タコとヘビと潜水服


1日目


 海野百舌鳥子はふだんからあまり深くものごとを考えないようにしている。もしかしたら何か深い理由があるのかもしれないが、もしもそんな理由があったら深くなってしまうからきっと深い理由なんてないにちがいないからだ。

 ある日あるときある場所で、テリメインと呼ばれている海と遺跡しかない未開の地域が見つかるとそこを調査する探索者たちの募集が行われることになった。テリメインは視界一面に広がる大海原に点在するいくつかの島を除き、すべてが水に沈んでしまった世界である。そのような場所は分倍河原の駅から聖蹟桜ヶ丘方面に関戸橋を渡ってもそうたどり着けるものではないが、「すべての探索者をサポートする」海底探索協会とやらがこのテリメインを発見すると遠大な調査計画を打ち上げたのだった。
 だが読んで字のごとく、海底の探索は海底で行われるからたとえばエラ呼吸ができる人や、何時間もがまんして息を止めていられる人でなければ海の中をうろうろ歩くことも泳ぐこともそうできるものではない。そこで登場するのがスキルストーンなるシロモノで、これを使えば水中での呼吸も行動も会話もできるのだが、スキルストーンにはいろいろな形状や種類があるのでたぶんその原理もいろいろあるのだろうと思われる。つまり水の中で呼吸や行動や会話ができるものがスキルストーンというわけだ。

 と、海野百舌鳥子は郵便ポストに投函されていた海底探索協会のチラシに書かれている「探索者ボ集」の説明書きを読みながらそのように理解した。地理と国語と英語の教科書、それに空になったお弁当箱が入っている学生かばんを玄関に放り投げながら、たぶんここまでの説明で矛盾はないと思われるが矛盾があったとしても百舌鳥子はあまり深くものごとを考えないから気にしない。制服姿のまま玄関から外に出て、いまどき珍しい大きな蔵の扉をあけると昼でも真っ暗な中、手探りで裸電球のスイッチを入れる。百舌鳥子の記憶が確かだったらここにはアレがしまわれていた筈だった。

 はたして蔵の中には赤銅色をした大きな潜水服とヘルメットが置かれていた。なんでも家の蔵は寛永五年に建てられた、それはそれは由緒正しいものだと百舌鳥子のお爺様は言っていたから、すみっこに1930と彫られているこの潜水服もきっと古いものなのだろう。ともあれこれがあれば水の中で呼吸や行動も自由にできる、百舌鳥子はスキルストーンを手に入れた!
 こうしてスキルストーンを手に入れた百舌鳥子は自分よりも頭二つくらい大きな潜水服を着て、やっぱり蔵にあったとても大きな錨を抱えるとのしのしと歩き出す。コガラな百舌鳥子に潜水服はまるで丈が合わないが、ブーツはすねのあたりまで底上げしてあったし、腕はひじのあたりに握りがあって、マジックハンドを動かすことができたから何の問題もなく歩くこともものを掴むこともできた。誰が潜水服を彼女に合わせて改造したのか、それも百舌鳥子はあまり深く考えない。そんなことよりもしも海の中で空気がなくなったらこまるから、手近にいた海ことりをとらまえて頭の上に乗せるとヘルメットをかぶる。これで準備は万端、のしのしと旧道沿いの歩道を歩くと数軒向こうのマンションを訪ねて、がんがんと鉄扉をノックする。

「おーい、おおぞらかけるー」

 インターホンを押さなかったのは潜水服のマジックハンドではものを掴むしかできないので、小さなボタンを押すのがアメリカ人のようにたいへんだからである。開いた扉の目の前にいる、同級生の少年は自分よりも頭一つくらい大きな潜水服を前にして唖然としていたが、いつものように首筋をひっつかむと任意同行していただくことにした。おいなんだよと彼は不平を並べ立てるが細かいことは気にしない。なにしろこのテリメイン探索行に参加しないと自由研究の単位が修了させてもらえないことになっているからだが、それが学年主任の先生をしている百舌鳥子のお爺様がでっちあげたでたらめであることは百舌鳥子も少年も知らない事実である。そして大空翔という友人の首筋にはタコの足めいた生体デバイスがくっつけられることになるのだが百舌鳥子はタコ入りのシーフードカレーが好物だった。
 学校をてきとうにフケて勇ましい冒険の旅に出よう。口笛ふいて空地に行くと知らないお兄さんが「やらないか」と笑ってツナギのホックを外し出すからバスの行先は京王永山ではなくテリメインまで片道200円ICカードだったら195円である。こうして潜水服と海ことりと少年とタコを乗せた京王バスは、信号待ちをしているあいだはアイドリングストップをしながら片側二車線の道路を進んでいく。チラシの下半分についていた申し込み用紙に書いた名前が担当者には読めなかったらしく、彼女の名前は「うみのもくず」と登録されてしまうことになるので明日から彼女はうみのもくずである。

・・・

 こうして海野百舌鳥子はうみのもくずになった。テリメイン海底探索協会の事務所は一面の海のただなかにあって上半分が海上、下半分が海に沈んでいた。

「上は大水で下は大火事、なーんだ?」
「大惨事だな」

 この事務所がそんなことになったら全米ナンバーワン間違いなしのスペクタクルに違いない。とはいえここはもう海の上で、聖蹟桜ヶ丘行きの京王バスは折り返してしまっていたから、もくずとかけるはバス停のわきでぽつねんと立ちつくしてしまうことになる。すぐ向こうにある建物まで泳いでいけばいいものか、だが二人が握っている海底探索協会のチラシがそれで濡れてしまったりはしないだろうか。なにしろ二人とも油性ペンで書くのを忘れていたので、濡れたらせっかく記入した内容がにじんでしまうかもしれない。彼らの冒険ははじまる前から最大のピンチを迎えていた。
 と、バス停にいる彼らの前で水面下に黒くて長い影が現れると、右に左に泳ぎながらゆっくりと近づいてくる。もしもオットセイだったらどうしようかと一瞬躊躇した二人の目の前でざばりと水面が波立って、長身を現したのはヘビめいたヒトめいた姿をした女性だった。水の上には上半身しか出ていないが、それでももくずとかけると同じくらい背が高くて水の下に伸びている尾はもっともっと長いからなるほど長身だ。WWEを実況するマイケル・コールなら「ふるいつきたくなるボディ」と表現するグラマーが装身具で申し訳ていどに隠されていて、スクールボーイにはちょっと刺激が強いかもしれないが、もくずは気さくな調子で挨拶するようにマジックハンドを振ってみせた。

「ゾーラ?ちょーどよかった、そこまで乗っけてくんない?」

 初対面でどうして名前がわかるんだとかけるが聞くと、もくずが指したところに名札がかかっていてゴチック体でゴルゴンゾーラと書かれている。たぶん刺激的な恰好なので名札よりも別のところに少年の視線と血液が向けられて気がつかなかったに違いない。ゾーラは後ろを向くとちょいちょいと手招きして、潜水服と海ことりと少年とタコを乗せると事務所まですいすい泳いでいく。もちろん名札に書かれている彼女の名前は寺西化学工業のマジックインキでしっかり書かれていたから濡れても何も問題はなかった。きっと彼女は海のベテランにちがいない。なにしろエラ呼吸をしているのだから。
 ともあれタコとヘビと潜水服の三人は海底探索協会の事務所に無事にたどりつくと、申込み書を受付に渡して登録番号を発行してもらう。ゾーラはとっくに受付を済ませていたらしく彼女があんな場所から取り出してみせた会員証には093の番号が書かれていて、もくずは476でかけるは480の番号が書かれた会員証を新しく渡された。ちゃんとパウチっ子もされているからこれで濡れても安心だが、つまりヘビと潜水服が先輩でタコは一番の後輩、新人、下っ端ということがはっきりする。

「おいおおぞらかける。焼きそばパン買ってきて、お前の金で」

 もくずだけではなくゾーラも身振りで「コロッケパン買ってきて」とゼスチャーすると、かけるにも二人が何を言っているかがきちんと理解できる。それは彼の下っ端根性がそうさせているのではなく、スキルストーンに秘められている力の一つなのだが問題はこの石ころには彼のかわりに購買まで焼きそばパンとコロッケパンを買ってくる機能は備わっていないということだった。気の毒なおおぞらかけるは、もしもいま津波と火事がいっぺんに起きたら上は大水で下は大火事になるかしらんと、彼を待ち受けているわくわくする探索と冒険とロマンスの日々に思考を逃避しながらタコの足が彼をなぐさめるように頭をなでてくれていた。彼のスキルストーンは購買に行ってはくれないが、ぼっちにやさしいお友達機能はついていたから今回のテーマは仲間と友情ということにしようそうしよう。

「お前、いいやつだな」


2日目


Icon 水面から二人の会話を眺めている。
Icon 会話を聞いているのかいないのか、時折視線を向けながら、
ずるずると水面を蠢いて、長い身体を日に当てている

Icon 「やろーども、よーそろー」
Icon (海ことりもやる気になっている)

Icon 「やー、どうなることかと思ったけど、なんとか合流できたな。
いい感じで現地のヒト(?)とも会えたし、さっそく探検といこうぜ。」
Icon (そこはかとなく楽しそうだ)
Icon 「っても、スキルスートーン?なんだの使い心地、ぜんぜんわかってねえんだけど…」
Icon 「ま、なんとかなんだろ!」

 見渡す限り一面の海に囲われたテリメインで、果てのない水平線をぐるりと見渡しているといずれニカウさんのように視力があまりにもよくなるのではないだろうかと考えながら両足をぶらぶらと振っている。そこは大海原にぽつりぽつりと点在する島のひとつ、背後には遊牧民が使うゲルを積み上げたような数階建ての建物が建てられていて、彼らはこれから海底探索協会の一員としてここをベースに遺跡の調査に乗り出すことになるだろう。ちなみに協会のモットーである「ねこそぎかっぱげ」は彼らの強い探究心を最終的かつ不可逆的に現した未来志向の言葉であるとされている。

「なあ、やっぱそのマニュアル変じゃねーか?」
「小さいことをぐちゃぐちゃいうなー」

 首を傾げている大空翔に、なんて小さなことを気にする小さな男だろうかと海野百舌鳥子は思うし実際に口にしてもみる。小柄なかけるに比べるともくずは更に背が低かったが、赤銅色をした大きな潜水服を着れば彼女の背はかけるよりも頭ひとつふたつ高くなるからふだんは彼女がかけるを見下ろすことになる。今は陸の上にすわりこむように鎮座している、大きな潜水服の上に腰かけたもくずがやっぱりかけるを見下ろしていた。
 彼女が先ほどから披露しているのは会員証と一緒に渡されたという海底探索初心者がんばろうマニュアルに書かれている内容だが、そもそもそんなマニュアルはもくず以外の誰にも配られている様子がない。あれはもしかして彼女の潜水服と同じように誰かが彼女のために用意したものではないか、かけるの頭をそんな疑問がよぎるがそれは彼が鋭いからではなく彼が不幸だからである。

「それから遺跡探索への出発の合図。やろーども、よーそろー」
「いやなんかぜってー違うからそれ」

 呆れているかけるの視界の隅で、そんなやり取りを水辺で聞いていたゴルゴンゾーラも頷いているがそれはいったい二人のどちらに頷いているのかいまいち分からない。テリメインでの探索には充分な危険も予想される、できれば三人までの仲間でパーティなるものを組むべきだとは先のマニュアルにも書かれていて、どうして三人なのかはともかく確かにそれはそういうものだろう。
 彼らはここに着いた最初の日に、たまたま出会ったシーサーペント族の親切なグラマーであるゾーラを含めた三人でパーティ登録を済ませていた。その後で一人ずつテストと称した模擬戦闘に放り込まれて、それなりにさんざんな目に遭ったまたは遭わせていたが結果はともかくもくずなどは欲求不満気味でいるようだ。

