タコとヘビと潜水艇


1日目


Icon 小さな魔方陣を二つ並べて描き、それぞれに石を置く。
Icon 指で魔法を操ると、二つの魔法陣がゆっくり重なっていき、中央に置いた二つの石も空間が二重になるように一つなる。
Icon 石が重なった瞬間、尻尾で上から魔法陣ごと叩き潰すと、弾かれるように一つの石が出てきた。

Icon (3人で強化方針を検討中)
Icon (3人&1海ことりで強化方針を検討中)

Icon 「(海ことりをつんつんと構っているのを見て)あ、ゾーラ、やっぱそいつに興味あるのか?
やっぱり海で生活してると、小鳥とか、珍しかったりするのかな?」
Icon (…にしては、なんかここって海中でもお構いなしな妙な生き物いるけど)
Icon 「でもまあ、かわいいからいいよな!」
Icon (深く頷いている)
Icon 「そういやゾーラ、こないだタコといろいろ相談してたみたいだけど、オススメ通り新しい武器を新調してきたぜ」
Icon 「後は新しい戦法に慣れられればいいんだけど、覚えることがたくさんあるんだよな。
こりゃしばらく首っ引きで勉強しなきゃだな。(テリメイン謹製マニュアルを見つつ)」
Icon 「(しかしもずこは、全然そういうのナシに普通に新しい技とか使ってんだよな…)」

 闘技大会なるものの歴史は古く、現存する記録を紐解いてみれば例えば有名な手搏図の壁画を見てもまわしのようなものを身に着けた半裸の人物が二人向かい合っている姿が描かれていて人類の起源から闘技大会こそがヒトの本質にあることは歴史が証明していることは歴史的事実である(要出典)。
 そんなわけで初開催から第一回と頼もしく謳われている第一回海底杯とかいう闘技大会が開催されることになったということで、海洋世界テリメインではこれまで探索協会が調査を完了した地域の最前線まで拠点を進出させると仮設とはいえ大会用の大々的な施設を建設、探索者たちも続々と集まっているらしい。海底調査を目的としている筈の協会が、日頃推奨している練習戦闘とは別にわざわざ探索者同士を競わせる理由はなんだろーかと真面目に考えてもあまり意味はないのだが、派手なイベントを行うことでスポンサー?を集めようとでもいうつもりなのか、最終予選のメンバーを探してハリルホジッチが視察に訪れるとでもいうのか、あるいはアラクレモノを集めてガス抜きの機会を与えておこうというつもりでもあるのだろうか。

「ついたー」
「なんか拠点に戻るのは久しぶりな気がするなあ」

 穏やかな海と呼ばれているセルリアンでは、少し浮かべば透明度の高い水中を遠くまで見通すことができるから、協会の建物自体はしばらく前から見えていたがたどり着くまでに時間がかかりそれはそれで辟易させられる。探索者による未開の地域調査は少しずつ進められて海底の地図も日々埋められていたが、過日、巨大魚エンジェルフィッシュを相手に足止めを食っていた海野百舌鳥子や大空翔たちは他のチームに比べると多少調査が遅れているといえなくもない。協会の中にもそのように短絡的に考える者はいるらしく、設けられていた仮設窓口で応対したパツキンのマリンオークに調査の遅れをいやみたらしく(偏見)教えてもらうと国会議員直伝顔はヤバイよボディやんなボティを食らわせて静かにしてあげた。口からSPを吐き出して沈黙したマリンオークはすぐに回収されるとバックヤードに運ばれていってその後どのように加工処理されたかは誰も知らない。

「こんにちは!お元気でしたかー?」
「おー、おひさー」

 そんな窓口での悶着はおいて、久しぶりの探索拠点を訪れたもくずが声をかけられると振り向いた視線の先で、伸ばした手を振っているのはポニーテールをした水着姿の少女とわくわく珍獣探索奇行の一行だった。フィオナ・ターナーはもくずよりもはるかに気さくで礼儀正しくてよほど女の子らしく(本人の安全のために誰の感想かは伏せる)、協会管理生物第502号ことウーヴォーは先日よりもひとまわり大きくなっているように見えてフロアの外で尾びれを揺らしてゆったりと回遊しながら、入口の脇で路上販売されているマリンオークの肉(加工済み)にシーサーペント族のゴルゴンゾーラが財布の紐を緩めている様子を見て首を捻っていた。

「(それ、うまい、のか?)」
「(なかなか)」

 そんな会話が無言で交わされていたのかどうかはフロアから遠目で見ているかけるには分からないが、同年代でもよほど女の子らしく見えるフィオナの水着姿に水中とはいえ多少照れなくもないが、えーと、そうではなくて一瞬不埒な考えになりかけた脳内を切り替えるように腕を組む。
 ふと傍らを見ると、かけると同じように腕を組んでいるギョタロウ氏と視線が合って思わず目礼を交わしてしまうが、この海パンに白衣に足ヒレに魚メットのおじさんが海洋学者だというんだから常識ってなんだろうなとそんなことを考える彼自身がランニングシャツにリラコというおっさんめいたファッションをしていたりする。ちなみに彼がふだん頭に乗せているゴーグルは見えないものが見えたりするので戦闘中はともかく女の子に向けて使うと彼が中学生男子になってしまうから自重するだけの分別も持ち合わせていた。

 広いホール状になっている拠点の建物は天井まで水で満たされていて、スキルストーンを持っているたいていの探索者は陸生海生問わず入れるように作られていたがウーヴォーのようにちょっと大きなヒト?が入るには手狭に感じるかもしれない。風の噂というか波の噂に聞いた話によれば探索者の中には竜だとか氷山だとか神様だとか相撲取りだとかインド人といったまだ見ぬ生物?もいるらしく、それにしても海は広いな大きいなあと思わせてくれる。

「泳ぐの慣れてますねー。私なんかまだまだなのに」
「え?え?」

 唐突に声をかけられてどきどきしてしまう。いつの間にか腕を組みながらあぐらをかいて上下さかさまに浮いていたかけるの様子を見てフィオナが器用だなあと感心していたらしい。そういえばいつも自然に泳いでばかりいたから水の中にいるという感覚もあまりなく、周囲にいる他の探索者たちを見ても、フロアがあるのに足をついて歩いていない少数のヒトの中に自分が入っていることに気づく。普段から泳いでいるゾーラやウーヴォー、潜水艇を漕いでいる?もくずと違って確かにフィオナやギョタロウは二本の足で床を踏んでいた。

「あーいやこれはその」

 他人にしかも女の子に褒められれば中学生男子としては悪い気はしないものだが、それでも調子に乗った彼をぺしりとはたくと「ほめられたならちゃんとお礼をいいなさい」とばかりたしなめてくれたのは彼が後頭部に着けているタコデバイスで、素直にどーもと頭を下げると「よくできました」と撫でてくれるのもやっぱりタコデバイスだった。
 とはいえ自然に泳げるようになったのはいいけど本当なら水中とはいえ上下を忘れてしまうのはよくないから調子にのっちゃだめと無言で諭される。わりと放任主義で見守ってくれるゾーラや無理難題を強いてくるもくずとは違ってタコデバイスは彼にとってダイアナ・バーリーやジークフリード・キルヒアイスのように親身に接してくれるのだ。

「いや別に決して俺がぼっちで友達がいない訳じゃなくて」
「???」

 とりあえずいまいち会話になっていないのだが、ぼっちに女の子との気の利いたコミュニケーションとか期待すんなよ。分かれよ。

・・・

「えーと千日亀はガードとタウントと、あとなんだっけゾーラ?」
「(インシュアランス?)」
「うわ。厄介そうですね」

 闘技大会に勇んでやってくる強者(もさ)たちの姿もそこらに見かけるが、もくずやフィオナたちが当面気にしているのは専ら彼女たちが調査中に出会った原生生物についての情報らしく、原住民のゾーラやウーヴォーも交えて互いの知識を交換しているがふつうに意思が通じているのはスキルストーンの力なのか別の理由なのかは分からない。彼ら自身も闘技大会には出る予定になっていて、もちろん戦って勝てば嬉しいし負ければ悔しいのだが、調査が遅れる方がよほど問題だし特に要注意とされている幾つかの原生生物の噂があちこちで聞こえてくる昨今では情報は少しでも欲しかった。
 例えばこれがもくずたちが主人公のテレビアニメだったら挫折した主人公たちが足踏みをしている間に先行した友人たちの前に思わぬ強敵が現れてピーンチ!となったところでアイキャッチとCMが入ると、カメハウスの映像を10分ほど流した後でパワーアップした主人公たちが参上してオラわくわくしてきたぜ次回に続くとなったりするのだがそんな都合のいい展開はアニメじゃない本当のことさでは期待できるものではない。危険には真面目に対応策を講じて自分たち自身も成長させる、皆が集まればそのための情報が共有される、結局はその口実をつくるために海底杯とやらも開催されるのだろう。

「でー、ここに穴あけてSE積んでー」
「エンジン強化が先じゃないですか?」

 その筈なのだが、え?何の話してるの君たち?戦車?とか不穏な会話が聞こえてくると、いつの間にか潜水服が潜水艇になっていた友人はどこまで行く気だろうかと考えてしまいなんかビグ・ザムみたいののてっぺんにヘルメットがついている姿を思い浮かべてそろそろ海底にも桜が咲く季節だというのにかけるの背筋がちょっと寒くなる。とはいえ潜水服が潜水艇になってモビルアーマーになったとしても乗っている人間が変わるわけではなく、たとえ鉄球とサウルス砲を装備すると言われても今更動じたってしょうがないのだからささいな会話に揺らされることのない鋼鉄(はがね)のメンタルが彼には必要なのだ。

「そんなわけでおおぞらなまこ、今日はお前で熱耐性を試す!」
「え?」

 そんなジャイアンの声が聞こえたような気がするけどきっと聞き間違いに違いなく、いつの間にか傍らにやってきていたゾーラの最近はやりのヒートウェイブがとても熱そうなことだとかそういえばもくずが熱耐性を買っていたので試験をするつもりでいるのかもしれないがそれが何で俺でとかいろいろなことが彼の脳裏を去来したが、それが単なる聞き間違いだったのかそれとも走馬灯のように彼の脳裏をよぎった刹那の記憶なのかはすぐに明らかになるだろう。

 単なる聞き間違いだよね?ね?


2日目


Icon さらに新しい石を魔法陣に乗せるが
Icon ふっと横を見て、もくずに石をごちゃっと渡した。

Icon 「ねご潜水艦にミサイルもらったー」
Icon (魚雷を積んだので少し潜水艇の中がせまくなっている)

 海底杯の会場は盛況で、金鷲旗高校柔道大会のように会場の端から端まで張り渡されている対戦表を見るとどうやら600人を超える探索者たちがこの闘技大会のためにわざわざ設えられた建物に集まっているらしい。あまり人数が多いので幾つかの対戦が並行して行われるのは仕方のないことだが、終わった者や控えている者たちは会場をぐるりと囲う観客席から観戦することもできたし売り子たちを呼び止めて海かきごおりや海焼きとうもろこしや海明太子をほおばることもできた。
 腕試しだったり名誉心だったり退屈しのぎだったり、大会に参加する理由は人それぞれだが危険な海域での探索に慣れた者や、海賊行為やその征伐に乗り出している者が集まっていたから総じて実力のある者が多い。海野百舌鳥子や大空翔のように学校の無邪気な運動会くらいのつもりで挑んだところで「強い人たち」に圧倒されるのがせいぜいだったろう。

「おつかれー」
「皆さんお強いですねー」

 そういってもくずたちが座っている観客席にやって来たフィオナ・ターナーなどが余程強かったりするのだから同年のかけるなどはいやいやお強いのはあなたですからなどと謙遜ではなく心中感心してしまう。彼女は常のわくわく珍獣探索奇行ではなく探索中に知り合ったらしい仲間たちと参加していたが、その仲間たちが早々に倒されると彼女一人で三人を相手取って大立ち回りを演じてみせていた。
 けっきょく時間切れ間際まで粘ると酸素が尽きて降参はしていたのだが、さわやかに相手を讃えている姿を見ると本当に強い人ってこういう人なんだろーなと我と我が友を顧みてしまう。きっと彼女は負けたからといって「暗い夜道は気をつけなー」とかチンピラみたいな捨て台詞を残すことはしないのだと、自分たちというか主に同級の友人がモヒカンヒャッハーズの集まりのように思えていずれ黒王号に踏み潰されてしまうかもしれなかった。

