タコとヘビと潜水娘(前)


1日目


Icon 大荷物を引いて泳いできた。
Icon 中空の立体魔方陣を滑らせながら発注書をペラペラめくって確認をつき合わせている。
Icon 発注書の厚みもいつもの倍くらいある。

Icon 「これから行くサンセットオーシャンはとても暑いらしい」
Icon 「焼けるように暑い(baking hot)」
Icon 「煮えるように暑い(boiling hot)」
Icon 「焦げるように暑い(scorching hot)」
Icon 「とろけるように暑い(melting hot)」
Icon 「お肉が焼けるように暑い(sizzling hot)」
Icon 「おいおおぞらかける、焼きいも買ってこい。お前の金で」

Icon 「確かにさすがに暑いなー。事前の調査通りって感じかー」
Icon (くったりとして少し変色してる)
Icon 「タコも俺もそんな頑丈ってタイプじゃないしなあ…
ゾーラに至っては遮るもんもないのはさすがにキツいかもな」
Icon (心配そうにぴいぴい鳴いている)
Icon 「もずこは雑な構造だから一番大丈夫そうだな…」

 海野百舌鳥子の潜水服は彼女の家に昔からある蔵から引っ張り出してきたもので、彼女の祖父が秘蔵しているがらくたがたいそうしまわれているらしくこれまでもたびたび潜水艇だったり潜水艇の脚?だったりが送られてきては孫娘の手でせっせと改造がすすめられていた。その甲斐あってか本人いわく、いよいよ潜水服が完成したらしいのだが出来上がった姿を見た大空翔が呆けたように尋ねてしまう。

「これで潜るのか?もずこ」
「あたりまえだー」

 一見して分かるほどサイズが小さくなってはいるが、なんというか小さくなったのは某ドラゴNボールのフリーザ様も最終形態では小さくなっていたし機械というものは性能が上がれば小さく薄くなるのも決して不思議なことではない。外見も今までと同じヘルメットに潜水艇めいた本体がくっついていて、とても大きな錨を握ったマジックアームが二本ぶら下がっている様子も以前とそれほど変わらなかった。問題はこれまで着たり乗り込んだりしていたそれがヒトが乗り込めるサイズではなくなっていることで、本体のわきに手すりがついていてどうやらこれに掴まって泳ぐ作りになっている。これでは潜水服でも潜水艦でも潜水艇でもない、単なる潜水具というべきだろう。そもそもこれでどうやって呼吸をするんだという疑問は不思議なスキルストーンの力でこれまでもなんとかなってはいたのだが。

「いやでもこれ危ないだろ、生身で海に潜るんだぞ」
「お前がいうなー!」

 それはその通りでいつも生身で海に潜っているかけるがいうことではない。どうせ言っても聞く相手ではないからそれ以上の追及をあきらめることにすると、それで心配がなくなるわけではないがどうせ一緒に同じ海域に向かうのだから意味のない心配ではあるのだろう。
 海中島の海にそびえる巨大な宝石の岸壁、ジュエルドラゴンの討伐戦は悪運をつかさどる光の邪神さまが味方をしてくれたのか無事成功裡に終えることができていた。協会のデータベースに残されている討伐記録を見ると功績点とかいうランキングの上位になぜだかもくずの名前が入っていて、彼女がいったい何をしたのかと思うが本人いわく「威嚇係」の私に宝石竜がびびってたじろいだのが評価されたのだと冗談とも放言ともつかぬ様子である。とはいえ彼らだけではなく全員が件のレイドシステムを駆使して壁を削り続けたからこその結果であることは皆が理解をしていたので、よかったねよかったねよかったね(最強ロボダイオージャED)という以上の話題ではなかった。とにかく全員が無事に文字通りの高い壁を越えることができたのだから、ひるむよりも勇んで新しい海に乗り出すべきなのだろう。

「しっかし聞いた通りすげーところだな」
「おいおおぞらかける、日焼けどめ忘れんなよ!」

 お肌が弱いのはもくずではなくかけるだったから彼女なりに気を使ってくれているようだ。(曲)燃えるサンセット歌ってごらんよ遠くあどけない日々を振り向けば俺はここにいるだから夕日に踊り君は北へゆけ寒い今日を生きて西へゆけそしてララバイさびしさを知れば愛しあえる(中村雅俊・心の色二番より)こと太陽の海と呼ばれているサンセットオーシャンの海域は昼も夜もなく光り輝いているところだと、それって白夜みたいなもんかと思っていたらムジュラの仮面かコロニー落としのようにおそろしく近い場所に巨大な太陽が照りつけていて、太陽が夜にまわっても残った熱気が冷める前に次の朝が来てしまうというとんでもない場所だった。奇景奇観どころの話ではなく、世界にはいろんな場所があるんだなーと感心するが聖蹟桜ヶ丘からバスに乗ってどうやってここまで来たんだっけと遠い昔のように思い返してしまう。
 これだけ暑いと拠点用のゲル船も壊れてしまわないかと四苦八苦した挙句、テントの上にもう一枚帆を張ってから汲み取った海水をテントに薄く流して気化熱で冷やすことにする。こういう大がかりなからくりはもくずの真骨頂で、冷やした厚手の帆布の陰に入ると辛うじて昼寝ができるくらいの快適さを保つことができそうだった。

(ありがとーね)

 たいへんだったのはシーサーペント族のゴルゴンゾーラのねぐらを作ることで、何しろ海の中はこの暑さでうだるような温度になっていたからうっかり海に入るとじわじわと体力を削られてしまいそうになる。お子たちは船で休めばいいがゾーラは船の周囲にたゆたうのが常だったからあまりにも熱いとゆでられてしまうので、こちらは船底を空けてバラスト用の水槽に出入りができる場所を作ると思ったよりもすずしくすることができた。いざとなればお子たちと海ことりもここに避難すればよさそうで、ついでにてきとうな場所にハンモックを吊るしてこれで探索の準備は万端というわけだ。

「よーし、そんじゃあテメーらでっぱーつ」
「なんか久しぶりだなそのかけ声」

 どぼん、どぼんと甲板から水に落ちる音がして、どこまでも黄金色に輝いている海はそこが水中であることを忘れるようなうだるような暑さ、熱さでお子たちを出迎える。潜っていられないというほどではないがうっかりすると湯あたりしてのぼせてしまうかもしれないし、それ以上に反射した日差しに直接晒されると火であぶられたようで、岩陰やそこらに見える遺跡の陰を利用してしんちょうに進んだほうがよさそうだ。つまりここを徘徊する原生生物なり据え置かれた防衛システムにすれば侵入者が通るルートを予測しやすいということで、これはもう住むための場所が遺跡になったのではなくここにある何かを守るための場所が遺跡になったのではないかとさえ思えてくる。
 あらかじめ協会で調べてきた話ではこの(曲)昇るサンライズ見上げてごらんよひとり素顔に戻っていつだって俺はここにいるだから朝日と出会い君は春をゆけ熱い今日を生きて夏をゆけそしてララバイ優しさを知れば笑いあえる(中村雅俊・心の色一番より)ことサンライズではなくサンセットオーシャンには海底に眠る黄金が輝いているだとか、古代のテリメイン文明の太陽が沈んでいるだとか、あるいは神聖なる海の神様が眠っているだとか様々なうわさがあるらしい。数多の挑戦者がここに至るまでの険しい海域を越え、踏み入れることが叶わなかった輝かしい海域なのだとBGMつきでもっともらしく書かれていたがそんなに噂が立つほどここにヒトが来たことはないだろうといささか怪訝に思えてくる。先の宝石竜の壁もそうだが、協会には協会の思惑があってそれは決して健全なものとは限らない。もっとも探索者も自分たちの好き勝手な目的で七つの海を訪れるために協会を利用しているのだから、そこはお互い様というのが暗黙の了解である。

「そーいや、俺たちの目的ってなんだったっけ?」
「ともだち百人つくることだぞー」

 本気なのか冗談なのかもくずのいつもの答えである。いちおう学校の卒業研究の名目で、ゾーラは協会から紹介してもらった案内役、かけるは彼が装備しているタコデバイスのシステム検証のために海に潜っていた。もくずの目的は彼女の潜水服の開発だろうと思っていたのだがそのわりには潜水服が潜水艇になったり脚がついたり潜水具に変わったりしているので奇妙には思えてくる。
 とはいえ百人いるかどうかはともかく、この海に来て彼らに新しくともだちができているのは事実だったし仲間が多くいれば先のレイドシステムのようなこともできる。このやたらと熱い海にもどんな障害が待ち受けているのか分からないがきっとなんとかなるだろうとは思えてくるのだ。自分だってだいぶ頼もしくなってきているはずなのだから。

「燃えるさんせーっと、歌ってごらんよ、遠ーくぅあどけない日々を」
「いいかげんJAスRACに怒られるからやめとけ?」
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2日目


Icon 海面に浮いている。
Icon 深く潜っていった。
Icon どっちも暑いらしい。

Icon 「こくりっちからバドミントンセットをもらったぞー!」
Icon 「やいおおぞらかける、いざ尋常に勝負しろ」
Icon (カンッ)
Icon (コキッ)
Icon (ぼすっ)
Icon 「・・・バドミントンはにがてだー!」

Icon 「…」
Icon 「…もずこお前、器具を用いた競技って全部ダメだよな…」
Icon (ラケットの網につき刺さったシャトルをひっこ抜いている)
Icon 「まあ俺も得意って訳でもねえけし、どっちかって言うとボールを使った球技全般が苦手だしなー」
Icon (海ことりがぽふぽふ跳ねてる)
Icon 「…兎にも角にも今年もよろしくだ!」

(曲)燃えるサンセット歌ってごらんよ遠くあどけない日々を振り向けば俺はここにいるだから夕日に踊り君は北へゆけ寒い今日を生きて西へゆけそしてララバイさびしさを知れば愛しあえる(中村雅俊・心の色)

「燃えるさんせーっと、歌ってごらんよ、遠ーくぅあどけない日々を」
「しょっぱなから曲が入るとは思ってなかったな」

 海野百舌鳥子が海上に干しているふとんをばしばしとたたきながら歌っているのを見て大空翔が呟いている。太陽の海と呼ばれているサンセットオーシャンの海域は暑いどころかうだるような熱さにとにかく辟易とさせられるが、帆を張って陰をつくれば辛うじてしのぐことはできたからふとんや洗濯物を干せると考えれば日差しそのものはありがたい。
 鼻歌まじりのもくずが振りまわしているのはなぜかふとんたたきではなくバドミントンのラケットで、聞いてみると以前海底杯で会った動く潜水服さんにもらったらしい。器用なのか不器用なのか分からないもくずはラケットを握れば隣のコートに打ち込んだりボールや羽根を枠に命中させることが得意で「そのほうが難しいだろう」と思われていたが、ふとんをたたくぶんにはふとんがふかふかするだけなので何の問題もなかった。

