2009年03月09日


地球温暖化(科学)

 昨今、猫も杓子も地球温暖化を唱えている。そんな温暖化対策のひとつとして叫ばれているのが二酸化炭素、CO2対策で削減しろ削減しろという先進国の嘆きを途上国は都合よく聞き流しているように報道されている。だが本当にそうだろうか。

 歴史的に見ても途上国というのは、先進国に征服支配されている人々だ。過去形ではない。植民地にされた程度ならまだいいほうで、たとえばバナナダイエットが流行ったんでバナナを大量に作らせておいて飽きたらもう買わないとよか、スニーカー工場を建てて村人みんなを雇ったけどこれからは中国じゃなくてベトナムだよねと全面撤退したりとか、悪辣な支配を今でも平気で続けている。
 これが植民地だったら本国には責任もあるし非難もされようものだけど、民間人や企業がやるぶんにはその人たちの責任だ。まったく民主主義とか資本主義とかいうのはよい隠れ蓑に使うことができる。

 そんな先進国が二酸化炭素の削減をお題目にして、どうせ俺たちの発展を妨害しようとしているのさと疑われたところでそうではないとどうして言い切れるだろうか。以前に迷惑をかけたどころか、現在進行形で迷惑をかけている先進国の尻をどうして俺たちがぬぐわなければいけないんだというのが途上国側の本音だろう。もちろん外交のテーブルにティッシュペーパーを持ち込むわけにはいかないから、途上国は経済発展のためですという先進国と同じお題目を唱えている。

 ところで二酸化炭素の削減というのであれば、途上国でさえ気がついていないカラクリがある。それは耳が痛くなるほど聞かされている温室効果ガス削減目標というやつだ。これによれば各国にはCO2を「これまでよりも削減するための」活動を行う義務があるらしい。
 例えば二酸化炭素の排出量を削減するために今までより石油を燃やす量を12パーセント減らす。先進国がほめたたえる立派な活動だが石油を燃やして二酸化炭素を出していることには変わらない。例えば二酸化炭素を削減するために植樹を奨励する。これも先進国がほめたたえる立派な活動だが、であれば国土にジャングルを抱えているブラジルのような国はすでに立派な国ではないのだろうか。

 もしも温室効果ガスであるCO2そのものを削減するための活動が目的であるならば、国土に膨大な森林を持っている国はとっくにその義務を果たしている筈だ。だが実際にはジャングルは切り拓かれてアルコールを精製するためのサトウキビ畑に変わっている。別にエコでもなんでもなくこちらのほうが金になるからだが、それこそたくさんある森林面積に対して先進国が毎月お金を払ってくれるのであれば、彼らだってジャングルを切り拓いたりはすまい。環境対策を金の力で解決する気か、ではなく本気で解決したいのなら金の力でも何でも使えばいいのだ。

 せいぜい自然をたいせつにしなさいねといいたくなる。
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