2009年03月10日


世界恐慌(社会)

 世界恐慌といえば1929年にニューヨークのウォール街に端を発した金融恐慌のことを指しているのは今更だろう。歴史的に数多くの教訓を残した第一次世界大戦、その教訓とは戦後処理のまずさが後に第二次世界大戦を引き起こすきっかけとなったことによるのだが、世界恐慌もそんな教訓でありきっかけの一つとなっている。
 ヨーロッパを中心に巻き起こった第一次世界大戦が終結して、躍進したのがアメリカだった。それも経済的な躍進だがもちろんそれ自体はいいことだ。重工業や自動車産業の繁栄と輸出の増加でアメリカは儲けに儲けまくった。重ねていうがそれは悪いことではない。そして拡大する一方の経済を支えたのは当然、大規模な投資である。輸出大国アメリカへの投資熱はすさまじいものだったが、たった一つの問題は投資が度を越して投機になっていたこと、それだけだったろう。

 ところで投資と投機の違いは分かるだろうか。投資とは社会に対して出資することで、金を持つ者がそれを公共に還元することだ。一方で投機というのは株や商品の値段の変動を予測して、差額で儲けるためにそれを買う行為のことである。つまり「金儲けを目的としない」のが投資なのだが、残念ながら日本の辞書を引いても投資の正しい意味は書かれていない。
 金儲けを目的としない投資にはノーブリス・オブリージェ(高貴な義務感)が必要で、これが西洋であればその源泉は古代ローマやキリスト教に端を発する。これをヨーロッパ人は理解していたが、移民とモルモンの国アメリカが知らなくても無理はなかったろう。経済発展するアメリカでは投資の形式だけを真似た投機が横行することになるがその結果は道徳心ではなく、行動の違いになって現れた。

 例えば経済が困窮した場合、投資家はそれを助けるべく金をつぎ込むが投機をしている人は金を引き上げる。一方で儲かりそうな気配が見えれば投機は際限なく増える。ギャンブルは儲からなければ意味がない。

 つまり投機熱が拡大すればするほど、経済は大幅な変動が起こりやすくなって好景気をあおり不景気に弱くなる。ようするにバブル経済が起こりやすくなる。第一次世界大戦後、誰もが株に夢中になっていたアメリカではジョセフ・パトリック・“ジョー”・ケネディが靴磨きの少年に株をすすめられて背筋が寒くなったという。
 ちなみに当時のアメリカ経済、農業は過剰生産で重工業も輸出はしても輸入できる国がないという不振が続いていたのだが、投機はばんばん行われて金があふれ株価は上がる一方だった。株価が上がって儲けた金は更に投機に使われたから、モノを作ってモノが売れないのに金だけは増えていくという状態が生まれる。もちろん反動が来て株価が急に下がったり急に上がったりするようになる。この状況こそ靴磨きの少年には株で儲けるチャンスに見えたし、ケネディには崩壊の予兆に見えた。

 そして有名なブラックサーズデー、1929年10月24日を境に一気に下落した株価はもはや復活することができず大量の株券は紙くずと化したのだ。この状況で投機家にできたことは二つ、紙くずを手放すことで更に資金を引き上げて経済にトドメを刺すか、紙くずを手に天井からぶら下がることで人生にトドメを刺すかである。

 ところで日本という国でもデイトレードとか何たら転がしという言葉が使われているが、人間とは歴史を書き残すことはしても歴史に学ぼうとはしない不思議な一面がある。
>他の戯れ言を聞く