「でも毒とか潜水病とか厄介ですよね。最近海域でもそういうの使う生き物増えてきましたし」
「うん。毒使うタコとかいるからなー」

 もしもしそれは俺のことですかと、フィオナともくずの会話を聞いていたかけるは思うがもちろん最近調査地域に現れるようになったオクトパス男爵、和名ダンシャクダコのことであろう。過日、未開の地域の探索中にもくずやかけるたちも遭遇した原生生物で、外見はミズダコに似た大型の蛸がぐったりした人間の身体をぶら下げているというなかなか冒涜的な生き物だった。
 特に人を襲う類の原生生物は特徴的な行動をとる例があるが、彼らの場合は触腕のそれぞれに道具として刺胞生物を括り付ける知能を身に付けていて、これを振り回して八本の腕そのものを相手に切り付ける武器のように用いてくる。かけるが海賊ジョニーに教わったロープワークでナイフを振り回す技を、巨大な大蛸がより強い毒で振り回してくるのだからたまったものではない。その時はかろうじて退けたものの、彼らの主戦力であるシーサーペント族のゴルゴンゾーラがあわやというところまで刺されると正直運良く勝つことができたという体たらくである。

「(あれはあぶなかったから気をつけないと)」

 ゾーラに警告されるともう少し作戦とか戦い方を考えないといけないねとか、装備を揃えないといけないなあとか顔を突き合わせて相談したものである。スキルストーンのおかげでゾーラももくずもかけるもタコデバイスも海ことりも彼らは水の中でそれなりに意思の疎通ができたから、呑気な外見や組み合わせのわりに探索にはけっこうまじめに備えていてそれでもたびたび痛い目に遭わされていたから気が抜けたものではない。
 闘技大会や模擬戦闘はもちろん勝てたら嬉しいが、他の人の戦い方をまじめに勉強して調査や原生生物との戦いにしっかり準備して挑むための場にしよう。もくずたちの方針はこれで一貫することにしていたから本来彼らこそがこういう大会にはフィオナのように謙虚に構えるべきなのだ。

「ひゃっはー!やろーどもねこそぎかっぱげー」

 などというチンピラまがいのことを叫んでいるようではいけないのだが、たぶんおおぞらなまこの言うことなんか聞いてくれないだろうから同年のさっそうとした女の子の水着姿がまぶしいぜとか年頃のかけるは考えなくもない。ランニングシャツにリラコ姿で。
 とはいえ相手に恵まれたこともあって、初日の闘技大会はなんとか切り抜けたもくずとかける、ゾーラの三人は改めてそれぞれが会場内の同業者たちを探すと彼らが調査に赴いている未開の地域の情報集めに勤しんでいた。聞いた話では探索者たちが切り拓いた後を追ってカジノ船なるものが巡航しているらしく、仔細は分からないが賭場と行商人が帯同して人目を引いているらしい。古来からフロンティアには商人と8933がつきまとうのが常だったから、協会が放任しがちな探索者の世界で無法者がまかり通るのもやむを得ない事情ではあったろう。

「カジノって何やってんだろーね」
「んーと、スロットとかポーカーとかモンスター闘技場とかじゃねーの?」

 それはドラゴンなクエストのカジノだが子供たちの認識などそんなものである。とはいえ多額の金銭が動けば商人がついてくるし、商人がいれば商品が交わされるし商品が交わされれば協会も理由をつけてアガリを巻き上げることができるという寸法でこれはこれでWinWinの関係が成立してしまう。無法な場所に無法者が徘徊するのを黙認することにはなるが、そうでなければ手に入らない技術や装備が出回るから探索者としては危険の中で生き残るためにもこうした怪しい連中の出没は有り難かった。
 とはいえもくずたちの探索は多少出遅れていることもあって、まずはそこまで辿り着けるように自分たちを強化していくのが先決である。闘技大会に合わせて拠点に戻って来たのは情報集めだけが理由ではなく、必要な装備を揃え直してもう一度未開の地域の深部に挑むためだった。

「おー!ねごー!」
「おやどうも!久しぶりですなハッハッハ」

 潜水艇姿のもくずに声をかけられると、傍らに漂ってきたのは以前に模擬戦闘で対峙したことのある猫子力潜水艦C-299である。聞いた話ではC王国の技術の粋を集めて建造された潜水艦で、自我を持つAIを搭載しているらしい。艦長のチャッター大佐を含めて乗組員たちも猫だから艦内はにゃーにゃーにゃーにゃー騒々しいが、幸い大佐は軍人(人?)のたしなみとして人語を解するから会話を交わすことはできた。それ以前にスキルストーンがあれば会話もできる気がしないでもないが騎士以外の発言は認めない。

「ねーねー、ミサイルあったらくんない?でっかいやつ」
「皆殺し魚雷のことですかな?我が軍の払い下げでよければ提供できますぞ」

 兵装を提供するには猫子力情報に関する包括的保全協定GSOMYA(General Security Of みゃー)を締結する必要があったから、両国間で合意が交わされると猫子力潜水艦に搭載されていた旧式の魚雷と設計情報が提供される。もくずの潜水艇では構造上射程も短いし命中精度も甘くなりそうだが威力はひけをとらないくらい強化できるでしょう、とはC-299の技師が教えてくれたアドバイスだがもちろん猫だからにゃーにゃーにゃーにゃー教えてくれているのを聞き取らなければならなかった。潜水艇の前部にミサイル用のカタパルトが据えられると、感謝したもくずが器用にマジックアームを振る。

「よーし。助かったあんがとー」
「なにお安い御用です。またお会いできるといいですなハッハッハ」

 寛容な大佐に送られると潜水艇をきこきこ漕ぐ音がして、互いに艦首を転じた潜水艦と潜水艇が荒海に出立する。というかここはまだ闘技大会の施設の中だから探索を再開するために売店で海ポップコーンと海ドクターペッパーを購入したら仲間と合流しないといけなかった。
 とはいえこれまで海底をのしのし歩いて壁になる潜水服がもくずの役目だったが、これで彼女は海中をきこきこ泳ぎながら壁になることができるしいざとなればミサイルくらい撃てるようになったというわけだ。だが彼女は人が思っているよりも慎重で分別のある理論派だったから、ここ数日拠点で強化することができた装備の有効性を確認した上できちんと理解しておかなければいけない。装甲を物理系と魔導系それぞれに分けて強化する措置は潜水艇の外板に施していたし、補給や治療に使う装備も引き続き搭載されている。そこまで考えたところで見知った姿が視界に入ると、もくずは機嫌良さそうに宣言した。

「おいおおぞらなまこ、今日はお前でミサイルを試す」
「え?」

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3日目


Icon 船上の灯りと行きかう人々の喧騒を水面から伺っている。
Icon カジノ船から降りている取引用のボートから荷を受け取ると、軽く首をかしげてすいっと潜ってしまった。

Icon 「よーしバカラいくぞバカラー」
Icon (海ことりはシジュウカラではないのでネクタイは着用していません)

Icon 「…」
Icon 「あのなあ…てかバカラって、マスターと客の勝敗を賭けるってアレだろ?
俺が言えた義理じゃねえけどさ、そういうのはやっぱ、マズいんじゃないか?」
Icon 「話せば長くなるけど、俺のばーちゃんはそら厳しい人で、
見ず知らずの人をダシに賭け事するようなことはしちゃいけねえって…」
Icon 「ってオイ、もずこ何勝手に賭けてんだ!?てか、俺かよッ!?」
Icon 「ゾーラ、なんとか言ってやってくれよ…って、うわ、いねえっ!?」

*** 未成年者の賭け事は法律でかたく禁じられています。 ***

 海洋世界テリメインの探索は続けられている。すでに穏やかな海と呼ばれているセルリアンの踏査はほとんどが終えられていて、先行する遺跡調査隊の一部では灼熱の海レッドバロンへのルートが発見されていて新しい海域の探索が進められている状況となっていた。一方で未開の地域調査も順調に進められてはいたが、原生生物に阻まれて他の探索者たちに一足遅れていた海野百舌鳥子たちはようやくセルリアンの外縁部に近づいてきたところにいる。これまでと同様に朽ちた遺跡にときおり行く手を遮られることもあるが、生身で泳いでいる大空翔やシーサーペント族のゴルゴンゾーラはもちろん、潜水服から潜水艇に乗り替えていたもくずも海底を歩かずに泳ぐことができるようになっていたから多少の障害は乗り越えて行くことができた。

「こっちの海溝を渡れば近道できるはずだ。これでけっこう先行組に追いつけるぞ」
「任せとけー」

 かけるの後に続くように潜水艇が海底の狭い裂け目を渡る。潜水艇とはいっても足漕ぎボートくらいの大きさだから、崩れた遺跡の壁や柱を潜り抜けるにもさほど苦労はない。瓦礫の影から原生生物が襲いかかってくることもあるが、ある程度深い海域である程度大型の原生生物を相手にすることが多くなっていたもくずたちがそこらの「海の生き物」を相手にして後れを取る心配はほとんどなかった。もっとも、浅い海域でも危険な生き物が出没することはあったからとうてい気を抜けたものではなく、エンジェルフィッシュやダンシャクダコなどと聞くと彼らに苦労させられた記憶がすぐに思い出されてしまう。
 未開の地域の踏査もほとんど完了していたが、けっきょく遺跡はセルリアンの外縁部まで続いていてかつてヒトが暮らしていた痕跡が絶えることはなかった。見なれぬかすれた文字や崩れて小魚が住み着いた家具らしきもの、さびついて原型を留めていない食器に珊瑚や海藻で覆われた柱、そうしたものを発見するにもいい加減飽きてくる。だが先行する探索者に聞いていた話ではじきに都市の外縁部にたどり着いてそこでセルリアンの海域は終わるはずだった。

「お、あれじゃないか?」
「ついたー」

 今日人類がはじめて木星についたよという感じでもくずが声を上げる。唐突にひらけた場所に出ると、そこで遺跡は終わっていて噂に聞いていた通りきらびやかな船が停泊している姿が見えた。遺跡のこちら側は街道も敷かれておらず海底は地面がむき出しになっていて、壁の厚さや高さを見てもかつてセルリアンに存在した文明圏そのものが終わりを告げていることが分かる。
 その海底に何本もの錨を下ろしている船は舷側に「おおいなる波」ビッグウェーブ号と書かれていてどういった機構なのか、一見してふつうの客船めいた船体が海中に停められていた。もちろん沈没しているのではなくこの船が水の中を進むことができるので、おそらくはスキルストーンと同じ技術が用いられているのだろう。周囲を照らしている趣味の悪いネオンサインにCASINOの文字が明滅しているのが見える。

 カジノ船の運営そのものは協会にも認められているらしいが、実際には海賊行為と同じで不法が黙認されているのが実態なのだろう。とはいえ危険を承知で調査を進めている探索者たちに追従して、金儲けのタネを探して最新の情報や装備を取り扱ってくれるような輩に健全な常識人を求めていては一日が一年をかけても調査が進展するはずもない。工房で試作されたばかりの強力な装備や開発されたばかりの新しいスキルストーンが取り引きされるのも、彼らのような命知らずの商売人が前線に帯同してくれているからこそだった。

「で、どうする?やっぱこの船寄ってくのか?」
「もちろん。バカラやんぞバカラー」

 かけるの言葉にもくずがどこまで本気で言っているのかは分からない。ものすごく大雑把に言えばバカラとは丁半博打のようなもので、ルールはプレイヤーとバンカーが殴り合うのでどっちが勝つか賭けるだけのシンプルなものだ。どちらが勝つかはほぼ互角だから配当もほぼ二倍、たまに引き分けることもある。勝ち続ければ倍々で増えていくが負ければうみのもくずになるしかない、とはいえこれで探索者が身を持ち崩したら意味がないから購入できる金額には限度が設けられているが、その限度枠も購入して広げることができるのでその気になれば巨万の富を得ることもすべてを一夜で溶かすこともできるだろう。