「あのとんかつやろーをシメてタコ入りカツカレーにするべきだった」
「たぶん腹こわすぞ」

 顔がヒトで胴体が魚で下半身がブタというのはめずらしい人魚もいたものだと、図鑑のページを開いているもくずにかけるはいろいろ言いたくなるが、奇妙なことに挿絵には確かに彼女がいったとおりの図が描かれていておいおい本当かよと思う。そういえば模擬戦闘は一人ずつ行われていたから、もしかしたらもくずの相手は本当に顔がヒトで胴体が魚で下半身がブタというCoC風味のおぞましい生き物だったのかもしれない。なおこの記述を当のシュナイダー氏が見ればもともと高そうな血圧が更に跳ね上がること請け合いだろう。
 ともあれ彼らはいよいよ遺跡調査、海底探索に臨むことになっていたから相応の準備をしなければならぬ。一面の水平線に申し訳程度の島影が映る殺風景な世界と違い、海の底は奇景奇観が広がる未知で魅惑的な世界である。ふだんから海で暮らしているゾーラでさえテリメインの全容を心得ているわけではなかったが、少なくとも海の中がきれいでおいしい世界であることは目を細めて保証してくれていた。人々がテリメインを訪れる理由は様々で、純粋に遺跡調査や宝探しが目的の者もいれば本気でバカンスのつもりでいる者、海賊行為をもくろんでいる者から海賊退治を狙う賞金稼ぎまで枚挙すれば暇がない。では単なる十五歳の学生でしかないもくずとかけるが海にもぐる理由はどうなのか。

「そーだなー。そこに山があるから登るって感じ?」
「ここは海だけどな」

 海にもぐるには息をとめなきゃ潜れない息をとめるのが嫌なら海には入れない。ふだん何を考えているかさっぱり分からないもくずの答えはやっぱりわけが分からないが、彼女がそう答えるときの笑顔はとても感じがよく、少なくとも学校の課題を理由にして少年が付き合わされているのはそれが原因かもしれなかった。
 自分の頭を一度くしゃくしゃとかきまわしてから、ひょいと飛び跳ねたかけるが仰向けになって頭から海に落ちる。それは照れ隠しでもなければ彼にそういう趣味があるわけでもなく、探索を前にした訓練の一環で水中での上下感覚に慣れるためにあえて不自然なかっこうで水に落ちているのである。彼の首筋についているスキルストーン、タコ足型のデバイスはもくずの潜水服と同じように水中での呼吸も会話も耐圧もできるすぐれものだが、それで水中を身軽に動くことができても立体的な動きができるようになるには慣れというものが必要だった。もともと水中暮らしのゾーラには関係ないし、もくずは潜水服が重いから基本的に水に沈むつくりになっている。本日の目標は飛び込むのを五回と忘れずに歯をみがくこと、タコデバイスにはトレーナー機能もついていて毎日の健康管理もばっちりらしい。

・・・

 かけるの目の前の世界には一面の水が広がっているが、ここには水平線がなく世界のはるか向こうにはただ差し込んでいる光とぼんやりとした闇だけが見える。本来、視界とは届いた光の認識だから、海面にふりそそぐ陽光だけが光源であるはずだがスキルストーンを通じて見る世界はもう少しだけ海中の様子を克明に伝えてくれている。たぶん音とか水の流れとか、そうしたものを視覚に変えてくれる機能がタコデバイスについているのだろう。
 背後でどぼんという音がして、大きな潜水服が水底にずんずん沈んでいく。もくずの潜水服は腕も足もゲタを履いているからヒト型の機械に乗り込んでいるようにも見えて、重しのついている足から海底に下りると立ち込めた砂ぼこりで姿が見えなくなってしまう。しばらくすると砂ぼこりの中から鉄のかたまりでできたとても大きな錨を拾い上げて、一本、二本と片手で担いでいる潜水服の姿が現れた。

「これで首とかごきりとやったら折れるよね。ごきりと」
「やめとけ」

 もくずの物騒な発言をたしなめるのがどうやらかけるの役目らしい。頭を下にして海の中を泳ぎながら、三者三様の組み合わせは彼らが挑む探索にも悪くないのではないかと思う。ゾーラはグラマーで上も下もなく泳げるが大きいから(どこが)けっして素早くはないし、かけるは身軽ではしっこいが二人に比べると貧弱なボウヤでまるでブルワ*カーの使用前という感じである。もくずは頑丈でマジックハンドのパワーも類を見ないが、潜水服の中身はぺたんこだし海底をずしずしと歩くから泳ぐもなにもあったものではない。
 つまり遅くて貧弱で泳げない集まりか、わざと心中をごまかしたのは女性陣に対する評価の中にふらちな表現が含まれているのを自覚したからで、かけるは彼なりに十五歳の少年だが中学二年生は過ぎていたからもう少し大人の自制心を持っていると自分を信じたい。それでゾーラと目があったのは彼女のグラマーに視線を向けたからではなく、彼女が暮らしている世界を訪れた友人たちへの歓迎の意を察したからだ。

「Dobro pozhalovat?」

 海の上には水平線が、水の中には光と闇がはるか遠くまで見えている。だがもっと目の前には多様で多彩な海底世界が広がっていて、切り立ったり突き出ている岩肌に連なっている砂底、あちこちに根付いている海藻や海の生き物たちが色とりどりな姿をして二人を迎えていた。よく見るとやはりヘビっぽい顔で、目を細めて大きな口を広げたゾーラの笑顔もとても感じがよい。こんな海ばかりの世界を訪れてまでいったいなにをしようというのか、もうひとつの立派な理由をかけるは見つけたように思う。
 さきほどゾーラが何と言ったのかはスキルストーンの助けを得なくてもなんとなく理解できた。怖がらせてごめんね、とでもいう感じだろうか。


3日目


Icon 取引が始まり、巨大な木箱を引いて泳ぎ、搬入してくる。
にわかに山積みになった荷物を分解しては、使えるものを選んでいる。
Icon 指をスッスッと動かすと、魔力を帯びた品が宙に固定され、
床に残ったガラクタを手と尾で薙ぐように放り投げる。

Icon 「やろーども、今日も景気よくかっぱぐぞー!」
Icon (海ことりはとてもいさましい)

Icon 「…ヒトデウーマンって…、要するに『ヒトデ&ウーマン』だったんだな。」
Icon (何か物言いたげに首?をひねっている)

 ゴルゴンゾーラはシーサーペント族ではひとかどの女性で、今回の遺跡探索でも海底探索協会からわざわざ声をかけられると同行する仲間を二人ほど紹介するので彼らと行動して欲しいと頼まれていた。海中の世界に慣れているはずもない地上のヒトを助けてやってくれということなのだろうが、待ち合わせ場所である協会前バス停にぽつねんとしていた二人組はどう見ても子供にしか見えないヒトのオスとメスが一人ずつだった。とはいえタコデバイスを着けた大空翔は水の中でもはしっこい動きができて、海野百舌鳥子は頑丈な潜水服を着てとてもおおきな錨を振り回すことができたから何もできない子供というわけでもないらしい。
 これは子供たちの将来を考えて数年がかりで狩場を広げたいということなのか、それとも単に子供たちの保護を任されただけなのか、あるいは聖帝十字陵を建てるとテーブルにずらりと食事を並べてから子供たちの前で「今日のは口にあわぬ」ドカーとやれということなのだろうか。最後のひとつは足がヒレになっている彼女にはちょっぴり難しいというのに、協会は何を考えているんだと思う。

「やろーども、よーそろー」
「いやそのかけごえ絶対ちがうから」

 とにかく子供たちが新鮮で活きがよいのはけっこうなことだろうと、ゾーラは考えなおすと海中に一度潜って豊かな髪の毛を水に濡らす。これをしておくと髪が空気を含んで動きが軽くなるしエラ呼吸の助けにもなる。水の中でエラ呼吸をしていても空気というものは重要なのだ。
 協会は海洋世界、テリメインで発見された遺跡群を調べると称して奥地へと進んでいくことを探索者たちに求めている。そこでは未踏査の海域はもちろん、すでに踏破された場所でも腹を空かせた生き物や懐が寒い海賊といった手合いがたびたび出没しているらしく、彼らを実力行使で排斥するために探索者には腕に覚えのある連中が集められていた。協会では練習と称する、探索者同士による模擬戦闘も推奨されているほどで自分の身は自分で守れるようになれ、わかったかウジ虫どもというのがモットーだが生き残れば家に来て妹をファ!クしてもよい。

「ひゃっはー!ねこそぎいただけぇー」

 その模擬戦闘で見せてもらった子供たちの動きはゾーラが思っていたよりもはるかにたいしたもので、かけるは水の中を上にも下にも泳いでいたし、もくずはおおきな錨を軽々と持ち上げては無造作に相手にそれを乗せてみせる。そのときは助けるつもりで参加したゾーラだが、どうやら次からはかたく握った拳での殴り合いは彼らに任せてよさそうだった。

「こういうのねー、ステゴロっていうんだよステゴロって」
「だからそーいうのはやめとけ」

 そのまま海に潜ると遺跡を目指す、彼らの登録名はシーサーペント族の言葉で三人の風貌を並べた「Мягкие конфеты тела」で標準表記では軟体キャンディーズというらしい。名前などというものは単なる記号でしかないが、名前があると小さくても同じ群れの一員に思えて気分がよい。
 一度、身体をくねらせて水底近くを旋回する。もくずがずしずしと重い潜水服の足を踏み出して、かけるが後を追うように足で水をかくと後頭部につけたタコデバイスが水を吐き出している。三人とも海というものは知っているが彼らが向かう遺跡の先に何があるかは知っている筈もない。

・・・

 セルリアンと呼ばれているこの一帯は海流も波も穏やかで、頭上に太陽を透かしている水はあたたかくて視界いっぱいに広がっているサンゴ礁には色鮮やかな魚たちが泳いでまわっている。このあたりの海域には遺跡探索とは別に、単なる観光やバカンスを目的にした人々も訪れていて彼らを相手に生計を立てている住民も多く存在していた。ゾーラは長い身体であいかわらず水底近くをすべるように泳ぎ、かけるは少し珍しそうな顔で右に左に視線を向けて、もくずは足下の石畳をのしのしと踏んでいる。
 古い古い時代の遺跡はこんな場所にも多く残されていて、サンゴ礁の間を縫うように街道の名残が視界の向こうまで伸びている。両脇にはときおり里程標が据えられていて、彼らが出立してからどの程度進んだかを親切に案内してくれていた。そこらには彼らと同じような探索者たちも街道に沿って泳いだり歩いたりしていたから、今のところゾーラたちも大勢の中の三人でしかない。ヒトとそうでない者が協力している群れはいくつもあって、近くを泳いでいたポニーテール姿の娘が珍しそうに好奇心にあふれた視線を向けている。