「よし!あとはふとんをトリこんだらでっぱつするぞー!」

 そのもくずが先日来潜水服から改造した潜水具を引っ張り出すと海中にどぼんと放り込む。まるで鏡のように光を返している海面にお子たちが飛び込むが、強すぎる光が海の上も下も容赦なく照り付けていてサングラス式の水中メガネが欲しくなるほどだった。昼も夜も関係なく、どこまでも黄金色に輝くとまで評される日差しは頭上からだけではなく水底からも強烈に照り返していて、はるか深くにある光源を指して海底に眠る黄金が輝いているのだとか古代文明の人工太陽が沈んでいるのだとか突飛もない噂が飛び交っている。もしもこれが黄金であれば宝石竜のときよろしく協会が血眼になって探しそうに思えるが、人工太陽であればそのあとにセブンフォース・プーク戦が控えているので注意が必要だろう。

「だからなんの話だよ」
「アトムハートの秘密は名作だろ!」

 それは同感だがメガドライバーでもなんでもない大空翔としてはかんたんモードがせいぜいでむずかしいモードに挑戦するような変人ではないから関係ない。それはそれとして頭上から日差しが照りつけて下からも照り返しにさらされるサンセットオーシャンの海中ではうっかりすればこんがりローストチキンになりかねず、シーサーペントのゴルゴンゾーラもかば焼きになっておいしそうなにおいをさせてしまうだろう。
 聖蹟桜ヶ丘からバスに乗ってずいぶん遠くにきたもんだと思わなくもないが、アトランドほどではないとはいえ、この海域もグランドキャニオンの岩山のように切り立った岸壁が何列もそびえていて表面に通路めいた遺構が貼りついている様子は充分に奇景奇観と呼ぶに値する。この通路が日差しと照り返しにさらされると濃い影を縞模様に刻みつけていて、より深い通路をたどればより深い海層に潜ることができるというわけで構造は単純だが調査域は広く探索者にはルートを選びやすい構造になっていた。幾つかの通路の周辺には徘徊している影が見えて、案の定大型の原生生物が回遊しながら待ち構えているのだろう様子が窺える。

「あれ避けられないものかな」
「たぶん煮立ってるお湯の中を泳げばショートカットできるぞー」

 煮立っているとは大げさな表現だが、上下左右を熱射にさらされて身動きがとれなくなればよい標的になる危険は避けられず、それなら素直に待ち伏せされたほうが幾らかマシというものでもくずの冗談にはちがいない。一方には原生生物に襲われる危険、もう一方にはサンセットオーシャンの日差しに焼かれながら原生生物に襲われる危険があるなら前者を選ばざるを得ないだろう。
 岸壁の通路に沿って日差しから隠れるように泳ぎながら、もくずが潜水具の背面についているモニタを開くとあらかじめ協会のデータベースで仕入れておいた情報を映し出す。以前の潜水艇とは違って、このスタイルならかけるもゾーラも含めて三人で見れるからなるほど便利ではあった。噂ではこの海域にはイワシの王、以前にかけるが嫌な予感を抱いたこともある「魚群の主」が出没してすでに幾人かの探索者が散々な目に遭わされているらしいがいまのところ彼らのセンサーにかかっているのはアトランドでも見た種類の生き物で日本の若者なら「もう飽きたよ」というものばかりだった(花京院典明・談)。

(まずは浅いところからいこーね)

 ゆっくりと漂うように泳いでいるゾーラが通路の先を指している。遠くからは切り立った岩面に刻まれた縞模様に見えていた通路だが近づいてみると存外に大きく登山道のトンネルほどもある。右手は削られただけの岩壁だが足下は石造りの路面が敷かれていて頭上は崩落を防ぐためのがっしりとした柱に支えられた屋根が延々と続いている。開かれた左側面からは強い光が差し込んで視界を明暗に切り分けており、ことさらに影を色濃く見せていた。光の当たっているあたりの水温がやたらと上がっている一方で暗いあたりは水がひやりと感じられるほどで、昼も夜もなく光が差し込んでいるサンセットオーシャンだが、もしも日差しのない夜があればむしろ極寒の世界になるのではないかと思わせる。
 しばらく通路を進むとようやくというべきか、この海域で初めての原生生物を視認する。濃い影に隠れることができても見通しのよい場所ではあるから、遠くからでも小さく動いている影の存在は確認できるのでお互いに承知の上での遭遇になるしかない。データベース上の登録名はカリュブディスに大王タコにダゴン、アトランドの海域でも見かけた種類かその亜種ばかりで予測のできない相手ではないが、いざ争うなら狭い通路ではなく日差しのただ中に出ることになるから煮立つような水と灼かれるような光の双方に注意しなければならないだろう。

「手短に片づけられたらいいけどなあ。ゾーラ、あんま無理すんなよ?」

 そういって掃除機(※強ボタンが接触不良)を担ぐかけるだが、海上のゲル船で使っているHITAKI製の掃除機が長年使い込んで調子が悪いからつけた名前なので実物は水中用の大型ボウガンである。今回から潜水艇を出て「すもぐり」をしているもくずが心配に思えなくもないが横目で見るかぎりいつものように偉そうで頼もしそうには見えるのでこちらは気を使わないことにする。
 熱湯風呂に飛び込むように、せーのという感じで三人が日差しの下に出るとちょうど降りそそいできた光にさらされるが、想像していたよりはマシなものでゾーラが顔をしかめたもののかけるは日焼け止めをたっぷり塗っていたおかげで?なんとかがまんできそうだし、もくずに至っては平然として光の中を泳ぎながら潜水具のレーダーに目をやっている。

「よしいけおおぞらかけるー」
「よっしゃ!やるときゃやるぜ!」

 かけ声と同時に水中をまっすぐ貫くように泳ぐと相手の背後にまわり、身をひねりながら至近距離から掃除機(※強ボタンが接触不良)をぶっ放す。ゲーム開始時点のかけるは精神的に未熟で能力を制御できないとされ、全能力を低く抑えた状態になっていたが新たな人物に出会うことで精神的な成長が促されると能力のリミッターが解除されてライフ・パンチ・レーザー・ショット・ジェット・センサーをレベルアップさせることができる。これにアトムハートを加えた「七つの威力」で気がつけばかけるはアストロボーイな戦い方ができるだけの実力を身に着けていていずれお尻マシンガンも撃てるようになるだろう。

「それ絶対ほめてないよな?」
「なにをゆー」

 冗談はともかくこれまでゾーラが水流を叩きつけてもくずとかけるが賑やかすだけだった彼らが、ゾーラが水流を叩きつけたところにかけるが飛び込んで近接戦を仕掛けるのだからサザンクロスでさんざん苦労もといアトランドで苦戦させられたころとは事情が違っていた。想像した以上にあっさりと三体の原生生物を蹴散らすことができて、逃げていく相手の背を目で追いながらちょっと自分をかんちがいしてしまいそうだが、ちなみにもくずはやっぱり偉そうにしていただけに思えなくもないが騎士以外の発言は認めない。

「なあ、俺たち少しは強くなったのかな」
「なったなった。次はむずかしいモードに挑戦できるくらい強くなったぞー」

 うっかりするとメガドライバーズカスタムに挑戦しそうなもくずに釣られてひどい目に遭うのは彼なのだ。やっぱり慎重に行こうと思ってもくずの潜水具に映されている遺跡の分岐ルートを確認しようと近づいたが画面近くがなんだかひんやりとして快適なのに気づく。

「・・・なんかすずしいな」
「エアコン完備だからなー」

 水分子の運動に干渉して熱も衝撃も吸収してしまうついでに酸素供給まで賄っているシステムなのだが、もしかしてこんな機能を搭載していたのなら今までも潜水服を着たり潜水艇に乗り込む必要はなかったのではないかといえば「そのとおりだ」と言うしかない。なんかずるいなーと思わなくもなかったが考えてみればもくずの近くにいればサンセットオーシャンの暑さをしのぐことができそうなのでもしかしたらそれができるように彼女が潜水具を改造してくれたのかもしれないがたんなる考えすぎかもしれなかった。


3日目


Icon 魔法で氷を作る。
Icon すぐに溶けてしまった。
Icon 氷を魔法の泡で包み緩やかに水温を冷却する。
Icon 成功したようだ。

Icon 「燃えるサンセット以下略に古代の銃というのが出るらしい」
Icon 「銃なのに古代ってどーいうことだー!」
Icon 「1:古代中国で使っていた火薬武器」
Icon 「2:古代ローマで使われたギリシアの火」
Icon 「3:宇宙戦艦ヤマトで古代進が使っていた銃」
Icon 「ちなみに古代進の銃はユキカゼでひろった兄さんの銃のはずだー!」

Icon 「…もずこ、お前多分延髄だけでもの考えてしゃべってるよな?」
Icon (海ことりが困っている)
Icon (タコが松本零士ワールドを紐解いてる)
Icon 「それはそうとよ?お前んとこの海ことり、明らかに一年前より数増えてんだよな?
今いったい何羽いるんだか、数えたことってあるか?」
Icon (首をかしげている)
Icon 「なんかこう…サモン、ことりみてえに、延々増やせたりすんじゃねえかってちょっと…」
Icon (その先はやめとけ、のジェスチャー)

(曲)燃えるサンセット歌ってごらんよ遠くあどけない日々を振り向けば俺はここにいるだから夕日に踊り君は北へゆけ寒い今日を生きて西へゆけそしてララバイさびしさを知れば愛しあえる(中村雅俊・心の色)

「いいかげんしつこいぞ?」

 大空翔がぼやいているが、太陽の海サンセットオーシャンの探索そのものは順調に進められていて、過酷な環境と厄介な原生生物がメジロ押しで現れることを懸念していた身としてはいささか拍子抜けするほどだった。もちろんこの手の過信と慢心が多くの探索者に後悔を提供したことを彼らは知っていたから締めすぎてヒモのところがかゆくなるくらいフンドシを締め直してビッとしなければならない。ついでにメジロ押しというくらいに小鳥のメジロが大量に表れてぎゅうぎゅうと押してくれたらサンセットナンチャラとかもうどうでもいい。
 それはそれとしてこの海域ではグランドキャニオンを思わせる切り立った岸塊に、海水が煮立つほどの陽光が斜めに降りそそいでいて岸壁に模様のように貼り付いている通廊の陰だけが辛うじて日差しを避けることができる。通廊にはところどころ部屋が穿たれているが、住居や町めいた雰囲気はなく一定の距離ごとに設けられて倉庫や作業場に使われていたらしい。ごくまれにがらくためいた道具や器具の残骸を見つけることもあるが、ほとんどは空き部屋で陽光を避けた小魚がときおり小さな群れをつくっている程度である。色鮮やかな海水魚が行き来している姿はほほえましく思えるが、これを食べようと大きな生き物やら原生生物が集まってはこないかと警戒してしまうのは探索者の悲しい性質かもしれなかった。

