2009年07月28日


アスワンハイダム(社会)

 エジプトのナイル川を堰きとめている巨大なダムがある。1901年にアスワンダムが建造されて、1970年に更に上流に建築されたアスワンハイダムだ。古いダムはアスワンロウダムとも呼ばれている。アスワンハイダムは高さ111メートルに幅が基礎部分だけでも約1キロメートル、上部は4キロメートル近くある世界有数の巨大建造物だ。

 もともとエジプトでは夏になるとナイル川が氾濫していたが、上流から流れてきた水が土壌を肥沃にするのでこの一帯は古代エジプト時代にさかのぼっても地中海有数の農産地として知られている。当時から灌漑用の水路が設けられていたが、建築の民ローマ人の手によって更に整備されると昔よりも少ない氾濫で土地が肥沃になったし昔より多い氾濫でも水害が起こらなくなったとは2000年前の記録に残されている。
 とはいえ近現代になって人口増加が深刻になってくると、そうそう洪水が起きても構わないという訳にはいかなくなってきた。イギリスの保護下にあった1901年に氾濫防止と灌漑用水の確保のために設けられたのがアスワンロウダムで、続けて計画された建築計画をロシアの後援を得た革命政権が完成させたのがアスワンハイダムである。ナイル川に巨大な栓をして、できた湖には時の大統領であるナセルの名前が与えられた。どうにも共産政権は権力者の名前をつけたがるが、それは細かい指摘だろう。

 生態系への懸念はあったし水没地域に住んでいた人々の移住問題、遺跡の移築問題などもあったがともあれ完成したダムは安定した農業用水を下流域に提供したし、巨大な水力発電所による電力の供給も行っている。大統領湖、もといナセル湖では漁業ができるようになって豊富な水産物を提供している。

 ところでふつう植物というものは水と土だけでは育たない。土から栄養を吸い上げて育つから植物が育てば土は栄養が減って「痩せる」という状態になる。エジプトの場合はナイル川が氾濫するときに、上流から流れてきた水が栄養を含んでいたので痩せた土地は回復してまた作物ができるようになった。ところが氾濫が起きなければこうした土壌の回復が起こらないから、年々土地が痩せていき気が付いたら作物が育ちにくくなるという困った影響が現れるようになったのだ。
 作物が育たない土地は放っておけば荒地になってしまうから、エジプトの農民たちは科学技術の粋を尽くして、荒地でも作物が育つ多量の化学肥料を投入することにした。幸い荒地を開墾して広大な農地を作った、アメリカやオーストラリアでは最先端の化学肥料が開発されている。

 一方でナイル川の上流から流れてくる、栄養満点の水のおかげでナセル湖では漁業ができるようになって豊富な水産物を提供するようになった。大統領湖の下々にある地域では、農民たちが土壌を犠牲にしながらもせっせと化学肥料をまいて作物の大量生産を続けている。いずれエジプト文明がナセル文明へと取って代わられることになれば、さぞ当人も満足するには違いない。
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