「(ほどほどにね)」

 ゾーラは騒々しいカジノにはあまり興味がないらしく、ゆったりと水中を泳ぎながらカジノに併設して開かれている市場に目を向けると並べられた品々に興味を惹かれていた。彼女の記憶ではセルリアンの海域はこの先で終わりを告げて、じきに海中島の海と呼ばれるアトランドの海域が見えてくるはずである。海の中に島が点在する奇観の地が彼女たちを待っているが、海域の外縁部には原生生物とは異なる特異な生き物が出没することがあって住民の間でも危険な地域と思われていた。この船で充分な装備を整えておく必要があり、ばから云々はともかくこの船に立ち寄らないという理由はない。
 泳ぎながら右を見て左を見ると、ビッグウェーブ号には入り口がいくつか設けられていて、探索者に向けた施設とは別にやたらとお値段が張りそうなホテルやレストランもあって船が客を選り好みしていない事情が分かる。子供たちは大丈夫だろうかとふと心配になって、ひとまず別れようとしたゾーラがもくずとかけるの方を振り返ると二人がカジノの入り口近くでぽつねんとしている姿が見えた。どうしたのかとくるりと身を返すと仰々しい扉の脇には幾つかの注意書きが書かれている。

「未成年者の賭け事は法律でかたく禁じられています」
「男性はネクタイの着用をお願いいたします」

 数分後、カジノの中にいたのはぺたんこな身体に似合わないドレスを着たもくずと、ランニング&リラコ姿にネクタイを締めたかける、けっきょく彼らの保護者としてついてくることにしたゾーラだった。どう考えてもこれで未成年に見えないわけがないだろうとは思うのだが大人の世界には建て前と本音というものがあるから着飾った?お子たちがカジノに入るのを止める常識人は誰もいない。先述したとおりこんな場所に常識人を求めても見つけられる確率なんてスライムがスライムベホマズンに勝つくらいの可能性しか存在していないのだ。

「どこにそんな服あったんだよ」
「潜水艇に入ってたー」

 なんでも潜水艇のすみっこにトランクが置かれていて、ドレスとネクタイと一緒に「こんなこともあろうかと」と書かれた書き付けが一枚もくずの祖父の字で入れられていたらしい。なんかオレたちだまされているんじゃないだろうかとかけるは思わなくもないが、いつも潜水服か潜水艇姿の同級生がドレスアップをしている姿は15歳男子なりに新鮮には見えて馬子にも衣装とかまな板にもドレスとかカジノに入ることもできたしあまり深く考えたところで彼が不幸になるだけに違いないから追求しないのが正しいのだろうと思う。
 カジノにはそこらにテーブルが設けられていて、船に雇われた人魚がカードを開いては周囲にいる人々が一喜一憂の声を上げている。開かれているゲームにかけるも興味がないわけではなかったが、彼自身は好奇心が勝っているだけでアップルジュースのグラスを両手に持ってもくずの後についていくので忙しい。なにしろ鳥の巣頭のぺたんこ娘は同級生のことなど気にもしていないようにずんずん進んではそこらを見て回っているのだが、いったいこの大きな態度はどこからくるのだろうとある意味感心させられる。

「よーし、おおぞらなまこ買うぞー」
「え!?ほんとかよ」

 賭け事はしたらあかんよとおばあちゃんに言われて育ったかけるはまさかもくずが本気で賭け事に手を出すとは思っておらず、彼の脳裏に一瞬だけ、すかんぴんになって鈴木義司のようにござを巻いたもくずとかけるとゾーラの三人が土管で暮らしている姿が浮かぶ。
 次回からこの日記のタイトルは「土管で暮らす」になるのかなーとか考えたがいちおうもくずもそこまで無謀ではないらしく、てきとうにチップを買うと全額を引き分けに賭けたらそれで満足してしまったらしい。なるほど買わなければ確率はゼロのままだから、賭け金を捨てるつもりで一攫千金を一枚だけ買っておこうというわけか。あーなんかギャンブルといえば宝くじになってしまう日本人なんだなーと感心したような安心したような気分になる。

「どーしたなまこ?」
「いや、もずこのことだから全額賭けてすかんぴんになるのかと」

 安心したせいか思わず正直に話してしまうと、やっぱり似合わないサングラスの向こうでもくずの目が細くなったのがかけるには分かる。もちろん普段の行いというものはあるだろうしカジノに引っ張られたかけるが不安に思うのも無理はないがもくずさんはたいそう気分を害された様子に見えた。

「よしわかった、このバカラで勝ったら次はおまえの全財産を賭ける」
「!!」

 つまりすかんぴんになって鈴木義司のようにござを巻いて土管で暮らすのはオレだけですかとかけるは思うが、もちろんそうかんたんにバカラの引き分けなんて当たるはずがないからもくずの冗談にはちがいないのだ。
 でも当たったらどうなるんだろうなーとか考えると彼らが本当に考えるべきはこの先のセルリアン外縁部にいるらしい魔物のことなのだがそんなことよりももしも万が一があったらオレはどうなっちゃうのかなあと心配できる彼らはきっとこの果てが見えてきている未開の地域でちょっとくらいの危険には動じないだけの自信と実力がついているのだろう。子供というものは成長する生き物なのだ。

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4日目


Icon 鐘に練りこむように、繰り返し繰り返し魔法を重ねている。
Icon 指で軽く鐘をはじくと、広く遠くまで音の波が伸びていく。

Icon 「宿題やったかー?歯ぁみがいたかー?ガーゴイル戦の準備はできたかー?」
Icon 「おいおおぞらなまこ、今回はお前を頼りにしてやるー」
Icon 「だから勝てなかったらお前をなぐる!」
Icon (海ことりはおおぞらかけるをぴよぴよ応援している)

Icon 「…(無言で考え込む)俺を頼りにしてくれてるってのは、うれしい。
いや、でもそれはそれで責任重大だからこそ言いたい事があるっつうか…」
Icon 「なあもずこ。お前の語彙力っつうか、ボキャブラリーってさあ…
なんでそんなになんつうか、その、おっさ…もとい、前時代的なわけ?
じきに治るかって思ってたらなんか最近酷くなって来てるからこの際言っとくけど…」
Icon 「お前実家の蔵にある爺さんのよくわかんねえ遺物、全部読んだり見たりしてるとかねえよな!?
なんかとんでもないトンチキな時間軸で生きてねえか?だとしたら全力で俺は止めるぞ!?」
Icon 「ゾーラも手伝ってくれよっ。このままじゃ俺の身がもたねえっ!
少しでももずこをこう、オンナノコらしくというか…って、聞いてくれー」
Icon (女らしさって、なんだろうね的なジェスチャー)

 カジノ船ビッグウェーブ号の一夜が明ける。そこは穏やかな海と呼ばれているセルリアン海域の外縁部に近く、それまで調査を続けていた未開の地域にずっと連なっていた遺跡群が唐突に途絶えると開けた場所に船が止められていて、訪れていた探索者たちの多くは単に息抜きをするためというよりも鋭気を養いながらそこから先にある海域外縁部に挑むための装備と情報を調達するために、この趣味の悪い船に乗り込んでいた。
 船が停まっているすぐ目の前の空き地にはなぜか三本の土管がいかにもといった風情で並べられていて、三人の人影が現れると富永一朗風の絵柄をした海野百舌鳥子と大空翔とゴルゴンゾーラの三人がいよいよセルリアンの外縁部に向けて出立する。彼らは別に昨夜のカジノ船のバカラですかんぴんになった訳ではなかったがカジノ船から出立するにはこれが礼儀らしい。

「いやそんな礼儀は聞いたことがないんだけど」
「おおぞらなまこの発言は認めないー」

 騎士団の盾ことハインリヒみたいな口調でもくずが言うが、ようするに出立を前に深刻にならないための趣味の悪い冗談なのだろうと考えることにする。幸いというべきか、カジノでもくずが記念に買っていたTIEのチケットは当然のように外れていたから彼女の宣言どおりかけるの全財産がバカラにぶっこまれる事もなく、肝心の海域を出るための準備もそれなりに皆で相談して万全にできたはずだった。いよいよ1面のボスが現れるみたいなものかと、ビッグコアが登場する前の火山のBGMを脳裏に流しながらかけるがゾーラに振り返る。

「ガーゴイルだっけ?あれって海の中でも羽はえた悪魔みたいなやつが出てくるのかな?」
「(聞いたことない)」

 かけるの疑問にゾーラは水底の近くを泳ぎながらゆっくりと首を振る。シーサーペント族のゾーラは近海に暮らしている原生生物であれば多少は見知っていたり聞いていたり食べたりしたこともあるが、海域の外縁部にいる「魔物」と呼ばれている存在は具体的な種族を指しているわけではなく不確定名Unseen Entityのことだからそもそも生き物であるかどうかも疑わしい。あるいは遺跡と一緒に海に沈められた古い文明の遺産であるかもしれず、魔法で動くマジカルな物体かもしれないし単なる着ぐるみかもしれないのだといえば想像力が過ぎるだろうか。かけるの話を聞いて横合いから声がかけられた。

「私たちが遭ったのは伝承に聞くような羽のはえた悪魔像でしたけど、他の石像もあるかもしれません。とにかく海域の外縁にたくさん並べられてるみたいですから気をつけてくださいね」
「あ、えーと、アリガトウゴザイマス」

 フィオナ・ターナーに言われて思わずかけるの返答が不自然になってしまう。彼女たちはもくずやかけるたちよりも先に海域外縁部で件のガーゴイルに遭遇するとこれを撃退していたので、いよいよ外海へのルートを目指して出立する前に一度船まで補給に戻っていたところだった。遅れて到着したかけるやもくずたちにわざわざ有用な情報を教えてくれたのだから人が好すぎるように思えなくもないが、幸いこの国には「情けは人のためならずんずん教の野望」というありがたい教えがあるかもしれないからクリアするためには二周まわる必要があるらしい。
 とにかくそのガーゴイルは集団で現れると機械的に襲ってくるが頑丈でなかなか壊れないのできりがないように思えてくる、長期戦で酸素が切れないように気をつけてというのがフィオナたちのアドバイスだった。先だっての闘技大会で見せていた粘り強さがあれば彼女が勇ましく立ち回っていた姿も想像できるが、もくずたちが選んでいるルートはもう少し深層にあったから置かれている石像もより頑丈なものになっているかもしれない。

「(たぶん、どく、きく)」
「え?石像なのに毒効くんだ?」

 更にウーヴォーこと協会管理生物第502号さんも親切に助言をしてくれるが、彼?の話が本当ならかけるの海賊直伝ロープワークが役に立つかもしれないと多少期待する。石像に生物毒が効くなら実は生き物なのだろうかとも思えるが「きっと関節部に隠れてる軟体生物が動かしてるんだー」とかどこかの漫画の動く鎧のような説をもくずが主張する声が聞こえてくる。彼女の説はたぶん海底探索初心者がんばろうマニュアルに書かれているものだが残念なことにマニュアル自体がどうにも嘘くさく、どのくらい嘘くさいかといえば帝国書院発行の地図帳に書かれているC鮮民主主義人民共和国発表の統計情報くらい無慈悲な嘘くささが満載だった。
 とにかくなんとかなるだろーかと、泳ぎながらなんとなくあごに手を当てて考えてしまうかけるだが、ふと白衣に魚メット姿のギョギョギョの魚太郎と目が合うと魚太郎は死んだ魚のような目で見ているだけでなんだかよくわからないが応援されていることはわかる。とりあえず無言で会釈すると魚太郎も無言で会釈を返してくれて、後はやっぱり自分たちでなんとかするしかないようだ。

「がんばってくださいねー、またお会いしましょう」
「おー、あばよー」

 ちなみにあばよと言えば柳沢慎吾ではなくABAYO FLY BYEのことだから気をつけて欲しい(何を)。手を振って泳ぎ去っていくフィオナたちが発見していたルートは外海を経てアトランドとストームレインそれぞれの海域に繋がっているらしく、友人を見送ったもくずたちも改めて自分たちが進めていたルートに進路を向け直す。彼らの目的は未開の地域を調査することだから他の探索者が開拓した道をたどるという考え方は基本的に存在せず、自分たちの調査範囲は自分たちで踏査しなければならなかった。
 情報もアドバイスももらったが攻略は自分でしなければならない、とはいえかけるなどにしてみればヒトデ&ウーマンとかナマコガールのように友好的なそぶりをして15歳男子をだまくらかそうとする原生生物に比べれば、襲ってくるからレッツシュートすればいい魔物とやらのほうがよほどマシな相手に思えていた。少なくともガーゴイルとやらが豊満な水着姿のグラマーだったりリアルな内臓をぶちまけたりすることはないだろう。ずしりと大きい火星バースト砲もうごくせきぞうが相手だったら遠慮なくぶっぱなせるというものだ。