「おいおおぞらかける、縦坑があるぞ」
「えーとこれで六層目、いや七層目だったか?」

 海野百舌鳥子の尊大な口調はなんかもう今さらなので、かけるは聞き流すと縦坑の下を覗き込むがトリたてて危なげな生き物や仕掛けが隠れている様子はなさそうだった。もちろん壁面から移籍の外を泳いで下層に向かってもよいのだが、そのあいだも降りそそいでくる陽光と照り返して反射する光で右と左から挟まれると両面からこんがり焼かれてホットサンドイッチにされてしまうので、日陰になる場所を通れるならそれに越したことはない。素もぐりにタコデバイスだけ着けているかけると潜水具がずいぶん小さくなったもくずは狭い縦坑でも問題なく、巨大な潜水艇のままではこうはいかなかったろう。シーサーペント族のゴルゴンゾーラも長い身をくねらせるとグラマーが縦坑につかえることもなく、岸壁に掘られた遺跡とは思えないほど四角くなめらかに掘られた縦坑を下っていく。
 必ずしも自信があるわけではないが、今のところより深い海域に潜っていくことへの不安もそれほどない。幸か不幸かもともと彼らは監督交代したばかりのJ2のチームのように「まずディフェンスから」という方針で作戦を決めていたから、慎重なぶんだけ危険には強くたとえば模擬戦や海底杯といった対人戦でも引き分けこそ多いが負けることは珍しかった。

(G1クライマックスで全試合両者リングアウトしてみせたヒロ斉藤みたいなもの)

 ゾーラのたとえが分かりにくいのはきっとシーサーペント族と人間のブンカの違いだと思う。それはそれとして決め手はないけど負けないのは仲間がひどい目に遭うところを見ないで済むのだから気分的にはありがたく、特にほとんどの原生生物は獲物を狩るにしても捕食者から逃れるにしても長期戦に耐えられることは少ないから、以前の海域で遭遇したコシロノツエのような「防衛システムとしての原生生物を防衛するためのシステム」でもなければ61分時間切れ引き分けになる前にたいていはちまちまと削り続けて退散させることができた。

「そういえばゾーラって実は大砲じゃなくて攪乱役だったんだな」
「いまごろ気づいたのかー」

 ゾーラが大砲でかけるがパシり、もくずが威嚇係というのが彼らのスタイルではあるがゾーラはあくまでもお子たちに比べて強いから大砲役をしてもらっているだけで、他の探索者と比べても決して攻撃力一辺倒に特化されている類ではない。そもそも三人のうち約一名が何もしていないのだから三人分の攻撃力が期待できるわけがないのだが、それをもくずに言ったところで騎士以外の発言は認めないから健気なおおぞらかけるが少しでも役に立てるように水中用ボウガンをこつこつと改造していたのである。ちなみに砲身に「丙子椒林剣」と銘が彫られているのは最近かけるが遊んでいたブラウザゲームでレアアイテムを入手したことを記念してのことだが同じゲームを遊んでいたもくずはこれを入手できずことのほか悔しがっていた。
 その甲斐があったのかは分からないが、最近ではかけるのボウガンもようやく出力が上がるとゾーラと並んでも遜色なく戦えるようになっていて、先の模擬戦では以前あっさり蹴散らされた胸にスライムベホマズンを仕込んでいる豊満なヒトたちを相手にして一歩も引かずに引き分けることができていた。海底杯でも同じようなもので負けそうにないが勝てそうなそぶりもなく引き分け、になるのはそれはそれで残念ではあるが柏レイソルの中川寛斗ばりに尽きないスタミナはいざ遺跡の探索では頼りになるし方針も立てやすい。

「海域のデータ開くぞー」
「おいおい、けっこう撤退してるチームがいるみたいだぞ」

 縦坑を抜けて下層の通廊に出ると、もくずが潜水具の背面にあるパネルに拠点のデータベースから引っこ抜いてきた情報を映し出す。これまで通り過ぎてきた海域ではほとんどの障害も原生生物もあっさりと蹴散らしてきた名うての探索者たちが逆に返り討ちに遭っている例もたびたび見られていて、もくずたちも他人事ではなくいずれ難敵強敵に出くわさないとも限らない。今のところ目の前に現れたのがチリメン雑魚くんばかりだから助かっているだけで、先日もカリュブディスと大王タコとひそみしものをわりとあっさり退散させることはできたがこれから更に深く潜っていけばいずれ土のかべから岩のかべやコンクリートの壁のように高くて厚い壁に出会って戦車がないと突破できないことにもなるだろう。

「タコはどーでもいいが状態異常は厄介だなー。タコはどーでもいいけどな!」
「タコが悲しむからやめてさしあげて」

 実際にかけるのタコデバイスがしゅんとして見えるのは我ながらよくできた制御プログラムだと思う。冗談はともかく水分子に干渉して熱や冷気を起こしたり生体電気を操作して生き物を麻痺させたりする技術はこの世界では奇形的な発展を遂げていて、たとえば魔鐘を打ち鳴らすゾーラの術もその類なのだが同じことは当然この世界の原生生物にもいえる。つまり奇形的に発展した技術に対抗する技術というものが存在して、これをうまく使うことで危険から身を守ったり治療行為に応用することができるのだ。もくずが得意なのはこうした情報を調べて事前に対応策を準備することだったから、好意的に表現すれば彼女が役に立たないのは探索が順調に進んでいる証拠(そんなこたーない)で、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するアンドリュータイプではないが石橋をたたいてからおおぞらかけるを叩く深謀遠慮タイプではあった。

「ところでこの海域には古代の銃というのがいるらしい!」
「古代なのに銃なのかよ」

 とりあえずこれから向かう海域の情報も彼女なりに仕入れているらしく、少なくとも彼らは無為無策ではないのだがかけるが気にしているのはもくずの潜水具の下にぷらんとぶら下がっているなんか円筒形をした妙なものの存在である。妙なものというか、ありていにいえば漫画で見るような「ばくだん」にしか見えないのだが、もくずが何を考えているのかかけるには分かるようで見当もつかないことにしておきたい。

「あのさー、それなんだ?ぶら下がってる爆弾みたいなの」
「もちろん地球破壊爆弾だー」

 確かに彼女が役に立たないのは幸いらしいからテリメインの海にネズミが出てこないように祈るしかない。
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4日目


Icon 魔法で固めた氷の泡にもたれるように漂っている。
Icon ぐるぐると巻き付いていく。
Icon 泡に背を乗せるように仰け反り、身体を伸ばす。

Icon 「いよいよこの先の海域にイワシキングが回遊していることを確認した!」
Icon 「だがウチにはおおぞらかけるがいるからきっと勝てるぞ!」
Icon 「料理がうまいとか」
Icon 「縫い物がとくいだとか」
Icon 「換気扇を拭けるとか」
Icon 「物干し台に洗濯物を干せるとか」
Icon 「誰が背が低いだとー!」

Icon 「(一連のセリフを聞いて)…」
Icon 「…俺の存在意義についてものすごくなんか深く考えたくなるけど、
とりあえず評価してくれたってことは受け取っておくぜ、もずこ…」
Icon (何かを察したようにぽんぽんと肩をたたいている)
Icon (フォローしていいもんかどうか分からずぴいぴい鳴いてる)
Icon 「それはそうとよ、俺のタコ、おかげさんでだいぶん強化はできたぞ。
これでゾーラと俺で立ち回り担当!って出来れば嬉しいんだけどな」
Icon 「ところで肝心のもずこのパワーアップ計画って、あれ結局どうなったんだよ?」
Icon (ちょっとビクっとしてる)
Icon 「…なんか聞くの、こええんだけど…」

(曲)燃えるサンセット歌ってごらんよ遠くあどけない日々を振り向けば俺はここにいるだから夕日に踊り君は北へゆけ寒い今日を生きて西へゆけそしてララバイさびしさを知れば愛しあえる(中村雅俊・心の色)

(もう分かったから)

 それにしても燃えるサンセット以下略は暑いというか熱くて辛抱たまらない。なにしろあぶられるだけで目玉焼きができそうな日差しが昼も夜もなく差し込んで、それが岸壁で照り返すと水中に乱反射をしまくっているのだから感覚としては今はやりのファミコンならぬディスコ・マハラジャの照明がすべて汚物を消毒する火炎放射器になっていて踊れ踊れーというようなものだろうか。

(誰も分からないネタは使わないように)

 幸い、遺跡の通廊に穿たれている部屋の中には凶悪な日差しも届かず多少肌寒いくらいの温度で過ごすことができる場所もある。シーサーペント族のゴルゴンゾーラは基本的に恒温動物よりも変温動物に近く、寒いよりは暑いほうが過ごしやすいが熱すぎればうだってしまうからお子たちと一緒に日差しを避けて小休止をするついでにいくつかの術を試していた。この世界の術には独特の理論と技術が存在して、水分子に直接干渉することによって水の中でも熱とか氷とか渦とか旋風とか銀河烈風とか銀河疾風とかさまざまな現象を起こすことができるがJ9って知ってるかい?