「おー、海っぽい人たちだー」

 そう言って手を振っているが、先方も傍らを大きな水生生物が泳いでいるから充分に海っぽい群れに見えた。水着姿の娘に学者らしいヒト、それに大きな身体に大きな四角い口をして、前足で器用に梶をとりながらヒレのある尾とたくましい後足で水をかいている生き物がいる。近くの海域で見た類ではなく、なんという生き物なのかちょっと分からないがあいさつをするように口を開いてがぽり、と泡を吐いていた。
 海は遠く広がっていて街道はただひたすら先へ先へと延びている。やがてちらほらと崩れた建物が現れるようになると、ほとんどは土台だけであとは水と時間にさらわれていたが、壁が残っているものもあって生き物が潜むこともできそうに見える。先ほどの群れと別れてからどの程度進んだろうか、泳ぐのが速いものと遅いもの、街道を進む影がいつの間にかばらけてまばらになってくると隠れていた住人たちがあちこちからまとわりつくように寄ってくる。彼らのことはゾーラもよく知っている。海に慣れていない者や悠長な観光客、仲間からはぐれた者たちを相手に生計を立てている海のろくでなしたちだ。

「・・・なんだ?」

 どこかから固いものをかじるような音が聞こえて、ふと顔を向けたかけるの目の前には露出の多いヒトのメスの身体を見せびらかすようにしてヒトデウーマンが現れる。身構えたところに拍子抜けしたかけるに近づいてきた相手は肩にぽんと手を置くと、おもむろに重たい拳で腹をずしんと殴りつけた。これで息を吐かせて苦しくなったところを襲うのが彼女たちの狩猟方法なのだ。

「ぶへっ!?」
「顔はやばいよ、ボディやんなボディを」

 三原じゅん子似のヒトデがにこやかに笑っているが、海底探索初心者がんばろうマニュアルによれば敵対的な相手を過剰に迎撃してねこそぎかっぱぐことは正当防衛だとされている。ヒトデは一匹ではなくマイケルと呼ばれる貧相な生き物二匹を子分のように連れていたが、こんなチリメン雑魚くんに負けることはありえないから存分に正当防衛ができることだろう。長い旅を飽きさせないように訪れてくれた客人たちを歓迎するようにもくずがおおきな錨を構えると、二匹のマイケルがけたけたと笑いながら迫ってきた。

 今度は練習ではないのだから遠慮をする必要もなく、ゾーラはゆっくりと横にゆれ泳ぐと豊満なグラマーの谷間から魔鐘を取り出して、大きく振るように甲高い音をひとつ鳴らしてみせる。強く打ち鳴らされた振動がそのまま指向性のある衝撃となって獲物に襲い掛かり、マイケルの一匹が彼女の術にさらされると半身をぐずぐずにしてしまう。その横ではもくずがもう一匹のマイケルにとてもおおきな錨をえいと乗せて、身体がこそげるほど平たくつぶしてしまっていた。へぶし、という空気が漏れるような奇妙な音をさせてマイケルは永遠に動かなくなる。
 ヒトデがなれなれしく肩を組んだかけるのボディに拳を打ち込んでいる間に、気がつくとマイケルの一匹はミンチにされて一匹は塩辛になっている。これはピンチなのではないですか、といった顔をしたヒトデウーマンはかけるから離れると追い詰められたリック・フレアーのように両手を挙げてぷるぷる震えているが、のそりと踏み出した潜水服から穏やかな声が聞こえてきた。

「逃げようったってダメだ」

 ボディをどすどす殴られていたはずのかけるは、それはかわいそうなのではないかと一瞬言いたげな顔をするがもくずを止めようとはしないし彼女の態度が正しいことも知っている。ヒトデはおぞましい寄生生物で、ヒトの頭にしがみつくと獲物の頭蓋骨に管を突き刺して気の毒な犠牲者を支配する。つまり取りつかれている者を助けるにはこの化け物を退治しなければならず、かけるが黙って殴られていたのも取りつかれたウーマンをなるべく傷つけずにヒトデを倒す機会をうかがうためでけっして露出の多い娘にびびってたじろいでいたからではないのだ。
 タコデバイスが指した頭上から回り込むように、それまでとは打って変わった動きで背後に回ったかけるがヒトデに鋭く切りつける。ひるんだところにゾーラが海流の渦を起こして無理やりヒトデを引きはがすと、とどめとばかりもくずがおおきな錨を振り下ろした。くちゃり、という感触がしてこれでヒトデがぺしゃんこになると、解放された娘はげっそりとやつれた姿で転がっているがかろうじて息はありそうに見える。幸い今なら海域を巡回している協会の救護部隊に拾ってもらえば助かるだろう。あるいは別のヒトデがまた別の犠牲者を生むのかもしれないが、それを掃討することは彼らに課されている役割ではない。

「なんか、海ってすごいけど怖いところだな」

 かけるがそう言うがゾーラが不満なのはマイケルもヒトデもおいしくないからあまりありがたみがないということだった。やがてやってきた救護隊に運ばれていった娘が特別な場所にしのばせていたナマコが二つ見つかって、これは珍味として知られていたからゾーラとかけるがそれぞれ持っておくことにする。本当はこのあたりの狩場ならウニがおいしいのだが、わりと珍しいから運がよくなければなかなか見つからないだろう。どうやらもっと先に進んでおいしい獲物を探したほうがよさそうで、街道のはるか向こうを指して、ヒトデの肉片がついた錨を潜水服が振り上げてみせた。

「よーし。やろーども、よーそろー」

 旅は始まったばかりで街道の遺跡はただひたすらまっすぐに先へ先へと延びている。もしも彼らが頼りにならなければ少年と少女はさっそくヒトデの餌食になっていたのだろうし、二人を子供として扱う必要はないのかもしれない。だとしたら、彼らを助けるのではなく彼らと一緒にこの街道の向こうに行ってくれというただそれだけがゾーラに頼まれていることなのだ。
 行った先でどうするのか?子供ではないのだからそれは彼らが自分で決めればよい。

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4日目


Icon 水辺に身を乗り出し、集めた石を磨いて並べている。
Icon 身に着けている飾り紐に、新しく石をはめ込む装飾を編み込んでいる。

Icon 「ゾーラさん、ドドリアさん。行きますよ」
Icon (海ことりの戦闘力は530000です)

Icon 「…いろいろ突っ込んだらキリないんだけどさ。
疑問に思ったら負けって事もそこはかとなーく理解はしてるんだ。うん」
Icon (かけるべき言葉が見当たらないかのような仕草)※喋れません

 海野百舌鳥子は口が悪い。口が悪いといっても毒舌家の類ではなく、使う言葉がとても乱暴で海洋世界テリメインではまるで海賊のような、海の盗賊のような言葉づかいをしているのだ。そもそもヒャッハーなんて掛け声は救世主が現れる世紀末にモヒカン頭でバイクに乗ったヤカラが口にするくらいで十五歳の娘が使う言葉ではない、などと大空翔は考えるが実際にはもくずは言葉が乱暴なだけで言動が粗野なわけではないとも信じたい。あれはきっと彼女が協会に登録するときにもらった海底探索初心者がんばろうマニュアルとやらが原因なのだと思うが、たとえば「べとべとキャンディアス野郎」なんて表現を使う者がそういるとも思えないのだから。

「ども、こちら取引の品ね」
「あんがと。そろそろ痛い目に遭ってる連中もいるみたいだから気ぃつけなー」
「はん!そんなべとべとキャンディアス野郎は塩辛にしてやるさ」

 思わず耳を傾けると、もくずが楽しそうに話しているのは小一時間ほど前に出会った別の探索者の一行で、遺跡で見つけたスキルストーンを交換しながら互いに言葉を交わしている姿が見える。長いバンダナで片目を覆った女性は腰から剣を吊るしていて、いかにも大航海時代の伝説に登場する女船乗りといった風情に見えるが、実際に海原を長く旅しているらしく方々の噂話を機嫌よさげに披露してくれていた。

「この右眼は島よりでかいバケモンを倒したときに海の神様にくれてやったのさ。あんたらは未踏査の海域に行くんだって?いいかい、バケモンが出ても海賊が出ても、いざという時に頼れるのは剣でも度胸でもなくテメーの強運だってことを忘れなさんな」

 彼らが歩いている海底の遺跡、石畳の街道ではここに来るまでにも何度か原生生物を見かけているが、先に進むにつれてそれなりに凶悪な連中も出没しているらしく中には散々な目に遭った者もいるらしい。潜水服姿のもくずとシーサーペント族のゴルゴンゾーラ、首の後ろにタコデバイスをぶら下げたかけるの三人は今のところさしたる苦労もなくそうした生き物を蹴散らしているが、隻眼の彼女が言う強運、が必要となれば他の二人はともかくかけるはちょっと自信がないかもしれない。

「こちとら他人に分けてやる幸運はないからね、いい旅を」
「あばよ、しみったれー」

 豪快に笑いながら、仲間たちのところに戻る女性を見送るとしばしの休憩を終えて街道に戻る。街道には決まった距離ごとに里程標が設けられているだけではなく、宿駅や厩舎はもちろん酒場や土産物屋まで用意されていたらしい。今ではそれらはすべて残骸になっていて壁が残っていればよいくらいだが、旅の足を休めるにはちょうどよく彼らが訪れた以前にもなんどか海たき火が焚かれた跡を見つけることができる。海薪木は自分たちで持ち歩いて火にくべて、出立するときには火を消しておくのが海を旅をする者たちのルールである。でっぱーつ、というやはりガラの悪いもくずの掛け声で出立すると、日が経って歩みが進むごとに少しずつ風景が変わっていることに気づかされる。

「うーん、今のところ何もないな」
「まっすぐ行こーぜ、行けばわかるさ」

 海底の遺跡はあいかわらず石畳の街道が延々と続いているが、出立した当初に比べれば周囲に見える崩れかけた建物の跡もずっと多くなっている。小さな丘のような起伏もあちこちにあって、視界が通りづらいが幸い海底は地上とは違って浮き上がれば遠くを眺めることができた。鎧のように重い潜水服を着たもくずには難しく、ゾーラはふるいつきたくなるようなグラマーだから偵察はもっぱらかけるの役目になる。タコ足がくいくいと指した向こう、ずいぶん遠くに小さな点のように建物らしきものが見えて、方角からすると話に聞いていた拠点だろうと思える。まずはあれを目指すこと、海底探索に赴いた者たちが最初に向かうことになっているとりあえずの目的地だった。

「もーじゃの箱まで、にじりのぼった十五人ー」

 景気よく歌っているもくずの潜水服がのしのしと石畳を踏んで、ゾーラは長い身体をゆったりとくねらせながら街道のすぐ上を泳いでいる。二人のすぐ後ろでかけるが右に左に視線を向けながら泳いでいるのは、景色を楽しんでいるからではなく彼なりに警戒をしているからだった。目的地が近くなれば他の探索者たちも集まってくるから、危ないならそれよりも手前の人が少ない頃合いである。テリメインの原生生物がけっこうな知性を持っていることは今さらで、彼らは人間に近しいふりをしてだまくらかそうと手ぐすねを引いている。
 先だっておぞましいヒトデからウーマンを助けた折りに、ウーマンの豊満なバストを隠していたヒトデが逃げて行くとおおぞらかけるが鼻孔から出血するという事態が発生して水中で鼻血ってこわいよねという教訓を彼らは得ている。もしもこれがテリメイン第三小学校なら彼には「はなぢ」という不名誉なニックネームがつけられていたに違いなく、いくら警戒してもしすぎることはない。はたして建物の影、崩れた壁の向こうから三体ほどの原生生物が泳ぎ出てくると彼らの前に立ちはだかる。彼らにとって金品は魅力のある収穫物ではなく、たいていは食欲に求められて襲い掛かってくるから交渉の余地もなかった。

