タコとヘビと潜水艇?


1日目


Icon 買い物箱を引いて泳いでいる。
Icon 様々な形のジェムを術式に当てはめながら作業を続ける。
武器を解体する特殊なもの等も含まれた、いつもより大きく複雑な術式。
Icon 煩雑な作業に緊張しているようだ。

Icon 「フォームチェンジ買うぞー」
Icon 「バルキリーフォース」
Icon 「メデューサフォース」
Icon 「シルフィードフォース」
Icon 「アルテミスフォース」
Icon 「セイレーンフォース」
Icon 「楓さんだー!」

 海中島の海アトランドの探索は今のところ順調に進んでいるといってよいだろう。この海域には原生生物よりも古代の剣や盾、宝箱をあしらったウミミックといった輩に行く手を阻まれることが多く、遺跡を守る防衛システムの存在を思わせるがむしろ機械的な障害のほうが対処はしやすいのか、ここしばらくは頻繁な襲撃に探索者が後れを取った話はあまり聞かなくなっていた。今しがたも襲いかかってはあっさりと返り討ちにされたナンパ船やらウミミックが、半壊した口を大きく開けたがらくたの姿になって海藻に覆われた石畳の上に残骸をさらしている。

「勝った!第三部完と思ったときおまえはもう死んでいるー」

 なんか微妙に間違った勝どきを上げている海野百舌鳥子だが、いったい彼女はどこでこんなおっさんみたいな言葉を覚えてくるのだろうかと大空翔は今さら考えても仕方がないと思っている。そもそもナンパ船やらウミミックを蹴散らしたのはシーサーペントのゴルゴンゾーラが巻き起こしたものすごい冷気の渦と、うちもらした連中を器用に砕いていったかけるの投げ網で、もくずの潜水艇から撃ち放たれた魚雷(猫子力潜水艇さま提供)はいつものように何もいなくなった広場をスーパーマリオのキラーのようにむなしく通り過ぎて行っただけなのだがそんなことを指摘したところでいつものように暴君になぐられるだけだった。
 とはいえもくずにも思うところはあるらしく、あまりにも足がのろすぎる潜水艇の速度を上げようと最近は「とっくん」や「かいぞう」に勤しんでいて、単に彼女は口が悪くてすぐにおおぞらかけるをなぐる癖があるだけで何も考えていないわけではないようだ。そこらにちらばっているガラクタをマジックハンドで回収している潜水艇に、投げた網を巻き取りながらかけるが声をかける。

「んでどーする?今日は拠点まで戻るんだよな?」
「買い物するぞ買い物ぉー」

 海底探索協会は海域の調査が進むに従い輸送路を伸ばすとそこに大規模な拠点を建設する。学校で習った軍用鉄道の敷設を思わせる堅実な開発戦略だが、では海域を調査する自分たちは塹壕に放り込まれる兵隊みたいなものだろーかと考えると魚雷を発射する潜水艇といっしょに生身で塹壕に放り込まれるのはどうかと思わなくもない。歩くよりも泳ぐのにすっかり慣れてしまった海の中で、きこきこと進むもくずの潜水艇や身をくねらせて泳いでいるゾーラよりもよほどサカナのようになめらかに泳ぐかけるの視線の向こう、漂う島影と島影のあいだにそびえる大きなドーム状の建物が築かれている姿が目に入る。
 建て増している建物は運び込まれている資材がまだそこらに積まれていたが、施設はどれも開いていてすでに訪れている探索者たちの姿で混み合っていた。彼らの目的はおよそ決まっていて、露店に新しく入荷されるようになった装備の物色と他の探索者との情報交換、そして開催されることが決まった第二回海底杯への準備だろう。今回は6名1チームでの参戦という形式で足りない枠は手配された動く石像、ガーゴイルで補われると聞いているが、先に海域外縁で発見された石像だけで百体を超える数が賄える筈がなく、古代の防衛システムを製造する技術を協会が手に入れたに違いないとはもっぱらの噂である。協会がカネ稼ぎのために開催している、とも揶揄される大会の事情は実際には更にきな臭く深刻なものかもしれないが、お子たちにはオトナの事情など知ったことではなく窓越しにトランペットを眺める黒人少年のように商品を物色しているとにわかに暗くなった頭上から声がかけられた。

「よさそうな装備は見つかりましたか?拡散とか気になってるんだけどねー」
「おおー、貴どらー」

 門番竜と自称する貴ドラは絵本や物語に登場するドラゴンそのままの姿をしているが、彼も探索者だというのだから遺跡よりも遺跡に集まるヒトたちの故郷がよほど未知の世界に思えてくる。とはいえこのドラゴンがそこらの海賊よりもよほど穏やかで紳士的な性格で、巨体にふさわしい頑丈さで仲間を守る壁としての役目を果たしているらしい。件の生命壁の集まりでもくずが知り合った探索者の一人?だが、例えるならもくずが三匹のブタ野郎が建てた貧相なワラ小屋だとすれば彼はバルキーな鋼鉄の城塞といったところだろうか。

「ばるきー?」
「あーいや、もずこの言うことはときどき気にしないでくれ」
「なんだとー!」

 ときどきかけるが翻訳してくれるので会話が成立するが、今どき助っ人ブラジル人でもインタビューの最後にアリガトウゴザイマシタと言ってくれることを思えばこの中でガイジンは誰でしょうかと悩まなくもない。広げられている露店を巡りながら、もくずも潜水艇から降りてビーチサンダル履きでぺたぺたと歩いていたから、コガラなお子たちのまわりでシーサーペントやドラゴンやモビルスーツならぬマシナリーシルエットが覗き込むように露店を眺めているのは奇妙ではあるがいかにもテリメインらしい姿ではあったろう。そのマシナリーシルエット、明滅するモノアイを動かしている、自律型重機のエチゼンもお子たちの背後から露店を覗き込みながら次の海底杯に備えた装備の物色に余念がない。

「火力が疎かになっているのでターゲットコントロールで耐久力を活かすのもよいか」

 古風な口調は搭載されているAIの趣味らしい。海底杯にはもくずとかけるとゾーラ、それに助っ人マシナリーシルエットのエチゼンが加勢してあとはガーゴイル二体が手配されることになっている。これまでの装備がすぐに変えられるわけでもないので、特長を活かすならエチゼンともくずが壁になるだろうが潜水艇とロボが並んでいる姿はそれはそれで威圧的かもしれなかった。そうすると攻撃はゾーラの受け持ちで、おおぞらかけるは何をするかといえば攻撃も防御も回復もぜんぶ受け持たないといけないから俺たいへんだよなーと考えたところで背中をぽんと叩かれる感触がして、彼のタコデバイスがなぐさめてくれたのかと思って振り向いたかけるの目の前にガーゴイルが二体立っている。どうやら協会から手配された助っ人ガーゴイルのコンビらしいが少なくとも彼らはもくずよりも親切らしかった。
 ありがとーよーと感謝しつつこいつらの名前も考えてあげないとなーと、それが何よりも重要になってしまうのはかけるの性格だがふと気がつくともくずがなにやら大きな重機のパーツめいたものを物色してフォークリフトに積んでもらっている姿が目に入る。正確にはなにやら、ではなく、どう見てもロボットの足のようにしか見えないのだが商品に貼られているタグを見ると「TGフォームチェンジ:潜水艇の足」とピンポイントな需要を狙ったとしか思えない品名が書かれていて製造元を見るとなんかもくずの実家の住所にやたら近い場所でそういえばあの辺に彼女のおじいさんが住んでいたような記憶がある。

「えーと」

 そもそも潜水服から潜水艇にしたのになんでもっかい足をつけるんだよとかそもそもこの足ってチューンジェムなのかとか壁がどうとか耐久力がこうという話があったのになんで足なんだよとかエチゼンの隣に腕と足がついた潜水艇が並んでいたらそれはもうロボなんじゃないかとかつーかお前のじいさん何者なんだよとかいろいろ言いたいことはあるのだが、おおぞらかけるがそんなことを聞いたところでもくずの回答は決まっていただろう。

「だってかっこいいじゃないかー!」

 おおぞらかけるの発言は認めない。


2日目


Icon さらに新しい石を魔法陣に乗せるが
Icon ふっと横を見て、もくずに石をごちゃっと渡した。

Icon 「あたらしい仲間を紹介する」
Icon 「マシナリーシルエットのえちぜんっち!」
Icon 「ロボで子供とクラゲを連れている頼もしいやつだー」
Icon 「つまり彼がいればロボと子供とクラゲは足りている!」

Icon 「…なんか今お前ものすごくサラっと酷いこと言ったな?もずこ?」
Icon 「だいいちだな。この時節はいろいろ調整めんどくさいんだぞ?
ただでさえ暑いんだから精密機器にはよくないんだからな。
おかげさんでここ最近コイツの調子も…」
Icon (『設定ミスってましたよ』的エラー報告を提出)
Icon 「はいすいません、マジすいませんでしたッ!」

 通称ヒタチダイと呼ばれているヒタチ柏総合グラウンドサッカー場は観客数15349人を収容できるこじんまりとしたスタジアムだが、ピッチと観客席の近さに伴う臨場感は国内でも有数で柏熱地帯と称されるゴール裏では黄色い服を着たサポーターたちと黄色い服を着ていないサポーターたちが声を枯らしながら90分間飛び跳ねている姿を目にすることができる。残念ながら第二回海底杯が開催される競技場はそのヒタチダイではないのだが、電光掲示板には対戦カードが表示されていて「ドキッ!だいたい水着!離脱設定だらけの闘技大会vsカイゼルクロイツ」の文字を見ることができた。

「おー弁天ちゃんだー」
「なんかあそこすげー強いとこらしいぞ」

 海野百舌鳥子が大空翔を連れてスタンドから観戦していたのはいずれ挑むことになるライバルを品定めする、ためではなく生命壁の集会所を主催しているコッコ・サニーライトらが対戦するという話を聞いて知り合いの戦いぶりを見てみよーと言い出したのが理由だが、掲示板に並んでいる名前を見ると先の海底杯で上位に入賞した猛者(つわもの)たちやら、以前にもくずたちも対戦してひどい目に遭わされた覚えがあるヒトたちの姿も見ることができてみなさん強いんだろーなというのは教えてもらわなくても分かろうというものである。

「おーしやっちゃうよー(何を)」

 公序良俗に反しそうな布きれ姿で勇んでいる弁天ちゃんは最近アトランドの遺跡探索で会った知り合いだが、彼女の得意とする漁師力学を駆使する姿を実際に見たことはなかったし強いヒトたちの動きはきっと参考になるだろーと、海スタグルで購入したレイソルカレーの器を手にお子たちが並ぶと観客席に腰を下ろす。対戦そのものはあっという間に終わると弁天ちゃんたち「だいたい水着」のメンバーが勝ちどきを上げていたが、火と氷が飛び交いそれを互いに打ち消し合う激突は柏熱したもので思わず圧倒されてしまう。その中でも目立ってみえたのは生命壁の集会所でも見かけたことがあるサフィル・ド・シャニィの立ち回りぶりで、観客席で匙をくわえているお子たちに気がついた長身に金髪姿の女性が手を振って声をかけてきた。

「観てたのかい?どうだった、あたしの生命壁っぷりは」

 装甲とはとても呼べない水着姿にも関わらず、打撃力のある仲間を後ろに下げて最前列に立っていたサフィルは縦横無尽に動き回ると両の拳にはめたナックルガードで殴り、突き、弾いていた。ガードブレイカーと称する打撃は一撃の威力は軽いのだがミスリル製のナックルガードは結界斬というスキルストーンの保護を断つ効果を備えていて、これで切り開いた隙間に仲間の術や打撃が次々と撃ち込まれていくのが彼らの戦法らしい。サフィルが公言していた彼女流の生命壁の姿は文字通り身を張って味方の前に立つもので、観戦しながらなんか申し訳ない気分になっていたかけるの後頭部をもくずがぽこんとなぐりつけた。理不尽なことこの上ないが、それはそれとして言いたいことは分からなくもない。

「少しは見習えってんだろ?わーってるよ」
「わかればよろしー」
「あはは、そっちは残念だったね。次はがんばりな」

 サフィルが笑っているのはちょうどこの対戦のひとつ前、もくずたち自身の対戦がおもいきり膠着したあげくに決着がつかずそのまま引き分けになっていたからである。しょっぱい試合ですみませんでしたが次回からはスーパーストロングなマシンが登場するかもしれず、お子たちなりに次はまったりとがんばろーと気合いを入れ直してみるしかない。彼らはもくずとかけるにシーサーペントのゴルゴンゾーラ、助っ人マシナリーシルエットのエチゼンに加えて協会が用意した二体のガーゴイルを加えた六人(?)一組で参戦していたが、まずはガーゴイルに名前をつけようという話になると

