2009年03月02日


アンティキティラの歯車(科学)

 古代地中海世界の科学力や技術力、その多くが多民族多人種多文明の人々が持ちよって形作られたものであることは今更だ。エトルリア人やフェニキア人、ユダヤ人などさまざまだが芸術と哲学と数学の民であるギリシア人もまた、多くの科学技術を世界にもたらしている。

 1902年のエーゲ海。多島海とも呼ばれるギリシア沿岸の美しい海域にアンティキティラという島があるのだが、その近辺でローマ時代の沈没船が見つかった。調査したところ船は紀元前80年頃に作られたものらしく、財宝発掘兼考古学調査が行われたがその中に青銅でできた奇妙な機械、細かい目盛りや文字が刻まれた歯車と呼ぶしかない機械が見つかったのだ。
 これはいったい何だろうという話になって多くの学者やトンデモ学者たちの意見と仮説が並べられたがなにしろ紀元前である。水車小屋でも回しそうな巨大な木の歯車であればまだしも、手のひらに乗るサイズの金属の歯車だ。あまりに精巧にできているのでこれは宇宙人の残したオーパーツだとか2100年前に沈んだ船の上に、数百年もしてから別の機械が落とされたものだなんて意見も出る有様だった。

 発掘から70年ほどが経って歯車の内部構造をX線で探査できるようになり、数十枚もあったという歯車の組み合わせや、表面に刻まれている文字が星座や暦であることが判別された。つまりこれは太陽や月、星座など天体の動きを示す機械なのである。マイケル・ライト博士の手で復元模型が作られたそれは木枠の箱に収められた複雑な歯車の集合体で、表には地球を中心にして太陽の位置と月の位置を示すそれぞれの円盤があり、横にはハンドルがついて裏には日付が出るようになっていた。ハンドルをくるくるまわして今の日時を設定すると、その時の太陽と月の位置が表示されるという寸法だ。方角はもちろん月の満ち欠けも分かるようになっているし、ちゃんとうるう年にも対応していた。
 紀元前80年くらいの古代にはたぶん人工衛星は飛んでないからGPSは使えないが、この機械さえあれば日付の針を太陽や月の現在位置に合わせることで方角から船の現在位置まで計算することができる。それは天球儀でありカレンダーであり、羅針盤でもある2100年昔のアナログコンピュータであった、というのが現代の結論である。

 オーパーツという言葉は当時の時代や文明にそぐわない物品という意味である。それは超文明的な存在を意味する言葉ではなく、原始的な現代人類の想像力が追いつくことのできない、古代の叡智の存在を意味している。
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