「ソレデ、ハカク、シツノゴボゴボ・・・!」
「なんか言ってんぞー」

 それはドクターフィッシュと呼ばれている生き物で、遠目に見ると白衣を着た人間の男性じみているがよく見るとボラに似た巨大な魚の後ろ半分が人間に似て、ミツクリエナガチョウチンアンコウよろしくこれを逆立てて擬態する生き物のようだ。先日遭ったヒトデもそうだが、この世界の原生生物は海域を人間が訪れることを前提にして彼らを捕食するために特異な形態を確保しているようにも見えて気味が悪い。いずれその理由にたどり着くこともあるのかもしれないが、今はこの無様な怪魚たちを追い払わなければならなかった。怪魚の尾部に生えている、人間めいた頭から粘性のある液体が垂れ流されている。

「先手必勝、頼むぜ相棒!」

 かけるの言葉にタコデバイスがびかびか光ると、伸びた足先の吸盤が怪魚に食らいつく。それを合図にしてゾーラが魔鐘を大きく振ると、たたかれた海水が振動になって怪魚のおこぼれにあずかろうと傍らを泳いでいたマイケルをぐずぐずにしてしまう、そう思われたが怪魚が垂れ流していた粘性の液体がマイケルの傷をふさぐとかろうじてひき肉になるのを免れる。聞いた話によれば彼らはこれで海中の小さな生き物を捕まえることもしているらしい。
 とはいえ探索が始まったばかりの、まだ近海でこんな唇の厚い魚もどきに苦戦する理由はない。かけるが泳ぎながら短剣で切りつけて注意を引くと、ふたたびゾーラが魔鐘を振ってマイケルを捕まえたところにもくずがとてもおおきな錨で熟した柿のように平たくつぶしてしまう。これでマイケルが砂にされてしまうと二体残された怪魚が右に左に揺れながらそれでもこちらを威嚇する。ふいと首をめぐらして、ばかどもに付き合うつもりのないゾーラが長い身体を回り込ませるように頭上に旋回して海流を巻き上げた。

「strovilizontai palirroia」

 歌うような声に巻き込まれた怪魚をくるくると締め上げると、尾部の毒針を打ち込む。残った一体ももくずがとてもおおきな錨でつぶしてしまうと、あとにはかまぼこにできそうな魚のすり身とちぎれてただよう白衣のきれっぱしだけが残されていた。気の毒なことをしたかな、と思わなくもないが彼らは自分たちに出会った時点でまわれ右をしてお家に帰り、ママのスープをごちそうになっているべきだったのだ。

・・・

 穏やかな潮の流れに身を任せて、時には原生生物を相手にして一歩ずつ遺跡の街道を進んでいった三人の前に大きな泡に包まれたドーム状の建物が見えてくる。律儀にも建物の近くのサンゴに「KY」と彫られていてここが彼らの目指していたチョウニチ新聞社ではなくテリメイン最先端探索拠点であることを知ることができた。
 出立後に方々に分かれていた、他の探索者たちの姿もちらほらと見かけるようになってにわかに周囲が賑やかになる。数が減っているのは脱落した者の数ではなく、より時間をかけて探索をしている者や優雅にバカンスに勤しんでいるものも多いからで、彼らのほとんどはいまだ苦難も恐怖も体験することはなく海底世界を存分に堪能している。見知った顔を見つけて、潜水服姿のもくずがとてもおおきな錨を振ると先方も手を振りかえしてきた。

「海の底ってきれいですねー」

 ポニーテールに水着姿の娘が彼女の仲間たちと並ぶように泳いでいる。相変わらず正体のわからない大きな水生生物はゆったりと尾ひれを動かしていて、学者然とした白衣姿のヒトは水かきのような足ひれを着けて頭には大きな魚めいたヘルメットをかぶっている。前回はプロフィール画像が分からなかったのでこのヒトの容姿が不明だったがなかなかかわいらしくて素敵だった。
 外目から見ても、建物は賑わっていてここが今のところ海底探索の要になっているらしい。ここから先は未踏査の海域が広がっていて、これまでとは違う危険が待っているかもしれない。先日会った隻眼の女性も言っていたが、協会に登録した者の中には遺跡探索ではなく海賊行為を目的にしている者もいるようで、友人めいてふるまっている者が明日からは海の盗賊のような言葉づかいをして救世主が現れる世紀末にモヒカン頭でバイクに乗ってヒャッハーなんて掛け声をかけているかもしれないのだ。

「ひゃっはー!やろーども今日はベッドで寝られるぜー」
「あはは、ひゃっはー」

 そもそも自分たちが海の盗賊に思われているかもしれない。ポニーテールの娘と意気投合しているもくずの威勢のいい声を聞いて、やっぱり自分の運に頼るなんて無謀だよなあと思いながら、かけるは海今川焼と海たい焼きの屋台が並んでいる探索拠点の建物へと泳いでいく。すぐ後ろからは別の屋台で焼き海いかを買ったゾーラがおいしそうに串ごとぱくつきながら泳いでいたが、もちろんいかはテリメインでなくとも海の生き物である。

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5日目


Icon 水面ギリギリで鐘を素振りして鳴らしている。
波飛沫が不自然な複雑な波紋を描き、飛んでいく。
Icon 何か手応えに納得のいかない表情を浮かべる。

Icon 「へーい!でぃーぼん・げっと・ざ・てーぼー!」
Icon (海ことりはテーブルを用意しています)

Icon 「最近やっとこの島での過ごし方ってのがわかってきたんだけどよ。
未だに謎なのが、この世界の生き物のメチャクチャ具合なんだよな。」
Icon 「…なんつったらいいのかな、存在に脈絡がねえってか…
どっかで見たような変なやつとか、想像で作った適当な生き物とか…
わざとそういうモンを敢えて投入してるみたいな気がしてくるんだよ。」
Icon 「そこに順応していくってのも、それはそれで俺たちも大概なんだと思うけどよ。」
Icon (『俺たち一体どこに行くんだろうね』的なジェスチャー)

 大空翔が聞いた話では、海野百舌鳥子が着ている潜水服は彼女の家の蔵にしまわれていたものらしい。赤銅色をした潜水服の襟首のあたりをよく見ると「柏から世界へ」もとい1930と彫られていて、たぶん製造年なのではないかと思われるし外見もいかにも無骨で古臭い。とにかく頑丈で大きいからコガラなもくずと海ことりが入るとヒト型ロボットに乗っているように見えなくもないが、とてもおおきな錨を悪来典韋のように軽々と振り回してみせる性能を見ると本当にこれは潜水服なのだろうかと首を傾げてしまう。当のもくず自身はあまり深くものごとを考えないという彼女のモットーを貫いていて、一見して何も悩みなどなく呑気に他の探索者と意気投合しているようだった。

「おはようございます!そっちも辺境探査ですか?また逢えたらよろしくお願いしますねー」
「Uuuu・Vooo?」
「いきてたらまたあおー」

 今回の海底探索に向けて協会に登録された探索者は千人を超えるとも言われていて、大勢が拠点から人海戦術ぎみに方々に散らばっていくと人間の足跡を広げているようだ。すっかり顔見知りになったポニーテール姿の娘や、おおきな尾ひれを揺らしている生き物も近い海域の探索に参加しているらしく、しばらくは視界の向こうに見える姿に手を振りながら進んでいたがそれもいつのまにか見えなくなる。海中では地上に比べて移動に時間がかかるから、実際には体感以上にそうとう離れていったのだろう。
 起伏の多い海底を縫うように進みながら、他の探索者たちもそれぞれ割り当てられていた方角に分かれていく。ゴウン、ゴウンと音を立てるとシグナルを点灯させて行き過ぎていったのは猫子力潜水艦と自称する紡錘形の金属塊で、彼らも行きずりで知り合った探索者の一行だった。海に潜る方法はヒトそれぞれで、呼吸耐圧会話を助けるスキルストーンをかけるのように身に着ける者もいればもくずのように潜水服を着こむ者、彼らを助けるシーサーペント族のゴルゴンゾーラのように最初から海中生活に適応した人々もまま存在する。中でも潜水服や潜水艦といった類はたいてい頑丈で重い武器を積んでいるから、昨日拠点に到着して早々に模擬戦闘で派手になぐり合ったときも散々な目に遭わされたものだった。

「Cat!!!Cat!Cat!Cat!Cat!Cat!!!」
「ふぁっきゅー」

 スーパー麻里男に登場しそうな砲弾や、正面から振り下ろされるとてもおおきな錨がぶつかり合っていた姿を思い出すとボクはただの人間ですよと首をすくめたくなってしまう。模擬戦闘とはいえよくもまあ生きていられたものだとかけるなどは思ってしまうが、彼自身はこれでも彼らが通っていた中学校では1クラスに40人と呼ばれる秀才で、この海洋世界テリメインを探索するために用意した生体タコデバイス、今も首のうしろでヘイとあいさつを交わしているかわいい自律型タコ触手も彼が卒業制作にと自分で組み立てた作品だった。
 だから俺だってけっして同級の友人から「はなぢやろう」と呼ばれたりブルワ*カーで鍛えなければならない軟弱なボウヤではないはずだ。そんな決意をする彼の葛藤など知ったことではなく、当のもくずはといえばもっと頑丈にしないとなーとか言いながら昨日も久しぶりの寝床に入るまでえんえんと潜水服を直していたらしい。これ以上頑丈にされるんですかとちょっとびびってたじろぐかけるだが、最近うわさのウナミ精錬所にも劣らない夏休みの工作ぶりである。

 ところで千人を超える探索者たちは全員がフロンティアに足を踏み入れることを求めていた訳ではない。単なる観光を目的にして平穏な場所にとどまる者もいれば、法治の及ばない海域でいわゆる海賊行為に及ぶ者や賞金を目的にそれを追う者もいて、聞いた話ではいよいよ探索者同士の衝突もそこらで起きているらしかった。こんなへんぴな海の果てまできて「ほかでやれよ」と思わなくもないが、彼らに言わせれば他で暴れるならへんぴな海の果てで暴れたほうが他人に迷惑をかけずにすむ道理である。もっとも海賊が他人の迷惑をかえりみるかどうかという問題は別にして。
 とはいえ協会はといえば無法な場所はいっそ無法者に守ってもらうのが早かったし、海賊たちも暗黙の了解のように協会が特に禁止した海域はなるべく避けて彼らの行為をいたすようにしているらしい。だがそうした海域は人間よりも危険な原生生物が多く徘徊していたから海賊には実入りが少ないだけで、けっきょくどちらに転んでもまったくの安全安心コンクリートからヒトへなどというものはないようだ。

「つかまった海賊は海の底でえびむきやらされるらしーぞ、えびむき」
「なんか嫌だなそれ」

 いつの間にか海底を進んでいるのは潜水服姿でのしのし歩いているもくずと傍らをゆっくりとたゆたっているゾーラ、少し前を行ったり来たり泳いでいるかけるの三人だけになっている。セルリアンと呼ばれているこの海域では、穏やかで暖かな太陽の光を透かしてきらきらと輝いている水中を舞うように鮮やかな熱帯魚たちが行き過ぎている姿が見える。彼らが数刻前に後にしていた最先端探索拠点のドーム状の建物はとうに見えなくなっていて、前も後ろも右も左も岩やサンゴや海藻に覆われた起伏のある丘々ばかりでともすれば方角を見失いそうだ。
 警戒役と先導役を兼ねるかけるはときどき思い出したように浮き上がると海パンのポケットから海磁石を出して方角を確認する。このあたりはどんな危険が待ち受けていても不思議はない、誰も足を踏み入れたことのない場所で、準備を怠らず慎重に進まなければ残機数がどれだけあっても足りやしない。まさかファミコン版ゲゲゲの鬼太郎のように全ステージに目玉おやじと毛目玉が隠れているとは限らないのだから。

