。

 有名な「パンとサーカス」の言葉で知られる、キリスト教と民主主義が断罪する帝国ローマ。堕落とは人が豊かであることを嫌う心情かもしれないと思わなくもない。
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