「ガーゴイノ&レでどうだろうか」
「ゴリとラーみたいなものかー!」
「だからどこでそういう知識を身に着けてくるのかと」

 などという会話が飛び交ったがけっきょくはガーゴイノとガーゴイレということで解決する。そのようなことを考えるヒマがあるならしっかり作戦も立てているのかといえば「がんばれ」と「ホームラン」のナガシマ流が彼らの基本的なスタイルだったから、やわらかい(どこが)ゾーラが無事だったら勝てるかもという彼らの初陣はそのゾーラが早々に狙撃されてしまいもくずにかけるにエチゼンという三枚の壁がそびえているけど大砲はありませんという堅牢かつ堅牢、そして堅牢な状態になってしまった。結果はガーゴイノ&ガーゴイレすらもマットに膝をつくことがないタフネスぶりを見せつけたがもちろん相手も立っていたから残念なことに引き分けだったという訳である。

「まー、負けなかっただけよしとする」
「勝てなかったら勝ち点はゼロだけどな」

 もくずはどうせ攻撃は当たらないと壁&回復に専念したからそびえたつ**にしかならず、かけるはタコデバイスの設定を間違えるとタコアームが基板を振り回してがしがしと殴りかかっていたありさまで、つまるところこの二人は石より役に立っていなかったのだがとりあえず物理攻撃に使用された基板は思いのほか丈夫で歪まずに済んでいたし素早い回復役であるかけるは仲間を充分に助けてもいた。つまり役に立っていなかったのはもくずなのだが小さい彼女はそのような小さいことは気にしない。

「小さいっていうなー」

 それでも好材料がなかったわけではなく、この状況で負けなかった頑丈さはそれなりのモノだったろうし、もくずが潜水艇に新しくつけた足は海底をてこてこと歩くことも跳ねることもできる動きが思いのほか悪くない。もう少し速く歩いてゾーラよりも先に動く、のが彼女の当面の目標らしいができればエチゼンよりも早く動くことができれば仲間が治療に振り回されることも減るだろう。治してばかりで攻撃するヒトがいなくなってしまう、のがテリメインに来て最初からある彼らの弱点で、ドン引き戦術はよいがカウンターすら狙わないでは残留はおぼつかないというものだ。とりあえず景気づけにもくずがかけるの後頭部をもういっかいなぐりつける。

「よしおおぞらいわし、景気づけにおまえをいっぱつ殴る!」

 殴ってから言うんじゃないとかそもそも一発じゃなくて二発目だろとか言いたいことはあるのだが、なんとなくいつもよりももくずの殴りかたが甘い気がしてもしかして彼女なりに気にしているのだろうかとかけるは考えなくもないが、殴られかたで彼女の機嫌が分かるようになったらそれは彼がとてもかわいそうなんじゃないかということには幸いおおぞらかけるは気がつかなかった。

「で、どーすんだよ」
「もちろんスカウトするぞスカウトー」

 それなりに頑丈な壁役であるもくずだが火力のある相手には役に立たないので、更に頑丈にしつつ反撃ができるように新しい魚雷も買っているらしい。そのたびに潜水服から潜水艇に変わっている姿を見てもこつこつ改造を続けていることは分かるがこればかりは時間をかけて強くなるというよりも置いていかれて弱くならないように励むしかないのだろう。あとは対戦相手を研究してできるなら作戦を立ててみる、そのためにスカウンティングをしようというのがお子たちが観戦に来ている理由だったからこのあともしばらく彼らはスタンドから他のチームの戦いぶりを見ていたものである。不安なことこの上ないが、いちおう彼らの作戦はうみのもくずが立てていることがわりかし多いようではあるらしい。

「次の作戦考えたのか?」
「んーとな、いろいろやろうぜ?」

 だれかクリフトにザキを使わないようにおしえてください。


3日目


Icon 時折、水面に反射する光を覗き込むように浮上してくる。
Icon 何かが焼ける臭いに反応すると、水中へ潜る。

Icon 「テリメイン海まつりー!」
Icon 「海屋台で海イカと海やきそばを買う」
Icon 「海屋台で海とうもろこしと海わたあめも買う」
Icon 「海ゆかたを着て海ぼんおどりを踊る」
Icon 「そして海花火を見るぞー!」

Icon 「…お前、『海』ってつければなんでもアリだと思ってねえか?」
Icon 「でもまあせっかくお祭りってんなら俺もまぜてくれよ。
それこそ浴衣は手持ちもあるしよ、あとは海うちわと、せっかくだから海タコ焼き…」
Icon (びくっと震えている)
Icon 「…ってどうしたタコ!?お前じゃねえ…って、逃げんなーっ」

 第二回海底杯が開催されている施設は未踏査海域の探索が進むにつれて探索者協会が設営した拠点に併設して設けられている。危険が想定される海域に向かう探索者の訓練のための施設であると協会は強弁しているが、観戦用の客席まで設けられたスタジアム状の建物は簡便なつくりにも関わらず必要な設備はすべて用意されていてこのために準備されているとしか思えない。

「ひゃっはー!やろーども勝ちどきだー」
「お、うまいこと運が向いたかな?」
「おっつかれさまでしたー」

 下品な勝ちどきをあげている海野百舌鳥子を無邪気な喜色が囲む。初戦を引き分けた後の初勝利だから彼らが喜ぶのも無理はなく、大空翔、エチゼンの同伴者のシィア、シーサーペントのゴルゴンゾーラもふいと視線を送ると機嫌のよさそうな目を向けていた。完勝、とは到底言い難く冷たい矢の雨にさらされたゾーラが危うく水に浮きかけたところを辛うじて踏みとどまった末の勝利だし、自称キャプテンマークを巻いているもくずが立てた作戦もさっぱり当たらないていたらくで彼女自身もいつものように石より役に立っていなかった。

「よくやったぞみなのものー!」

 とはいえ自律式AI搭載MSのエチゼンには重たい試作型フォトンアンカーを振り回しての攻撃に専念してもらい、かけるはタコデバイスの設定を修正して最前線でマルチロールの立ち回り、ゾーラは術を使い分けて相手を削るという役割分担が今回はしっかりハマると補助役のガーゴイノ&レも含めて安定して戦うことができていた。もくずにしても対戦前の挑発と勝利後の勝ちどき役はしっかり果たしてはいただろう。
 作戦なんてハズレてなんぼだー、と作戦を立てたもくず自身が豪語していたからそれでいいのかと思わなくもないが、小手先の技に頼るよりも役割分担をした仲間が互いに連携をできていたことは素直によろこぶべきだろう。引き上げたバックステージで戦闘記録用のデバイスを外していたかけるが視線を向けると、色気のない水着姿で組んだ胡座の上にぐりぐりとメモ書きのペンを走らせていたもくずが破りとった紙を突き出してみせる。

「これやっとけ。アトランド戻る前に準備しとかないとめんどうだぞー」
「お、サンキュー」

 日ペンの美子さんに習ったほうがよいのではないかという殴り書きではあるが、メモ書きにはかける用の装備改造や備品の購入方針が書かれていて彼自身もこれを参考にしてタコデバイスの調整やトレーニングメニューを決めていたりする。彼女がけっこうまめに仲間の作戦まで考えてくれるのは以前からのことだったが、日用の調達品の在庫も確認しとくかなーと、先に控え室を出たかけるの前に海水を透かしたような姿が現れる。

「今回はよい結果だったみたいですね。おめでとうございます」
「え、あー、どーもアリガトウゴザイマス」

 水の精霊ディーネは数日前にもくずやかけるたちが模擬戦闘で対戦すると、さんざんな目に遭わされることになった相手である。彼女自身はその実力とは裏腹に物腰もおだやかな落ち着いた性格らしく、どこぞの暴君めいた同級生よりもよほど女性らしい女性に見える。この日は大会のオープニングマッチを務めると一進一退の攻防の末に敗戦、かけるたちにとっては雲の上のヒトたちの戦いにも思えるがここは海の中だから沈まないで泳いでいればいつか届くかもしれない。

「なんだかよいコトバですね。私も使わせてもらおうかな?」

 半ば冗談のつもりが感心されてしまったかけるは思わず恐縮してしまうが、確かに沈んでいるよりも前向きなのはよいことに違いない。もくずなどはあの調子でも無意味に前向きだし口では役に立ってないとか言ってはいるが、あれでいろいろ仲間にアドバイスをくれたりしているのだからもっと自分のことだけ考えてもいいだろうにとも思うのだ。もっとも、彼女の普段の言動を見て彼女が仲間からそんなふうに思われているなどとは考えづらいかもしれない。せめてあいつくらい頑張れるといいんだけどなーと漏らすかけるの様子にディーネはくすくすと笑っている。

「なんだ、あやうく余計なお世話をしてしまうところでした」
「え?」

 なんでもありませんというと、応援してますねと手を振ってから水の精霊らしいなめらかな動きで泳いでいってしまう。もしかしてこちらに気を使って元気づけにきてくれたのだろうかと、そもそも彼女自身が接戦を落としたばかりの筈なのになんかすげーいいヒトじゃんと感心するがヒトではなく水の精霊さんだがそんな些細なことはイマハワスレヨウ。



 買い置き用に仕入れてきた海ベニアズマや海キャベツを抱えたかけるが控室まで戻ってくると、雑な恰好のまま工具ケースを開いて油まみれになっているもくずの姿が目に入る。かけるが精密機器&プログラムよりだとすればもくずは工業&技術屋肌で、それも彼女が女性らしさからほど遠い一因かもしれないがそんなことを指摘したところで殴られる理由にしかならないだろう。ここしばらくマジックアームと魚雷発射装置の周辺をいじっていた彼女だが最近は潜水艇そのものの改修にも手をつけているらしい。

「ようやく魚雷が当たるようになってきたぞー!」
「あれもお前ん家の蔵にあったんだよな・・・直すお前もすごいけどよ」

 猫子力潜水艦から提供されていた通称「皆殺し魚雷」が当たらずにいた理由はどうやらとてもおおきな錨のバランスが悪く発射装置の射角がずれていたのが原因らしい。改修にはずいぶん苦労していたが先日新型魚雷がウミネコヤマトの宅配便で届けられたこともあって暇を惜しんではいじっていたようだ。アトランドの次の探索前にはある程度めどをつけるつもりでいるらしい。
 海中島アトランドの探索も最近では遺跡のより深層まで潜るようになり、数少ない原生生物はより大型に、あちこちに配置されている防衛システムはより頑丈なものが現れるようになっていた。探索が進められている海域は便宜的に深度が分けられていてそれぞれの海層に図面と記録を設けているが、深度がひとつ増えるごとに徘徊する原生生物の全長が倍になるとも言われているのは以前に探索したセルリアンの海域と変わらない。先日見かけたクラーケンなどはセルリアンで見た幼体など問題にならないくらい大きなもので、ダイオウイカの最大長を超えるのではないかと思わせたが深層ではこれよりも大きな個体がすでに確認されていた。噂によれば大型のクラーケンが複数たゆたっている「巣」のような場所もあるらしく考えるだに背筋がうすら寒くなってくる。

「射程よーし、つっこめー!」
「海藻とダンスしな、ベイビー」
「Megisto tis mageias!」

 このときはかけるの火星バースト砲にもくずの皆殺しミサイル、ゾーラが術で巻き上げた凍りつく渦が巨大なクラーケンを文字通りなますにしてしまうと冷凍食品のいっちょあがりとなっていたが、ダイオウイカやダイオウホウズキイカといった大型のイカはアンモニア臭くて食べられたものではないから獲物をぺろりといただいて魔力の供給源にしているゾーラなどにとってはあまりありがたい生き物ではないそうだ。
 そういえばテリメインイワシの巨大な群れを追い散らしたときはみんなで喜んで氷漬けにしたなーとか、あのときの残りがまだ海上のゲルに保管してあったからさっき買ってきた海キャベツを使ってイワシ汁でも作ろうかとか考えているかけるを脈絡なくもくずが呼びつける。

「やいおおぞらいわし、お前はいわし汁というものを知っているか」
「いわし汁って僕知らない」

 期待している返事にもくずは満足したらしい。イワシだとかフライフィッシュだとかマリンオークは探索者協会の拠点でもふつうに売られている食材だからあまり考えたこともないが、これまで見かけてきた原生生物にはヒトめいたものもいて特にゾーラなんかにはどこまでが食べ物でどこまでがヒトになるのかなーと思うこともある。単なる感情的な、宗教的な問題で特定の食材には手を出さない探索者も珍しくはなかったから、結局は気分の問題だし郷に入らば郷に従えともいうではないか。