「よーし、あらためてでっぱぁーつ」

 もくずの頭の悪いかけ声に続いてタコとヘビと潜水艇が泳ぎだす。多少の足踏みもしているし闘技大会の戦績もACL出場権にはほど遠いが、なんだかんだで彼らは地道に装備もそろえて探索にも慣れてきていよいよ次のステージに挑むんだという高揚感もわいている。もくずの潜水艇は最前線で殴られる壁になってくれるしゾーラの火力と水流はますます派手になっているし、かけるもようやく組み立てた火星バースト砲が使えるようになって役割分担をしながら仲間の弱点も補えるようになっていた。ちなみに火星バースト砲の命名はかける自身の考案だが15歳男子にセンスなどというものを期待してはいけない。
 先行するもくずの潜水艇からきこきこいう音が聞こえてくる。足で漕いでいるのではなく潜水艇に搭載されている装置がペダルを漕いでいるそうで、古いのか最新型なのか分からない技術だった。先のカジノ船でも修理を手伝ってもらいはしたが、もくず自身も潜水服なり潜水艇の整備はけっこうマメにしているらしい。物理攻撃とか魔法攻撃を弾くために持ってきたおおきな鉛の板とかおおきな鏡の板とかどこに組み込んだんだろーなとか思いつつ、かけるはどうせなら潜水服とか潜水艦よりもこないだ着てたドレス姿で泳いだっていいのになーとかぺたんこなドレス姿を思い出しながらいまいち意味のないことを考えてしまう。

「いまひらべったいと申したかー!」
「え!?いや、まな板じゃなくて鏡とか鉛の板とかそうじゃなくて」

 確かにもくずは平坦だがかけるの名誉のためにたぶん誓ってこのときの彼はそのようなことを言ってはいない。何かの聞き間違いでもなければもくずの勘違いかいっそ言いがかりに違いないからまちがってもお前のムネのように平坦にしてやろうとか大見得を切ったあげく頭上からミサイルの雨が降り注ぐようなファミコンウォーズなマネはしていないし確かにもくずが水着姿でもドレス姿でもまな板はやっぱりまな板だろうとは思うし彼女がそれを気にしているようにも見えないがこれも実は出立を前にして深刻にならないための彼女らしい冗談なのだろうか。
 そのわりにはひらべったいもくずはたいそう不機嫌になったような気がするしおおぞらかけるはいざ戦いになればとても身軽に攻撃を避けてくれるが戦いが終わるとたびたび殴られるのはやっぱりなんか理不尽だった。

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5日目


Icon 山積みの大ぶりの貝を眺めたまま硬直している。
Icon 二人にひょいと視線を送る。

Icon (ガーゴイル戦で手に入れたシェルボックスを並べている)
Icon (もくずの鍵開け技能!)
Icon (ばき)あ。
Icon (もくずは貝殻を手に入れた!)
Icon (海ことりは貝殻をエサ入れに入れている)

Icon 「やー、無事にガーゴイル?勝ててよかったなー。
身入りもなかなかのもんだったし、貝もわんさか手に入ったし。
なんかこう、中身期待しちまうよな。…もずこ。食いもんじゃないぞそれ?」
Icon (報酬を数えつつ、貝の中身を鑑定している)
Icon 「今回から新海域探索だ、どんな相手が出るんだか気合入れて…」
Icon 「って、言ってるそばから毒持ってるやつ満載じゃねえかオイ!?」
Icon (必死でデータをさらって対策を立てている)
Icon 「また今回も忙しくなりそうだなあ。
ま、なんだかんだ言ってゾーラやもずこが頼りなんだ。
ゾーラはゾーラの、もずこはもずこの得意なことに全力を出せるようにするのが俺の仕事だ。」

 中世期に建てられた建築物は屋根が急勾配なものが多く、このような建物では雨が降ると勢いよく流れ落ちた雨水が壁を傷めてしまうために雨どいを屋根から長く突き出させる様式が用いられていた。ガーゴイルとは本来この雨どいに怪物の姿を彫刻したものを指しているが、彫刻が怪物の姿をしていることにあまり深刻な理由はなく時代によって動物だったり人間だった例もある。当時の保護すべき建物といえば教会や聖堂だからそれらを守るために彫られた像が魔除けの意味合いを込めるようになったのも当然のことだった。
 そうした彫像の中でも特にグロテスクな装飾で彫られた怪物像が人々の想像力を刺激したのは不思議なことではなく、石像のふりをして動き出す怪物ガーゴイルの姿は多くの伝承や物語で伝えられている。となれば誰しもが考えるのだ。では本当に石像のふりをした守護者をつくってしまおうかと。

「おいおおぞらなまこ、今回は頼りにしてやるぞー」
「いや頼りにしてくれるのは嬉しいんだけどさ」

 いつもの呑気そうな声ではあるが、海野百舌鳥子が大空翔にこのようなことを言うのは珍しい。穏やかな海と呼ばれているセルリアンの外縁部、未開の地域の踏査もほとんどが終えられていて、いよいよ外海を目指すための準備と装備を揃えたお子たちが開かれたままの門を潜り抜けるとその先には街道すら敷かれていない未整備の海底が広がっている。左右に居並んでいる守護者の像は門の外側に配置されていて、つまるところガーゴイルはセルリアンの外海から侵入する相手からこの町を守るために据えられていたのだろう。今はその町も遺跡になってしまい、哀れな石像たちは誰から何を守るのかも理解しないままに近付く者に襲い掛かっている。

 遺跡のあちこちには似たような門と外海への道が開かれていて、すでに守護者を蹴散らした探索者たちの話も彼らは聞いていた。ガーゴイルはきわめて機械めいた動きをする一方で、猛毒や麻痺毒にも原生生物と変わらない反応を見せるらしく、どのようなつくりになっているのか見当もつかないが弱点があるのはありがたかった。もくずは潜水艇を念入りに整備していたし、かけるはタコデバイスに組み込むパラライザー用の消耗パーツを大量に買い込むと、あまり正々堂々とはしていないのかもしれないが非力で貧弱なボウヤとしてはこうした工夫をするのでなければブルワーカーで「まったく」「かん」「たん」に身体でも鍛えるしかなくなってしまう。おいでよはやく泳ごうよ。
 聞いている話ではガーゴイルは周辺の海水から酸素を大量に奪うとあとは石のような皮膚を頼りにしてひたすら防御に徹するらしく、しっかりと倒すことができずに酸素が尽きて追い返された探索者もまま存在した。スキルストーンは身に着ければ水の中でも呼吸ができるという優れものだが酸素がなければ呼吸もなにもあったものでないのは当然だ。

「だから勝てなかったらお前を殴る!」

 それにしてもどうしてこの娘はこんな性格なんだろうかとかけるは頭を痛くする。もちろん彼らは守護者に勝つための準備を万全にしてきたつもりだし、人事は尽くしたから天命はたぶんだいじょーぶという程度の自信もあるからもくずの横暴な宣言も単なる冗談には違いない。とはいえ万が一勝てなかったら有言実行で殴られるんだろうなとも思うので、かけるとしては今からごめんなさいをするためのシガーボックスを披露する練習よりも作戦どおりに動けるかどうか頭の中できちんとシミュレーションをしておくべきなのだ。



 太陽の光を透かしてキラキラと輝いて見える水中には穏やかな波と暖かい水がたゆたっていて、起伏のある海底を覆っている珊瑚の群の間を縫うように泳いでいる鮮やかな熱帯魚たちの姿が見える。門を出るといっせいに襲いかかってきた半ダースのガーゴイルたちは、作戦通りに撃退されると今は崩れ去った瓦礫と残された台座だけが海底に散らばっていた。おそらくはある程度の大きさの生き物にだけ反応する仕組みだったのだろう、鮮やかな海底の遺跡に並ぶ石像たちがいっせいに動き出した様はファンタジー映画のクライマックス・シーンのようで思い出すだけでも身震いをさせられる。

 左右に並べられた台座にもくずの潜水艇が正面から無造作に突っ込んでいくと、半歩遅れてかけるも水の中の魚のように身をくねらせる。それまで無表情なまま微動だにせずにいた石像の脇腹のあたりに緑と赤をした光が明滅するとかちりという音がして合成音声めいたメッセージがわずかに聞こえてきた。ターゲット・スコープなどと読み上げられる単語は人工頭脳そのままで、相手が単なる機械的な防衛システムであることが分かるがそれはそれで噂通りに猛毒や恐怖が効くのだろうかと心配になってくる。話に聞いていたガーゴイルは羽の生えた悪魔のような姿をしていたが、目の前にいる石像はヒョウに似た四つ足の獣めいていて石像の肌がなめらかな毛皮のように見える。近付くと周囲の水がみるみる重たくなるように感じられて、すぐに息苦しさに変わったのはすでにガーゴイルの防衛機能が働いている証拠だった。

「射程よーし、突っ込むぞー!」
「Strovilismou thymos!」

 先手をとったのはシーサーペント族のゴルゴンゾーラで、大きな身振りから魔鐘を振ると同時に流れていく泡がかけるともくずの潜水艇を追い越して石像たちの手前で次々に爆ぜていく。少し遅れてかけるも身を沈めると、ノズル状に変形したタコデバイスから鳴らされる甲高い音が指向性のある振動になって海水を細かく振るわせた。相手が大勢いることを承知で彼らの周囲の水を目標にして攻撃する、ガーゴイルが海水そのものを武器にするならこちらはそれ以上の方法で打ち消してやろうというのがかけるたちの目論見である。
 派手に泡立ち揺らされる水流に石像たちが右往左往しているところに、もくずがそのまま突っ込んでいくと再び合成音声めいた言葉が聞こえてきて、ガーゴイルたちがいっせいに殴りかかってくるがきこきこと前進する潜水艇はひるむ素振りもない。

「ふぁっきゅー」

 アルファベットで表記すると放送できない言葉をさえぎろうとするように、分厚い装甲に石塊ががんがんぶつけられるが潜水艇のマジックアームに握られたとても大きな錨が振り回されるとたまらず怯んだガーゴイルたちも一歩二歩と後ろに下がる。すかさず前進したかけるが、弾ける泡と震える水と、ぶつかり合う石塊と大きな錨と潜水艇の間にできた隙間を縫うように潜り抜けていく。もくずが壁になってゾーラが大砲になる、だが今回はおおぞらかけるが頼りというのはこのめたくたな混戦の中を彼が泳いでまわることが作戦のキモになっているからだ。
 縦に横に泳ぎ回ったかけるが泳ぎ出ると、ジョセフ・ジョースターのロープトリックよろしくタコ足の先から伸ばされた何本ものワイヤーが絡み付いて石像たちの自由を奪う。石めいた肌には微々たる傷しかつけられないが、ワイヤーから流される高電荷の衝撃や生体麻痺を引き起こす薬品は本当に効いたらしく石像たちの動きがみるみるにぶくなっていく。そのままかけるが流れるように、もくずがきこきこと旋回して二人が離れるとゾーラが巻き起こした水底の冷気の流れが一気に海水を凍りつかせて文字通り一網打尽にしてしまう。

「これぞ海賊直伝、かっぱぎ捕縛術!」
「Koimitheite san petra!」

 とどめとばかりに魔鐘が打ち鳴らされて、ひとかたまりになっているガーゴイルたちが膨張した氷のかたまりに押しつぶされていくと、身動きもできなくなったところに強烈な振動が押し寄せて容赦なく石像の腕も首も砕いてばらばらの瓦礫に変えてしまう。明滅していた明かりが消えて、かすかに聞こえていた駆動音が消えると周囲が急に静かになった。



