2009年03月16日


定額給付金(社会)

 日本という国では政治の話をしようとしても、たいてい政治ではなくて政局の話になるからありがたい。政治の話は場所によっては遠慮したほうがいいモノだが、政局の話はしょせんはゴシップ、井戸端の噂話だから政治家の悪口さえ言えばだいたい賛同してもらえる。

 ところで定額給付金というものが配られるそうだ。一人12,000円、子供と老人は20,000円もらえる訳だがなぜこんなものを配るのか。正直なことをいえば票集めだろうが、総務省曰く景気後退下での不安への対処、生活支援、地域の経済対策が目的ということになっている。
 別に歴史を見るまでもなく、景気が不安定になれば将来が不安になるから人は金を貯めようとする。ごく当たり前の思考だが貧乏人は買い物をしなくなるし、金持ちは金を貸さなくなる。で、経済というのはどれだけ金が存在するかではなくてどれだけ金が取引されているかだから、景気への不安感が経済規模を小さくしてもっと景気が後退するという寸法だ。

 金があれば金を取引する量も増えるから、景気対策に金を配ろうという考えが悪いとは思わない。とはいえ目的は金を増やすことではなくて取引を増やすこと、給付金を配るのではなく配った給付金を使ってもらうことなのだ。だから配ったお金を貯金されたらそれだけ効果が薄まるのである。
 ここで二つの考え方がある。効果が薄いから反対するか、効果が薄いから改善するかだが反対するのは何もしないと同義だからふつうは後者を選ぶ。更に識見のある人はこう考えるだろう。仮に20,000円配られた人が19,800円のDVDデッキを買ったら、お釣り200円が無駄になってしまうではないかと。仮に1パーセントが無駄になれば総額2兆円のうち200億円が無駄になる訳だ。

 これを解決する方法はいくつかある。手っ取り早いのは貯金がしにくい商品券を配るとか、逆にこの金で国が米や小麦を買い上げて現物を配るという方法だが、もちろん手間がかかれば手間賃がかかるから、なるべく楽な方法でやりたい。

 と、こういう話をすればそれは政治の話だが、例えば総理大臣が給付金を受け取るがどうかは政治にはまるで関係ないだろう。総理大臣に今日のパンツの色を聞くのとたいして変わらないのだ。
 有名な中国の故事で道を歩いていた皇帝が、行き倒れの男を見つけると目もくれずに通り過ぎたがふと畑を見ると急に深刻な顔つきになる。不作や飢饉になれば多くの人が飢えて倒れる、皇帝の仕事は行き倒れた人を助けるのではなく、人が行き倒れない国を作ることなのだ。

 そこで皇帝に問おう、今日のパンツの色は何色ですかと。
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