 アトランドでも探索は主にゾーラが先行して潜りながら行き先を選んでいるが、深層の水圧のせいか術や射撃の精度がずれることもあって慎重に気を使いながら更に深く深くへと潜ろうという検討もしている。スキルストーンを身に着けていれば呼吸も水圧も会話も気にせずに行うことができて、それはこの世界を探索する上で必須の条件になっていたが水圧そのものは存在しているのだからうっかりすれば打ち出した魚雷がひしゃげたり術がかき消されることも珍しくはない。
 同じようにスキルストーンの能力や原生生物の耐性にも限界はあるらしく、例えばセルリアンの浅層にいたヒトデ&ウーマンなどはこのアトランドでは水圧だけで押しつぶされたグラマーがスリムになってしまうだろうとも言われている。徘徊する原生生物や防衛システムが限られているのもこうした環境的な原因はまちがいなくあるのだろう。

「準備できたかー?それじゃあでっぱつすんぞー」

 うん年前の暴走族みたいな言葉を吐く。これまでの探索で踏査した地点のマーカーを読み取ると潜水艇に載せていたナビゲーションシステムに映してその日のルートを決める。ちなみにこのマーカーを通称「セーブポイント」と呼んでいるのはお子たちの趣味だった。


4日目


Icon 水面に、広めの間隔に的のようにビンをいくつか浮かべて距離を取る。
Icon 軽く鐘を振るうと、ゆっくりと波紋が広がり全てのビンが同時にくるくると揺れている。
Icon 何か満足したようだ。

Icon 「アトランドの奥にレッサードラゴンが出るらしいぞー」
Icon 「外見はアライグマに似てしっぽがふさふさで帯模様がある」
Icon 「主に竹林や樹上で暮らしていてタケやササを食べるが雑食性」
Icon 「たまに二本足で立つこともあるらしいが理由は不明」
Icon 「もちろんこれはレッサードラゴンでなくてレッサーパンダの話だ!」
Icon 「だからレッサーがいるならグレーターパンダもいるにちがいない!」

Icon 「…その方向性でいくといずれここにもグレータードラゴンも出るってことじゃねえか…」
Icon (その方向性でいくとグレータードラゴンは同族をどんどん呼ぶので経験値稼ぎに、などと書き出す)
Icon 「タコおまえもか!!」
Icon 「なんというか、俺たちほんとこれから何と戦うんだろうか…」
Icon (がんばろうね、とジェスチャー)

 海中島と呼ばれている、海中に浮かんでいる島々の奇観。アトランドの地域探査は順調に進んでいて、用意されている図面が複数の探索者たちの手によって埋められると日々更新されていたが、その日向かおうとしている海域を目の前にして海野百舌鳥子と大空翔、それにシーサーペント族のゴルゴンゾーラがそれぞれ顔を見合わせていた。誰ともなく呟いたのはかけるである。

「縄張りってか巣だろこれ・・・」

 端末機のモニタには探査地域の図面が映し出されていて、回り道を避けるつもりなら彼らの目の前で遺跡と遺跡の間を渡っている谷間を縦断した方が早い。薄暗い深層では届いてくる光も弱々しいものになっているが、スキルストーンのおかげでもあるのか辛うじて視界を通すことはできて向こうにある遺跡の入り口も見えている。だがそこが薄暗い理由は陽光が降り注ぐ海面から深く離れているためだけではない。少し浅い海層と、少し深い海層にゆっくりとたゆたっている巨体が幾つも見えてそれらが頭上からの明かりを遮っていなければもう少し視界を通すことはできただろう。体長が20メートルから30メートルを越えそうな常軌を逸した巨大イカ、クラーケンが何体もの群れをなしているのだ。
 幸い彼らは視界のはるか遠くにいる小さな生き物たちにはまるで興味がないらしく、今のところこちらに近づいてくる様子はない。とはいえこの谷間を渡ろうとすれば彼らにとっては眼下や頭上をこうるさい生き物が通り過ぎていくわけで、数体数十体といる化け物たちがその長い触腕を伸ばしてくるだろう。

「なんとかなるなる、いくぞー」

 この状況で彼らの目論見は「強引に突破する」ことである。クラーケンは大きすぎて互いに接近できる数が限られているから、ぎりぎりまで岸壁や遺跡の影に隠れてあとは最短距離を泳ぎ切る。先日、これよりもずっと小型のクラーケンを倒したことがあったから、目の前を回遊している怪物どもはそれよりもはるかに大きいとはいえおよその能力は予想できた。もくずの潜水艇が海底を蹴りながら進むと先行するように泳ぎ出して、かけるはハッチの脇にある手すりを掴んで曵かれるように水をかく。お子たちが進んだところでゾーラが長い尾をくねらせながら後についていく、最短距離を進めばおよそ三体程度と接触することになりそうだ。
 呑気に豪語しているもくずだが、想定ではクラーケンの触腕では潜水艇を傷つけることは難しいので捕まらないように加速しつつ、身ごなしがよいかけると二人で進んだ後ろからゾーラが潜り抜ける道をつくるつもりでいる。彼らの魚雷や網では巨大な怪物を傷つけることはできても致命傷を与えるには遠いから、ゾーラの術に期待するしかないのだが生身のグラマーが触腕に捕まってしまうとお子様には見せられなくなってしまうから対策と作戦は必要だった。

「俺も生身なんだけど?」
「おおぞらかけるの発言は認めない」

 先日使用した火星バースト砲を使えばかけるでも相応のダメージを与えることはできるだろうが、けっきょく潜る前にもくずから渡されていたわら半紙書きの作戦に従うことにする。もくずが壁でゾーラが大砲、彼らの間でフレキシブルにバランスをとることができるのがかけるの最大の長所だが人によっては彼をベンリーくんと呼ぶかもしれない。
 遺跡の影に隠れてから起動させたウォークライの振動がもくずの潜水艇とかけるのタコデバイスを振るわせると、予定通りに潜水艇が泳ぎ出してかけるが曵かれていく。縄張りに踏み込んできた獲物に気がついた何本もの触腕がゆっくりと動き出すが、原生生物である彼らはスキルストーンと同様の術式が生体構造に組み込まれていて、振るわせた触腕の振動が水圧をコントロールすると重くなった一撃は岩でも壁でも砕くことができるようになる。こんなものを生身で食らったからたまらないから柔らかい(どこが)ゾーラを後ろに控えさせて、もくずとかけるも術式を起動すると水圧を利用して衝撃を和らげるクッションを用意するという寸法だ。

「だから俺も生身なんだけど」
「おおぞらかけるの発言は認めないー」

 潜水艇に曵かれながら、器用にタコデバイスが放り投げられると何本ものロープを引きながら広がって触腕の動きを遮る網になる。こんなもので巨大な腕を止めることなどできないが、機械的に反応する相手を攪乱して海域に細い一本の道をつくることができればいい。彼らの目的は巨大な怪物どもをみなごろしにすることではなく、見えている向こうの遺跡に確実にたどり着くためのルートを確保することだった。振り回される触腕にたびたび弾かれたかけるの身体がピンボールのボールのように右に左に跳ね回るが、傍目には危なく見えて彼自身は泳ぎながらすべて受け身をとっているからひやりとさせられることすらない。もとから水の中のいきものであるかのように、両の足裏で跳ねとんだかけるの目の前でゆっくりと潜水艇のカタパルトが開く。

「海藻とダンスしな、ベイビー」
「ちょっと待て!近い近い近い!」

 もくずの潜水艇から打ち出された魚雷が航行、爆発すると何本もの触手が押し出されるように後退する。こっちに当たったらどうするんだとかけるが抗議するが、お子たちが網と魚雷で怪物たちを押し返したところで開けた空間に身をくねらせながら躍り込んだゾーラが手にしている魔鐘をおおきく打ち鳴らした。水底から巻き上がった凍てつく水流が見えないチューブ状の通路になると、谷間を渡るまっすぐな道をお子たちの前に指し示す。氷片をまき散らす水流の壁には怪物も魚群すらも近寄ることができず、彼らはゆうゆうと真の道を辿って遺跡の向こうへと進む。この先へ進み何を望む?遠ざかるクラーケンの群れがそのように言っていたようにかけるには思えた。

「Megisto tis mageias」



 時折、遺跡の隙間から漏れる多彩な光が海底を照らしている。光は点々と、まだまだ続く道のりを案内する里程標であるかのようにずっと先まで投げかけられていた。海中に浮かぶ島と島との間を渡る、谷間を抜けた向こうにある遺跡は少しだけ周辺が開けていて、何層にも積み重なっている岸壁と石壁の隙き間からはずっと向こうにある大きな別の島があるのが見える。この周辺は他の海層とも上下の行き来がしやすい場所になっていて、進路を確認するために足を留めている探索者の姿をいくつか見かけることができた。

「あ、もくずさんたちじゃありませんか?そうか、そちらもアトランドですものね」
「おー、ディーネっちー」

 他と見間違えようのない潜水艇はこういうときには便利である。水の精霊ディーネの姿は水中ではたゆたう流れの一部になっていてことのほか見分けづらいが、先方からこちらに声をかけてくれるならば話は別だった。互いに情報を交換しつつ、ここまで探索が完了した図面を照らし合わせてみると彼女たちはもくずと近い海域を踏査していたが深度は更に深くを潜っていて、高い目標のような姿を見せてくれるが傍らで恐縮しているかけるなどにすればディーネの穏やかな女性らしさをこそ高い目標に設定して欲しい。高い目標に設定して欲しい。高い目標に設定して欲しいと切に願う。

「なんか言ったかー?」

 おおぞらかけるの発言は認めないわりにはこういうところは耳に届いてしまうらしい。それはともかく、ディーネたちが足を踏み入れていた深層はほとんどこの海域の海底近く、もくずたちが抜けてきたクラーケンの巣よりも更に深い場所で女神像や通称ウミミックこと海箱罠お化けといった遺跡の防衛システムが多く置かれていたらしい。それらは最深層の水圧にも耐える設備だった筈だが彼女たちにとってはけっして危険な障害物ではなかったのだろう。
 探索者たちが見つけ出した情報は彼らがそれぞれに所持している端末機を通じて、記録された協会の図面から共有することも可能ではあるが機会があれば互いに挨拶とともに言葉で交わされることが多い。充分な記録からもたらされる知識は多くの者に相応の危険を回避する術を与えることが可能だが、ヒトとヒトが交わす経験と言葉はそれ以上のものをもたらすことができる。古来より、それは恩恵とか幸運とかさまざまな名で呼ばれていたものだ。

「うちではそれを友情パワーと呼んでいるー!」
「・・・ゆうじょうぱわー?」

 せっかくいいことを言っていたのに一言で台無しにしてしまうが、幸い水の精霊さんはかつて六百万部発行された漫画雑誌を読んだ記憶などなかったからきょとんとして何のことだか分からないでいるらしい。このようなヒトはたとえば試合中に靴ひもが突然切れたとしても不吉だと考えずにすむからそれで心を揺らされる心配もないが、そもそもディーネはリングシューズなど履いていなかったからいい加減脱線はやめますすみません。
 それはそれとして、アトランドを訪れた探索者が当初から等しく気づいていたうなり声のような音というものがあり、すぐに多くの防衛システムに歓迎されることになる彼らはそれを海中島の奇観を支える設備に源があるのではないかと思い込まされていたが、それは本当に生物のうなり声なのではないか、そう考える者が現れるようになっていた。だがアトランド全域の海水を振るわせるうなり声などどのようなとほうもない存在が発するというのか、それに先んじて気づくことができるとすれば最も深い場所を進んでいた者と最も先を進んでいた者たちであるに違いない。そんな話をしていたところで、少し離れたところから現れた人影が声をかけてくる。

「あ!もくずさん・・・また潜水服改造しました?」
「フィーナ、ひさしぶりー!」

 やはり潜水艇に気がついたらしいフィオナ・ターナーが大きく手を振りながらポニーテールを揺らしている。彼女たちはもくずよりも少し浅い海域を快速としかいいようがない速度で進んでいて、どこよりも先んじた範囲に探索の手を伸ばしていた。浅い海層に現れる原生生物や防衛システムは大きさでも強度でも深層に比べて劣るところはあるが、他に比べて情報がないところで襲われることになるから危険度はむしろ他者に勝り、彼女たちらしい献身的な勇敢ぶりを感じさせる。