(だから誰も分からないネタは使わないように)

 無言で注意しつつ、ゾーラが手にしている魔鐘を小さく振ると氷のかたまりをつくるが水温自体が高いからすぐに溶けてしまう。軽く首を傾げてからもう一度、氷を泡で包みながら緩やかにまわりの水を冷やすと今度はうまく成功してちろりと舌を出す。これを重ねれば熱すぎるこの海でも氷や冷気を使った術をいままで通り使うことができるだろう。

「おー、うまくいったかゾーラぁー」

 燃えるサンセット以下略の海を過ごして数日、すっかり日焼けして見える海野百舌鳥子が奥の部屋から顔を出す。この厄介な海域と遺跡ではたびたび入念な準備が欠かせないが、ちょっとした休憩や小休止の都度都度情報収集や装備や術の用意はもちろん、体調やコンディションの管理も重要になる。たとえば難儀なのが海中での疲労回復と栄養補給の方法で、呼吸や会話と同じく食事の行為そのものはスキルストーンのおかげでなんとかなるが、水圧や疲労で内臓の活動が落ちる上に皮膚からは水分やミネラルが抜けやすいので探索者にはマラソンなみにこまめな補給が推奨されている。もともと水の中で暮らしているゾーラはそのへんを泳いでいるお魚さんや魚くん(!)を丸呑みしてしまえばよいのだが、お子たちはそうもいかないから携行用のウヰダアinゼリーで済ましてしまうことも多い。特に季節限定味は人気でスイカ味や九州みかん味や火星ヤシ味は品切れが続出していると不治テレビでも放送されていた。

「もずこ、こっちは準備できたぞ」
「うむ。大義であるー」

 やはりもくずが偉そうなのはいつものことだから大空翔は気にしない。彼らが探索の途中でわざわざ入念な準備をしているのは理由があって、海域でも噂になっている「イワシキング」と思われる魚影を遺跡の先にいよいよ確認したからであった。もとは大勢の群れの中の一匹に過ぎないイワシがあまりにも長く捕食されずに生き延びるとやがてキングと呼ばれる上位種になる、船乗りビリー・ボーンズがラム酒を片手に飲んだくれながら酒場で語りそうな伝説が具現化した姿であり、実際に多くの探索者が返り討ちに遭っている。以前かけるが海中を漂う魚群を見たときにぼんやりと感じた不安、こんな小さな魚も後ろには食物連鎖の頂点が待ち構えているのではないかという懸念のひとつが実際に現れたというわけだ。

「わくわく珍獣さんとこでもイワシキング出たらしーぞ。あそこアトランドだろ?」
「魚は海を回遊するもんだー」

 より深層を調べるために、彼らが通過したアトランドの海域に留まっている友人のチームを思い出す。探索を始めた当初は近隣の海域ほど出現する原生生物も防衛システムも弱弱しいものが多かったが、やがて調査が進むにつれてより大型の、あるいは数度の争いを生き残った生物が他の海域にも移動するようになって今では七つの海と呼ばれるほぼ全域で探索者が危難に晒される例が頻発しているらしい。安全に整備されたはずの浅瀬や海岸が原生生物に襲撃されて被害が出た、などという痛ましい話も聞こえてきて、あるいは不作法に進出する協会と探索者に対してこの世界が反撃を開始しているのではないかと思わされてしまう。

「でも本当にいいのか?装備だけはしっかり整備したけど今回ろくに作戦とか立ててねーぞ」
「だいじょーぶだいじょーぶ、今回はおおぞらかけるがいればたぶん勝てるー」

 かけるの声にあっけらかんとしているもくずは奇妙に自信があるように見えていつものようにただ偉そうにしているだけかもしれないが、名指しで頼られているような言葉を聞けるとは思っていなかったので思わずかけるは戸惑ってしまう。ゾーラが攻撃してかけるがパシりでもくずが威嚇係という彼らの方針は変わらないが、そういえば最近もくずはかけるのことをイワシ呼ばわりもナマコ呼ばわりもはなぢ呼ばわりもしなくなったから評価されてはいるのだろう。

 もくず曰く、作戦とは勝てそうにない相手に運がよければ勝てたらいいねと用意するものだから、勝てそうな相手に色気を出して作戦を考えたあげく失敗したらサクシサクニオニギリというやつだとなんか間違っているが気にしないことにする。少なくとも彼らの今の装備と準備なら余計な作戦を考えないほうが勝てるだろうというのがもくずの判断らしい。これでも彼女はこれまで悲観的な予想を何度か当ててくれているので、楽観的な予想も当ててくれると信じたい。

「ウチではゾーラがひどい目に遭わないかどうかが危険の基準になっている!」
「オレは?」

 おおぞらかけるの発言は認めないからもしかしたら悲観的な予想かもしれない。最近知ったのだがもくずの潜水具はゾーラの魔鐘と同じように周囲の水分子に直接干渉する機能があるらしく、衝撃を和らげる壁にしたり水温や水質を変えたりいろいろな効果があるらしい。かけるのタコデバイスと同く彼女が学校で作った作品なのかもしれないが、これのおかげで彼女は素身で燃えるサンセット以下略の熱線の中で平然と泳ぐことができるし怪我を治したり毒物を中和したり殴られても咬まれても銃で撃たれてもけろりとしてかすり傷しか負わないとか「魔法」にしか見えない効果をたびたび見せている。
 しかも彼女の潜水具は彼女自身だけではなく干渉する範囲を広げることもできたから、かけるやゾーラも多少の恩恵を受けることができて確かに彼らは相手を倒せずに逃げ出したことは何度もあるが傷だらけになって退散したことはあまり記憶にない。くだんのイワシキングはべらぼうな力で探索者に襲いかかってくるが長期戦に耐える力は決して高くないとも言われていて、もくずの言葉を裏返せばゾーラがひどい目に遭う前におおぞらかけるが活躍すればたぶん勝てる、と言っているようだ。

「だからあらためておおぞらかけるを使いパシるスキルを整備しなおしている!」
「やめて」

 これも翻訳すればかけるがより前線で動けるようにサポートしてやる、という意味なのだがどうしてもそうは聞こえないしどうせ意見しても無駄だと思う。だがもくずの言動はやっぱり頼られているのかなーと思えるような内容に変わっているのは確かだから、彼としてはあまり長い目で考えるよりも目の前でつまづいたり失敗しないように肩に担いでいる水中用ボウガンの整備やら頼れるタコデバイスの調整を万全に期すことをまずは考えようと思う。

「まあいーか、そんじゃあタコも準備いいな?」
(油断しないでね)

 やはり無言で答えてくれるタコを軽く手のひらでなでて、よくいえばマジンシアからゲームを開始できそうなほど謙虚なおおぞらかけるは自分がこつこつと整備したタコデバイスがそろそろけっこうな性能をしていることと、もくずがマジンシアで遭遇しそうなほど謙虚からはほど遠い性格をしていることにはまだ気が付いていないらしいのだ。


5日目


Icon 改造用の魔方陣を展開して眺めている。
Icon さらさらと確認しながらめくっていたが、同じところで躓いている。
Icon 失敗に気付いた顔。
Icon 力なく浮いて漂っている。

Icon 「イワシキングを無事に蹴散らしてやったぞー!」
Icon 「だがもう少し先の海域にもイワシキングの魚影を確認したらしい!」
Icon 「イワシの煮付け」
Icon 「イワシのマリネ」
Icon 「イワシのテリーヌ」
Icon 「イワシのスターゲイジーパイ」
Icon 「おいおおぞらかける、今日の晩飯は焼きイワシとご飯とおみおつけを要求する!」

Icon 「…お前やめたな!?想像までしたけど結局守りに入っただろ!?」
Icon (煮付けまでならオーケーかなのジェスチャー)
Icon 「…まあ正直イワシはただ焼いたのが一番うまいよな。
それ言ったら大抵の魚って焼いただけでうまいもんだからな。
ただ、刺身だって新鮮なのは格別だしなあ…酢で締めた小魚も…
正直、素材の味が引き立つ加工法なら俺はなんでもいいかな」
Icon ぴいぴいぴい(焼いた野菜もおいしいよ、の意)
Icon 「…ま、文明人として文化的な食生活は送りたいもんだな」

 焼けつくを通りこして焦げつきそうな日差しが磨かれたような岸壁を炙り、水温が上がっているのだろう表面では茹でられた水が上昇して海中に不規則な流れを作り出している。海を泳ぐ魚ですらも巻き込まれれば翻弄されそうな勢いであり、魚ならぬ探索者としては危険を避けて遺跡の通廊を素直に進んでいくしかない。
 特異きわまる環境だが、周辺の水温そのものはあたたかいし強すぎるとはいえ陽光も差し込んでいたから海域は生命に満ちていて、適熱適温の場所を選んでプランクトンやそれを追う小魚から大型魚、原生生物に至るまでがそこらを回遊している姿が見かけられる。つまり弱っちい魚がいればそれを追って危険な生物が現れる可能性はいくらでもあるわけで、サカナヘンに弱いと書いてイワシと読むイワシの群れであったとしても侮ることはできそうにない。

 食物連鎖に上下があると仮定すれば、サカナヘンに弱いと書いてイワシと読む弱っちいイワシは下層に属する存在だが、彼らの中には苛烈な生涯を与えられてなお生き延びた上位種が存在する。彼らはイワシの王、イワシキングと呼ばれているがちなみに鳥の王様といえばキクイタダキでたいへん小さくてかわいらしく、イワシの王様も目が丸くてなかなかイケているがキクイタダキにはとうていかなうものではない。大空翔はそのように考えていたがトリあえずは今は海ことりがいるのでキクイタダキに浮気をする必要もないだろう。

「まあ食文化的に鬼のように消費してるしな」
「イワシよりもアジのほうが好みだぞー」

 もちろんキクイタダキではなくイワシの話だが、海野百舌鳥子の言葉はかけるへの同意でもなく反論でもなく今日のごはんはアジの干物にしろという主張である。ともあれ海域で大勢の探索者を犠牲にしているイワシキングと遭遇したお子たちはこれを無事に撃退することに成功すると、更に遺跡の奥に進むためにいったん通廊に面した部屋に逃げ込んでいた。苦戦をしたというほどではないが楽勝だったわけでもなく、群れと一緒に回遊していたキラーワカメや潜みしものに手を焼かされたというのが本音だろう。なにしろ両者でもくずの潜水具が使う保護障壁を打ち破ると、イワシキングが巻き起こした渦潮に正面から巻き込まれる羽目になってよくももくずとかけるの二人で止められたものだと思う。

(お疲れさま)

 シーサーペント族のゴルゴンゾーラはお子たちの二歩後ろに控えて狙撃に専念できたからたいした怪我も負わずに済んで、今は手に入れたイワシの何尾かをぺろりと丸呑みして力の回復に努めていた。壁役と支援役に分かれてそれぞれが役割をまっとうできたのだから作戦通りだし想定外の事故に出くわしたわけでもない。

「だが今回は弱点を突かれたので改善しなければならない!」

 弱点を突かれたもくず本人が言うのだから大した性格ではあるが、彼女なりに最善手を打とうとしているのだし例えば以前かけるが装備を改修していたときはゾーラがフォローしてくれていたのだから仲間なんだし困ったときはお互い様だがなんか不公平な気がするのはたぶん気のせいだ。とにかく具体的な対策は深度を重ねられる状態異常への対策で、現行の装備に積んでいるチューンジェムでは心もとないから、新しい装備を用意するまでのあいだは暫定的に既存の装備を流用する必要があった。