 結論をいえばガーゴイルは魔物でも原生生物でもなく単なる機械だったらしい。灯が消えた石塊を調べてみると関節部には生体パーツめいたしなやかな素材が使われていたが、タコデバイスと同じで生き物ではなく生き物にも等しい動きができる人造の筋繊維と神経束が石造りの外殻を動かしているだけだった。これにタコデバイスの「猛毒」が効くと筋硬縮を引き起こすようで動きがにぶくなる、よくできているがお前のほうがよくできてるよなと自慢のタコデバイスを撫でてあげると嬉しそうに触手をヘイと動かしてみせて愛嬌でも勝っているとは生みの親たるかけるのひいき目である。
 ともあれ未開地域の調査を終えた他の探索者たちがそうであったように、いよいよ外海からアトランドに向かうルートを発見したもくずたちは遺跡の近くにいったん戻ってくると停泊されていたカジノ船に向かう。もちろんもう一度バカラに挑戦して今度こそおおぞらかけるの全財産をかけるつもりではなく、船に帯同している露店で外海で入り用になりそうな装備と情報を集めるためだった。海上でもくずたちの拠点になっているゲルも一緒に曳いていかなければならず、アトランドへの座標も登録しておかなければならない。

「ん?なんか様子がへんじゃね」
「なにがだー?」

 にぎやかな船内で右を見て左を見る。彼らが先行する探索者たちから遺跡の外縁部や守護者たちの情報を聞いていたように、かけるやもくずたちに遅れて海域の調査にやってくる探索者たちももちろん存在して、中にはちょうどカジノ船に来たばかりの者もいる。自分たちも船に着いたばかりのころは今の彼らと同じように見えていたのだろうなあと思いながら、なんとなく気のせいかもしれないが少しだけ距離を置かれているようにも避けられているようにも見えてかけるは首を傾げる。ひそひそとささやいている声が聞こえてきて、ほらあの人が海賊のとか、猛毒のナイフでとか、悪名高いジョニーがどうとか色々と事実に基づく勘違いをされているらしく、もちろんあの悪名高い海賊ジョニーさん(偽名)直伝のロープワークをタコデバイス用にカスタマイズするために、すっかり常連になったお店から今日もかけるは猛毒のチューンジェムを購入しなければならないのだ。

「あのさーもずこ」
「なんだー」
「新しい海へ行こう。だれもおれたちのことをしらない海へ」


6日目


Icon 大きく口を開けるとポテトを流し込むように一気に飲み込む。
Icon バーガーはなぜか上から順番に分解しながら一つずつ口に放り込んでいる。

Icon (テリメインポークバーガー)
Icon (テリポテ)
Icon (テリコーラ)
Icon (テリむぎめし)
Icon (テリゆどうふ)
Icon (テリおみおつけ)
Icon (テリむきえさ)

Icon 「いやーまさかこの世界でこのテの食いもんが普通に食えるって思ってなかったよ」
Icon 「っても、あんま食べすぎると腹壊しそうだけどな。
もずこはそのへんも頑丈そうだよなあ…人間、健啖ってのも大事な性能なんだろな」
Icon 「このテのジャンキーな味もたまに食べる分には悪くねえかなー」
Icon 「ゾーラは元々こういうのあんま食わないんだっけ?
…ここのなら平気だって?なんだろ、テリメイン特有の食材だからかな」
Icon (お裾分けをもらって喜んでる…が、さすがに食べられなそうだ)

 穏やかな海セルリアンを抜けて、海域と海域を隔てた外縁部を超えるとその向こうには海中島の海と呼ばれているアトランドの奇景奇観が見えてくる。テリメインはかつて海に覆われてはいなかったと声高に唱える者もいて、その根拠とされている一つがこの沈んだ島々の世界「アトランド」だった。

「おいおおぞらかける、町の外に出て歩きつづけるとやがて夜になりましょうぞー」
「うそ!?」

 海野百舌子がもっともらしくいう言葉に大空翔がわざとらしく驚いてみせる。それはアトランドではなくバトランドなのだが傍らで海中に身をくねらせているゴルゴンゾーラは導かれし者たちではないからお子たちが何を言っているのかさっぱりわからないし、そういわれるともくずのデザインは女勇者ぽいもさもさの髪の毛をしていたり王宮の戦士みたいな赤い鎧ならぬ潜水服に身を包んでいるかもしれなかった。

「それからあたらしく武器や防具を買ったら装備しなおすことを忘れるなよー」
「ううー、ううーん(ぷるぷる)」

 こんなことを説明されなければわからない王宮の戦士はよほど問題があるにちがいなく、お前はあいかわらずのろまだなと言われている理由もわかろうというものだがもくずとかけるが遊んでいる姿にやっぱりゾーラは首を傾げていた。重ねていうが彼らがこれから向かう先に控えている海域はバトランドではなくてアトランドである。
 そのアトランドの遺跡は先日まで彼らが探索をしていたセルリアンの朽ちた遺跡群とはいささか様相を異にしている。都市そのものが海中に存在している様子は変わらず、様々な建造物があちらこちらに密集してそれらのほとんどが海藻や魚のすみかになっているところも変わらない。だがそうした建造物のところどころから様々な色をしたほのかな光が漏れているのが見えて、それがスキルストーンや原生生物によるものなのか、あるいは打ち捨てられたはずの遺跡そのものが光を発しているのかは分からないが少なくともここには「現在も活動している何か」の存在を感じさせた。

 海上に浮かべているゲルの座標を固定すると、かけるが仰向けに水に落ちてどぽんという音と一緒にしぶきが上がる。吊るされていた潜水艇も水に下ろされて、タコともくずを出迎えたゾーラが海中で身をくねらせた。探索拠点に万一のことがあってはいけないから、調査区域よりもかなり遠いところにゲルは待機させておかなければならず、まして初めて訪れるアトランドで先行する探索者たちもまだ決して多くないとあってはなおさらだったろう。わざわざ海の中まで探索に訪れる理由はといえばヒトそれぞれだったろうが、さまざまな謎や秘密、そして財宝が眠っているかもしれないと思えば今は手つかずに見える建物たちもすぐに踏破されてしまうのだろう。それではでっぱーつとばかり、頭の悪い声をかけようとした海中に声が響く。

「なんでうみのもくずからイワシがー!」
「んー?」

 呼ばれているのかと思ったがそうでもないらしく、声が聞こえたほうに向けてタコとヘビと潜水艇がゆっくりと近付いていく。海中島の海と呼ばれるアトランドの奇景奇観にたどり着くには遠く、見通しのよい海域ではお互いを見つけても近付くまで時間がかかるから無駄に急いでも仕方がないことを思えば悠久に生きるインド人のようにおおらかに振る舞うのも仕方ない。はたしてもくずやかけると同年代らしい二人連れの姿が見えてくるが、一人はシーウィードという海藻人間の娘で、特徴的な黄緑色の髪の毛を横でしばっている。もう一人は女性ものの水着を着てに長い金髪を結んだ格好をしているが、こちらに気付いて親しげにかけてきた声は男の子のものだった。耳の先が伸びてとがっていて、この子も人間とはすこし違った種族らしい。
 二人連れは黄緑色の髪の娘がわかな、金髪の男の子?がテーラと名乗る。ちょうど今しがた原生生物を追い払ったばかりでしばらくは襲ってこないだろうが、あちこちでうろついているから気をつけたらえーでとどこか関西弁ぽい口調でテーラが歯を見せている。大きな剣のようなものを背負っているが、殴るのではなくスキルストーンがはまっていてこれで術を使えるらしかった。もう一人のわかなは槍を手にしてガード&アタックを受け持っているらしく、二人で外海を越えているのを見てもよほどコンビネーションがよいのだろう。

「もずくとゾーラとなまこ?けったいな名前やなー」
「でもでも、もずく酢となまこのあえものならおいしそうだよね!」

 いろいろ勘違いされているが特にもくずは気にしたふうもなく、かけるは彼が反論をしたところで騎士以外の発言は認めないからスルーされてしまうだろう。実のところ名前なんてものは記号にすぎないに違いないかもしれないような気がするし、いっそ愛称とかニックネームで呼ばれるなら親しまれている証拠ではないかとむなしい自己弁護をしてみるが、それにしてもわかなの味覚はけっこう渋い趣味をしているかもしれないと思うとちょうど目があった。

「おおぞらさんタコ連れてるの?タコかわいいよねー」

 その瞬間にかけるは全面的に彼女たちに好意を持つことに決める。わかなやテーラたちが遭遇したのはまさしく海の藻屑としか言いようのないかたまりで、なんだろうと近付いたらはじけるようにイワシの群れが現れたということだった。現れるのが魚に弱いと書いてイワシだったらたいしたことはないだろうが、これが壁になって後ろから狙撃されたらそれはそれで嫌なのではないかと思えてくる。聞いた話では読んで字のごとく脱兎のように逃げながら電撃を撃ってくる原生生物もいるというから気を付けるにしくはないだろう。なにしろ新しい海域を訪れたばかりなのだから、ささいな噂でも情報はあるに越したことはないのだ。

「気のせーかもしれんけど、島のほうからごっつ響く音が聞こえて気味悪かったわー」
「なんだろーね、ユーレイとかナイアルラトホテプとかー」

 前者はともかく後者は海の中に出るならダゴンとか大いなるクトゥルフではないかと思うがいずれにせよ月刊ムーに載る程度のあいまいな噂でしかない。テーラやわかなたちはすでに探索する海域の目星はつけているらしく、もくずたちはもう少し島に近付いてからもっと深い海域を目指そうかと話していた。探索が進むごとにまめに折り返して拠点で補給をしなければならないのはセルリアンでの調査と変わらず、同じアトランドの海域にいるからにはいくらでも会う機会はあるだろうと無事と再会を祈って互いに背を向ける。次に会ったときにはもう少し背が高くなっているだろうか、といえばもくずもかけるもそろそろ成長期は終わっているかもしれず予言は外れるかもしれなかった。

「あばよ、しみったれどもー」
「あはは。またなー」

 アトランドの海中島はまだ先で、遺跡の姿も遠いがセルリアンを出立してから現れる原生生物たちもそれほど凶悪な輩には出会っていない。わかなやテーラに話していた通り、もくずたちは調査範囲をもっと深層の海域まで広げるつもりでいてそのためのルートを探しながら海域の外縁部をゆっくりと移動し続けている。ゲルのソナーから遠隔で送られてくるおおまかな地形情報に従って、彼らがこれから挑むための道を探す作業は登山家が山登りをするルートを探すのに近いかもしれない。
 山を登る人にどうして山に登るのかと聞いても意味がないように、どうして海の深く深くを目指して潜るのかと聞かれてもあまりはっきりした答えは返ってこないだろう。ゾーラは協会から紹介されて子供たちの面倒を見るのがお役目だった筈で、かけるは彼が制作したタコデバイスの実践データを集めるのが目的だった。もくずはどうかといえば穴があったら潜りたいとばかり何も考えていないように思えるが、であれば少なくとも「もっと深くに潜ろう」というのはもくずが言い出した話にはちがいない。たとえそれが何も考えず気軽に掲げられた目標であったとしてもである。

「よしおおぞらかける、景気づけにいっぱつお前を殴る!」

 どうしてそうなるかは分からないが、見たこともない世界にたどり着いて仲間たちと一緒に潜る、そして仲間だけではなく同じ道を歩いている友人が他にもいるのであれば実のところ難しい理由も理屈も必要ないかもしれないのだ。みんなで挑戦する、少なくとも今はそれで充分かもしれない。
 海底に差し込む光を照り返しながらゾーラが海底に身をくねらせて、歩くよりも泳ぐのに慣れたかけるがそれに続くように水をかく。きこきこと音をさせた潜水艇が後を追いかけて、タコとヘビと潜水艇が進んでいる先にはアトランドの島々が待ち構えていた。


7日目


Icon 鐘をピンと指ではじくと、鐘から浮き上がるように魔方陣と独特の文字が浮き上がる。
Icon 浮いた呪文を、ページをめくるように滑らせる。
Icon 書式の失敗に気づいた顔。
Icon 水面に倒れ込むと、力なく浮いている。