「皆さんこの先に行かれますよね?どうやらとてもおおきな生き物が回遊しているみたいなんです」

 より先行している彼女たちだからこそ気づいたらしい、海面に近い浅い場所を、正体不明の巨大な生物がかなりの速度で泳いでいる姿が目撃されている。フィオナたちは調査の手をそちらに向けるつもりでいるが、はるか遠くから辛うじて確認された魚影は伝説の大海蛇にも見えるし御伽噺の竜のようにも見える。彼らの故郷であれば一笑に付される存在が、このテリメインには当然のように見つけられるのも今さらだった。それを調べるのが目的である以上は、危険を目の前にして回れ右をして折り返す選択肢はないから用心して挑むしかないし彼女の友人たちも激励するしかない。

「こーいうときはマルゲリータのピッツァが食べたいっていうと言いらしいぞー」
「あはは、それってなんだか不吉じゃないですか」

 冗談に笑顔を返せるうちは何も問題はない、海であろうがどこであろうが自らの能力と役割を信じることがライト・スタッフの流儀である。障害を前にしている筈なのに、陽気に笑っている彼女たちの姿にああこういうのっていいなあと、素直に思ったディーネが下げていたポーチからオベントウを出すと新しく知り合ったばかりの友人に差し出した。彼女が最近読んだばかりの本に書いてあった逸品で、味見もまだの自信作だが水の精霊さんの味覚はそもそもヒトと比べてどうなのであろうか。

「・・・ナマコのいなり寿司?」


5日目


Icon 空を見ている。
Icon 潜って戻ってくると、両手をはたはたと羽ばたく真似をする。
Icon 首をかしげる。

Icon 「いよいよレッサードラゴン戦だー!」
Icon 「東南アジアに生息する夜行性のサルで体長は20cm程度」
Icon 「外見はオレンジがかった毛皮と大きな目が特徴」
Icon 「とてもゆっくり動くからナマケモノの仲間に分類されたこともある」
Icon 「体から分泌される毒を毛皮にぬって身を守る世界で唯一の毒を持つサルだ」
Icon 「ちなみにこれはレッサードラゴンでなくてレッサースローロリスの話だ!」

Icon 「もういちいちツッコむ気力もねえんだけどよ。お前そのテの微妙な希少動物好きだよな、もずこ」
Icon (そっとうなずいている)
Icon 「それで思い出したけど俺さ、スローロリスって、ずっとリスの一種だと思ってたんだけど正しくは『ロリス』なのな。そも、リスどころか全然別物なのな。」
Icon (ツッコみ所に困っている)
Icon 「しかも動作がノロいからってことで『スローなロリス』。なのな…」
Icon 「…ってなんだよ、だ、誰だって勘違いくらいあるだろッ!?」

 ぽんぽんと音を立てながら、多層式のテントのようなゲルのような外見をした船が海上を漂っている。穏やかな波の下には海中島の海と呼ばれるアトランドの奇形奇観が広がっていて、探索が日々進められていたがゲルが停められている周辺は地図も海図もすでに埋められていて、すぐ近くには協会が据えた移動式の拠点設備が海上と海中に機能的な姿をさらしている。管制も補給も整備も交易も情報交換や交流も、果ては娯楽まで提供する拠点は古代の陣営地や城塞都市を思わせてフロンティアに記される人間の足跡を窺わせることができた。

「ついでに洗い物やっとくぞー」
「おー、さんきゅー」

 器をかたしている大空翔に海野百舌鳥子がてきとうな返事をする。海ごはんと海おみおつけと海もめんどうふのお膳に盛られていた海だいこんおろしは拠点で仕入れたものだが添えられていた海シソの葉は甲板に並べてあるプランターで栽培したもので今も青々とした葉を洋上に茂らせていた。食器が片づけられたテーブルの上や、もくずがあぐらをかいている足下の周辺には書きなぐられたメモやわら半紙が散乱しているのだが、これが後でまとめられるときにはそれなりに整理されることになるのは感心させられなくもない。
 彼らの名誉のために言及しておくと、シーサーペントのゴルゴンゾーラはふだんは近くの海中をたゆたっているから船上のゲル生活をしているのはもくずとかけるだけで家事全般は二人が分担することになっていた。炊事まわりをかけるが引き受けていたのはもくずが探索の計画や作戦を立てるのに熱中していたことと、彼女に食事の用意を任せると栄養バランスだけはばっちりな食材のかたまりが卓に供されるからに他ならないが、もくずに言わせればかけるの料理がうまいのであって彼女が特別下手なわけではないらしい。

「だから明日は金時草の炊き込みご飯を要求する!」
「へいへい」

 はらりと落ちたわら半紙のメモには「24日」と書かれているが、これは厳密な日数ではなく彼らがテリメインの海に潜った回数のことである。つまり都合二十回以上も拠点と海の間を往復した計算になるわけで、ロビンソン・クルーソーのように思えば長い夏休みになっているなあとかけるは思うがモデルになったセルカーク船長の住居跡を日本人が発見したのは2005年のことだったし、これがビル・ロビンソンだと人間風車になってしまうから間違えてはいけなかった。
 換気のために開けられている窓からは広い広い海原が見えていたが、島影に類するものは見当たらずただひたすらに水平線が伸びている。テリメインを訪れて以来、彼らはたいていは海中にいるとはいえ、いつもこんな景色で暮らしていたらニカウさんみたいにとても視力がよくなっちまうなーと思わなくもない。海面からは海中島の影すらも見ることはできないが、彼らがいま気にしているのは水中に浮かぶ島影ではなく、それすらも視界から遮るという巨大な影の存在、話に聞かされている巨大な竜の存在だった。それは無責任な噂などではなく先行する探索者たちの幾人もが目にした紛れもない事実の報告である。鳥の巣あたまをかきまわしながらもくずが調べているのもこのためで、かけるが洗い物を引き受けていた理由でもあった。

「でもトリあえず俺たちの相手はレッサーでいいんだよな」
「レッサーパンダ?」
「レッサースローロリス?」

 やけにマイナーな名前が出てきたことに感心させられる。返事が複数かえってきたのは海ご膳を囲んでいるテーブルに客人がいるからで、行儀悪くあぐらをかいているもくずの隣で礼儀正しく座布団に正座しているフィオナ・ターナーを見ると育ちのよさは実際の生まれとは関係ないのだと思わされてしまう。先の探索で巨大な竜が従えていたドラゴンを蹴散らしたフィオナたちは情報提供のためにもくずやかけるのゲルを訪れると、飼われている海ことりたちの首や頭をしばらくうりうりしたあとで夕飯のご相伴にあずかっていた。珍しい客人は彼女一人ではなく、協会管理生物第502号ことウーヴォーはこのときの戦いでけっこうな傷を負うと包帯でぐるぐるまきになった姿でゾーラと海中をたゆたっていたし、一方でフィオナと同様に姿勢よく座っているギョタロウはいつもの白衣に魚ヘルメットの姿を崩そうとはせず、かけるの目には珍妙に見えてしまうがこのヒトが立派な魚類学者ではあるらしいから学者さんって大変なんだなーと思わなくもない。

「・・・」
「・・・」

 巨竜が大量に引き連れていたという、小型のドラゴンに襲われたフィオナたちはこれを返り討ちにしていたが辛うじて勝つことができたというのが正直なところだった。わくわく珍獣探索奇行と称する彼らは快速でどこよりも遺跡の最縁部に足を伸ばしているチームの一つであり、情報のない状態で新しい危険に遭遇することになるから即応力と臨機応変さが欠かせない上に、壁役と大砲、機動力のあるバランサーという布陣ももくずたちと似ていたから参考になることは多かった。

「だからフィーナたちの報告を参考にさせてもらうぞー」
「あはは、お気になさらないでいいですよ」

 いつのまにか愛称で呼んでいるらしい様子に感心しつつ、言っていることは図々しいよなあと思わなくもないが苦労をしたヒトたちの体験を活かせないならそれこそ苦労が無駄になってしまう。なにしろドラゴンと戦って力及ばず逃げ出した例もちらほらと聞こえていたし、それこそ正々堂々と油断した上で負けたら何も意味がないのだから、もくずの厚顔無恥な物言いもフィオナの寛大さもどちらも間違ってはいないのだろう。一人で納得しているかけるに向かい、鳥の巣あたまの中で作戦をまとめたらしいもくずがちらばっていたわら半紙を束ねると口を開く。

「いいかー、まず連中は頭が悪い」
「うん」
「以上!」

 あまりにも端折りすぎている説明に、がっくりと肩を落とすとまじめに考えてくれと思うがいちおうもくずも彼女なりにまじめに考えてはいるらしい。大量に出現すると敵も味方も状況も構わず口から電撃を放つだけ、というシンプルな行動がむしろ厄介だというのがもくずのドラゴン評で、たとえばまっとうな探索者は怪我が心配だし命も惜しいから危うい状況になれば防御や回避行動をとるがドラゴンは仲間を巻き込んでも死ぬまで電撃を放ち続ける。このような相手に接戦になればフィオナたちのように傷だらけになっても勇敢に戦うか、悔しくても退くかの選択を求められる訳だ。フィオナにしてみれば勇敢でもなんでも仲間や友人が傷つく姿は見たくない、だから拠点に戻ると早々にあちこちを回っていたのでみんなで先に進みましょうという願いが彼女にはあった。

 彼らは口には出さないし、あるいは気が付いていないかもしれないがテリメインを訪れてここまで探索を続けている者たちには深刻な問題が見えている。いままでこの海洋世界に潜った探索者の数はすでに一千人を超えると言われているが、現在では姿を見かけなくなった者も多く、それは遺跡の防衛システムや原生生物に襲われて海の藻屑になるよりも予定されていた日程を終えて帰国した者、調査資金が枯渇した者、テリメインとは異なる別地域の調査に向けられることになった者など理由は様々だった。それはそれでさびしいことではあるが、生きていればいつかまた会うこともあるかもしれない。
 問題はヒトの姿が減った、その結果としていま探索を続けているひとりひとりに与えられる責任と負荷が増すことである。空いた枠はそのまま放置されるか、あるいは新人が埋めたとしても経験と力量の不足は否めないし、実際にベテランの探索者が新人を連れている一行を見かける例も珍しくはない。海底杯でサポートに導入されているガーゴイルもいずれ探索者に従い遺跡に向かわせることができないか試するためではないかとはまことしやかに噂されている。

「しょーがない。おおぞらいわしにもわかるように説明してやるー」

 かけるがそんなことを考えていた間にも、もくずが改めて広げたわら半紙にきたない字で書きなぐられた作戦を説明している。まずドラゴンの放電は近くにいる者を容赦なく巻き込むから、いつものようにお子たち二人が前に出るのではなく、もくずが前でかけるが離れて後ろ、ゾーラがもっと離れた後ろから迎え撃てばまとめて電撃を受ける危険はずっと減るだろう。

「俺が一番前じゃないんだな」
「腹ぺこの魚にマキ餌してもしょーがないぞ」

 なんかひどいことを言われたような気もするが、もくずが壁でゾーラが大砲でかけるがベンリー君という彼らの方針を思えば間違ってはいない作戦である。フィオナたちに教えてもらったとおり、敵味方巻き込むのも構わず襲ってくる相手に対するなら壁の枚数は少ないほうがいいに決まっている。かけるがいくらはしっこいとはいえ海の中で放電を避けろというのは無体な話だから、もくずの潜水艇が前に出たほうがいいというのが彼女の方針だった。このへんもくずがふだん暴君のようにかけるを使いパシっていたとしても作戦は作戦なのである。

「誰が暴君だー!」

 そしてもくずの潜水艇が放電を受けている間にかけるが網で相手の動きを邪魔してゾーラが大きい術を当てていく、相手のペースに巻き込まれずに得意の戦い方に持ち込めれば充分に勝てるに違いない。カギになるのは回復で振り回されないだけの守りの堅さだから、珍しくもくずの存在は重要になる筈だった。いつもは戦闘前と後に偉そうにする役目の彼女が、今回はいつも以上に意気込んで見えるのもそれが理由かもしれない。

「でもまだ心配ごとはある」
「なんだよ?」
「連中がアライグマに似た外見でしっぽがふさふさしてたらどうするかだー!」
「・・・もしかしてレッサーパンダ好きなのか?」