「でーんででーんででーん」
「それ死んでる死んでる」

 知っている人にしか分からないネタはそれくらいにして、拠点で新しく買った装備を確かめるように手のひらでなぜてみる。最先端探索拠点のラボでは未踏査海域の探索に備えて最新の設備や装備がいくつも置かれていて、どうして辺境のほうがよい装備が売っているのだと聞けばたとえばアリアハンの王様が勇者ポカパマズの娘にどうのつるぎを放り投げて「世界を救ってこいよ」と言ってのけるようなものだろう。どのような生き物がいるのか、どのような未知が、はたまた宝が眠っているのか。それはこの先へ進んでいく者にしかわからない。
 その生き物、これまで見た原生生物のたいていは人間を捕食することを目的にした姿をしていたが、その日彼らが遭遇した生き物も宇宙的かつ冒涜的なおぞましさでは勝るとも劣らないものどもだった。ドクターフィッシュはすでに面識がある大きなボラに似た巨大魚で、下半身をおったてて威嚇しているがかけるが胃のあたりを撫でたのは先日もくずが焼き魚にしたてたアレの肉?を差し出されてちょっとダンジョン飯状態になっていたからである。

「この海の原生生物はこんなんばっかかー!」

 とはいえそのドクターの傍らに漂うフライフィッシュはこれまでの慣習に反してヒトっぽいところはなく、殻のような鱗のような硬質の皮膚に覆われた丸っこい魚である。このチリメン雑魚くんは捕食されないために全身をふくらませたり、鱗を逆立てるとこれを飛び散らせて身を守ろうとするが、痛さは大したことがなくせいぜいドンパッチを口いっぱいにほおばった程度の被害しか与えない。問題は鱗を逆立てたその姿がマツカサ病の魚のようにたいへんぶきみわるいことで、さしものもくずがひぃと声を立てると、むかし飼っていた気の毒な金魚を思い出して彼女も女の子なんだなあとかけるがちょっとだけ安堵するが彼もその金魚を見たことがあったから二人でSAN値を減らしていた。
 そしてナマコガールは先日のヒトデ&ウーマンとは違い、首から上がナマコめいていて首から下はグラマーなビキニちゃんのスタイルをした中二病の少年を大きくしてしまう生き物である。生き物がこのような擬態をすること自体テリメインの原生生物が人間の存在を前提にして生まれたという論拠になっているのだが、かけるはもう中三だから中二病はたぶん卒業していたし最近は毎日ゾーラの危険なバディを見ていたからこの程度でひるむような彼ではない。

「行くぜ!?」

 ところでナマコガールは分類学的にはあくまでナマコに類していて、首から下はやはり人間に擬態するための飾りだがドクターフィッシュのようにヒレが変化したものではなくあくまでナマコである。そしてナマコにはいくつかの特徴的な習性があって、たとえば胴体を前と後ろに両断するとお尻側が生き残って頭が生えてくるとか、攻撃を受けると身を守るために口から内臓をぶちまけるとかいうことをする。
 ゾーラの魔鐘からほとばしる衝撃やもくずが振り下ろしたおおきな錨に、ナマコガールはもう無理ぃーとばかりぷるぷる震えるとこのおぞましい生き物の口とおぼしき場所からガールに擬態した内臓がおもいきりぶちまけられた。なんかすげぇリアルに擬態してやがったナマコガールの内臓は彼らしく運悪く泳いで近づいていたかけるをすっぽりと覆うとinもつ鍋状態にしてしまい、この冒涜的な光景を目の当たりにした彼はしばらくもつ鍋の海でばたばたともがいてからふぅとたおやめのように頽れてしまう。1d10ターンほど彼がどのような一時的狂気に陥っていたのかはもくずとゾーラしか知らないが、とても怖い夢を見たような気がして正気に戻った彼の目の前には心配そうに顔をのぞきこんでいる潜水服とグラマーの姿、その後ろで残骸になっている巨大魚たちの姿、それから比喩的な意味ではなく料理されるとタッパーに詰めて差し出されている原生生物(モザイク済)の姿があった。

「はい、焼きナマコ」

 海は、まだまだ先へと広がっている。


6日目


Icon 『おみくじ』と『大凶』の意味は理解しているようだ。
Icon さらに出てきたダンベルを見てふてくされたのか、水面をやる気なさげにのたうち回っている。

Icon 「もらったページの切れ端になんか書いてあったー。」
Icon 「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」

Icon 「新しい場所の開拓って割には、何も考えずに来ちまったなあ。
ゾーラもこのあたりは詳しいって訳でもないのか。」
Icon 「ってもずこ、どっからその鉄板持ってきてるんだよ…
なんかすでに『潜水服』の範疇超えた絵ヅラになってんぞ!?」

 あにきーと呼んで群がってくるお子様どもを鬱陶しそうに追い払うと、なんでこんな面倒なことになったんだろうかとため息をつくが、そもそも彼がため息をつくことすら珍しいという事実に自分で気がついて更に機嫌が悪くなる。様をつけるのも面倒なお子どもは彼をジョニーのあにきと呼んでいるが、もちろんそれは彼がここテリメインの海に来てから使っているだけの偽名である。海という海、船という船で暴れまわった悪党には本名だと思われている名前は数えきれないほどあった。
 彼は海賊だった。それもマヌケどもが憧れるようなヒーロー気取りの偽善者ではなく、同業者すら顔に唾を吐きかけたくなる最悪の輩である。雇い主のお宝を分捕って逃げるならよほど優しいほうで、仲間も乗組員も皆殺しにして「海のベッド」にした船の数でさえ両手の指ではとうてい足りない。航海士としてはいっぱしどころか熟達の腕前だったから、民間船にも海賊戦にも雇われたことがあるがほとんどの船は彼を乗せたことを後悔するか、彼を乗せたことすら後悔できなくなってしまうのだ。

「もっかい『縄か剣か』見せて!おおぞらかけるに教えるー」
「だから見世物じゃねーってんだろ」

 でかい潜水服を着たお子は海のもくずとかいったか、ジョニーのロープワークによほど感動したらしくしつこく教えてくれとせがんでくる。隣で短パンにランニング姿という海らしからぬ恰好をしているお子は大空翔という名前だそうで、お前らその名前だけで海に出るのはアキラメロと彼がお子たちの親ならきっと諭したことだろう。とはいえ残念ながらジョニーに息子や娘がいるという話は聞いたことがないのだが。
 仕方ねーなとばかり分銅のついたロープを腕や腋にひっかけて器用に振り回すと、そこに隠れている剣が予想もできない角度から現れる。自分でも気に入っているトリッキーな技だがこの技の本命は縄でも剣でもなく刃に仕込んだ毒薬で、これを卑怯だ卑劣だなどという甘ちゃんの息の根をどれだけ止めてきたか分からない。もくずはほうほうと感心するとかけるに指南しているが、見たところスジは悪くないようだなどと決して褒めたりはしなかった。

「あにきさんきゅー。イカ焼き食うか?」
「いらねーよ」

 海洋世界テリメインが調査進出のために開放されることになって、多くの連中が集まったが彼らは一様に協会に入ることを要求される。モグリは原生生物と同じモンスターの扱いで、ライセンスがないと酒場でラム酒の一杯も買えないからジョニーを含めて全員が例外なく協会の一員だった。協会はまっとうな探索者だけではなく、海賊や略奪行為に耽ろうという連中もまとめて登録すると構わず全員を海域のあちこちに送り出した。どんな危険があるかもしれない世界では生き残るやつが常に正解で、弱くて負けるやつはただの落伍者だ。ことにテリメインの原生生物はヒトに擬態してヒトを騙そうとする知恵があるやつまでいたから、人間にカモにされるなら原生生物にもカモにされて終わるだろう。
 ところが人間というのは奇妙もので、玉石混交しててきとうに集めてもそれなりの秩序というものを発明するらしい。いわゆる暗黙の了解というやつで、海賊や略奪行為はある程度決まった海域だけで行われてそれ以外では手を出さない、何の法律も縛りもないがいつの間にかそういう決まりになっていた。実はこれは海賊にとっても悪い条件ではなく、身バレしてとっ捕まるドジさえ踏まなければカタギを相手に情報を集めたり「戦利品」を売りさばくにも都合がいい。ジョニーたちがたまたま訪れたのもそんな中立地帯にある海底港で、出立前の腕試しで相手をしたのがさっきのお子様たちだった。でかい潜水服を着てでかい錨を右と左に振り回すもくず、首の後ろからタコ?をぶら下げたかける、それにゴルゴンゾーラというすげえグラマーがいて彼女がシーサーペントでなければジョニーも口説いていたに違いない。

 模擬戦はいちおうジョニーたちが圧倒したのだが、正直お子どもにあれだけ粘られるとは思わずほんのちょっとだけ冷や汗をかかされた。ゾーラの術がやたらと痛く、もくずの潜水服がやたらと堅いのは承知の上だったが何しろかけるが避けやがる。俺のロープワークをあんだけ避けるとはどういう身体してやがんだコノヤロウと小僧がぶら下げるタコ足をじろりとにらみつけた。何故だかジョニーは昔からタコと相性が悪く、またタコかと追いまわした挙句に酸素の補給を忘れて戦線離脱を余儀なくされてしまったのだ。けっきょく最後はお子どもも酸素が尽きてギブアップをしたのだが、ジョニーが喧嘩相手を殴り倒せなかった記憶は久しくなかったから敬意を表して出立までは付き合ってやることにした。正しくは「お子様の相手は任せるです」と仲間に言われて、一抜けした手前言い返せなかったからではある。

「たっしゃでなー!海のとーぞくどもー!」

 余計な挨拶を返すようないい人ではないジョニーは憮然としたまま手だけは振ってやった。本来の彼はお子様だろうと容赦なく手にかける悪党だから、あのお子どもはあまりにも運が良かったのだ。もしも彼らがすげえグラマーだったりなんかタコだったりおもしれー言葉使いをしていなかったら、ここが中立地帯だろうと構わず証拠すら残らないよう「海の藻屑」にしてしまうことだってできたのだから。



 親切なおっさんだったねーと呑気に歩いている潜水服に、そうだったろうかとかけるは思い返しながらゆっくりと水をかいている。最近は海底を歩くよりも泳ぐほうにずいぶん慣れてきて、うまく流れに乗ればたいした労力もなく漂いながら行きたい方角に行くこともできるようになっていた。かけるの目にはさっきのおじさんは怖い海賊さんにしか見えなかったのだが、海の男というのは荒ぽいものだしいろいろ親切にしてもらったのも間違いない。何しろおじさんは今日は天気が悪いからと言ってかけるをなぐったりはしないのだ。