Icon (ゲルにある畑にテリメインベニアズマを植えている)
Icon (ゲルにある畑にテリメインカボチャを植えている)
Icon (ゲルにある畑にテリメインオオバを植えている)
Icon (グリーンカーテンぴよ)

Icon 「アトランドってさ、アレだよな。想像したより割と普通だなーとか思ったんだけど、ここに出て来る連中ってなんか無機物多くねえか?」
Icon 「剣とか鎧とか、こないだのガーゴイルとかもそうだし、妙な感じなんだよなー」
Icon 「機械の一種だったら調べてみたいなって気もすんだけど、生物っぽくもあるし…
まして魔法だなんだって説明される場合もあるし、わけわかんねえのは変わらないんだよなあ」
Icon (高度に発達した技術は魔法と区別はつかない、的なジェスチャー)

 海野百舌鳥子の様子が変だ。とはいえ大空翔の目から見ると彼女の様子はいつも変なのだが、その彼女が何やら考えごとなり悩むなりしているようで、そもそも彼女が考えごとをしたり悩んだりするということが珍しいからきっと何かあったに違いない。先日、中島の海(違)ことアトランドの外縁部でさっそく原生生物に襲われた彼らは悪戦苦闘した末に無事に退散させることはできて、いったん探索ルートを決めるために引き返したところである。

「剣を倒したのにハースニールが手に入らないー」
「コッズソードはクリティカルヒットで首はねてくるぞ?」
「それはやめとく」

 その時はそんな話をしていたのだが、探索者協会が橋頭堡として進出している拠点に赴くともくずはかけるの手を引っ張ってどこやらずんずん進んでいく。拠点では補給や整備や買い物、情報収集を兼ねて別々に動くことが多かったし、もくず一人でどこにでも行くか、かけるに焼きそばパンを買っておけと使いパシるのがたいていだからこれも珍しいことだった。以前の潜水服姿だったら足でもひっつかまれて引きずられていたに違いないが、潜水艇では拠点の中を歩き回れないからコガラなもくずがかけるをカウボーイのリンチのようにずるずると引きずっていくわけにもいかなかった。

「いったいどーしたんだよ」
「皆殺し魚雷が一発しか撃てないー!」

 なんのことはないスキルの挙動に関する質問らしい。もちろん女の子に手を引かれているといって、もくずを相手にかけるが何かを期待したようなことはたぶん欠片もないし、肝心の彼女の疑問にも思い当たることがあったから一緒に尋ねてまわることにした。コシロさんとツナヒラさんだったか、原生生物に襲われたときにもくずはお気に入りの魚雷を一発撃ったのだがあとはぷすんとという音がしたきり発射装置がまるで動かなくなってしまった。相手を追い払うことはできたのでかけるも気にしてはいなかったのだが、そのときはどーしたんだろと思ったのは事実である。
 そのままお子たちはロビーのような場所に行くと、緑色の掲示板に「魚雷がうてなくなりましたどこかもちがっていましたでしょーか」と書かれたわら半紙を押しピンでぷすりと貼りつける。ずいぶん原始的な方法に思えるが、最近の掲示板は優秀なのかすぐに二人の背中から親切なヒトが声をかけてくれた。

「それ対象ソゲキしたのではありませんか?ルールブックに書いてありますから読むといいですよ」
「ほえ?」

 立っていたのは穏やかな女性めいた姿をしているが雰囲気は中性的というか無性的で、どのような修羅場に遭遇してきたのか全身あちこちの外殻が外れていて複雑な筋繊維や関節部がむき出しになっている。タコデバイスの設計をしたかけるには彼女が人造人間、それも戦闘用につくられた機械兵であることがすぐに分かるが、包帯よろしく養生テープで身体をぐるぐる巻かれた彼女は特に気にしている風もない。
 親切な彼女はDollという愛称を名乗ると今度は自然な笑みを向けるが、全身がぼろぼろなのは原生生物との戦いになるたびに攻撃を身体で止めたり自分ごと巻き込んで武器を撃ち放ったりしているかららしい。手っ取り早いのは確かだが、いちいち拠点まで戻って直さないといけないからこれはこれでめんどいとは本人も悩んでいるらしかった。

「えーとね、それよりマニュアルの38頁に書かれていたはずです」
「おー!さんきゅー」

 言われたとおり、ぱらぱらと海底探索初心者がんばろうマニュアルをめくってみると確かに「対象を指定することができた場合、戦闘中そのスキルの設定は1度しか使用しません」とはっきり書いてある。つまり仕様なのでおかしな挙動ではないということだ。目からウロコが落ちた顔でもくずは感謝するとDollに礼を言っているが、ばしばしとたたくごとに外れそうな皮膚装甲がちょっといたいたしくて気の毒に見えなくもない。怪我や故障はスキルで治療できたとしても、傷跡を消すとなれば別の仕事なのだ。彼女の皮膚装甲ならゲルにある装備できれいにできそうにも見えたから、よければ治そうかと言ってみるとDollは微妙な表情をしてもくずは思ったことを口にする。

「かけるえろいー」
「ばっ!?ばっかそういうんじゃないだろ!」

 考えてみれば大人の女性めいて見える彼女にそのようなことを申し出るのはマナーに反するのだろうか。人間だから機械兵だからというのではなく、かけるももずこもお子だからそのようなことを考えなかっただけなのだが例えばシーサーペントのゴルゴンゾーラさんはグラマーでえろいなーとかけるももずこも考えないわけではないからたぶん時と場合による。

「無理しないでくださいねー」
「おまえこそなー」

 とりえあず感謝しつつ遠慮されると、こちらこそありがとうございましたと礼を言ってから別れるが一つだけ肝心なことを聞き忘れたことにかけるは後になってから気付く。もくずが持っている海底探索初心者がんばろうマニュアルは、例えば三章十六節を開くと「ストーンコールドは言った」と本当に書かれていたりするシロモノなのだがDollさんはどうしてこんな本のことを知っていたのだろうか。
 ともあれアトランドの調査準備を再開しようと、停泊させている水上のゲルに戻ると日当たりのよい浅いあたりでゾーラが艶やかな皮膚をぐるぐると日に当てているところだった。たまに日に当てないと虫がついたり小魚が寄ってきてめんどくさいからスキンケアは欠かせないが、小魚だったらそれはそれでおやつにできるらしい。そういえば先日の原生生物との戦いで魚雷狙撃したせいで一発しか撃ってなかったから気をつけなさいねと注意されるとどうやらゾーラは知っていたみたいで最初から彼女に聞けばよかったと思う。

「おー!ありがとー」
「俺ももうちょっとちゃんとルール読まないとなー」

 だってアンリミテッド・サガのルールブック読んでもスティックを押し込むとその場に待機するとか分かりにくいんだもんと言い訳をしてみるが、とにかくここにギユウ軍はいないしルールなんだからきちんと知っておくのが正しいには違いない。もくずが抱えているマニュアルにもルールブックの写しは載っていたから試しにどんなものかとめくってみると、注意事項に「ルールにすべては書かれていません」と力強く書いてあった。無言でしばらく開かれていたマニュアルがぱたんと閉じられる音がすると、もくずがゾーラに首を向けなおす。

「ところでゾーラ、効果増となんとか付与ってどーちがうんだー?」

 この際だから分からないことを聞きましょうタイムになったようで、グンカンドリの表紙にジャポ二力学習帳「二か国語」と書かれたノートとちびたえんぴつを取り出したもくずが海面をたゆたっているゾーラに近寄っていく。これまで潜水服や潜水艇の改造をしてきたが、けっこう無駄なものや意味のない強化もしていたから、使わないスキルに積んでいる追加攻撃のチューンジェムとか、熱付与してるのに氷耐性を積んでないとかふむふむと頷きながらノートに書き留める。これできっと彼らも金成中のマネージャ君のようにコンピュータ野球を繰り広げて墨谷二中を苦しめることができるに違いない。

「えーと鉛の板と鏡の板を分厚くして魚ジューサーに熱付与してそれから・・・よしおおぞらいわし、魚ジュース試すぞー」
「熱付与って!?」

 どうやら熱付与のチューンジェムで魚ジュースを暖めると効果が増すらしいと、冒涜的でおぞましいアイデアにたどり着いたもくずはまずはゲルの中で試してみようとかけるを促すがこれは正気度チェックが必要な案件である。こういうときのもくずは平然とコガラな身でかけるを引きずっていくのだが、トリあえず重要なことは熱付与のジェムのそばでは海ことりがあたたかかったり巨大化のジェムのそばでは海ことりが大きくなっていることだった。


8日目


Icon 大きな木箱を引いて泳いできた。
Icon ガラガラと中身を確認しながら、分厚い台帳と細かいコインを数えている。
Icon 考え事をしているようだ。

Icon 「海底杯おつかれさまだー!」
Icon 「そんなわけで今日から弱点を強化するとっくんをする!」
Icon (潜水艇のペダルを速く漕げるように特訓)
Icon (潜水艇の中でからからと車輪をまわす特訓)

Icon 「やー、海底杯、なんだかんだで個人的にはあれくらいがちょうどいいってか…
むしろ割と勝てたほうだって思ってるぜ?」
Icon 「っても、スイスドロー式ってやつだったから…3勝って、ある意味一番数が多くなるってことになるんだっけ?
本当に中位の中位、ってくらいで、まあ、俺たちらしいって感じだけどな」
Icon 「ま、正直…こんだけ三者三様好き勝手な立ち回りに特化してる割には、俺たちって割と誰が欠けても困るってくらいお互い依存してるってのもわかったというか…」
Icon 「割と俺たち、すでにしっかりひとつのチームとしてお互いが不可欠って感じになってたんだな。
この調子で、うまいこと力合わせていこうぜ!」
Icon (タコ脚がうんうんとうなずいている)
Icon 「…って、もしかして一番か弱いのって、ゾーラだったってことになんのか?」

 第一回から堂々と第一回大会をうたう海底杯も無事に終了して、スポンサーの広告がずらりと並べられたスタジアムで胴元の探索者協会はぼろもうけをしたにちがいないともっぱらの評判だった。なにしろ優勝者には名誉だけ与えておけばよいのだから収益は主催者がおいしくいただいた上に参加者も観客も多ければさぞかし売り上げも上がったことだろうが、それはともかくとして大会の優勝者を含めて上位陣に現役の海賊たちがずらりと名前を連ねたのはさすがとしか言いようがなく、彼らにすればこれで箔がつけば仕事もやりやすくなるというものなのだろう。いまや海域といえばカルカンなんとかいう猫缶みたいな名前の輩よりも、探索者協会の海賊のほうがテリメインでは遥かに名が知られて恐れられてもいるのだ。

「いやー負けた負けた」
「そのくやしさがおまえをでかくするー!」

 テリメインスタジアムグルメおすすめのマリンポークバーガーを片手にした大空翔に、海野百舌鳥子は同じくカクレヌクマノミフライチップをぱくつきながら指についた油をぺろりとなめているところを海ことりにお行儀が悪いとたしなめられている。言葉ほどに悔しそうに見えないのは7戦して3勝というごく安定の中位力を発揮してみせた戦績に、まあこんなもんだろうと彼ら自身も考えたからではあるだろうか。セルリアンからアトランドの遺跡探索を優先、海底杯はがんばろーというわりと気楽な態度で参加していた彼らだが、もちろん負ければ悔しいし負けたからには学ぶべきもある。

(いろいろ失敗してるからなおそーね)

 お子たちのお守り役をしているシーサーペント族のゴルゴンゾーラも、反省すべきは反省しましょーとしてもくずとかけるのまわりをぐるりと泳いでいる。模擬戦闘で負けるなら支障がなくとも、それで自分たちの課題と反省点を放置して肝心の原生生物を相手にしくじることがあればなんのための模擬戦だという話になってしまう。アトランドの探索も深度が増してくるにつれて配置されている防衛システムやら徘徊している原生生物やらが少しずつ凶悪になっていて、うっかりすればいつ不覚をとってもおかしくないのが実情なのだ。
 大会を通してみると短期決戦で相手をいちばん沈めているのがゾーラで長期戦で苦労しても一番最後まで粘っているのがかけるなので、彼らの課題はやわらかい(どこが)ゾーラがどうしても狙われるからもう少しかたく(どこを)しないといけないのと、そもそも壁役のわりに最後までもたずに沈んでしまうもくずがパワーアップしないといけないのでむしろかけるはけっこうがんばっているのだが彼がいじめられるのは仕様だった。とはいえもくずはかけるをいじめているばかりではなく、ちゃんと自分の問題にも向き合いながらかけるをいじめるのは忘れていないだけなのだ。