 あるいは別の理由かもしれない。
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6日目


Icon ぐいぐいと手首や肩や腰をほぐしている。
Icon ぶんぶんと鐘の素振りをしている。

Icon 「前回のおさらいー」
Icon 「レッサーパンダを退治したら白パンダと女の子が現れた」
Icon 「白パンダにまたがっていた女の子は好き嫌いなくなんでも食べるらしい」
Icon 「等々力の塩ちゃんこ」
Icon 「アルウィンの山賊焼き」
Icon 「喜作のソーセージ盛り」
Icon 「おいおおぞらいわし、タッパーを用意しておけー!」

Icon 「(呆然と、ただ成り行きを見守っている)」
Icon 「…ツッコミ所が多すぎてどこから手をつければいいんだよ!!」
Icon (その横で各種オリジナルタッパー販売はまだかしらとかいう顔してる)
Icon 「…」
Icon 「…なんかさ?男子だ女子だ昔草食系だ肉食系だってカテゴライズするアレあったっていうじゃん?」
Icon 「…雑食系女子って、要するにもずこみてえな奴の事を言うんだなって、今思い知ってるんだ俺…」
Icon (肩をぽんぽん叩き)
Icon 「…ま、どんな時でも、なんでもかんでも楽しめる才能ってのは、本当に大事なんじゃねえかなって気も正直あるんだよ」
Icon (しんみりうなずいている)
Icon 「…(もずこを見て)」
Icon 「…なんかこう…俺も凡人というか、まだまだだよなって、思うぜ、うん」

 海中島の海と呼ばれているアトランドの探索は日々進められていて、昨今では海面を覆う巨大な竜とそれに従う小さな竜たちによる襲撃が探索者たちの話題をさらっていたが、一方で調査区域が深まっていくにつれて危険な原生生物や防衛システムが出没するようになって彼らが引き返さざるを得なかった例もまま見られるようになっている。それは竜の襲撃を無事に退けた者たちにとっても例外ではなく、落とし穴を超えたすぐのところに掘られている穴に落ちるようなマヌケが長い探索を生き残ることは難しかった。

「エチゼンっちー!コシロノツエの情報をくれー」
「古代の杖だな、了解した」

 自律型AIを搭載するマシナリーシルエットことエチゼンの装甲を海野百舌鳥子がばしばしとたたいている。聞くは一時の恥とは誰の言葉であったか、先行組の情報を得て対策を立てることは探索者たちの間で珍しいことではなく頻繁なやり取りが交わされていた。海賊稼業を営んでいる者やそれを取り締まる者には別の事情があったろうが、探索を主にする者にとっていわゆる練習戦闘や海底杯は情報交換と準備の延長にあって、自分たちの装備や連携を試しながらいざ海域に赴いたときにより安全に障害を排除するためのテストとしての意味合いを色濃くする。
 自分たちはべらぼうに強いから何が出てきても全滅させる、という類の探索者も確かにいるのだがそれが誰にでもできるほど世の中は甘くなかったから、相手に応じた対策を立てなければいずれ苦手な相手に痛い目を見ることになりかねない。先を見越した準備というものは彼らにとって必要不可欠なものなのだ。

 もくずが言うコシロノツエというのはアトランドの遺跡群に配されている防衛システムの一つで、たいていは剣とか斧とか鎧の姿をして感情のない動く彫像さながらに襲いかかってくる、その中で錫杖の姿をした存在のことである。残念なことに工芸品としての精緻さにはいささか欠けていて、古めかしかったり錆びついていたりするが芸術的価値は無いに等しいから遠慮なく壊してしまえばよいという扱いをされていた。

「データ受信、出力する」

 エチゼンが懐から四角い箱を取り出すと、てこてこと音がして紙テープが打ち出されていく。長く垂れていくテープを手にすると、あちこちに空けられているパンチ穴に目を通しているもくずの表情が不機嫌なものになっていくが傍から見ているかけるにするとテープに穴が空いているだけなのに読めるという科特隊なみの知識に感心させられる。

「よしおおぞらいわし、次回はコシロノツエを打倒する!」
「古代の杖だよな?」

 先の探索で、彼らは多少危ういところはあったものの件の竜たちを撃退することに辛うじて成功していた。竜という生き物は存外に様々な形態をしていることが多く、一般的には爬虫類的な印象で知られているが哺乳類だったり魚類だったりすることも珍しくはない。
 もくずたちが遭遇した、海中島の海と呼ばれているアトランドに現れた竜はお子たちの目には大きな翼を右と左にひろげたエイ、ありていにいえば雲ほども巨大なマンタに見えた。そして頭上を覆う影に従って現れたいくつもの小さな竜もそれに似たエイのような生き物たちで、小さいといっても広げた翼長が10メートルは超えそうに見える。しっぽがふさふさしたレッサーパンダの姿でも、夜行性の小さなレッサースローロリスの姿でもないのがもくずにはことさら残念だったようだがそう呑気なことを言っていられる状況にはほど遠い。

(素早そうなのが厄介)

 シーサーペントのゴルゴンゾーラが竜たちの群れを見た最初の見解である。鋭角的な凧のような身体は鈍重どころではなくまさしく水中を切るように自在に動きながらもくずたちに迫ってくる。よそ見をする余裕などないが、視線を遠くに向けることができれば遠くの島影にも似たような姿が無数に泳いでいるのが見えて、遺跡のあちこちで探索者たちが襲撃を受けているだろう様子が窺える。すでに遭遇したがこれを撃退した者たちや、堪えきれずに退いた者もいて願わくば前者の道をたどりたいところだった。

「前進、 力戦、敢闘、奮励ぃー」
「覚悟完了、突っ込むぞ!」

 どこぞの黒色槍騎兵艦隊指揮官のような座右の銘を吐くともくずの潜水艇が前進、なるべく彼女が放電を受けるつもりで三体の竜に接近するが、海中で敵味方構わず放たれる彼らの電撃をそう上手く受け切れるものではないから距離を置いたかけるは後ろから隠れるように水をかく。連中は頭が悪い、ともくずが称したとおり頭が悪い竜たちは挑発すら理解せずにひたすら海中を放電で満たそうと口を開くと稲光が見えるほどの電流を四方八方に吐き出した。
 帯電する水域に潜水艇が正面から突っ込むのを確認すると、後ろから飛び出したかけるがタコデバイスを放り投げて、器用に伸びた触腕が竜たちの間をすり抜けるように泳ぐ。もともとタコデバイスの猛毒はワイヤーに結んだ刃に薬品を仕込んだりもしていたのだが海中ではすぐに流れてしまうのと、毎度拠点で猛毒を買い足すときに周囲の視線が痛いような気がしたから最近は電気ショックを応用した生体攻撃機能が用いられていた。つまり目の前で放電を繰り返しているエイじみた竜たちに電撃戦を試みようというわけで、しまったかなーと思いもしたがお店に行くたびに近所の八百屋さんよろしく「今日もいい猛毒が入ってるよ」などと言われるのはたまったものではないから仕方ない。

「名付けてえーと、あやとりアタック?」

 のび太のギャラクシーにはほど遠いが、海中に満たされている電荷をタコデバイスが器用に操ると指向性を与えて竜に向ける。連中のように強力な電流を無差別にぶつける必要はなく、集束させた高圧電流で相手の神経系を貫くことさえできればよいのだから、いっそ連中が吐いた放電すら利用してしまえばよい。上下左右のない水中を泳ぎながらタコ型の有機デバイスと電荷の軌跡を同時に操り続ける、実はたいしたワザマエなのだがそれよりも評価されるべきは素身に近い姿で電撃の海に飛び込む彼の献身的なベンリーくんぶりだったろう。
 作戦そのものは功を奏してもくずの潜水艇とかけるが放電をいなすと、更にお子たちの後ろに控えていたゾーラが放電に皮膚を焼かれながらも手にした魔鐘を打ち鳴らした。ごぅん、という音が響いて海底から巻き上がった冷気が竜たちに襲いかかると氷塊を含んだ凍てつく水流がむしろ牙をむいた長首の竜であるかのように獲物を切り刻む。初撃を見るに状況は不利ではないと、潜水艇からもくずの声が聞こえてきた。

「うちの被害が7、レッサーパンダが18くらいだー」
「どんなセンサーで分かるんだよ、それ?」
「知るかー!」

 もくずの潜水艇には彼女の白い祖父がつけたという様々な計器が据えられているらしく、原理はともかく性能も精度も折り紙つきだった。とはいえ数値は単なる数値でしかないから7対18の状況とはこちらが倍以上有利という意味ではなく、7の被害でゾーラが倒れたらそれまでだからその前に速攻で押し切ろうと判断するための材料である。意図を理解したかけるがタコデバイスを操る間にもくずが魚雷を一斉に撃ち放ち、ゾーラがふたたびみたびと凍てつく水流を叩きつけると一気に勝負をつけてしまう。墜落するように電荷の海に沈んでいくマンタたちの姿を見て、かけるは自分がふだんばらまいている生体攻撃がけっこうひどいことをしているんだなーと今さらのように思わなくもなかった。

「いまごろ気づくなんてひどいやつだ」
「もずこがそれ言うのか」

 そんな会話を思い出しながらエチゼンと話をしているもくずに目を向ける。彼女が言っていたコシロノツエはいわゆるヒーラーと呼ばれる存在で、負傷や破損した仲間を水圧で守り傷を治す機構を備えたシステムである。それ自体には侵入者を排除する攻撃性能はほとんどないが、過去にもくずやかけるたちが退散させられた相手がまさにこの類で、大砲役をゾーラに任せているからその大砲の攻撃力が回復力を上回ることができなければそのままジリ貧になって勝てなくなるといういわば鬼門とも言うべき存在だった。エチゼンが打ち出したテープをもう一度入力用スロットから読み直すとあらためてニホン語に訳されたリストが出力されて、どうして最初からこれで印刷しないの?と思わなくもないが書かれている内容を見たかけるが唖然とする。

「なんだこれ・・・引き分けとか負けてるヒトすげー多いんだけど」
「だからコシロノツエを打倒すると言っているー!」

 もくずの言い分ももっともだ、どころの話ではなくこれだけ多くの探索者が退散させられているのを見るとかけるはむしろ自分が呑気に考えていたことに気がついてぞっとする。並んでいる名前の中には何度も聞いたことがある有名な探索者や以前に海底杯や練習戦闘で遭ったヒトもいて彼らでも勝てなかったのかと思えばレッサーパンダやレッサースローロリスよりもよほど厄介な相手に思えてくる。
 彼らが退散することになった状況はまことに単純かつ明快である。杖にはめられているスキルストーンの機構の一つに「集約」という効果があって、これが多少の損傷であれば一瞬で治してしまう。だから一撃で破壊しなければ絶対に倒せずに諦めて撤退するしかなくなる。つまりゾーラが大砲でもくずが偉そうにして、かけるがベンリーくんといういつもの布陣ではゾーラが一撃で杖を壊すことができなければそれまでなのだ。先日エチゼンがこれと遭遇して倒しているのは彼らのチームにそれだけ威力のあるアタッカーが揃っているからで、もくずが必死こいて話を聞いていたのはむしろ当然だったろう。

「なあ」
「なんだー?」
「悪かった」「わかればよろしいー!」

 あやまるのは一回まで、といった風情で頭の中身を切り替えると作戦談義に参加する。もくずが情報を集めて作戦を立てたらゾーラが修正してエチゼンがアドバイスをくれて、やっぱりチームなんだなーと思うがかけるはこうした作戦はみんなを信頼して任せているからこそ自分は何を頼まれてもやってやるぞという頼もしいベンリーくんぶりを見せてくれるのだ。だからせめて会話の潤滑油を用意しましょうとそのあいだはおいしい珈琲をいれてみんなに配ってくれたりする。

「そーいやエチゼンってなに呑むんだろ?」


7日目


Icon ぐねぐねとうねっている。
Icon 魔力を循環して傷を再生しているようだ。

Icon 「前回のおさらいー」
Icon 「コシロノツエとサメ野郎をたおせなかったぞこんちくしょう」
Icon 「だがおかげでいろいろと勉強することができた!」
Icon 「カリフラワーはブロッコリーが突然変異してできた」
Icon 「ブロッコリーはキャベツが突然変異してできた」
Icon 「キャベツは古代地中海世界で薬草から品種改良されて生まれている」
Icon 「そしてキャベツ野郎というとドイツ人へのスラングになるのだ!」
Icon 「おいおおぞらかける、今日はキャベツごはんを炊くぞー」