「そんなわけでしばらく魚ジュース製造器でごまかすぞー」
「あれ呑むのか?また?」

 かけるの言葉はもくずへの同意でも質問でもなく控えめな反対だが騎士以外の発言は認めないからもくずの耳にそのような戯言は届かない。魚のしぼり汁を生ジュース感覚で呑ませる「魚ジュース」はもくずの潜水具が今の形式になる前に搭載されていた装備で、いちおうHITAKI製フードプロセサーの説明書きに付いているレシピを読んでみると人体の性能を短期的に活性化させるために栄養を直接摂取することで云々とかそれっぽいことが書かれていたが製造者の嫌がらせではないかとかけるは本気で思っていた。それはともかく、水分子に直接干渉して保護障壁を張る潜水具のシステムでは出力に欠けるので、魚ジュースを呑んだ体内から効果を発揮させるというホントかよそれという方法でしのぐことになり早いとこシステム改修してねと祈らずにはいられない。
 もくずはおおざっぱな印象のわりに意外と慎重なところがあって、改修するにしても計画をして試験をしてと段階を置くので実際に使い出すまでけっこう時間をかけるきらいがある。しかも探索をしているあいだに急ぎの改修や対応をすることもあるからどうしても迂遠になってしまうのだが、油まみれになりながらこつこつ続けていつの間にか潜水服が潜水艇になって足が生えて今では小型の潜水具になっているのだから飽きっぽいのか忍耐づよいのかいまいち分からなかった。

「だれがおおざっぱだー!」

 それはともかくかけるが担いでいる水中用の大型ボウガンもハードウェア部分はもくずに改造してもらった類で、彼の記憶では最初は水中銃に似た人間用装備にしか見えなかったものが気がついたらギドラ砲を肩に担いでいるような格好になって戦車No.480「かける」とか画面に表示されてもおかしくない。彼らの役割分担は主にかけるがソフトウェアと炊事と洗濯と掃除と裁縫と食料品や消耗品の調達と雑用と海ことりの世話を任されているのに対してハードウェアの改造や用意はもくずが行っていたがなんか不公平な気がするのは気のせいだと言っておろう。そんなわけでもくずが魚ジュース用のユニットを潜水具に換装しているあいだ、充分にイワシを平らげたゾーラはかためた大きな氷の泡に巻き付いて身体を伸ばすと目を糸のように細めてゆったりくつろいでいたりする。

(Y○gib○みたいなもの)

 通称ヒトをだめにするソファはいいですけど海外の製品は怒られたら困るから伏せ字はもうちょっと気を使ってくださいゾーラさん。とにかくハードウェアの調達はもくずが行っていたから、たぶん気のせいだと思う役割分担の不公平感は気にしないことにして最近けっこう主力扱いされているかけるとしては大型ボウガンを手のひらで撫ぜながらちょっとは得意げになってもいいかなーと思うのだ。聞いている改修計画ではこの子?も更に強化するつもりでいるらしく、もくずが言うには今の設計は長期戦仕様なんでうまくいったら威力重視の短期戦仕様と使い分けたいとか頼もしい話を聞いている。知り合いの探索者とかにひさしぶりに会ったらかけるさん強くなったんですねーとか驚かれたら男の子としてちょっと嬉しいじゃないか。

「海域の先にまだイワシキングがいるみたいだぞー」

 その声に我に返ると、探索の途中でよこしまなことを考えても仕方ないと気を引き締めなおしてもくずの潜水具のモニタに映っている画面を覗き込む。タブレット端末ほどの大きさの画面だが、これまでと比べて探索中でも情報の共有がしやすくなったのは格段にありがたい。ソナーで確認している遺跡の構造図に踏査地域の情報が投影されて、これにレーダーで得た情報も描かれるからゾーラと合わせて水中で三人が同じ情報を一緒に見れるのはやはり便利だった。なにしろ気になるところがあればかけるやゾーラもパネルを直接操作できる。
 なのだが潜航するコースを確認するついでにかけるがパネルを操作したらおかしなところを触ってしまったのか、もくずが書き散らかしている図面の画像にぱらぱらと切り替わってしまう。それ自体はいいのだが問題は手書きっぽい図面にかける用のボウガンの絵が何枚か描かれていて、今もっているギドラ砲のような大砲をかけるが担いでいる絵の隣に、バイクのような大砲にかけるがまたがっている絵や人間のようなバイクにかけるがまたがっている絵や女性のようなバイクにかけるがまたがっている絵が描かれていることだった。

「あのー、もずこ?」
「なんだー?」
「なんでもない」

 まさか改造によってはいま担いでいるボウガンがあんなのになっていたとかないよね?と聞こうとしてやめた。

(曲)燃えるサンセット歌ってごらんよ遠くあどけない日々を振り向けば俺はここにいるだから夕日に踊り君は北へゆけ寒い今日を生きて西へゆけそしてララバイさびしさを知れば愛しあえる(中村雅俊・心の色)
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6日目


Icon 光を操り宙に重ねるように四枚の魔方陣を描き、円の端々に3つずつ宝石を置く。
Icon 上から落とした魔石が、立体に組み上げられた魔方陣の中心を布に飲まれるように沈んでいき、端に置かれていた多数の宝石も中心に巻き込まれて落ちていく。
Icon 全ての宝石を取り込み魔方陣を巻き込みながら貫いた魔石が手の中に落ちると、空中に延びて残った魔方陣もすべて吸い込まれ魔石の中に畳まれていく。
Icon 出来上がった魔石を透かして眺めている。

Icon 「今度はこの先の海域にスペースシャークの魚影を確認したらしい!」
Icon 「シャークネード サメ台風」
Icon 「シャークネード サメ台風2号」
Icon 「シャークネード エクストリーム・ミッション」
Icon 「シャークネード フォースの覚醒」
Icon 「シャークネード5 ワールド・タイフーン」
Icon 「やいおおぞらかける、お前の武器をチェーンソーに改造してやってもいい!」

Icon 「…あのさ、シャークネード。5作も出てんの?
チェーンソー使いで?え、ローマ法皇からもらって?義手で?サイボーグで?

…(俄然興味が出てきた顔)」
Icon ぴいぴいぴい(海ことりが必死に鳴いている)
Icon 「いかんいかん。本題は見失っちゃマズいよな。スペースシャークな。
…海なのに?」
Icon (それはそれで問題だよねというジェスチャー)
Icon 「俺も大抵のことなら割り切って考えられるようになったけど、
なんか大切なものを失っちゃってる感じもするんだよな。大人になったってことかナー」

 死の谷もかくやと思わせる、深く深く見下ろした視線の底から見上げれば水面すら分からぬほどはるか頭上にまで切り立った岸壁に灼けつくような日差しが浴びせられて黒く濃い影が描かれれている。遺跡はすでに第七層、本来、より深く潜れば海面からの日差しは弱まりそうなものだが一向にそんな気配もなく、あれは頭上からの陽光ではなくて海底に眠る黄金、古代テリメイン文明の太陽、神聖なる海の神様が沈んでいるのだなどとまことしやかに囁かれている噂にも真実の一端があるのではないかと思えていた。照り返した光が更に上下左右を照らしている灼熱の世界では肉眼でもセンサーでも光源のもとをたどることは容易でなく、迂遠でも日差しを避ける遺跡の回廊を進みながら果てのない深みへと足を踏み入れていくしかない。

「おいおおぞらかける、アラクネってなんだ」
「いきなりだな」

 唐突に海野百舌鳥子に尋ねられた大空翔は回答に詰まる。日差しを避ける遺跡の玄室で休息をとりながら潜水具のモニタを開いていたもくずが、センサーが辛うじて届く範囲に見つけた魚影を協会のデータベースに照会したらしい。この海洋世界テリメインには正式な学会があるわけでもなく原生生物の名はすべて協会が便宜的につけたもので、詳細は実際に遭遇した探索者の記録をたどるしかないが命名から特徴を類推する程度のことはできた。即答できずにいるかけるに対して「使えねー」という無慈悲な返答がくると、知らないのはお互いさまだろうと反論するがもちろんもくずは聞く耳を持っていないから潜水具からオープンネットワークを呼び出すとアラクネについて検索する。
 曰くアラクネはギリシア神話に登場する機織りが得意な娘だが、悲劇と理不尽が大好きなギリシア神話らしく女神アテナと機織り勝負をすることになると神々の精緻な浮気場面を織り込んだすばらしいタペストリを作ったもんだから激怒されて最後はクモの姿に変えられてしまったという。記録されているテリメインのアラクネはクモではなく半人半魚のばけものめいた姿をしているが、猛毒を使う性質を例えて命名されたらしい。当人?が聞けば濡れ衣だと憤慨するかもしれないが美人だから怪物にされてしまったスキュラの例に比べるとわざわざ浮気現場を織るアラクネもたいがいではあるだろうか。

「なんかギリシア神話ってそーいうの多いよな」
「神様は気まぐれなもんだー」

 目の前には神様よりも気まぐれな娘がいるような気もするが、激怒されてクモに変えられたら困るから余計な口はつぐむことにする。彼らは(曲)燃えるサンセット歌ってごらんよ遠くあどけない日々を振り向けば俺はここにいるだから夕日に踊り君は北へゆけ寒い今日を生きて西へゆけそしてララバイさびしさを知れば愛しあえる(中村雅俊・心の色)ことサンセットオーシャンの遺跡探索を続けながら、原生生物の中でも厄介とされているイワシキングに二度遭遇して二度続けて退けることができていたから、これならもう少し深く潜ることができるのではないかと下層に降りるルートを探していたところである。素人熟練問わず探索者にもタイプというものがあり、得手不得手はあるがこの周辺に現れる生物は比較的彼らには相性がいいらしく足を延ばすことができそうだった。

(でも読み難くしてまで曲を入れなくていいから)

 シーサーペント族のゴルゴンゾーラが無言でたしなめるが、どこかふてくされたような顔をしているのは別に彼女がJASR△Cのまわしものだからではなくこの先の探索に備えて改造用の魔法陣をさんざ試していたところ、眺めたり首を傾げたりしたあげく展開を失敗して貴重な魔法石を無駄にしたことに気づいたのが原因だった。しばらく力なく浮いていたが、もう一度めんどうな改造をする前に息抜きを兼ねてお子たちの様子を見にきたらしく三人で潜水具のモニタを覗き込む。こういうときは以前の潜水服や潜水艇と違って一緒に見ることができるのはやはりありがたい。
 ところでギリシア神話の海の神様よりも気まぐれに見えるうみのもくずだが彼女なりに海域の情報をまじめに調べてはいるようで、短い指で器用にパネルをいじると詳細な記録が添えられた動画がつぎつぎとモニタに現れた。見るとイワシキング以外にも結構な数の探索者を退散させている原生生物がいろいろ出現しているらしく、アラクネは猛毒の水流を起こして広範囲を巻き込んでくるし、これまで何度か遭遇したことのあるスペースシャークも巨大なアゴでガブチョガブチョと襲いかかってくる姿は正直気分のよいものではない。