「だからなんで俺がいじめられるのが前提なんだよ?」
「おおぞらいわしの発言は認めないー」

 最近かけるの呼び名がなまこからいわしに変わったのは評価されているんだろうかと思わなくもないが、いわしって漢字だと弱い魚って書くしたぶんアトランドの原生生物にいる海の藻屑がテリメインイワシを呼ぶから思いついたんだろーなと思うが残念なことにそのとおりだった。子供のあだ名なんてそんな理由でつけられてしまうものだが、それはイジメではないだろうかと考えてみるとそもそももくずはこれはイジメだと公言してもいる。だからもしものび太が「ジャイアンに去勢されたよー!」と部屋に駆け込んできたとしてもそこにドラえもんはいないのだ。
 幸いまだ去勢はされていないかけるを気にしたふうもなく、大会の終わった施設の中をもくずはずんずん歩いている。今は海底杯に合わせて探索者たちがいっせいに集まっていて、情報収集にもつごうがよく彼女が向かっているのもそうした集まりらしかった。せっかくだからどんなものかとかけるも後ろからついていくと、301会議室とかいう看板の入口近くにいるバルハル族の女戦士ように大柄な女性がもくずのことを見知っているのか向こうから「やるよ」とばかり声をかけてくる。

「おや?今日は仲間連れかい、めずらしいね!」
「もとこっちー!クリームが口についてるぞー」

 もくずの指摘など気にしたふうもなく、大波素子は好物のテリメインクリームコロネを手にとるとクリームだけをずこっと吸い込んでから残りをひとくちで平らげてしまうのは豪快というよりも単に彼女の趣味らしい。もくずやかけるよりも頭ひとつ長身でがっしりして筋肉質、銀髪に青い目に褐色の肌という外見はアクション映画の俳優でなければアメリカン・コミックの主人公めいていて、セパレートタイプのマリンスーツがヒーローのコスチュームのように見えてしまう。女性のお胸といえばバレーボールみたいだったりスイカみたいだったりジャンボスライム(ガリウスの迷宮)みたいだったりたいへんな方々を拝見したことがあるかけるだが、素子の場合は胸筋から背筋まで鍛わっていてバストというよりも立派な胸囲にむしろ貧弱なボウヤですみませんと言いたくなるほどだった。
 案内されて入った室内は一面が氷の壁になっている大きな部屋で、もちろん西部劇の酒場調になっていたりはしないしカウンターに座っている荒くれ者が「おいよそものだぜ」「ああ気にいらないな」とか言ったりしないし、もずことかけるもアイスミルクを注文してインネンをつけられたりはしない。なんでも生命壁と称する防御役、ディフェンダーの集まりらしく、もくずが拠点に戻るたびにもっぱら情報収集に訪れている集会所だそうだ。防御役だからといって素子のような気は優しくて力持ちのタイプが多いかといえばそんなこともなく、部屋に入った三人を水着めいた礼服めいた一風変わった装束を着た若い娘が迎えてくれる。どうやらこの集まりの主らしいが、一見してもくずやかけるとたいして変わらない年齢でこういう集まりを主催しているのだからよほど責任感の強い娘なのだろう。

「新入りさん?え、もくずさんのお仲間さん?よろしくねー」
「えーと、ありがとうございマス。こちらこそ」

 女性を相手にしてつい気後れしてしまうかけるだが、コッコ・サニーライトと名乗った彼女は特に気にしたふうもなくゆっくりしていってねと陽気そうに振る舞っている。聞いたところでは彼女は太陽の国とかいう聞いたことのない地域の出自で神殿騎士を目指している巡礼者ということで、素子はといえば南米出身のれっきとしたガイジンさんが呂比須ワグナーのように帰化して日本名を名乗っているらしい。聖蹟桜ヶ丘から京王永山行きのバスに乗ってテリメインで下りていたかけるにすればなぜか申し訳ないような気分になるが、そんなことを気にしても仕方ないのはコガラなもくずの大きすぎる態度を見ていれば分かる。つまるところ彼らがどの時代のどこの国から来たとしてもテリメインを訪れた探索者という立場に違いはないのだ。

「お!ようやく属性TG積むのかい?オンナは黙って地属性だよ地属性」
「素子さーん、もくずさんの潜水艇もう熱属性積んでるよ?」
「だって鋼の季節の装甲車が熱耐性持ってるからー」

 自分たちの探索にも関わることで、気楽に見えてわりと真面目な話が交わされているのは当然のことなのだろう。もくずも彼女なりに会話についていこうとしているようで、むつかしそうな話題に俺ももっとがんばらないとなーとかけるも考えるが、もくずが熱付与やら熱耐性のある装備を積んでいた理由がまさか彼女がしばらく遊んでいた携帯ゲームのせいだったことは聞かなかったことにする。ちなみに彼女は改造した装甲車に「太砲ケア」とかいう名前をつけて鉄球とサウルス砲でオーバーロードを撃破していたが確かに今の潜水艇でも錨と魚雷でなんか似たようなことをやっていた。
 そんなことをぼんやりと考えながら、けっきょく頼んでしまったアイスミルクがぬるったかったので氷でも入れようかと思ったかけるに小さなかけらが差し出される。ありがとーございますと礼を言うが、ふと見るとそこには氷の壁があるだけで誰もいない。あれ?と思って右を見て左を見るかけるにどこからか声らしきものが聞こえてくる。

(どーぞ)

 目の前の氷の壁が何億年も閲した氷山の一部で、イッカクと呼ばれる聖域信仰であがめられているたいへんな存在であることを知らされる。もちろん「彼」もれっきとした探索者で、そんなけっこうなものをミルクを冷やすために使っていいのでしょーかと恐縮するかけるだが、太陽の世界とか南米とか聖蹟桜ヶ丘とか何億年も前から来ていたとしても彼らはやっぱりテリメインを訪れた探索者としてまじめに海に潜るために集まってはお互いの言葉に耳を傾けているのだ。
 もしかしてこーいう場所こそがこの奇妙な世界が存在する意味じゃないかなーとか、なんとなくけっこうな核心に近いことをおおぞらかけるは考えていたりもする。とりあえず有史以前の氷で冷やしたミルクはとてもおいしかったがお腹がごろごろしてしまったのは彼の腸がこどものように弱いからなので魚へんに弱いと書いていわしだった。


9日目


Icon 大きく円を描くように泳いでいる。
いつもより動きが大きく、移動が速い。
Icon 尾が折り返したところで豪快に水が跳ねた。
Icon にゅっと様子を確認したが、再び泳ぎ出した。

Icon (さらに潜水艇のペダルを速く漕げるように特訓中)
Icon (潜水艇の中でからからと車輪をまわしている)
Icon (潜水艇の中でからからと車輪をまわしている)
Icon (潜水艇の中で車輪をまわしていたら足をすべらせた)
Icon (潜水艇の車輪の中でぐるぐると目をまわしている)

Icon 「海の藻屑、って結局、何もしてこないからこそなんか怖いよな、て感じだったんだよな俺」
Icon 「無抵抗なもんをどうこうすんのって、なんか気がとがめるというかなんというか…これが昔話とかだと、なんかイワシのヌシが出てくるとかとんでもないひどい目に合いそうなそんな展開、考えられるじゃねえか?」
Icon (タコデバイスはなんとも言えない仕草で肩?をすくめている)
Icon 「なんて事ない事からでもいろいろ考えちゃうのが俺のアレなとこなんだけど、正直今俺たちが旅してるアトランドって、結局まだ未知数なこと多すぎるじゃねえか。
小さいのを食べにデカイやつが来るって発想だと、どのへんまで行くのか、考えたことないか?」
Icon 「ゾーラがそんだけ大きいんだし、なんかこう…もっとデカい生き物がいたりしても不思議じゃねえだろ?考えすぎかな」

 海中島の海と呼ばれているアトランドに赴いた者は、見渡す限りの海域に大小の島が浮いている奇観に例外なく目を奪われる。島々には遺跡が散在していて、この地を訪れた探索者たちはすでにこれらの遺跡の調査はもちろん、この奇妙な光景を実現させる原因そのものにも探索の手を伸ばしている。彼らはそれぞれが割り当てられた島に向かい、あちこちで人工的な光の明滅を目にしたという言葉、あるいは地の底から、つまり島の内部からうなり声のような咆哮を聞いたという言葉が残されていた。遺跡は一様に海流にさらされて古く朽ちて見えるが、穏やかなセルリアンの遺跡とは違ってアトランドは現在でも「生きて」いるのかもしれない。

「おいおおぞらいわし、お前もうみのもくずにしてやるー」
「な、なんだってー(棒)」

 海野百舌鳥子の戯れ言に大空翔が調子を合わせるようにてきとうな返事を返している。セルリアンとアトランドが異なるのは遺跡の様相ばかりではなく、徘徊する原生生物の姿が前者に比べて著しく少なくなっているという点もあった。原生生物は一見して大型の海生生物めいた姿をしているが、性質はきわめて知性的で、人間に酷似した文化や風習で暮らしているものもあればヒトに擬態して獲物を狙う例も少なくない。
 一部の研究では彼らはもともとヒトに近しい生物だったものがきわめて短い世代で変異と環境適応を繰り返すようになった結果ではないか、という説も上げられていてテリメインにおける原生生物の変異を追いかけている研究者もいるらしい。仮にそれが環境によるものや、あるいは人為的なものであれば放置できる話ではなかった。例えばうみのもくずが海の藻屑になるようなことがあれば大ごとである。

 もくずが藻屑になったりかけるがなまこやいわしになるのはともかく、アトランドにももちろん原生生物の類は存在したが生息数はそれほどでもなく、かわりに海中島の孤島で頻繁に見られるのが遺跡のあちこちに配された防衛システムだった。錆びついた表面に海藻やフジツボをまとわせている古びた鎧や小舟ががしゃりと音を立てて動き、見えない鎖で動かされているかのように古びた剣や錨を振り回して襲いかかってくる。

「Megisto tis mageias!」

 大きく振り回した魔鐘が奏でる響きに合わせて、凍てつくほどの冷気を巻き込んだ水流が目標ごとひしゃげさせると、シーサーペント族の長い尾をくねらせたゴルゴンゾーラがまるで水中に書をしたためるように渦を描いてみせる。彼らが追い払ったのはウィスプと称する発光体で、これが古代の剣を振り回しながら襲いかかってきたところを見てもアトランドにはこうしたエネルギーを用いて物体を動かす技術が存在していたらしい。
 とはいえもくずやかけるが問題にしていたのは剣でもなければ発光体でもなく「海の藻屑」である。一見すると壁のようにそびえたプランクトンだまりにしか見えず、イワシの群れがいっせいに集まると四散してしまうのは本当に単なるプランクトンだまりなのかもしれない。こんなものがどうして海の藻屑という原生生物として協会で紹介されているのか分からないが、もくずにしてみれば自分以外にうみのもくずが存在するのはあまり気分がよろしくはないらしかった。ウィスプもいわしも海の藻屑もゾーラの術でまとめて冷製サラダにされてしまい、いったん遺跡の外に出たところで他の探索者から声をかけられる。

「どーだった?うみのもくずは海の藻屑を撃退できたかね」
「まかせとけー!にせものは成敗してやったぞー」

 全身に帯を巻き付けただけの、露出の多い奇天烈な衣装を着た娘が威勢のいいもくずの返答に頬をゆるめている。弁天ちゃんと自称する彼女はアトランドの下部にある切り立った岸壁側から島自体の調査を行うチームに加わっていて、遺跡側を調べているもくずたちとは別の組に分かれていた。アトランドにはいい男を探しにきたと豪語している一方で、漁師力学という神秘術の研究機関「七福神」の一員、水分子の流れを操る専門家としてはこの海中島の奇観にどうしても興味を惹かれてしまう。海中に浮いている巨大な岩塊、目の前の岩壁をこつこつとたたくと水中で腕を組んでみせる。