Icon 「…俺が炊くんだよな?それ…(キャベツをざくざく切りながら)」
Icon (傍でせっせとゴマを炒っている)
Icon 「でも、確かに勉強になったよな。やっぱなんというか、いろんな人からの情報収集は大事だよな」
Icon 「聞くは一生の恥、聞かぬは一生の恥、って言うしな。
知らないことは別に悪いことじゃねえさ、知らないことがあって、それを聞いて、自分で理解できればそれは恥でもなんでもねえ、学習って言うんだ」
Icon 「…とは、わかっちゃいるけど…
大抵の場合、本来知ってたはずのことの再確認、だったりするんだよな…」
Icon 「いやはや、使えねえ知識はないも同じってやつかー。
ほんとに日々精進だぜ、…もずこ、おい、聞いてるかー?」

 海中島の海、見渡す限り奇景奇観が広がっているアトランドの調査もいよいよ海域の果てが見えてきたらしい。海中に浮かぶ大小の島々の間を縫うように進んでいた頭上、海面を覆うほど巨大な「竜」が通りすぎていった更に向こうを目指して遺跡の最縁部に進む探索者の足跡は日々広がっている。彼らの足取りはすべてが順調とは言い難く、昨今では回遊する原生生物や防衛システムが急速に凶悪さを増していて無念に退散させられる例もまま見られるようになっていた。先行する者は貴重な情報を仲間にもたらして、後を追う者は拓かれた道を均してより安全に保とうとするが、彼らの勇敢さと慎重さをあざ笑うかのうように危難は牙と歯ぐきをむき出しにして襲いかかってくるようだ。おもに歯ぐきをむき出しにして。

「しゃーない、ひけー!」
「だからそういう映画の悪役みたいな台詞はー!」

 対抗して歯ぐきをむき出しにする余裕もなく、海野百舌鳥子と大空翔は彼らが向かおうとしていた海域の奥地に背を向けると後ろを目指して全力で泳いでいる。試験終了チャイム直前まで問題を解いている受験生のように必死こいて逃げているお子たちの背を守るように、シーサーペントのゴルゴンゾーラもしんがりを逃げているがどちらかといえば尻尾がとても長くて泳ぐのがそれほど速いとはいえない彼女が単に遅れがちなだけだった。逃げ道をふさがれたらたいへんだからとかけるが先導して水をかき、頑丈なもくずの潜水艇が後ろにまわってゾーラに咬みつこうとする巨大サメに向けて啖呵を切る。

「おぼえとけよ、この歯ぐきやろー」

 捨て台詞を残しながらゾーラを守って撤退する。もともと彼らはコシロノツエとかコロシノツエとか冗談まじりに呼んでいる古代の杖を攻略するために作戦をさんざ練っていた。古代の杖は遺跡の防衛システムの中でももくずたちには鬼門というべき強力な修復機能を備えていて、彼らは以前の探索でもこの手の相手を攻略できずに引き返した記憶がある。だからあのときの二の舞はしないぞと試験終了チャイム直前まで問題を解いている受験生のように必死こいて(しつこい)情報を集めると作戦名「みんなでコシロノツエをふくろだたきにするぞ」を立てて挑んだのだが、結論をいえばあのときの二の舞で古代の杖をブッ壊すことができなかったどころか護衛のように回遊していた巨大サメに襲われるとゾーラがさんざん咬みつかれてよくもまあ逃げ帰ることができたものだという有り様で引き返さざるを得なかった。

「ち、今日はこのくらいにしといてやるー」
「それではみなさん、また来週ー」

 捨て台詞に冗談口が混じるくらいには余裕が出てくるが、最初から冗談口をたたいていたかもしれないと思うころには探索者協会の施設が視界に見えてくる。結果はあまりにも痛いがここはアウェイで勝ち点1を得たことを前向きにとらえて次の試合に臨みたい、というコメントを残すと(誰が)とにかく痛々しい姿のゾーラをメディカルセンターに放り込んで付添いに海ことりを残していく。ゾーラが無言で曰く、かじられたしっぽは日を追って治るけど魔力が減るから力が出せなかったらごめんねと言いたげにぺろりと舌を出しているが、いつの間にか無言の彼女と会話が通じるようになっていていつの間にか彼女がお子たちの世話役ではなく互いをフォローする仲間になっていたことがこの日の収穫ではあるのだろう。

「ゾーラは手当てしとけー。おいおおぞらかける、拠点に行くからついてこい!」
「へいへい」

 情報を集めて準備をして作戦を立てて挑んだが見事に返り討ちにあった、その敗因はといえば今回はもくずが立てた作戦がマズかったからだろう。全員で古代の杖を狙って一斉射撃、をする前にゾーラが巨大サメに襲われておおわらわになると、肝心の一斉射撃もかけるの光線銃は不発でもくずは役に立たない壁という有り様で相手を倒すどころではなく、試験終了チャイム直前まで問題を解いている受験生のように必死こいて(だからしつこいって)逃げるあいだにゾーラがしっぽをかじられて敗残の途につかざるを得なかった。
 休息やら次の探索の準備をするだけなら海上のゲルに戻ればいいが、探索者協会の施設であればこそできることも少なくない。お子たちは施設に入ると情報交換用のラウンジに顔を出して、潜水艇に挿し込まれていた8インチフロッピーディスクを抜き出すと最新のHITAKI製コンピュータに戦闘記録を登録する。もとは協会に公式の問い合わせをするための窓口として用意されていたシステムだが、記録を見たベテランや親切な探索者がアドバイスをしてくれることがあるので利用している者が多くもくずもその一人だった。日本語JISキーボードをてけてけ叩いて「Q:光線銃が撃てなかった理由なんて部屋が明るかった以外に思いつかない!」ともくずが書き込むとすぐに射程が足りないんじゃないかという親切な通りすがりさんのコメントが届き、なるほどと大スクリーンの前で金田一京助編集の分厚いルールブックを相手に格闘していると背中から聞き覚えのある声がかけられる。

「あーその間違い、初心者がよくやるんだよねー」
「おー!弁天ちゃんっちー」

 振り返るとあいかわらず少女じみた肢体に細布を巻き付けただけに見える、男子には目に毒(SMP5:猛毒付加)っぽい恰好をしている弁天ちゃんがルールブックを覗き込むようにいい感じの角度で前かがみに立っていたがもう少し角度によってはおおぞらかけるがいい感じで立ってしまうかもしれなかった。それはそれとして彼女もこのラウンジの常連で、専門にしている漁師力学とは別に協会から支給されているスキルストーンの特性やテリメイン地域独自の装備の挙動、中学生男子を用いた発電設備の開発などに興味があっていろいろ調べているらしい。その弁天ちゃん曰く、スキルストーンを装備した射撃武器では設定を間違えて一定の相対距離が得られなくなるとスコープを合わせる機能が働かなくなり狙撃動作が起こらなくなるという性質があるらしい。

「そもそもこの装備なら狙撃しないで長期戦覚悟で力ためるといーんじゃないの?やっぱ出すならためないとねー」

 微妙に表現がいかがわしく聞こえてしまうのは偏見かもしれないが、アドバイスそのものはもっともでもともと長期戦の得意なもくずやかけるが短期決戦を狙ったあげくゾーラが危険に晒されたというのでは本末転倒もいいところである。この際とばかりに仲間同士でスキルストーンを連携発動する際のコツとか設定とか教わってしまうが「金とるよ?」とは言われなかったから更についでとばかりゲルのパソコンに繋がっているテレホーダイの回線に無線ルータを繋いでニテンドーDSでダウンロードができるようにする方法も聞いておくことにした。

「これでどらくえ9のWiFiショッピングができるぞー!」
「そのサービスもう終わってるから」

 大魔王を攻略しているあいだにすれちがい通信をしているヒトが誰もいなくなってしまったらしいのだがそれはそれとして、幸いというべきかもくずたちを襲った古代の杖やら巨大サメたちはそのまま海域を回遊して場所を移動したらしく次にアタックするときには遭遇せずにすみそうで、いずれ次に遭ったときのために対策を考えるだけの余裕はありそうだった。回遊している原生生物の情報を集められるだけ集めたらゾーラを迎えに行って壊れた装備を修理して消耗したスキルストーンのエネルギーを補充してそれから次の探索に必要な消耗品といつもの八百屋さんでサツマイモと海ことり用の小松菜を買ってあとはトイレ掃除用のブラシがすりへってきたから100円均一に寄って・・・やることはいくらでもあったから一度や二度うまくいかなかったからといって落ち込んでいるヒマはない。三度目の失敗をしないために今回の反省だけはきちんとしておけばいいのだともくずが宣言する。

「本日の反省。悪いのはわたしだー!」
「いや別に気にしてないからな?」

 かけるの言葉はめずらしく自分を責めているように見えなくもないもくずをなだめようとしたのだろうが、いつものように偉そうに反省しているもくずにいつもと違う様子はない。もちろん悔しくないわけがないのだが人生ゲームで一回休みをしたのだと思えば多少遅れても相場を張って取り戻すことはできるし貧乏農場行きのリスクを承知で一発逆転に賭けることもできるが別に彼らはそこまで追い詰められているわけではないのだ。メディカルセンターで包帯をぐるぐる巻きにされたゾーラを出迎えると、どうせだから今日はこのまま拠点据え付けのレストランでメシでも食って帰ろうという話になる。

「よし!今日はおわびにスターゲイジーパイとハギスとブラックプディングをごちそうしてやるー」
「なんでイギリス料理限定なんだよ」

 むしろ食べたら具合が悪くなりそうな(偏見)ごちそうを薦められる程度には彼らは元気なのだとすればそれはけっこうなことだろう。だがもちろんスターゲイジーパイとハギスとブラックプディングをごちそうされるのはおおぞらかけるだけである。


8日目


Icon 柔らかい身体と長い首をよじるようにして、身体の傷を一つ一つ確かめている。
Icon 尾を抱えて深く静かに潜る。

Icon 「聞いた話ではジュエルビーストがとても強いらしい」
Icon 「だがまずはコシロノツエを今度こそぽきりと折ってやらなければならない」
Icon 「クジラはクジラのベーコンにしてやる!」
Icon 「ツエはメシ炊き用の竹づつにしてやる!」
Icon 「カリュブディスはたぶんすすぎ洗いに便利だー!」

Icon 「(テリメインネットに接続して画像検索しつつ)
あーなるほどな。カリュブディスってのはなるほど、こういう怪物なのか…」
Icon 「ってもずこ、お前なんか全然別の事連想してねえか!?」
Icon 「…でも、この海ってけっこう明らかに『ズラしてる』生物が出るしなあ。
なんだろうな、意表をついてきてるのか、むしろもっと…例えば…」
Icon (それ以上はいけないというハンドサイン)
Icon 「…そ、そうだな…」
Icon 「だからそっちのジュエルじゃねえっての!!もずこ!!
そら俺も連想したけどな!!」

 岩がちな海底に重機が行き交う音が響き、先日まで海底杯が行われていた大きなドーム上の施設がてきぱきと解体されると次々にたたまれて輸送用のコンテナに積まれていく。もともと簡便につくられているとはいえ、これだけ手際よく行えるのは探索者協会にそれだけの技術と組織が費やされていることの証明ではあるのだろう。たとえば大統領の肝いりで軍隊まで投入して冬季五輪の施設や競技場を突貫工事で建てるという類ではなく、あらかじめ決められていた工程があらかじめ用意された人員と装備でこつこつと進められていく、これだけ大規模な工事を手際よく進めるにはきちんとした計画とそれを率いることができる現場監督や職人たちの存在が欠かせない。

「すげーな。もう更地になっちまった」
「やっぱこのへんだとドケンヤはウミケンヤって呼ぶのか?」

 空に飛び立って行くウは宇宙船のウを見上げているような風情で、岩べりに据えられている柵に腰かけてぶらぶらと足を下げながら大空翔と海野百舌鳥子が行き交う建築重機たちの様子を眺めている。後ろにはもくずの潜水艇が停められていたが、出立前にバッテリーを充電しておこうと伸ばされたコードが重機用に仮設されている電源ステーションに繋がれていた。この海洋世界では海流を利用した発電がすでに試験運用されていて、日本でも2017年には産業技術総合開発機構が黒潮を利用した実証実験を開始して2020年の実用化を目標にして研究が進められているがその先がけというわけだ。ちなみにもくずの潜水艇はダイコーンと同じ単一電池で動いていたのだが先日ウォーメロンに岩を投げつけてから丸木でやっつけたので改修したらしい。