「おいおおぞらはなぢ、今日は天気がいいからお前をなぐる」

 朽ちた遺跡はそれまでのように街道めいた場所ではなく、広い町のようになっていて様々な建造物が探索の邪魔をする。見慣れない文字が刻まれている巨大な柱が道をふさぎ、家らしき残骸の窓枠や扉の隙間からは崩れて小魚が住み着いた家具らしきものが見えた。錆びついて原型をとどめていない食器にサンゴや海藻で覆われたテーブルなど、明らかに人が暮らしていた痕跡が窺える。ここにはかつて生活があったのだろうか、朽ちる前はどのような姿だったのだろうか。そして、どこまで続いているのだろうか。そのようなことを考えていると、瓦礫の陰から躍り出てきた原生生物が敵愾心を隠そうともせずに泳ぎ近寄ってくる。これまで見たこともなかった外見をした彼らは、そう、彼らと呼ぶべきだろう、明確に意思を持ってもくずたちへの害意を主張した。

「死をも恐れぬ海の悪魔ァ!シィィィサイドッ!スクィィィィッ!ドゥッ!!」
「志位&崔とスクワット?」
「ノン、Seaside・Squidゥ。アンダスタン?」

 こめかみに青筋を浮かべたイカ人間ぽい外見をしたやつが首領格らしく、傍らにはガラス製のヘルメットをかぶった亜人が某ファイティング?ニモに似た大型魚にまたがっている。まあシーサーペントのゾーラもいるのだしコトバが通じる輩もいるよなーと、今さら未知との遭遇に子供たちがびびる理由もないが話ができる相手だったらやさしく締め上げてこのあたりのことを尋ねてみたいところだった。襲いかかってくるなら問答無用とばかり、長い身体をくねらせたゾーラがしなやかな身体ごと浮き上がる。

「Kymatos vrychithmo!」

 ゾーラが鐘を強く打ち鳴らすと、振動がそのまま重い水流になってイカ人間たちにのしかかる。これで平たく潰れてノシイカになるほど弱っちい連中ではないようだが、何をとちくるったかイカ野郎はもがきながらめたくたに十二本の触手を伸ばしてきた。我が十二触手をうんたらかんたらとわめいているが、十本が十二本だろうとゾーラの水圧で曲げられた触手が近くにいる仲間や自分も傷つけているていたらくだから数が多ければよいというものではない。しょせんはイカ野郎、オツムが足りないからたぶんピカピカ光る明かりで照らしてやるだけで発情してしまうのだろう。

「ぴかぴかしてる、ぴかぴかしてるぅ」

 更にゾーラが遠慮なく鐘を打つとヘルメットくん&ファ!キング・ニモも砕けたガラスと一緒につぶれてたいへんなことになってしまった。ぽつねんと残されたイカ野郎が右を見て左を見てもそこにはサカナのたたきがあるだけで彼の味方など誰もいない。

「おい・・・イイのか俺様のバックはやっぱムリ!コワイムリィ〜!」
「まあなんてお下品な」

 イキがってはいたものの、親切なおっさんたちに及ぶべくもないスクール水着野郎は逃げ足だけは立派なようですたこらさっさと退散してしまう。とはいえ協会で聞いた話によれば、未踏査海域は奥に進むと急速に原生生物が強力になるらしい。ここらで一度キャンプを張ってこれからの探索に備えようか、そんなことを話しながらイカ野郎たちが残していった頭陀袋を回収すると当座の金貨や食料が入っていて、曲がりなりにも会話が通じる相手をぶんなぐって金品を手に入れている自分たちももしかして怖い海賊さんではないのだろうかと、お子たちはそんなことを考えたりはしないものだ。

「ひゃっはー!やろーども勝ちどきだぜー!」

 もしもその様子をジョニーが見ていたら、まあ筋がよいと言ってくれたかもしれない。

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7日目


Icon 手に持ったテリポテを二つに割って、臭いを嗅いだ後、欠片を舌ですくって味見をしている。
Icon ひょいひょいと開けた口に放り込む。
Icon 顔を上に向けて、まるごと呑み込んでいる。

Icon 「おいおおぞらかける、塩水ココナッツを食え」
Icon 「おいおおぞらかける、ホタテのバター焼きを食え」
Icon 「おいおおぞらかける、ナマコを食え」

Icon 「いやー、なんだかんだで探索自体は順調に進んでるんじゃないか?」
Icon 「出てくる相手だけじゃなく、探索者連中同士の動向も気になるっちゃあ気になるけど、なーんかこう…荒くれ者って触れ込みの奴に限ってよっぽど話が通じるっていうか。」
Icon (もずこの様子を見てぽんぽん肩をたたく)

 まだ調査が行き届いていない未開の海域とはいえ、人々からは「穏やかな海」と呼ばれているセルリアンだけあって探索者たちがそれほど深刻な危険に襲われたという話は聞こえてこない。波はゆるやかで水は温かく、水深も限られていて太陽の光が届く水中はキラキラと輝いていて珊瑚礁の隙間を舞う熱帯魚たちの姿を鮮やかに照らしている。
 網目をひとつずつ紡ぐような探索も、日を追うごとに一枚の織物が拡げられて気が付けば探索者協会の拠点もずっと離れた後ろに見えなくなっている。ただでさえ歩みが遅くなる海中で、彼らは海底を進みながらこの地域の踏査を試みているわけだが、シーサーペント族のゴルゴンゾーラのような特例はともかく、海中生活に適応している筈もない人間は定期的に水上に、つまり陸なり船の上に戻らなければならない。海野百舌鳥子や大空翔の場合であれば、居住施設を兼ねた一隻の船が二人のはるか頭上からついてきていて、いざとなればそこで休むことも装備を点検することもシュークリームを食べることもセガサターンをすることもできた。指が折れるまで。

「良い事教えてやる、俺はシュークリームはカスタードと決めている。美味い」
「うちにあるのは生クリームだなー」
「うっわサイアク・・・」

 6ボタンパッドをたたきながらバトルガレッガをプレイしているのはけっして遊んでいるわけでは、いや遊んでいるわけだが、環境が過酷であればそれだけ必要に応じた補給と休養が欠かせない。シュークリームの好みに不平を言いながら見事な弾避けを見せているのは、小休止にもくずたちの船に招待されていた潜竜という長身の青年である。例のごとく模擬戦闘で知り合った相手だが派手にやりあったあげくこの日はもくずたちが勝つことができて、せっかくだからと一休みに誘った次第である。ことにもくずの潜水服や、かけるのタコ型デバイスなどはマメに整備をしておかないとスマホや電子たばこが爆発しないとも限らないがそれは整備ではなく設計の問題だった。
 もくずたちの船は一般に思い浮かべるような船の姿をしておらず、遊牧民が建てるテントやゲルのような外見をしてこれが多層になっていて小さな塔のようにも見える。もちろんふつうの船に比べて航行能力は大したことがないが居住性や補給拠点としては優れていて、上層には菜園もありビニール越しの日差しを受けて青々とした野菜が茂っているほどだった。内部循環を意識して昔ながらの有機的な肥料を活用しており、その気になればおおぞらかけるのおいしい野菜炒めやおおぞらかけるのおいしい芋シチューやおおぞらかけるのおいしいホイル包み焼きを食べることもできるのだ。あともくずが小田急永山駅のコージーコーナーで買っといたシュークリームとか。

「しかしガキだからナメてたわけじゃねーが、やるなあ。俺のボディブローに殴り返してくるとは思わなかった」

 親指についた生クリームをナメている潜竜に、もくずは弾幕のえじきになるとパッドを放り投げているが、かけるはこの人も協会に登録しながら海賊家業に勤しむちょっと怖いヒトなのではないかと疑っている。とはいえ海の男が少しばかりぶっそうで乱暴な言葉使いをしても珍しいことではない(偏見)し、かけるにすれば同級生のもくずのほうがよほどぶっそうで乱暴な言葉使いどころか理不尽な暴力(事実)に及ぶのも珍しいことではなかった。

「おいおおぞらかける交替ぃー」
「へいへい」

 放り投げられていたパッドを手にしたかけるだが、もくずよりはかろうじて器用という程度とはいえ不甲斐ないスコアを出すとグーで殴られるからそれなりに上達していなくもない。それでもつい先ほど潜竜にたたき出されたハイスコアにはほど遠く、お子様二人に感心されるがそれで意趣返しをするほど潜竜は子供ではなかった。彼はぶっそうな発言こそするが本人が言うには貴族出身で性格は紳士だし外面も悪くない。女性とみれば声をかけるのは博愛精神というやつで、とはいえ子供と爬虫類しかいない船であればドカベン山田太郎がスコートをはいてラケットを握るくらい守備範囲外というものだ。

「しかしこんなの部隊長に報告できねーな。ガキにのされるとは」
「でも最初におおぞらかける殴ったじゃん、おじさんのパンチこーんな角度で来るからすごかったよ」

 もくずが身振りで見せたボディブローが潜竜のそれを器用に真似ていてほうと思う。これは彼の仲間でも数人しか知らないが、もともと銃をぶっ放してナンボの世界に生きてきた彼は距離や角度やタイミングといったものを一瞬で脳裏に展開する計算能力を持っていた。海の中ではしぶしぶ殴り合いに活かしているが、至近距離で正確な計算を正確な動作に反映する能力はここテリメインでの海賊としての彼を支えている。
 そして才能というのは個性だから、井戸の外にある大海にも個性を持つ者は当然いるわけで、どうやら彼の目の前にいるお子様どもも潜竜とタイプの異なる個性を持っているのだろう。そうでもなければ中学生がこんな海洋冒険に繰り出せるとも思えず、率直に自己反省して相手を外見や年齢で侮ったりせずに海賊家業に勤しむべきだろう。

「これも良い経験だな。これからは心を入れ替えて頑張るさ」
「おー、がんばれー」

 何を頑張るのか理解しているとは思えないが、次はカスタードだけのシュークリームを用意しておけよと言い残した潜竜は無造作に海に飛び込んでしまう。たぶんまた会おうというよりも、シュークリームの好みを改善させたいがための挨拶なのだろう。悪い大人としては子供たちとまた会う機会などというものはないほうがよいに決まっているのだ。

・・・

 客人が波の向こうに消えると、水面からゾーラの頭が現れてくるりと視線を動かす。そろそろ出立しようという合図に、もくずは船べりに転がっている潜水服のヘルメットを拾い上げるとかけるは端末室で印刷した紙束に目を通す。これまで潜った限りではこのあたりの海域は古い都市の遺跡になっていて、朽ちた建物の残骸に行く手を阻まれて視界が通らないせいで探索にも時間がかかっていた。
 彼らが船に戻っていたのは指が折れるまでセガサターンで遊ぶためではなく、船に備えているソナーで海底を走査しておおよその地形を把握しようと考えたからだったが「ソナーをそなーえている」とかけるが呟いたとたんにもくずにチョキで殴られたのは自業自得だった。

「ごめんなさい」
「よろしい」

 海底に向けて放られた音波がこだまする波形でおおよその地形を把握すると、協会から受け取っていた海図に重ねられて一応の地図が完成する。滅びた文明の遺跡には文明に批判的な原生生物の類も多く徘徊して、隠れる場所が多いことと合わせてそれなりに凶悪な個体の報告もちらほらと聞こえていた。
 地図を手に海に潜るわけにはいかないから、偵察役や案内役をするかけるが地図の中身を覚えておく。どこに行くかはもっぱらゾーラが提案して、もくずがそーしよーかと承認すると三人の方針が決まるわけだがこの場合かけるの意思が介在していないような気がするのは彼の気のせいだから頑張れ。

