2009年07月21日


首都圏外郭放水路(社会)

 埼玉県は春日部市、地下50メートルの深さに巨大な地下迷宮、古代ギリシアでいうところのラビュリントスが存在している。本家ラビュリントスの遺跡はクレタの王ミノスが牛頭人身の怪物ミノタウロスを閉じ込めた伝説で有名だが、日本の地下迷宮は総延長約6.3キロメートルで直径約10メートルという広大な地下トンネルに、柱が林立する巨大水槽が設けられた首都圏外郭放水路と呼ばれる世界最大級の地下水路である。

 放水路だから周辺地域の治水を目的にしているのはもちろんだ。中川に倉松川、幸松川や大落古利根川(おおおとしふるとねがわ)といった近くの川からあふれた水を貯めこんで江戸川に流している。この流域は昔から大雨や台風が来ると洪水に見舞われることが多かったが、平成18年に首都圏外郭放水路ができてからは洪水の頻度も被害もずいぶん減ったということだ。
 洪水を防ぐための水路だからふだんは水が抜かれていて、一般公開された内部は見学も可能になっている。一本500トンという巨大なコンクリートの柱が59本も立ち並ぶ、巨大な水槽にはまるで古代ギリシアの神殿のような荘厳さを感じさせるだろう。立ち並ぶ柱というのはアウトレットモールを飾るために設けられているのではなく、明確な目的や用途が存在するときにはじめて存在にふさわしい威容を見せるものだ。

 関東平野がその昔は一面に葦の広がるだだっ広い湿原だったことは今更だが、そんな地形だから放っておけばふつうにそこらに水があふれる。小学校の理科で習うように山の上で降った雨は地下水や川になって低地に流れていくし、関東地方に雨が降れば山の上の雨と低地の雨がいっせいに関東平野に流れてくるのだ。そのまま放置すればすぐにヴェネツィアができあがるだろう。
 もちろん放水路は地下だけではなくて、地上にもあちこちに用意されていて周辺地域を水の被害から守っている。古代ローマ人に言われるまでもなく石は友邦で水は敵という訳だ。もちろん地上に作ったほうが安上がりだが、インフラ工事というのはそういうものではない。流れている水を一斉にそそいだら川が溢れてしまうだけだし、地面に坂や丘があったらそれを考慮して水が流れるようにしないといけないのだ。地下に設けた水路であれば地上の土地を利用することもできるし、かの東京オリンピックが行われた当時にこうした下水路や用水路のことごとくにフタをして、上に道路を通したのは有名な話だろう。今でも東京のあちこちはフタの上に建てられている。

 今から2000年、3000年、5000年を遡って地中海の各所には今も遺跡となって残る建造物の数々が建てられた。地下に設けられた巨大な放水路も、5000年の後には怪物を閉じ込めた伝説の舞台になるかもしれない。町の地下を走る迷路のような古い水路と、神殿と見紛う巨大な水槽。今でも首都圏外郭放水路は、子供向けヒーロー番組の撮影に使われている。
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