「サラダの国のトマト姫ー!」
「知らないと思うぞ」

 先日開催された海底杯で、彼らは引き分けこそあったが負けたのは一度だけでまあ「悪くない」成績だったらしい。どちらかといえばもくずは装備や設定を間違えては石より役に立ってなかったし、かけるも誤動作したタコデバイスが基板で殴りかかるという間違えちゃったてっひょろんという有り様だった記憶があるのだが、そういえば終盤にはわりと勝っていた記憶もなくはない。ゴルゴンゴーラことゾーラが大砲、エチゼンが壁、もくずが威嚇係でかけるがベンリー君という役割は半ば冗談半ば本気だったはずだが対戦相手の研究用に積み上げられたわら半紙の束は少なくとも彼らが夏休み最後の週の宿題くらいには苦労をした結果ではあったろう。

「だが海洋探査機にあまり火力を期待しない方が良いと思われる」
「いやエチゼンっちは頼もしかったぞ。それにこれからはおおぞらかけるが壁になってくれる!」
「え?」

「そうだな」
「え?」

 自律AI搭載式海洋探査機、マシナリーシルエットを自称するエチゼンは重装甲に重火力をひっさげてお子たちを大いに助けしてくれていたが、ロボットは子供が乗ってナンボとはいえエチゼンはAIで動いているしそもそも子供と並んで戦うロボットというのはあまり聞いたことがない。海底杯ではゾーラの紹介で助けてくれていたのだが、シーサーペント族のゾーラと海洋探査機のエチゼンがどういう知り合いなのかは謎で大人の世界は奥が深いのかもしれなかった。お子たちとしては大人たちに助けてもらいながら、対戦相手を研究したり参考にしたりして探索用のスキルや装備を揃えるのに専念することができたからありがたい話で、たぶん大会が進むにつれて戦績がよくなったのもそうした産物ではあったのだろう。

「いつまでも海賊直伝ってのも成長がないからな」
「ジョニー先輩たちウチより上にいたぞー」

 通称ジョニーと呼ばれる海賊たち、海の盗賊たちにかけるがロープワークを教わったのもずいぶん昔に思えてくる。海域でも噂になるおそろしい海賊もお子たちには興味がなかったらしく、もくずやかけるにとっては探索のはじめのころに出会ったこわもてのおじさんという感じなのだろう。最近ではそのこわもてのおじさんの噂を聞かなくなっていたが、海賊が捕まったのか死んだのか別の海に行ったのかは誰も知らないし、いつか立派な海賊になった姿を彼に、などという未来はかけるにももくずにもなさそうだからたぶんお子たちの中で海賊ジョニーはこわもてのおじさんのままでいるのだろう。もくずが将来な海賊になるという未来はたぶんないと思う。海賊になるという未来はないんじゃないかな。海賊になるという未来はちょっと覚悟はしておけ?

「さだまさし?」

 どうやら充電を終えたらしく、潜水艇のランプがぴこぴこ点灯すると電子音でさだまさしの曲が流れてくる。これを設計しのってもくずのじいさんなんだろーなとかけるは疑ったが残念なことにそれは事実だった。ふた月もの長い間に彼女を訪れる人がなかったくらいそれは事実だった(さだまさし)。
 ちなみに療養所サナトリウムではなくメディカルセンターで巨大歯ぐきサメにかじられた傷を治療したゾーラはなんだか少しだけ尻尾が短くなったように見えて、シーサーペント族の尾はそれ自体が魔力のタンクになっているそうで、なんでも前と後ろの二つに切ると後ろ半分が生きていて尻尾から身体がはえてくるという説もあるがさすがに信じられないし試そうとも思わない。長い身体をくねらせてエチゼンのまわりをぐるりと一周すると、装甲をぽんとたたいてみせる。

(ありがとーね)

 エチゼンはもともとの探索仲間に合流することになるからしばらくはお別れすることになる。噂では件の巨大生物、ジュエルナントカいう生き物がアトランドの最奥部でその姿を確認されたらしく、エチゼンたちの隊はもくずたちよりも一足二足先行してたどり着く予定になっているらしい。礼を言ったり頭を下げたり装甲をばしばしたたいたりと三者三様の挨拶を済ませるとマシナリーシルエットことMSは去っていくが、どうせ後から追いかけることになるのだから挨拶はまた会いましょうで済ませてしまえば構わなかった。
 あらためて海中島の海、奇景奇観のアトランドの探索へと舵を向ける。海底杯での経験は戦績よりもいろいろな装備での収穫を彼らにもたらしていて、ゾーラはやわらかい(どこが)彼女が狙われたときの緊急治療装置を用意したし、かけるはこれまでもいまいち使えなかったヤキトリ砲をゲージツ的に改修してようやくコンクリートの壁が相手でも貫通力を見込めるくらいになっていたし、もくずはエチゼンからデータを譲ってもらった強化ユニット・パワーマキシマイズを潜水艇に積んでいた。

「よーし、ふたたび遺跡にでっぱぁーつ!」
「準備いいか?タコのレーダーだとまた古代の杖が出るってよ」
「のぞむところだー」

 かけるの忠告にもひるまず潜水艇が威勢よく進む。先にアトランドの遺跡で立ちはだかるともくずたちの行く手を阻んだコシロノツエこと古代の杖が、もくずたちが向かう予定の海域で再び所在が確認されているらしい。強力なリカバリやリペア機能を備えた相手を削ることができずに捨て台詞を残して逃げ出した、のはこれまでも何度かあって古代の杖を相手に痛い目に会わされたのもつい数日前のできごとでしかない。それから多少の装備が変わったとはいえ彼らが劇的に強くなったわけではなく、ゾーラがバイキルトを覚えてヤマタノオロチに挑むとかフバーハを覚えてバラモス様に挑むというわけでもなかったが、少なくともこいつらを退治できずにジュエルナントカに挑むのも無理があるというものだろう。このまま苦手を避けて進んでも負け犬(ルーサー)の称号が彼らを待ち構えているだけなのだ。

「あとはタイヨウホエールとかカブリデスとか徘徊してるそーだ」
「クジラはこないだ遭ったやつだろ?カリュブディスは・・・神話のカリュブディスよりマシならいーか」

 もくずもかけるも妙な知識には詳しいが、オデュッセイアで描かれる神話のカリュブディスはこいつに船ごと沈められるならスキュラに船員を食われたほうがマシだというどうしようもない怪物である。海峡の難所にある大渦を象徴する存在だが、アトランドをうろついているカリュブディスはいささか名前負けしているらしくそれはそれで有り難い。もちろんそれで侮ってもよい相手ではないのだが、小細工をしすぎて失敗するならいっそ自分たちのいつものスタイルで挑んだほうがよほどいいというものだ。

「負けて後悔するなら勝って喜ぶぞー」
「それって当たり前のことだよな」
「もちろんだー!」

 前向きなことは悪くない。きこきこと漕ぎ出した潜水艇の手すりを掴んでかけるが泳ぎ出すと長身をくねらせたゾーラも続く。そういえばおおぞらかけるが壁になってくれるという話はそのままだったし、もくずが彼のことをナマコでもイワシでもなくオオゾラカケルと呼んでいたのももしかしたら頼られているのかもしれなかった。


9日目


Icon 戦いに使う術式を確かめるように魔方陣を練っている。
Icon ・・・。
Icon もう一度指差ししながら確かめている。
Icon 何かに気付いた顔。

Icon 「いよいよジュエルビースト戦だー」
Icon 「宿題やったか?」
Icon 「お風呂入れよ」
Icon 「歯ぁみがけよ」
Icon 「風邪ひくなよ」
Icon 「また来週ぅー!」

 海中島の海、奇景奇観が広がるアトランドの海流が大きく渦を巻く。これまではたいていシーサーペント族のゴルゴンゾーラが起こした渦だったが今回は少し事情が違い、神話の怪物カリュブディスを名乗る原生生物が起こす海流の渦が目の前に襲いかかってくるが、ゾーラには慣れたもので振り払うような鐘の音の衝撃でかんたんに押し戻してみせた。ゾーラの渦を見慣れているお子たちにも事情は似たもので、船をも沈めてしまう恐ろしい海流を大空翔は泳ぎながら器用にかいくぐってしまうし海野百舌鳥子の潜水艇はそうもいかないがなにしろ頑丈だからこの程度の海流ではこゆるぎもしない。

「ユウウアーウエエルカァーンム!」
「気合い入れてくぞー」

 水流にまぎれているらしい毒性の成分も、潜水艇から放たれるなんたらウェーブで中和できるらしくほとんど効果がない。初見の相手でも他の海域での情報を聞いて対策を立てておくものだから、もくずの潜水艇がカリュブディスの相手をしている間にゾーラとかけるが残りを倒すのが今回の彼らの作戦である。最初の標的はばかばかしいほどの巨体を海中に横たえている巨大クジラ(巨大地震みたいな)ことキラーホエールで、ボウガンを構えたかけるが千葉県南房総市和田町のクジラ漁よろしく太矢を打ち込むと、硬質の皮膚を弛ませたところにゾーラが打ち鳴らした魔鐘に反響した振動がまるで愚地克巳の当てない打撃のように強烈な衝撃波になって打ち込まれる。

「Kataigida pou exaplonontai!」

 息のあったコンビネーションを横腹に叩き込まれた超巨大クジラ(超巨大戦艦みたいな)が一撃でのけぞって白い腹を見せるとこれはたまらんとばかり巨体をひるがえして退散してしまう。よすぎるほど調子がよいがここまでは作戦通り、本番はむしろこれからだった。

「クジラはクジラのベーコンにしてやるー!」
「杖は・・・メシ炊き用の竹づつだっけ?」
「そのとおりだー!」

 この遺跡の建造者がかつてどれほどの文明と技術を持っていたのか、カリュブディスとクジラがたゆたっているすぐ後ろの台座に古代の杖と呼ばれるオブジェクトが据えられていて、水中の衝撃に干渉するとたいていの力を中和して打ち消してしまう力を持っている。杖に勝る以上の衝撃をぶつけてへし折らないとせっかくの打撃もすべて遮られてしまって遺跡の奥に足を踏み入れることができない、これがアトランドのあちこちで何人もの探索者が行く手を阻まれている防衛システムで、もくずたちも他人事ではなく一度は引き返さざるを得なかった類だった。
 今度こそと作戦を立て直しての再挑戦であり、もくずがカリュブディス対策に専念している間にかけるがボウガンを打ち込んでゾーラが振動波で叩く、なんのことはなくたったいま超弩級巨大おばけ以下略を退けたのと同じ戦法だが、先の失敗に反省して小細工を弄せずシンプルに得意技を連携させるのが彼らの目論見である。

「おうし!百人力だっ」
「Strovilismou thymos!」

 魔鐘を包んだ泡が周囲を取り囲むと、触れた瞬間に一斉に爆ぜる。衝撃中和システムごと弾き飛ばされた杖が今度こそ糸が切れたようにその場に倒れてようやく動かなくなった。こうなれば残ったカリュブディスも攻め手を封じられたまま袋叩きになるしかない。

「ひゃっはー!やろーどもやっちまえー!」

 いささか下品なかけ声も仕方がないかと思いつつ、気の毒な原生生物をうみのもくずに沈めるとゾーラは満足げにゆっくりと水をすべるように泳いでみせて、かけるのタコデバイスもサムズアップめいたしぐさを見せる。これで一度は挫折した山を越えて今度こそ遺跡の最深部、すでに他の探索者からも噂に上がっている「巨大な岩盤のようにそびえた宝石のドラゴン」に至るためのルートが開くだろう。未開の海域を踏査して障害を除きながら後続の人々が訪れるための道を拓く、それがテリメインにおける探索者の目的だった。

「なんつーか、俺たち探索者じゃなくて開拓者みたいだよな」
「いまごろ気づいたのかー」

 冗談めかしているが超とか弩級とか過剰な装飾を使う必要もない巨大なドラゴンがこの先に待ち構えているのだとなれば気が重く、せめて巨大な岩盤のような障害をみんなで取り除くと考えればどこか前向きに思えなくもない。一度はどうしようもなく引き返させられた杖を今回は倒せたように、なんとかなるだろうと楽観的に考えるがこのようなときに楽観的になれない人間であれば未開の海の底で探索に勤しんでなどいられないだろう。お子たちにすれば学校の長い休暇のつもりがずいぶん遠くに来たもんだと思わなくもない。

「よーし。ここで海ことりデータベースをひらくー」
「なんだよそれ?」

 答えるよりも見せたほうが早いとばかり、潜水艇のライトから映像が投影されるが遺跡の平らな石面に映されているから立体映像ではなさそうだし透明なシートにマジックインキで書いたとしか思えない文字はいわゆる「OHP」ではないかと思わせてあいかわらず古いのか新しいのか分からないシステムを使っているようだ。見慣れたもくずの文字でぐりぐりと書かれているのは彼女が拠点で開いている会議室「海ことり倶楽部」で聞いた情報で、丁寧なことに発言者の似顔絵らしきものがシートの隅にいちいち描かれている。