「サメは何度か遭ってるからいーけど、アラクネって大丈夫なのかこれ」
「毒ぶんまきは十七回しか使えないから大丈夫だー」
「数えてんのかよ」

 もくずが言うにはアラクネは水流を起こすのにけっこうな力を使うらしく、しばらくするとガス欠になってジリ貧になる例が記録映像でもいくつか確認されている。それでどのような計算をしたのか分からないが、センサーで確認されている少し大型の個体でももう少し長持ちするていどというのが彼女の見解だった。あとは以前遭遇したレッサーパンダもといレッサースローロリスもといレッサードラゴンの放電と同じく、水流が広い範囲に拡散するからもくずとかけるが同時に巻き込まれないように立ち回れば充分に勝てるだろう。

「だから今回はおおぞらかけるが壁になれ!」
「俺一人でか?いやいいけどさ」
「お前なら大丈夫だー」

 きっとかけるを信頼しての言葉なんだろうが別の意味に聞こえなくもない。タイプも性格も、際立って不幸そうな感じも異なるが長期戦に耐える壁役としてはもくずもかけるも似たようなものだから打撃力のあるかけるが前に出るのは戦術としては間違えてはいない。潜水具から保護障壁を出してくれるもくずがゾーラとかけるの間にいるのも効率がよいだろうし、かけるの心中では潜水服を脱いで素身で泳いでいるもくずがサメに咬まれそうになる姿を見るのもやはり心配にならないといえば嘘だった。

「サメはすでに研究済みだから問題ないー!」

 もくずのいうとおりスペースシャークは何度か相手にしたことがあって、海域を訪れた当初は多少手こずることもあったが最初の咬みつきさえ避ければほとんど手傷を負わずに済むこともあって特にかけるには相性がよかったりもする。なんだかんだでこいつは相手のことを研究しているんだよなーと感心しつつ、モニタに映されている映像を見るといつの間にか映像が切り替わっていて頭が二つある巨大サメがビキニ美女たちを襲う映画とか宇宙空間まで届くサメ竜巻がアメリカを壊滅させる映画とか流れていてお前これは絶対資料じゃないだろうと思うのだ。

「あのさーもずこ」
「ダブルヘッド・ジョーズとシャークネードとどっちが好みだー?」
「じゃあシャークネードで」

 とりあえずゾーラも含めて三人で映画を見てしまったので出立がいつもよりもほんの少し遅くなったのは内緒だった。


7日目


Icon 頬杖をついて魔方陣をじっと眺めている。
Icon 完成した魔方陣再度展開して、細かく書き足したり消したりしている。
Icon 考えが煮詰まったのか、時折ぐるりと旋回して泳いでいる。

Icon 「ばりばりばりらーばり!さほればーふばり!」
Icon 「じぇはらてぃにけばったりばったり!」
Icon 「ぶばならんに!じぇいこったり!」
Icon 「ががなれちゃっとらむばったり!」
Icon 「へいさ!るっどらさ!へいさらばったらさむっどらさ!」
Icon 「へいさ!るっどらさ!へいさらばったらさむっどらさ!」
Icon 「おいおおぞらかける、ちなみに字幕だとシヴァ神と言ってるが歌詞だとルッドラ神と歌っている!」

Icon 「なんだなんだ!?ロレツがおかしいぞもずこ?!
朝っぱらからいったい何が始まったってんだ!」
Icon (海ことりが説明するようにぴいぴい鳴いている)
Icon 「…ってあー、アレな。何、おまえ歌詞全部文字起こして暗記したの。
字面だけだとまんまどこぞの邪神か何かに祈ってるみたいだから程々にな?」
Icon (おもむろに弓を持ってきて掲げてる)
Icon 「…って、おまえもかよ!?」

 調査範囲が広がるにつれて、海洋世界テリメインに進出した探索者協会もあちこちに拠点を設営すると今では七つの海域のすべてに足がかりとなる橋頭堡を確保することができるほどになったらしい。だが進出の裏にはきな臭い話も聞こえていて、協会が自ら海賊まがいの行為を試みたとか新しく手に入る権益をめぐり対立したあげく探索者と衝突した例があるという話も聞こえてくる。もともと協会は慈善団体ではあり得ないし、探索者も慈善事業家ではないのだから軋轢が生じたとしても無理からぬ話ではあるのかもしれない。
 とはいえ人々が森で手に入れた毛皮の取り分を奪い合っているあいだ、テリメインの生態系は着々と協会と探索者への「反攻」を企てていて、リゾート用に開かれた海域に原生生物が出没するとバカンスのつもりで訪れていた人々が襲われて放棄することになった場所すらあるそうだ。あの穏やかな海は今でも穏やかな海であるのだろうか、七つの海の果てまで漕ぎ出している者が帆を後ろ向きに掲げることはなく彼らの探索は続けられている。

 気がつけば協会の調査も長きにわたり続けられていたが、辺地が開かれて踏査された範囲が広がる一方で投入される探索者の人数は頭打ちになっていたから密度は薄くならざるを得ず、調査に慣れたベテランが期間を終えてテリメインから引き揚げた例も加えればより少ない人数でより広い海域を任される道理になる。この状況で海域に出没する原生生物は探索者の行動をトレスして強力になると危険は増す一方なのだが(曲)海に潜るには息を止めなきゃ潜れない息を止めるのが嫌なら海には入れない海には海の世界があるしそうして再び潜らずにいられないソイヤソイヤソーレソーレ(一世風靡SEPIA・前略、道の上より)。

(やりすぎてJASR△Cに怒られないよーにね)

 シーサーペント族のゴルゴンゾーラが手首を返して、ちょうど出来上がった魔石を頭上から差し込んでくる光に透かしながら眺めている。彼らは数日置きに物資や情報を仕入れるため、遺跡から引き返すとそれまでの間に協会は海域に据えていた拠点を前進させる。仮り組みの拠点を解体するのも移動するのも設営するのも協会には慣れたもので、地形に合わせて形は変えられるが使われている施設は変わらないから建物には独特の既視感があった。ゾーラが借りていたのは魔石の錬成用に用意された作業場めいた部屋で、目的を終えた彼女は満足げに目を細めると部屋の隅にある水路に身をくねらせる。彼女のような水棲生物のために施設には水槽と水路が巡らされていて、慣れた動きでロビーまでたどり着くと水面から顔を覗かせた。いくつも噴水がある広場とプールが接したようなつくりをしたロビーには多くの探索者の姿があって、忍者装束にタコデバイスという奇態な風体をした少年がゾーラの姿に気づく。

「ゾーラ?そーいえばもずこが次回模擬戦組んでたみたいでさ」
「うむ!すっかり伝えるのを忘れていたぞー」

 大空翔の後ろでふんぞり返っている海野百舌鳥子の口調が偉そうなのはいつものことだったが、ゾーラはヒトの言葉には詳しくないしそもそも耳で音を聞いているわけでもないから彼らの口調の違いなど気にしたこともなかった。そんなことよりも(曲)燃えるサンセット歌ってごらんよ遠くあどけない日々を振り向けば俺はここにいるだから夕日に踊り君は北へゆけ寒い今日を生きて西へゆけそしてララバイさびしさを知れば愛しあえる(中村雅俊・心の色)ことサンセットオーシャンの遺跡探索を進めていた彼らだが昨今は出没する原生生物がますます厄介になっているようで、必要な準備を怠らないために以前よりも拠点にはたびたび引き返すことにしていたのだが、もくずが曰く別海域に別れていた知り合いの探索者を久しぶりに見かけたので模擬戦をしようと勝手に話を進めてしまっていたらしい。とはいえ勝手知ったる相手の方が練習には都合がいいこともあるから反対する理由もなかった。

「でもわくわく珍獣さんとこか。確かに久しぶりだなー」

 懐かしいとでもいった調子でかけるが腕を組む。わくわく珍獣探索奇行は魚くんさんぽいギョギョギョの魚太郎、大きな水棲生物のウーヴォーこと協会管理生物第502号、水着姿の女の子剣士フィオナ・ターナーの三人のチームで、これまでは同じ海域で調査を進めていたのだが海中島の海アトランドで別れると先方はほぼ単独で現地の探索を進めているらしい。ほとんど彼らだけでアトランドを任されているのだから大したもので、能力はもちろんだが探索者としての綿密さと動きの早さ、なにより真面目さが評価されているのだろう。「きれいな軟体キャンディーズ」とはもくずが彼らを指しての評価である。

「それは俺たちがきたない(ダーティ)ということデスカ」
「細かいことをうだうだ言うなー」

 不毛な質問だがかける自身も六人が対峙したらわくわく珍獣さんがリングの上でテーマ曲を歌ったあとで、ペイント姿のもくずたちが毒霧を吹いて入場する姿が似合うのではないかと考えなくもないかもしれないような気がする。そもそも目の前にいるちっこい級友のふだんの言動がワルモノ以外のなにものでもないのだから「ワシら軟体村のキャンディーズじゃけんのう」などと邦訳テロップを流されているところにテーブルとハシゴとイスを持ち出しても不思議はないのだ。かけるとしては毒霧ならぬ毒網はもう卒業したのだからヒールよりもせめてエクストリームなヤツらとして扱って欲しいとかやっぱり不毛なことを考えているあいだに背中からホイップされて3Dもとい背中から声をかけられる。

「あ。おおぞらさんお久しぶりでーす」
「あ、いやそのどーも」
「おー、フィーナ、さかなー、うーぼー!」

 ロビーの向こうでにこやかに手を振っているフィオナに思わず恐縮してしまう。なにしろ「おいおおぞらかける」とか「やいおおぞらかける」とかジャイアンがのび太を呼ぶときのように呼ばれているかけるとしては、おおぞらさんなどとまともに声をかけてもらえたのはいつ以来だろうかと考えるだけですばらしい待遇なのだ。フィオナの後ろには魚くんもとい魚太郎と傍らの水面には大きなウーヴォーがぷかりと浮いていて、少女と男性と水棲生物の組み合わせだけ見れば一見して自分たちと似たようなチームに見えなくもない。
 白衣に足ヒレ姿の魚太郎は海洋学者としては有名なヒトらしいが、相変わらず何を考えているか分からずたぶん昆虫好きのファーブルさんのようにサカナ以外にはあまり興味がないように見える。ウーヴォーはなんか以前に会ったときよりもひとまわり大きくなっているようで水面のけっこうな範囲を占めていたが、なんとなく魚太郎よりは話が通じそうに思えるのはゾーラと意思疎通するのに慣れているからかもしれなかった。

(おで、やわらかにね)
「えーと、お手柔らかにってことな?こちらこそ」

 もくずの話では先日拠点に戻ったときにフィオナと連絡をとったらしく、久しぶりに模擬戦をしてみようという話をしたそうである。確かにもくず(の名前で海ことりが?)開いているコミュニティではたびたびフィオナが情報交換をしている姿を見かけたことがあり、以前と比べてお互いの成長を見るよい機会にもなるだろう。なにしろ協会に手配してもらう模擬戦はランダムで組まれるから、それはそれで勉強になるが運が悪ければとても強い方々に何もできずに圧倒されると練習どころではない結果にもなりかねず、その意味では感謝してもしきれないだろう。