「なるほど。そっちの深度のほーがセイレーン多そうだね。決まりー」

 そんなわけでわりとあっさり方針が決まる。特に言葉を話すわけでもないゾーラともくずがどうやってコミュニケーションをとっているのかは誰にも分からないが、今回は少し強力な原生生物の存在が確認されている箇所を調べることになっていたからフンドシを締めてかからなければならない。締めすぎてヒモのところがかゆくなるくらい締めるのだが、慎重な方針も綿密なルートも実際にはもくずとゾーラが二言三言会話?を交わすだけで話がついてしまうので女の子ってフシギだなーと思いながら、船べりに腰かけたかけるは鼻をつまむと背中からどぼんと水に飛び込んだ。
 一瞬、上下が反転する感覚にはすでに慣れっこで、海中をグイグイ泳ぐおいしいお魚さんになった気分で右に左に身体をくねらせる。何しろシーサーペントのゾーラが手本を見せてくれるから、彼女のすげえグラマーを見れば上達も早かろうというものだがうっかりして海中で男子のスイッチが入ってしまったりすると彼は一生を汚猥なるものとして扱われてしまうから慎重を期す必要があるのだ。

 旋回しながらゆっくりと降りていくかけるの傍らを、鎧のような潜水服がまっすぐに沈んでいって水底に砂が舞う。船から吊るされていたとてもおおきな錨を二つ、フックから外したもくずが右手と左手に握った錨をぶんぶんと振り回している姿は潜水服というよりもパワードスーツにしか見えない。絵面的にはあれで殴られるのは放送禁止だよなーと思いながら水底に近づいていくかけるにもくずの声が届く。

「うひゃあ!」
「ど、どーした?」

 唐突に奇妙な声を上げたもくずに驚いてかけるが泳ぎ寄ると、なにかトラブルでもあったのかと心配するが、もくずは彼女にしては珍しく情けなさそうな声をあげていた。

「背中に水がたれたー」

 どうやらヘルメットの中にあった水滴が垂れてきたらしい。海の中でそんくらいいーじゃん!と思わなくもないが彼女はたいそう不満だったようで腹いせにおおぞらかけるを殴ると宣言したのであわてて逃げ出した。逃げ出そうとしたところでゾーラが尻尾でかるく水をかくともくずの方に流されてしまい、ぱこんと後頭部をはたかれる。さんきゅーぞーらと礼を言っているもくずにかけるは不平の声を上げた。

「俺がいったい何をした!?」
「おおぞらかけるのくせに生意気だからだー」

 やはり女の子は不思議ではなくて理不尽な暴君なのだ。


8日目


Icon 見慣れた商店のマークの大きな木箱を引いて泳いできた。
Icon 尾で木箱を押し上げると、ぐるりと巻き付いて力を込め、
木箱がゆっくり捻じられるように潰れ、やがて弾ける様に粉々に割れた。
Icon ぽいぽいと木の破片を投げ捨てると、袋詰めのジェムを回収している。

Icon (今回は料理アイテムがないのでセブソイレブソテリメイン未開の地域店で買ってきたフルーツサンドをもぐもぐ食べている)
Icon (セブソイレブソテリメイン未開の地域店で買ってきたフルーツサンドのパンくずをぴよぴよ食べている)

Icon 「(もはや定番と化したナマコ齧りつつ)ん、今日のは割といい感じに身がしまってんな。もずこ、おめーもちゃんと食うもの食っとけよ?」
Icon 「ってなんだよ、割と普通のもん食ってんじゃねえかっ。俺だけかよー(と言いつつ、とりあえずちゃんと食べる)」
Icon (ごちそうさまでした、のジェスチャー)
Icon 「しかし、こないだ初めてゾーラがメシ食ってるの見たけど、なんつーか、ワイルドだったな。やっぱこう、好物とかもあんのか?」
Icon 「(なんつーか、食事っていうより、栄養摂取、って感じもするけどな…)」

 あたりまえだが海底探索協会は海洋世界テリメインで海底の探索を行う協会である。そして今更だが海底探索協会では探索者同士による練習戦闘、模擬戦闘なるものを積極的に行うことが推奨されていた。これはいわゆる海賊行為やPKへの対応というだけにとどまらず、昨今の探索が進むにつれて遺跡の捜索はもちろん沿岸一帯でバカンスをしている人々にも原生生物に襲われる危険が増しているという事実が彼らに対する戦闘への「慣れ」を促しているという事情があった。ちなみにPKとはパンチ&キックのことで、転じてケルナグールを意味しているとは海野百舌鳥子が手にしている海底探索がんばろうマニュアル0.4版にも書かれているところである。

「誰だよケルナグールって」
「ちいさいことをぐちぐちいうなー」

 相変わらず大空翔は身長だけではなくなんて小さいことを言う小さい男なんだろうかと、彼よりも更にコガラなもくずは呆れているが確かに彼女は態度だけは大きかったし、着込んでいる潜水服の大きさであればかけるより頭二つは背が高い。
 聞いている話では沿岸に出没する原生生物もここしばらくはより強力な個体が平然と現れるようになっていて、いずれ畑にタヌキがやってくるかと思っていたら赤カブトが現れては困るのでこれを撃退する探索者にも実力と経験の双方が求められているという次第である。これまで探索者にとっての原生生物といえば野蛮な白人どもが絶滅させた気の毒なオオウミガラスのようにレジャーかハンティングの対象でしかなかったが、昨今では探索者が敗れて周辺の人々を避難させなければならない事態も散見されているらしい。

「でね、バカンス組が実は自分たちは沿岸警備のために呼ばれてるんじゃないかってぼやいてるみたい」
「なるほどなー」

 大きな石壇は数百年来に及ぶ波で洗われて角が丸くなっている。未踏査となっている遺跡遺跡の探索は少しずつ進められていて、集められた情報が地図に書き加えられていくと、かつてこの場所が都市として使われていた当時の様子が浮かんできて崩れ落ちた瓦礫の正体や用途も明らかになってくる。そこには家もあれば店もあって通りもあり、演壇が据えられた広場も設けられていて例えばこのような場所であれば視界が通りやすく原生生物を避けるのにも都合がいい。
 もくずやかけるが腰を下ろしているのは都市遺跡の南側にある、市場に近い広場に据えられていた演壇で、広場は遺跡の他の区画にも繋がっていたから探索の合間に休息をとりながら情報を集めるにも向いていた。海面から遺跡までの深さは、セルリアンと呼ばれているこの比較的浅い海域でもそれなりにあるから小休止の都度いちいち船に戻るわけにもいかないのでこのような場所は貴重になる。そして同じようなことを考える探索者が他にも集まってくると、情報を交換したり模擬戦闘を行うにも都合がよくなってくるという寸法だ。先ほどまでもくずたちとなぐり合っていた面々も今は一緒に演壇の上でくつろいでいた。

「よし、これで強い敵と戦っても大丈夫だぜ」
「いや俺たち負けたし、課題もあったぞ」
「負けたのはお前だー・・・って殴るなー!」

 にぎやかに騒いでいるのはまいなぁ一行と名乗る子供たちだが、子供というならもくずやかけるも同年代で彼らと同じように未踏査地域の探索に赴いている探索者たちだった。名前を聞くと赤バンダナのまいなぁという少女が代表のようにも思えるが、子供たちの間で役割を分けているらしく模擬戦闘ではロビンという白髪の少年やダークという黒髪の少年が技を振るっている。まいなぁはといえば彼らの応援をしながら敗戦という結果にも前向きで練習ごときの敗戦など気にしたふうもなく、海カロリーメイト(海サラダ味)を頬張りながら友人をのしたもくずたちに感心の目を向けていた。

「それにしても厄介な技知ってるね。海賊に教わったんだって?」
「おー。海賊ジョニー直伝だぜー」

 まさか当の海賊も自分の名前がこんなくそお子どもに宣伝されているとは思いもしないだろう。近年手配書が出回っている海賊ジョニーといえば悪党すら唾を吐きかけたくなるような極悪な人物で、もくずやかけるのようなお子様にも容赦をしてくれる筈がない。直伝などといったところで子供の戯れ言と受け取られるのが落ちだったが、世の中にはまねっこしたあげく本当にバイシクルシュートが打てるようになる子供もいるものだから、スカイラブハリケーンを練習すればそのうちスカイラブハリケーンだって使えるようになるかもしれない。でも次藤くんの役割を子供に期待するのは無理があるタイ。

「あと海賊直伝元気になるジュースも教わった」
「えーなにそれ面白ーい」
「そーいえばあれって何の薬なんだ?」

 もくずの言葉に思い出したように尋ねたのはかけるだが、件のジュースは彼女がやっぱり探索中に会った別の海賊から教わったシロモノらしくこれまで何度か飲まされた記憶がある。もともとはビニール袋に入っていて吸うだけで不自然なくらい元気になるというものだったが、子供たちがビニール袋をすーはーすーはーやっているのは絵的に問題があったらしく最近ではコップでぐびりと飲むことができるようになっていた。効果は確かにてきめんで、ちょっとした麻痺や恐慌でもひとくち飲むだけでまるで新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のようにスゲー爽やかな気分になることができる。

「おー、ちょーど作り置きしとこーと思ってたからレシピ教えたるー」

 なんだなんだと子供たちが演壇に集まってくる。もくずはふところの瓶に少し残っていた薬をふるまうが、とろりとした味はさて何の薬か想像もつかなかった。せっかくの海賊レシピを隠すつもりはもくずにはないらしく、作り方を実演込みで説明してもらう。

「まず魚用意する」
「ふむふむ」

「丈夫な布でくるむ」
「ふむ?」

「しぼる」
「!」

 もくずのマジックハンドでよくしぼられた魚ジュースがとろりと瓶に流し込まれるが、これを飲むとむしろ状態異常が付与されてしまうように思えてまいなぁはひぃと腰が引けているし、味見をさせてもらった何人かは対戦相手のテンプルを殴った矢吹ジョーのように喉の奥から光るモノがこみあげていた。おおぞらかけるはといえば可憐な彼はやはりたおやめのようにふぅとくずおれているが、ちなみに海賊レシピを聞いた彼らがこのたちまち元気になるジュースを作ることにしたかどうかは知られていない。

註)
 購入SSによるリフレッシュの合成方法は以下の通りです。
 第一段階:ヒール+ブレスでドレインを作成する。
 第二段階:ヒール+ドレインでリフレッシュを作成する。

・・・

 幾人かのしかばねを乗り越えて探索が再開されると、未踏地域の奥へ奥へと足取りが進められていく。探索地域の便宜的な分類は遺跡の保全状態ではなく出没が確認された原生生物の危険度により分けられていて、もくずとかける、ゴルゴンゾーラの三人で組んでいる「軟体キャンディーズ」はより奥部の探索を申し出ている。原生生物の強さは個体や種族により大いに異なるが、概して強力になるほど大きくなる傾向にはあるらしい。たとえばこの日彼らが遭遇したヒステリーガールことシーサイド・スクイッドは以前に比べても倍は巨大な輩だが、逆に遺跡の外縁部ではマスコットのように小さなかわいらしい個体も目撃されている。
 威圧的にゆっくりと近づいてくる巨大イカたちに向かってもくずが錨を、かけるがロープを、ゾーラが魔鐘を構えて距離を測る。少々大型でもこれまでの経験から負けるとまでは思っていない相手だが、それで侮ってよい理由にはならず全力で砂にするのが彼らの流儀だった。