「なんかうまく描けてるな」

 ちょうど件の怪物、ジュエルビーストと遭遇したフィオナ・ターナーのコメントやアドバイスに彼女の似顔絵が添えられているが、一見してカエルめいた怪物は邪神サルーインが自らディスティニーストーンを埋め込んだがあまりの凶暴さに手がつけられなくなって放り捨てられたものらしく、あらゆる属性の攻撃を無効化してしまう上に常軌を逸した巨体から繰り出される力もどうしようもなく強力という「単に強いだけだからどうしようもない」存在だった。相手が寝ている間だったらかかと切りを連打して先手を与えずオーバードライブすればそれなりに安定して勝てるが今回この手は使えないだろう。

「これってこないだ彼女と話してたゲームの話じゃねーか」
「そうだー」

 それはそれで仲がいいのはよいことだと思うが、なにしろ日記で書かれたものは事実というスタンスで書いているのだからこんなことを書いてうっかり自分たちがジュエルビーストの相手をすることになったらどうするんだとふと竜騎士とバルハル戦士と海賊の三人がジュエルビーストに対峙する姿を連想して首を振る。もちろんもくずのOHPもゲームの攻略法一枚では終わらずに何枚もシートが差し替えられるが、やっぱり世間話が二割にことり豆知識が八割というこれはこれでいいけどここでこんなものを見てどうするんだという内容ばかりだった。ワシとタカの区別とかフクロウとミミズクの区別とかインコとオウムの区別とかほうほうと感心しつつ、中には今年のバードフェスティバルで配られていた鳥クイズからも出題されていてダチョウの足の指は何本ありますかとかついつい考えさせられてしまう。

「いやそうじゃなくて、なんでいまこれを見るわけ?」
「もちろんなんとなくだ!」

 堂々と断言するもくずに反論しても騎士以外の発言は認めてもらえないが、もしかしたら彼女なりに緊張をとくために話題を提供しているのかもしれないし新しい?プロジェクターを披露したかっただけかもしれない。考えてみればこいつの潜水艇って外見だけじゃなくてこつこつ改修されてるんだよなーと友人のマメな行動力には感心しなくもないのだが、その意味ではゾーラもかけるも同様だからこの先に潜んでいるだろうジュエルビースト?を相手にしても工夫次第で少しは抵抗することもできるんだろうかと思いなおしてみることにする。いつまでもゾーラが攻撃、かけるがベンリーくん、もくずが威嚇係という役割とは限らないではないか。

(もしかしてそのことを俺に気付かせるために!?)

 そんなわけがない。


最終回


Icon せわしなく魔方陣を動かし、何かを整理している。
Icon 一息ついている。
Icon さらに新しい術式を書き込みはじめた。

Icon 「ジュエルビースト2連戦ー」
Icon 「決戦を前にあらためてうちのパーティの役割を確認する」
Icon 「ゾーラはやわらか大砲で敵をやっつける!」
Icon 「私は威嚇係で敵をひるませる!」
Icon 「あとはおおぞらかけるに任せたぞー!」

Icon 「…(無言)」
Icon 「要するに、『よきにはからえ』ってヤツだよな?それ」
Icon (神妙な面持ち?でうつむく)
Icon 「いいか、どんなドラクエにもそんな作戦名はないんだ!もずこ!!
もうちょっとおまえ、その、人権的配慮を考慮した作戦立案をだな!?」
Icon (でも要約するとそれがいちばん通じるよねってジェスチャー)
Icon 「…いやまあ、しょーがねえから、やるんだけどな?
頼られてるって思うことにはするけど、なーんかこう…ああ見えて
思慮遠望あんのかなって思わせるそぶりもあるからなあ、もずこ。」
Icon 「いや、…ないかな…」
Icon (やわらか大砲、って単語になんか反応してる)

 探索者同士の模擬戦、練習戦闘は協会でも推奨されていて新しい装備や戦術の確認に大いに役立つのだが探索がたいへんなときには当然そちらを優先するからいつでもどこでも必ず行われているとは限らない。ドキワク☆深海探索24時と名乗る三人組はなんか大きな錨を持ったヒトとか潜水服ッポイものを着たヒトがいて外見的には親しみを感じなくもないのだが、遠くアトランドの外海まで探索を続けてきた猛者であるからにはけっこうな実力者の集まりには違いない。さーどっからでもかかってきなさいと偉そうに迎え撃とうとしてさっそく、姫烏頭と呼ばれていたウミガラスの娘が撃ち放った氷塊をがつんとぶつけられるとシーサーペントのゴルゴンゾーラが降参とばかりひらひらと手を振って退散させられてしまう。

「おーぅ、はぷにんぐ!」

 偉そうにのたもうた当人である海野百舌鳥子の数秒後の台詞だが、開始早々に一人が離脱して二対三のハンデ戦を強いられる状況にこれはいかんとばかり大空翔が水をかいて泳ぐと並ぶようにもくずの潜水艇も泳ぎ出す。対戦相手の潜水服さんことフレリア・スコレサイトが電撃を撃ってくることは事前に確認をして知っているのだから、二人で並走したら的になっちまうのだがハンドゼスチャー(パンツーマルミエではない)で下がるように伝えても潜水艇からはいっこうに魚雷が放たれる素振りがなく巨体で近づくとげしげしと蹴り始める。見た目はともかくたいして効いていないのは明らかだ。

「もずこ・・・お前また設定まちがえたな」
「ちいさなことをぐちぐち言うなー」

 どうやら図星だったらしい。メカもシステムも得意で作戦にもアタマを使っているらしい同級生がけっこう「やらかす」のは今更だが、いくら練習戦闘とはいえこれはもうダメかもしれんとかけるが水中でがっくり肩を落とす。なのだがゾーラは戦線離脱した場外から旗を振って応援、もくずは態度だけは偉そうなまま一昔前のヤンキーのようにげしげしと蹴り続けて、それでもかけるが試験終了チャイム直前まで問題を解いている受験生のような必死こいた気分で避けたり撃ったりしているうちに奇妙な状況になってきた。やたら頑丈なもくずの潜水艇が殴られまくってはしこいかけるが避けまくる、いつものように後ろから大砲を撃つゾーラはいないからよくてこのまま引き分けかなーとひたすら避けたり撃ったりしているうちに気がついたら相手が一人また一人と降参していった。

「あれ?え?」

 気がつけば辛うじて勝つことができたらしくやってみるもんだと息をつく。潜水服さんのフレリアはとても無口で重そうな錨に鎧姿のモノリス・アンコラはぶっきらぼうだったが、ウミガラスのヒメウズは人並みに悔しがると壁二枚からあんだけ撃たれるのは厄介だったと正直な感想を教えてくれる。

「ち、覚えてなよ」
「え。ああいやどーも」

 あんだけ撃っていたのはかけるだったしもくずは石より役に立っていなかったから純粋にかけるの攻撃が効いたらしい。もともと電気刺激を応用した神経毒をぶんまく海賊殺法で後ろ指をさされるのが彼のスタイルだが、今回はここしばらくこつこつ改造していたラピッドストームなる多段砲を試しに使ってみたら思いのほか使えたようだ。なんだオレがんばってるじゃんとちょっと自信がつかなくもない。このあとドキワク☆深海探索24時ともども噂の宝石竜、ジュエルビースト?の壁に挑む予定でお互い無事でいよーねと健闘を誓い合ったのが数刻前のことだった。

・・・

 海中島の海、アトランドの奇景奇観を抜けて目の前にそびえるそれは実際に近づいてみるとところどころに宝石が埋め込まれた巨大な岸壁にか見えず、こんなモノが反撃して殴りかかってきたらオレたちしぬよなあとさっきまで調子に乗ってましたスミマセンという気分だが、ここまで来て仲間や他の探索者やついでにもくずを置いてかけるだけが後ろに下がるわけにもいかない。なにしろ彼は同級生と違ってランニングとズボンにときどきネクタイ姿の生身で海にただよっているのだが、最近では彼らが壁二枚でゾーラを守るスタイルが定番になっていたから後ろから大砲を撃ってもらうまでしっかり守ってみせる必要があるのだ。

「おーぅ、はぷにんぐ!」

 なのだが岸壁に近づく早々に海底ごと揺らされると遠慮も容赦もない岩塊をがつんとぶつけられてゾーラが降参とばかりひらひらと手を振って退散させられてしまう。これは彼らの作戦が甘いのではなくこの巨大な岸壁に挑むほとんどの探索者が同様の惨状で、大リーグボールの打倒を試みて鉄球に挑む花形満でもなければこんなかたまりをぶつけられて耐えられるのはもくずの潜水艇のようによほど頑丈な輩だけだろう。ランニングに靴下にネクタイ姿の生身でレイダースみたいな岩に襲われたかけるは水の流れに逆らわずに衝撃を避けると辛うじて踏みとどまるが、これはこれで耐えているには違いなく壁二枚でゾーラを守るというだけのことはある。

「守れてないけどな」
「おおぞらかけるの発言は認めない」

 言いながら腕輪のように装備していたタイムデシーバーが明滅すると身体感覚が切り替わる。今回ジュエルビーストに挑む探索者に協会から配られたレイドシステムと呼ばれるシロモノで、これこそテリメイン「開拓」のために導入された本命中の本命たるシステムらしい。個人や小隊が同一の相手に対峙したときに相手の時間を分割すると同時に自分たちの時間を同時並行させる、ムツカシク聞こえるがようするに探索者が入れ替わりながら同じ相手にいっせいに襲いかかり、相手はそれをすべて迎え撃たなければならないというとんでもないシステムである。事実上1対数十とか数百が可能になるわけで最初にこれを聞いたときはさすがに相手に同情したが、実際に岸壁に対峙してみるとこれ以外に倒す方法なんて正直思いつかなかった。
 時間を分割された相手はこちらのすべての攻撃に反撃することもできるようになるから、実のところ一対一よりはマシという程度で一方的に相手を攻撃できるわけでもない。だがこのシステムならとにかく耐えていれば他の探索者の攻撃に期待することはできる、もくずとかけるが壁二枚でゾーラを守る作戦もあながち的外れではないだろう。

「だから守れてないけどな」
「おおぞらかけるの発言は認めないー」

 それでも時間が数巡するごとに体感レベルで自分たちの出番が早く回ってきていることが分かり、他の探索者たちが次々と撤退して数が減っていることが窺える。目の前の壁もみるみる削られていていったいこれを傷つけるのはどんなヒトだろうと思わなくもないのだが、もくずもかけるも身を守るのが精いっぱいでドキワク☆さんたちは大丈夫かなーという心配が頭をよぎる。後ろで旗を振って応援するゾーラも両手に一本ずつ旗を持って練習戦闘のときよりも二倍の応援になっているが、頭上に正面に飛び交う岩塊はグラディウスVのジャガイモ面を思わせた。やがて遠くから、というかはるか上にあるらしい岸壁の頭部から叫び声が聞こえて我に返る。

(ば・・・ばかなあああああああああああ!!!)

 なんとか終わったかと思うと飛び交う岩の姿も減って、タイムデシーバーから解放された時間間隔が体に戻ってくる。そびえたつ宝石壁は見事に崩れると地面には残骸が散らばっていて、この小さなかけらだけでひと財産が築けるに違いない。このアトランドには同様の宝石壁が幾つかそびえているらしく、なるほどこれだけのシステムを用意してまで協会が探索者を送り込む理由も分かろうというものだった。

「いやー、寿命が縮んだ感がすごいぜ」
「ひゃっはー!」

 崩れた岸壁の向こうにはいよいよアトランドの外縁部が見えていて他の海域に移動するルートが開けそうに見える。ここまで判明している海図を見るともう一回別の宝石壁に挑まなければならないようだが、一度は攻略できたと思えば次もなんとかなるのではないかと思えてくる。もちろん今回とは違うメンバーで挑むのだからそううまくもいかないだろーなと心配性のかけるは思うのだが、もくずはといえばけっこう「やらかす」なりにいろいろ考えてもいるらしく潜水艇の操縦席に繋いでいたパネルを通じてデータを集めるのに余念がない。もちろん彼女が考えていることなど付き合いの長いかけるにも分かるものではないのだ。
 後日、またまた改造されたもくずの新しい潜水艇を見てかけるはやはり愕然とすることになるのだが。
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