「おいおおぞらかける。そんなわけでみんなの珈琲買ってこい。お前の金で」
「へいへい」
「あ。手伝いますよー」

 なんか当然のようにパシられていていいのだろうかという気がしなくもないが、なんか当然のようにフィオナは手伝ってくれるし本当いい人だよなーとか思いながらわたくしは人の育ちといふものをもう少し考へてもよいのかもしれないと購買用のブースに消えていく。ちなみにかけるの姿が消えるともくずはもくずで人間以外のヒトたちとごく当たり前に話をしていたりはするのだがゾーラとウーヴォーはともかく魚太郎くんさんはごく当たり前に人なのだがこのイカれた海洋世界にまっとうな人の存在はどれほど貴重なのだろうと思うのだ。
 残念ながらデートならぬパシりでは購買機までひとっ走りして六人分の珈琲を入れて往復するのにたいした時間もかからないのだが、ロビーまで戻ってみるとプールのへりにもくずの潜水具が据えられていて背面にある映写機から壁面になにやら映像が映されていた。確かにみんなで情報共有できる機能はべんりだよなーと考えるが戻ってきたかけるとフィオナの姿を見てもくずが声をかける。

「伝説誕生と王の凱旋とどっちを見たいー?」
「あ、じゃあ王の凱旋で」

 なぜここでバーフバリの上映会をしなければいけないんですかと疑問に思いながらフィオナさんもバーフバリ好きなんですかと疑問に思いながら問題があるとすればバーフバリは放映時間が二時間以上あるので珈琲だけじゃ足りないかなあとあらためてホットドッグとポップコーンを買ってこようとおおぞらかけるは考えていた。
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8日目


Icon 柔らかい身体と長い首を捩りながら火傷跡になっている箇所を確かめるように
Icon 上体が尾に包まる様にぐるぐると球形に丸くなり浮いている。
Icon 抜けだすように球を解くと、先ほどまで火傷だった箇所が艶めいている。
Icon 尾先から火傷を負った箇所が脱皮のように剥がれ落ちる。

Icon 「最近おおぞらかけるが活躍するようになった!」
Icon 「これも彼がたゆまぬ特訓をした賜物だと思う」
Icon 「グローブなんて捨てちゃうとか」
Icon 「バットで鉄球を打ち返すとか」
Icon 「ガソリンに火をつけたボールでノックするとか」
Icon 「丸木をかかえて滝つぼから落ちるとか」
Icon 「やいおおぞらかける、おまえは死の赤フン踊りというものを知っているか!」

Icon 「はっはっはっ、もずこ、いくら俺でも死んじゃうぞ?」
Icon (鎮痛のおももち)
Icon 「…てか今度という今度はツッこんどくけどなあ!?お前、俺だったらもう何やってもいいって思ってないか!?
あと何でお前そんなにネタが前世紀なんだよ!?絶対ハレー彗星実際見た組だろ!?」
Icon (それ以上はいけない、のジェスチャー)
Icon 「…まあ、それはさておき(?)確かにもずこのおかげでなんというか…
おかげさんで考えられない強化をかまされちゃってるような気もするんだけどさ。
あそこまであからさまにケタが違う強化されると、なんか今までは一体何だったんだろうって気にもなるよな」
Icon (万越え八回攻撃おめでとう、のテロップ)
Icon 「…あれ、あんま使いすぎると絶対にあとで死ぬやつなんだろうな…」

 海野百舌鳥子と大空翔のお子たち二人はあくまでも学校の課題という名目でこの海底世界テリメインの探索に訪れていたはずで、シーサーペント族のゴルゴンゾーラは現地住民?として頼りないお子たち二人を案内して探索の手伝いをするために協会から紹介されたベテランさんという恰好だ。いまはやりのPSOに例えるならラクトンが「うひょー」と言いながら呑気にラグオル観光に訪れたらガイド役がキリークの旦那だったようなものだろうか(例えがおかしいです)。

「お疲れさまでしたー!・・・大丈夫ですか?」

 親切と心配が等分に混じった顔でフィオナ・ターナーが尋ねている。彼らはつい先ほど久しぶりの模擬戦闘で矛を交わしていたのだが、結果はといえば思いのほかあっさりとフィオナたちが勝利して以前に手を合わせたときよりもむしろ差が開いているなーと痛感させられた次第であった。これでもくずたちが勝っていたら調子に乗って観客を煽ったあげくブーイングが鳴り響いていたのだろうがやはり正義は勝つということなのだろう。

「うむ!今度あったら暗い夜道は気をつけなー」
「あはは。気をつけますねー」

 わりともくずの趣味の悪い冗談にも大人の対応をされてしまう。本当にいい人だよなーと傍らにいるかけるはいつも感心してしまうのだが腐れ縁の暴君と品行方正な友人を比較するのに無理があるなどと事実を指摘しても自分がむなしくなるだけだからここは素直にワルモノ軍団の戦闘員1号としてそれらしく振る舞うべきなのだろうか。

「えーと、このたびはおつきあいいただきましてまことにありがたく」
「おおぞらさんそれは堅苦しすぎますよ」
「あ、えーと、アリガトウゴザイマス」

 もしかして自分は女性がニガテなボウヤだったのかもしれないと思ってしまい上気してしまうかけるだが、考えてみれば普段から女性とも思えない暴君とすげえグラマーに挟まれて(比喩的表現)いるせいでふつうの女性に対してことのほか免疫が弱くなっているのかもしれなかった。まあ実際には彼くらいの年齢の男子といえば女子の制服が冬服から夏服の薄着になっただけでスイッチが入ってしまう輩もいるのだからアイムチューニというにははるか遠いところでブレーキをかけていると考えてもよかろう。

「やいおおぞらかける!燃えるサンセット以下略に向かう準備をするぞー」
(ガーゴイルキング戦の準備するよ)

 もくずとゾーラに促されるがいちおう彼女たちも女性だからかけるが心中失礼なことを考えていたのを察したのかもしれないしそうでないかもしれない。ガーゴイルは遺跡に機械的に配備されている防衛システムだが、イワシキングと同様に複数のガーゴイルからエネルギーを直接吸収して自己強化する通称「パッチョ拳」を扱うガーゴイルキングの存在が確認されていてやはり何人もの探索者が痛い目にあっているらしい。探索者が使う技術や戦術を原生生物が使うことに対する疑念が聞こえている中で、遺跡の防衛システムまで同様の戦術を使うことを考えると誰がその情報を得て探索者に対抗させているのかという声が上がるのも当然で、ありていに言えば探索者協会に疑いの目が向けられているが探索者がそうであるように協会も意思統一された組織というわけではなかった。協会の情報がテリメイン側にも提供されている、というのが実情なのだろう。
 海上を船で移動したらそれまで踏査したルートに戻り、調査範囲を広げたら再び海上に出て拠点まで往復する。感覚的には途中セーブというよりもビーコンを置いてドッグシステムで移動するようなもので、調査範囲が広がるにつれて拠点も前線まで移動してくれるから補給の心配が少ない上に事前の情報収集ができるので探索者にすれば協会さまさまというわけである。多少キナくさい動きをしたところでこの便利さはやはり捨てがたい。

「ウチも久しぶりにサンセットオーシャンに行く予定なんですよ。お互いに気をつけましょうね」
「うむ、うちはおおぞらかけるでなんとかする!」

 なんかその表現だとおおぞらかけるを大砲に詰めたりおおぞらかけるに鎖をつけて振り回している姿を思い浮かべなくもないが、問いただしてみたところできっと気の毒な答えしか返ってこないような気がしたからおおぞらかけるは質問するのをやめた。冗談はともかく原生生物が回遊するルートや防衛システムが配置されている場所は事前にかなりの確度で知ることができるようになっていたが、言葉通りにとればおおぞらかけるがいれば何とかなるというのがもくずの見解らしい。性格には大いに問題があるが事前の分析はけっこうまじめにしてくれるので、彼女がそう言うからには確かに勝算もあるということなのだろう。

「誰が問題のある性格だー!」
「え!え?俺クチに出してたか!?」
「やっぱりそう思ってたのかー!」
「あー!ずりーぞカマかけたな!」

 言いながらまわれ右をして泳ぐかけるだが最近は潜水服を脱いだもくずのスピードは侮れないので捕まるとぼこぼこにされてしまうかもしれないのは閑話休題。

***

(曲)燃えるサンセット以下略ことサンセットオーシャンの海域は相変わらず刺すようなというか炙られるような光に岸壁が照らされていて、特に水温が高くなっている壁面近くでは水流や気泡が上昇して特有の流れを生み出している。場所によっては海流と上昇する水流が激しい奔流になっていて、一歩岸壁を離れればこの光と奔流に直接さらされることになるのだから峡谷めいた岩山に貼りついている遺跡を進まねばならず必然的に配備されている障害は避けずに排除するしかない。

「うむ。前方にガーゴイル発見、シャークネードも確認んー」
「スペースシャークな?」

 言いながらもくずとかけるが泳ぎながら前進する。素身のお子たち二人が二匹のサメ台風(違)に近づいていく絵は怖くないといえば嘘になるが、実際にはもくずの潜水具から広がる防護膜はガブチョガブチョしてくるサメのアゴすらも威力を半減させてしまうし、サメよりも器用に泳ぐかけるはサメ台風(だから違う)のアゴが閉じられる前にするりとかわしてしまうことができる。接近する侵入者を確認して、今さらのようにゆっくりと起動したガーゴイルキングが周囲の石像たちからエネルギーを吸い上げると石像を取り囲んでいる水流を沸騰させるほどの熱流に変えてみせるがこれももくずたちに届くころにはせいぜい沸かしすぎたお風呂くらいの温度になっていた。

(To feretro tou pagou!)

 充分にひきつけてからゾーラが魔鐘を振るうと冷たい水流が海域を貫いて、堅そうな石像が寒暖差でまとめてひびだらけになってしまう。すかさずもくずが何やら取り出すとかけるの後ろに回り込んだ。

「やいおおぞらかける、これを使えばお前のパンチのスピードは倍になる」
「え?」

 なんか後頭部にぷすりという感触がしたかけるだがそのあとのことはいまいちよく覚えていない。なんか自分がすごく強くなった感じがしてサメだろうが石像だろうがばったばったとなぎ倒して俺だってヒーローになれるんだとかこれなら見直してもらえるんでないかとかこれまで彼が出会ってきた探索者の先輩とか海賊とか走馬灯のように頭をよぎるといつの間にか時間が跳んでいて気がついたら遺跡の先のほうに進んでいるらしくもくずの潜水具に足を掴まれてひっぱられているところで目が覚めた。

「え?あれ?なんかあった?ガーゴイルとサメ台風(だから違うって)は?」
「うむ、まだちょっと改善の余地があるみたいだから安心しろー」
「なんだよ!何の話だよ!」

 というかもくずの潜水具がぶら下げているマジックアームの一本がかけるの足を掴んでいてもう一本がなんかマンガみたいなでっかい注射器をぶら下げているんですがそれはいったいなんですかとはとても怖くて聞くことができなかった。
 これなら地球破壊爆弾をぶら下げていたほうがマシだよね?