「しっかしこれどーやって浮いてんのかしらね」

 小さな島とはいえ、近付けば見上げるほど大きな岩山がそびえているようにしか見えない。海の中にいくつもの島が浮いているというアトランドの奇観は実際に目にすると話に聞いていた以上に奇妙なもので、このような岩のかたまりが海底に沈むでも海面まで浮かび上がるでも、海流に流されるでもなくその場にとどまっていることがにわかには信じがたい。見えない鎖で繋がれでもいるのかと思ったがそんなこともなく、最初は私の漁師力学でよゆーとか考えていたアトランドの地域調査が遺跡調査組に比べてよっぽど難題じゃんと思い知らされていた。わざわざ島の外縁部で遺跡組の戻りを待っていたのも、少しでも多面的な情報が欲しかったからに他ならない。本当はさっさと拠点に戻って酒場でいい男食って寝るだけの健康で文化的な最低限度の生活をしたい彼女がここまでまじめに働いてやっているのである。

「島の中になにかの仕組みはあるっぽいんだけどねー。どんなエンジン積めば島とか動かせるんだって思うじゃん」
「えー?島は動かないぞー」

 もくずの言葉は単なる一般論に聞こえて、そうじゃなくてと言いかけてからふと思う。なんか知ってるの?と尋ねた弁天ちゃんの言葉に答えるように身をくねらせたのはゾーラで、遺跡の縁から島かげに向かって泳ぐと岩肌を撫でるように手のひらでたどってみせる。露出の多いグラマーが身をくねらせている姿は青少年の教育上あまりよろしくないが、ゾーラが説明しているのはそのようなことではないらしかった。もしかしてと思い、弁天ちゃんは岩肌を指先でかりかりと削ってからぺろりと舐めてみると奇妙に塩からい。海の中だからもちろん塩からいのだがそれにしても塩からい。

「比重?」

 岩肌からなにかの成分が溶け出していて、それが海水を少しだけ重くすれば重い水の上にある島は安定する。そういわれると島の下部には魚の姿がずいぶんと少なく見えて水質も変わっているのかもしれなかった。もちろんこれだけがすべてとは思えないが、島を浮かすことと留めることに使う力が少なくてもよければ仮にエンジンを積んでいたとしても小さなもので済むだろう。水質が影響を受けた範囲や流れを調べるのであれば漁師力学の専門分野である。
 いったん仲間と計画を練り直そうと、礼を言うと身をひるがえして海域の外れに離れていく。アトランドには他にも探索者が訪れていてリアルタイムで調査が進められてはいたが、少しでも新しい情報を得るなら頻繁に交流をするにしくはない。また会おーねと慌ただしく泳ぎ去っていった弁天ちゃんを見送ると、かけるも岩肌をかりかりと削ってぺろりと舐めてみるが確かにずいぶん塩からかった。なるほどなーと考えたがふと肝心なことに気が付いてもくずの潜水艇を顧みる。

「あのさーもずこ。どうやって潜水艇の中で水が塩からいって分かるんだ?」
「えー、分かるだろー」

 スキルストーンには耐水耐圧その他もろもろの機能が備わっていて海の中でも呼吸ができるが、素身で泳いでいるかけるでさえ水を飲んでいるわけではないから海水の味なんて分かりようがない。エラ呼吸をしているゾーラが気付いたのは理解できるがもくずはどうやっているのだろうか。
 もしかして彼女は海原雄山のように至高の舌を持っていてだから海原雄山のように横暴なのだろうかとも一瞬考えるがそうしたらかけるは一晩待ってくださいと言って究極のテリポークバーガーを用意しなければならなくなってしまう。そんなことをかけるが考えているなどとは知る由もなく、もくずの潜水艇の操作パネルにはすみっこに五感センサーがあって「しょっぱい」とか表示されていたりするのだがそれはそれとして。


最終回


Icon 水面に尾で囲うように輪を作り、ゆっくり泳いでいる。
輪の内側ではイワシが掻き混ぜられるように泳いでいる。
Icon イワシの群れの中から、ぬっと頭が浮上する。
どうやら何匹かイワシを飲み込んでいるようだ。
Icon ぐるぐると回りながら、再び水に潜っては、浮上を繰り返している。

Icon 「いわしのホイル焼きぃー」
Icon 「いわしの串焼きぃー」
Icon 「いわしの蒲焼きぃー」
Icon 「おいおおぞらいわし。今日はお前にヤキをいれる!」

Icon 「なんでそうなるんだよッ!!俺なんもしてねえだろがコラー!」
Icon (せっせとイワシの瓶詰め加工作業を手伝っている)
Icon 「第一お前なあ、よくよく考えたら特訓必要なのお互い様だろが。
前々からいってたじゃねえかよ。周りの連中がどんどん強くなっていくんだから、
弱点を含めて総合力を底上げしとかねえと後々苦労するって…」
Icon 「って、器用貧乏の俺が言っても説得力ないかもしんねえけどよ…」
Icon 「少しはゾーラを見習えよ…ってか主に頑張ってんのゾーラと海ことりだけなんじゃねえ?」

 ぷかぷかと浮かんでいるゲルの周囲は見渡す限りの海原に囲われていて、右を見ても左を見ても島影ひとつ見つけることはできないがそれも当然ではあったろう。なにしろここは海中島の海と呼ばれているアトランドの海域であり、島々は海中に没しているどころか海中に浮いていて神秘的な奇景奇観をたたえているのだから。
 おおきくのびをした大空翔が息を吐くと潮っぽい空気で肺を満たす。学校の個人研究のために訪れていたこの海洋世界テリメインでの生活も、気がつけばすっかり長くなっていて波に揺られる感覚も潮になぶられる感触も慣れたものになっていたが、それが若い彼らに適応力があるためなのか環境に戸惑うひまもないためなのかは分からない。もう一度おおきく深呼吸をすると、天幕の隙間から見える友人の姿におおぞらかけるが声をかける。

「おーい。無理すんなよー」
「おおよー」

 海野百舌鳥子の鳥の巣頭が小気味よく揺れる。天幕の中に据えられた機械にまたがりながら、自転車のようなペダルをきこきこと漕いでいるもくずは別に海原を前にしてダイエットに励んでいるわけではなく彼女曰く「とっくん」に勤しんでいるらしい。ほとんどは太陽光と風力で補っているとはいえ、人力でバッテリーに充電することもできたからゲルに供給するエネルギーの足しにならない訳でもなく、彼女のとなりでは海ことりもからからと車輪を回している姿が目に入るがそちらはかわいらしい(かける談)ので放っておくことにする。ちなみに海ことりは地味な土茶色をしているからことりのメスかもしれないしミソサザイかもしれなかった。
 もくずが特訓とやらをしている理由は明白で、実のところ昨今の海中での戦いやら模擬戦闘やらで彼女はあまり役に立っていない。短期決戦ならもくずが何かをする前にシーサーペント族のゴルゴンゾーラが相手を蹴散らしてしまったし、長期戦になればかけるが海賊直伝猛毒タコ殺法で相手を削るのが主軸になる。もくずの特長といえば口が悪いこととかコガラでぺたんこなくせに態度が大きいこととかすぐにかけるをなぐることだから、ただでさえ足の遅い彼女の潜水艇は致命的に出足が遅れてしまうことが多いのだ。特長を伸ばすよりも弱点を克服する、彼女がそれを選んだ理由はいいかげん戦いが終わったあとにぶっぱなした魚雷が誰もいない海の中をむなしく通過していくのに飽きただけかもしれないが、特長を伸ばされてもかけるとしては困るだけかもしれない。

「つーきすーすーめかーしーわ、とーまーらーなーいかーしーわ」

 ちっこいのが90分間足を止めずに走り続けたら強くなる、と言い出して、某クラブチームの応援チャントを歌いながらペダルを漕いでいる姿はそれなりに楽しそうではある。彼女の潜水艇は赤銅の色をしていたが心は太陽王の黄色らしく、何のことやらさっぱりわからないがようするにこの特訓でスピードアップを図ろうという訳だ。ふと見れば先ほどまでからからと車輪を回していた海ことりが足をすべらせるとぐるぐると目を回していて、いずれバターになってしまうかもしれないがやはりことりはかわいい(かける談)ので放っておくことにする。
 天幕の中には「ハイブリッド肉体訓練枠10(船木誠勝著)」とかいう本が転がっていて、一冊1000SCとかぼったくり値段もいいところだが内容はそれなりにまとも?らしく同出版社の「女騎士団長殺油地獄」と合わせてテリメイン週間ベストセラーに選ばれているというもっぱらの噂だがそんな噂はあてにならなかった。

「おいおおぞらいわし!ポカリ買ってこい、お前の金で」
「へいへい」

 天幕の中から傍若無人な声が飛んでくる。トリあえず汗をかいたら補給は必要だしO塚製薬は柏ではなくて徳島のスポンサーだが、それはそれとして彼はこれからベンダーコーナーに置かれている自動販売機でテリポカリを買ってこなければならず、さもなければ脱水の状態異常を食らってしまうとSPをがしがし削られてしまうからリフレッシュするために魚ジュースを呑まされることになるような事態は避けたいところだろう。くるりと向きを変えたところで、海面に長い影が浮いてくるとゾーラがにょきりと首を突き出してくる。首から上だけなら彼女のグラマーは水の下にあって見えないから年頃のかけるが目のやり場に困る心配はない。
 足が遅いから特長を伸ばすだけではなく弱点も克服しよう、実のところもくずだけではなくゾーラも同じことを考えていて最近は船の周りをぐるぐると泳ぐ特訓に勤しんでいるらしい。先日ももくずの潜水艇と泳ぎくらべをすると低レベルのレースの末にクビ差で勝利して海の先輩としての意地を見せていた。もともと彼らはかけるが先行してもくずとゾーラが構えるというスタイルだったから、全員が速くなれば単純に底上げができる一方で、つまり今までは女性陣がかけるを使いパシることが彼らのスタイルだったのだが幸いなことにおおぞらかけるはその不幸な事実に気が付いてはいなかった。彼が気付いたのはゾーラの後ろから彼女のそれとは違う、丸っこい大きな影が浮いてきたことで、おやと思って覗き込んだ水面に鋼鉄のかたまりが現れたことだった。

「な!なんだなんだなんだ!?」
「お初にお目にかかる、貴殿がおおぞらなまこ殿だろうか?」

 初対面の相手にいきなり名前を間違えられる。更に後ろから素身で海に潜っていたらしい中性的な子供とクラゲの組み合わせが現れて、リラコ姿にタコデバイスを着けたかけるは親近感を感じなくもないが、話を聞いてみると鋼のかたまりは「えちぜん?」と名乗るAI搭載の自律型重機で、ゾーラの紹介で海底杯に協力するために来てくれたヒトらしい。モビルなんとかではなくマシナリーシルエットを略してMSというそうでマサアキ・サカイのイニシャルではないが、もちろん彼も海底探索協会に所属する探索者、どころかかけるやもくずたちよりも遥かに実績でも経験でも勝るツワモノで例えるなら元日本代表選手が助っ人に来てくれて背番号37を背負ってくれるようなものだろうか。

「どーした、おおぞらいわしー」

 パシリくんの戻りが遅いのを心配してくださったもくずがやってくるが、彼女のひとことでかけるの呼び名はおおぞらいわしになってしまうかもしれなかった。いつの間にか大きな軍手をはめていたもくずは先ほどまで漕いでいた機械から外したバッテリーを抱えていて、どうやらこれを潜水艇に積むつもりでいるらしい。考えてみれば足こぎボートではあるまいし、もくずがペダルを漕ぐ特訓をする理由があるかはさっぱり分からないがこのほうが潜水艇をパワーアップするなら現実的ではあるのだろう。
 それはそれとしてにわかに天幕がにぎやかになると大から小まで雑多なトリあわせが集まっていてなんとなく楽しい気分にさせられる。ふと見ると天幕の隅っこに作りつけられたテーブルには書き終わりかけている二冊目の日記があって、かけるが視線を向けると海ことりがぴよぴよと新しい日記になんてタイトルを書こうか悩んでいるらしかった。日記のタイトルなら「怒りと栄光の記録」とかいったら知ってるヒトでなければさっぱり分からないだろうか。

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