「Kymatos vrychithmo!」

 ゾーラが鐘を強く打ち鳴らすと、水がうねる音が波紋となって響き渡る。ずいぶん大きくなった(どこが)とはいえ無謀にも襲い掛かってきたスクールガールたちは魔鐘の振動で内臓までシェイクされるとプラスチックめいた内骨格までぐずぐずにされていまい、これにかけるのロープワークで振り回される刃に刻まれると、もう無理ぃーとばかりでかい図体で叫びながら逃げてしまう。それにしてもテリメインの原生生物にはヒトに擬態したりヒトめいたしぐさをするものが多く辟易させられるのは今さらだった。
 危険な原生生物を危なげなく蹴散らすともくずが海底に二本の錨をどすんどすんと下ろし、かけるは振り回していたロープを器用に巻き取ってゾーラはゆっくりと折り返すように右に左に身体をうねらせる。気がつけば彼らの役割もしぜんに明確になっていて、もくずは前に立って壁役に専念しながらおおぞらかけるを使いパシったり魚ジュースを飲ませる役目、かけるははしっこく泳ぎまわりながら海賊直伝のロープワークで相手をかきまわす役目、そして後ろからゾーラが魔鐘をたたいて相手をぐずぐずのジャムにする役目を引き受けるようになっている。

「次は魚ジュースなしで勝とうな?な?」

 この戦闘で魚ジュースを一杯飲まされていたおおぞらかけるの発言にもくずは耳を貸してくれないが、ゾーラは水底近くをすいと泳ぐとかけるのわきをすり抜ける。二人ともまあそれなりに悪くない、わりと仲間として認めてくれているっぽい態度になんとなく嬉しくなってしまう。これまでは保護者のゾーラが子供たちをはじめての海に案内していたふしもあるが、これからは肩を並べて助け合って一緒に冒険するふうになっていくのだろう。
 だから残さず飲みなさいね、という感じでゾーラが水かきのついた指でちょいちょいと差したのはさっきの魚ジュースが飲み残しのままになっているカップだった。

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最終回


Icon 水面ギリギリで呼吸を維持しながら、スキルストーンを魔法陣に置き、酸素と魔力を供給している。
Icon スキルストーンを啄もうと寄ってくる海小鳥を指であやす。

Icon (海ことりがゾーラとぴよぴよたわむれている)
Icon 「酸素欠乏症にかかってあたまがー」

Icon 「くっそー、勝ち切れなかったっつうか、酸素切れってか…
力負けしちまったのはくやしかったなあ。ごめんなゾーラ、実力不足だな。」
Icon 「ま、おかげさんで弱点もわかったし、数日かけて特訓といかせてもらうかな」
Icon 「(正直もずこの強化っぷりを見ると、うかうかしてられねえんだよな…)」

 海野百舌鳥子はものごとをあまり深く考えないことをモットーにしているが、だからといって彼女が何も考えていないという訳ではなかった。たとえば大空翔が1クラスに40人はいる天才だとすればもくずは1クラスに41人はいる逸材で席が一つ余ると言われていたし、それこそ大空翔をおおぞらはなぢと呼ぶべきかおおぞらなまこと呼ぶべきかといった類のことは、あれこれ考えるよりも即断したほうがいいに決まっているからあまり深く考えずに今回はおおぞらなまこと呼ぶことに決めていた。

「いやちょっとは深く考えろよ」
「おおぞらなまこの発言は認めないー」

 かけるがこのように無駄な抗議をすることによって彼は貴重な時間を浪費していることになるのだがそれはそれで彼の問題だし、おおぞらなまこはあれでけっこう役に立っているからもくずが文句をいう筋もない。肝心なのはそんなことではなかった。
 ここ数日、海洋世界テリメインの探索は皆が思っていたよりもずっと危険や苦労が増えていて「恐れを知らない人間に対して穏やかだった海がいよいよ本性を現したのだ」などとまことしやかに警告する自称自然保護派な者もいる。彼らが単に結果を見て予言者のふりをしているだけだとしても、沿岸には火トカゲが、遺跡には火の巨霊が現れて探索者が退散させられたり協会が確保した地域が奪われた例があるのは事実だった。そして未開の地域を奥に奥にと進んでいたもくずたちも他人事でははないどころか、彼らもつい先ほど遭遇した原生生物に行く手を阻まれると渋々引き下がることになったばかりである。これまで順調に探索を進めてきた彼らにとっては最初のザセツであり、もしも彼らがアンドリュー・フォーク准将であれば転換性ヒステリーによる神経性の盲目になって予備役に編入させられていたことだろう。

「しゃーない。次はあいつら砂にしてやるぞー」
「なんかチンピラみたいだな」

 いったん退散した彼らはそれほどいつもとは変わらない調子で、サイゼリヤ未開の地域店にしけこむと海フォカッチャをちぎったり海パスタををズビズバーとすすったり海シーフードドリアを平らげたりしている。未成年のもくずとかけるは海ワインは飲めないので、シーサーペント族のゴルゴンゾーラも付き合ってドリンクバーを頼むと一緒にトロピカルジュースのストローをくわえていた。ゾーラの種族は力のほとんどを尻尾に貯めていて、傷ついたり力を使うと細くなっていくからたくさん補給をすればたくさん力が使えるようになる。もっと強い技や術を使うにはもっと力が必要だから、とっておきのマリンオークの肉(サイゼリヤのメニューにはありません)を丸呑みにするとさっきの探索でずいぶんしなびていた尻尾も立派でつやつやになっていた。
 先ほど彼らの前に立ちはだかったのは二匹のエンジェルフィッシュという原生生物だが、それは同名の熱帯魚など及びもつかない巨大な魚で外見は大型のイルカかサメに似ている。温厚な性質に見えたのはあれだけ大きければ小さな生き物などとるに足らない存在だからに違いなく、十数メートルはあろうかという巨体は図鑑で見たウバザメかジンベイザメのまた従兄弟くらいはあった。体長だけならゾーラも遜色ないが、彼女の場合はほとんど尻尾が占めていたからグラマラスなボディはヒトとそれほど変わらない大きさで、うっかりすれば三人とも息継ぎといっしょに丸呑みされてしまいそうに見える。船のソナーで観測された記録ではこれでもまだ中型らしく、大型種はいったいどれだけでかいのかと呆れながら、こいつらには遭いたくないなーと言っていた矢先に二頭も現れたという始末だった。

「Sti diapason o fovos!」

 それでも分厚すぎる皮膚をゾーラが何度も何度も何度も何度もつごう50ターンくらい削ったものの、巨獣二頭が相手では如何ともしがたく悪戦苦闘しているうちにとうとうもくずの潜水服とかけるのタコデバイスから「さんそぎれだな(棒読み)」という酸素切れを示す警告音が鳴りだした。水中でも息ができるスキルストーンとはいえ貯めておける力は有限だから、こうなるとエラ呼吸ができない身としては補給が尽きて溺れてしまう前に後ろに向かって全力で泳ぐしかない。根性で我慢したりおおぞらなまこを殴ったりしても解決する話ではなかった。

「そんなわけでおおぞらなまこ強化計画ぅー(どんどんどん)」
「店の中で鳴り物はやめとけよ?」

 ともあれ調査対象をもう少し安全な地域に変更するのではなく懲りずにもう一度挑戦しようという話になる。ふつうに考えれば失敗を取り繕って名誉を回復しようと固執した挙げ句に全滅する典型的なパターンだが、ゾーラは子供たちに任せるつもりでいたし、もくずは自分たちのチームには「分別」があるから大丈夫だという根拠のない自信を見せていた。それで彼らの話題がかけるの戦闘能力をもっと強くしようという話になったのは別に彼が足を引っ張っていたからではなく、ゾーラともくずは最初から何をするかが決まっているのであまり相談する必要がなく、ユーティリティプレイヤー兼いじられ役であるかけるにもう一働きしてもらおうという理由である。とりあえずかけるくんが過労で倒れてしまわないようにねという無駄な心配はしないことにして、彼がこれまで覚えたり教わったりした技術のほとんどは対人用だったから、かねてから考えていたように原生生物用の武器を用意する必要がある、というのが結論だった。

「そこで海底探索がんばろうマニュアルから抜粋ぃー」

 もくずが開いた頁には仇敵ユーシャークを追いかけるビイハブ船長と弟シイハブの姿が載っていて、これを参考にしていったい何をさせられるのか見当もつかないがお手柔らかにと願いながらも、かけるが素直に従っているのは別に彼がそういう趣味のヒトだからではなくもくずたちの言うことが出典はともかく彼女たちなりにマジメに考えたアドバイスではあるからだろう。今のところかけるのメインウエポンたる海賊殺法も彼女たちに薦められて覚えたもので、それはヒトに対しては猛威を振るっていたがクジラのようにでかい魚には通用しなかったから新しく冒涜的で悍ましいガンを用意しようという試みである。もちろん彼に用意される武器が冒涜的だったり悍ましかったりガンである必要は必ずしもないので注意が必要だ。

・・・

 お会計を済ませると彼らは海駐車場の利用はしていなかったからそのままサイゼリヤを後にする。軟体キャンディーズと称している彼らのチームではもくずが壁になって後ろからゾーラが狙撃、おおぞらかけるは泳ぎまわって攻守のスイッチを切り替える柏レイソルでいえば中川寛斗くんみたいな動きをするのが常だった。おおぞらかけるを精神と時の部屋で修業させる?ことは決まったし、ゾーラの尻尾は栄養満点ですっかりつやつやになっていたが、ではもくずはどうするかといえば

「あのー、もずこ・・・だよな?」
「なんだー?」

 お店を出たかけるが唖然としていたのはいつの間にか彼女がそれまでの潜水服姿ではなくなっていたからだった。もともともくずが着ている潜水服は彼女の家の蔵においてあったものをちょうどいいからと持ってきたもので、ヘルメットが水の中での呼吸や耐圧や会話をするためのスキルストーンになっていて、首から下は古めかしいふつうの潜水服になっていた。とはいえ右と左のマジックハンドに持ったとてもおおきな錨を軽々と振り回す様を見ると、あれをふつうの潜水服というのはちょっとちがうような気がしなくもない。
 なのだがぽんぽんという音を立ててサイゼリヤから出てきたもくずは首から上は以前と同じヘルメットだが首から下は、というか赤銅色の潜水艇の上にヘルメットが生えている姿になっていた。大きさは足こぎボートくらいで以前よりも器用に泳げるように見えるが、ちゃんとマジックハンドも伸びていてとてもおおきな錨が握られていたからこれはこれで重いのではないかと思う。

「いや、どうしたんだよそれ」
「改造したー」

 しれっと言うもくずだが、そういえばここしばらく彼女がどこから手に入れたのか、おおきな鉛の板やらおおきな鏡の板やらを持ってきていた姿を覚えている。錨のかわりに盾にでもするつもりだろうかと思っていたが、まさかそれが潜水艇になるとは夢にも思わないというかなんかそれ以前に大きな突っ込みどころがあるような気がしなくもない。大空翔が1クラスに40人はいる天才だとすればもくずは1クラスに41人はいる逸材と言われている通り、なんか俺たちの学校ってすげーんじゃないかとときどきかけるは思うことがある。

「次はミサイル欲しーかなミサイル」

 呑気に話しているもくずだが、これで三人とも水中を泳げるようになったわけでこれまでは通れなかった街道の裂け目や断崖を越えることができるようになったわけで、これから探査範囲を広げていくときに彼女が足手まといにならないように改造したわけで、でももしかしたらあんまり深く考えずに以前出会った猫子力潜水艦がかっこうよかったからとかそんな理由かもしれないなーとも思うのだ。
 再び未開の地域に挑戦。タコとヘビと潜水服は次回からタコとヘビと潜水艇になる。


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