2008年12月22日
グレアム・チャップマン(偉人)
名前を上げても知らない人も多いだろうが、イギリスの伝説的なコメディグループであるモンティ・パイソンのメンバーである。ちなみにモンティ・パイソンというのはイギリス国営放送で人気を博した「空飛ぶモンティ・パイソン(邦題)」を世にもたらした連中だが、このモンティ・パイソンというグループ名自体が「マッチョ将軍の下半身」という隠語であったりもする。
その主要メンバーの一人であるチャップマン、1941年に生まれてケンブリッジ大学に在籍していた当時から様々なスケッチ(コント)のネタを書いていたそうだ。冗談の中にも頑なに毒をこめようとするきらいがあって、単純で莫迦莫迦しいネタを好むメンバーとの間には衝突も耐えなかったらしいがこれは今時の漫才師やコメディアンにも珍しいことではない。当人は軍人や政治家の演技が得意だが、彼らにとって軍人政治家聖職者はオカマの集まりであるという常識(?)があって、神経質そうな顔をしたチャップマン自身もオカマの内務大臣役としてピンクのドレスに豚皮のシューズでウインクを決めてみせたりしていたものだ。
モラルと常識とマーガレット・サッチャーを徹底的に笑い飛ばすパイソンズのメンバーの中で、チャップマンは私生活においてもゲイにしてバイセクシュアルでありアルコールと薬物の依存症でもあったという、当時の破綻したイギリスを象徴するような破綻した人物であった。1989年、癌で早逝した彼を悼んで数多くの罵倒と非難と、そして愛惜が送られたが死の前日、学生時代からの友人であったジョン・クリーズにこう伝えていたという。
「お前は国営放送で初めて×××と言うことができた偉大な男だ。もしも俺のためを思うなら、葬式で初めて××××!と言った男にもなって欲しい」
その約束を果たしたクリーズは弔文に「彼はもういない、彼は存在するのをやめてしまった、息を引き取った、創造主のもとへ行ってしまった。××××!」と嘆いたがその下りさえも少し前にチャップマンとクリーズが発案した死んだオウム相手に大げさな弔辞を述べるスケッチをもじったものであり、追悼番組にもチャップマンの遺灰を入れたツボを登場させるとそれを蹴飛ばしてみせたものだ。
この偉大なる狂人に敬意を表する言葉があるとすれば、やはり××××!なのだろうと思う。それは彼自身の最期の言葉でもあったのだから。
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