9日目


Icon くるくると周りを見ている。
Icon 休んでいるのか、微睡んでいるのか・・・。
Icon ゆっくりゆっくりと泳いで回っている。

Icon 「いまおおぞらかけるに借りたチベット旅行記を読んでいる」
Icon 「明治時代のお坊さんがチベットまでありがたいお経を探しにいったお話だ!」
Icon 「盗賊に襲われそうになったりとか」
Icon 「世話になった村で嫁をとらされそうになったりとか」
Icon 「ヒマラヤ山脈を歩いて越えたりとか」
Icon 「英国のスパイと間違われたりとか」
Icon 「おいおおぞらかける、いいことを考えたぞ!」

Icon 「(全部聞いた上で)やだよ!!」
Icon (そりゃあ、なあ、ってジェスチャー)
Icon 「俺、最近責任感じてんだよなー。こいつのなんというか規格外っぷりは別に天然でもなんでもなくて、単に俺もその形成に一役買っちゃったんじゃねえかって思うと…」
Icon (海ことりがぴいぴい鳴いている)
Icon 「あとさあ、俺いつまでバタフライ積めばいいんだ?
前から聞きたかったんだけど、結局これってなんか意味…(言いかけて察し)」

 サンセットオーシャンの調査はいよいよ深層に深層にと潜っている。この海域は断崖が切り立っている遺跡の外に出ればただ照り付ける光と高温の海流が渦巻く灼熱の世界だが、岸壁に描かれた模様めいて見える遺跡は多層式の回廊が岩盤を貫く縦坑で繋げられていたから自分たちがどのていどの深さにいるのか分かりやすい。縦坑を下りた入口から海野百舌鳥子と大空翔のお子たち二人、それを案内するシーサーペント族のゴルゴンゾーラがなめらかな姿を現すと玄室の壁面には古い時代を描いた装飾でもあるのか、下くちびるの長い男を先頭にした数人の人間が並んでいる姿が彫られているのが見えた。

「宿題やったかー!風呂はいったかー!歯ぁみがいたかー!」
「お前ぜったい同い年じゃないだろ」

 以前から思っていたのだがどうしてこの同級生はこう昭和くさいネタばかりを好んで使うのかとかけるは考えなくもない。別に彼女に年頃の女性めいた言動など期待したことはないのだが、ネタを出すにしてもジャンプといえばリッキー台風、マガジンといえばうわさの天海、チャンピオンといえば熱笑!花沢高校などと挙げられてしまうとお前絶対わざと言ってるだろとしか思えないのだがとりいかずよしであればうわさの天海よりもトイレット博士が有名だろうなどとおおぞらかけるには思い浮かぶはずもなかった。

(誰も分かんないネタはそのへんでね)

 たぶんゾーラさんはもくずさんではなく私に対して注意をしているのでごめんなさい。それはともかく昨今では遺跡の深層どころかリゾート用に開かれた沿岸部に現れる原生生物すらも力を増すと人々が撤退させられたという噂がまま聞こえるようになっていたが、幸いもくずたちはこの燃えるサンセット以下略の遺跡でもほとんど足止めを食らうことがなく深層へより深層へと足とヒレを進めることができている。登録されている名簿を見る限りでは協会での彼らの実績はせいぜい中の上というあたりだし、探索者同士の模擬戦でもけっして好成績を残しているわけでもないのだが、かけるが思い出してみる限りでも原生生物を相手にして彼らが倒せずに引き上げたことはあっても負けてひどい目にあったという記憶は覚えがなかった。

「当然だぞー。なにしろうちはミトナチオから入ることに決めている!」
「ああうん、それはいいことだ」

 ちなみにミトナチオとはサッカーJリーグの水戸ホーリーホクッの超守備的スタイルを評した言葉だがこれも決して一般的な例えではないと思うので注意が必要だろう。とはいえ守備から入る、いのちだいじにが彼らの基本スタイルなのは変わらないしやっぱり仲間や友人が危ない目にあうことは避けたいしそのほうが気分的にも楽というものだった。まずはもくずとかけるが壁になって前に出る、かけるとゾーラが状態異常をぶんまいて長期戦上等の泥仕合を仕掛ける、余裕があればかけるとゾーラが大砲を撃って相手を削る、危なくなったらかけるとゾーラが回復スキルを駆使して仲間を治療する、これが彼らの戦い方である。

「・・・あれ?」
「どーしたおおぞらかける」

 なんかちょっと一人だけ働きすぎで一人だけ働いていないような気がしなくもないが働いていないは言い過ぎだとしても自分だけ働きすぎというか働かされすぎのような気がしなくもない。そういえば熱笑!花沢高校を知っている世代のヒトというのは高度経済成長期でバブルでリゲインで24時間戦えますかのとてもブラックな方々だからたとえば丸井がキャプテンのときにイガラシは「練習時間を三倍にすればいいんですよ」とかしれっと言ってるし一日三試合トリプルヘッダーを一ヶ月とかこなしているのだ。

「でもキャプテンは名作だけどな」
「わかればよろしいー」

 なのだがある部分がとてもブラックな役割分担のおかげで危ない目にあうことを避けていられるならそれに越したことはないのかもしれない。これでもおおぞらかけるは十五歳男子だから同級生の女の子やすげえグラマーで柔らかい(どこが)女性が巨大サメ台風の牙にさらされてガブチョガブチョされそうになるところなんか見たいものではないし、先だって遺跡に潜ったときもウワサのガーゴイルキングを相手にして彼らはわりと危なげなくこれを蹴散らすことはできている。石像が吐く熱流もアラクネが巻き起こした氷の渦もツナ戦士が起こした噴火もしっかり耐えることができるのはもくずの潜水具やゾーラの術が彼らを守ってくれているおかげだから、三人が危ない目にあわずに済んでいるならおおぞらかけるが多少ブラックな目にあってもあまり目くじらをたてるべきではないのかもしれなかった。

(なんかKAROUSHIするヒトの言い訳みたい)

 それはともかくガーゴイルキングやらアラクネやらを撃退した彼らは縦坑を下りて遺跡のさらに深層へと足を踏み入れている。深く潜れば潜るほど同じ種類の原生生物がより大きく強くなって防衛システムはより頑丈に強力になっていくのは今さらで、本来水圧を考えれば深層の生き物は小型になりそうなものだがそこはスキルストーンと同じ理論が彼らにも及んでいるらしかった。よくできているがあまりにもよくできすぎていて誰も口にはせずにいたが、あるいは防衛システムだけではなく原生生物も誰かの意思によってそこに配置されているのではないかという疑念が頭をよぎらなくもない。

「しかし深く潜るほど眩しくなってないか?これ絶対太陽の明かりじゃないぞ」

 あえて話を変えるがかけるが口にした言葉も嘘ではない。海中に深く潜れば潜るほど差し込んでくる光は強く熱線にあぶられた水は茹るばかりで、これが頭上から差し込んでくる陽光のはずがなかった。七つの海と呼ばれる海域の探索にはそれぞれの事情や思惑があるらしく、たとえば海中島の海アトランドでは遺跡群の奥に巨大な宝石竜ともいうべき存在がいて、どうやら宝石を目当てに討伐された残骸が海中に浮かぶ奇岩であり遺跡はこれらを狩るための施設であったらしい。おそらくサンセットオーシャンの光の源にあるものも、断崖を巡るこの遺跡もあまり褒められた存在ではないのではないかと思えてしまい彼らは何のために危ない目にあってまでこんなところに潜っているのだろうかと考えてしまう。

「だからうちは危ない目にはあってないと言っているだろう!」
「あ、ああ、そうだな。悪かったよ」

 難しく考えるよりは目の前にある事実を調べること、それでどうするかはその後で考えればいい。試練場の奥深くにいる魔術師を倒すために冒険者を送り込んだのは狂王であるかもしれないが、魔術師が正義のヒトとも限らないし冒険者は冒険者として彼らがどうするかを考えて決めればいいのだ。少なくとも無事でいられるという安心感があればいざというときに好きなこともできるだろう、そこまで考えてそのためのミトナチオであろうかと友人に視線を向けてしまうがたぶん彼女は何も考えていないと思う。

「どうしたー?」
「いや、もずここそなにやってんだ?」

 見るとあいからわず彼女の潜水具をいじっているらしく、すっかり小型化したそれに推進用のボードのようなものを据えつけながら背面のモニタには暇つぶし用?の漫画が映されていたりする。漫画を読みながらゲームをしながら潜水具の設定を変えながらよくもまあいろいろ同時にできるよなーとある意味感心してしまうのだが、気になったのはわざわざ水中に浮かぶ立体スクリーンに映されている内容で、そこにはどおくまんの力強い描き込みで必殺十字拳を打倒するために雪山で八本の丸太に襲われる主人公の場面が描かれていた。

「あのさ、もずこ」
「なんだー?」
「どこから突っ込めばいいのかわからないがとりあえずその漫画はどこで手に入れた」
「うちの蔵にあったぞー」

 そういいながらUSBメモリぽいチップをつまんでいる同級生を見て、どうやらすべての元凶は彼女の実家の蔵にあるというもくずの祖父のコレクションにあるらしく、もしかしたら探索者協会よりもよほどそのヒトこそ不穏当な存在なのではないかと思うのだが問題は彼女が漫画と同じように用意しているロープでぶら下げた何本もの丸太をこれから誰にどのように使うつもりでいるんですかということだった。


10日目


Icon 海面から顔を出し、じっと様子を見ている。
Icon 視線を残しながらゆっくりと旋回し潜っていく。
Icon ぱしゃりと水が跳ねた。

Icon 「今回は1日が1週間になるらしい」
Icon 「何を言ってるかわからねーと思うが以下略!」
Icon 「@ハンサムのポルナレフは突如反撃のアイデアがひらめく」
Icon 「A仲間がきて助けてくれる」
Icon 「Bかわせない。現実は非情である」
Icon 「おいおおぞらか

Icon 「(遮って)やだよ!!!」
Icon (深く深く頷く)
Icon 「…まあ、俺も薄々感じてたってか、再三言ってるんだけどな。
この場所、てかこの海全部、色々どっかおかしいじゃねえか」
Icon 「まあ住民やら生き物やらがアレなのは今に始まったことじゃねえよ。
ここで言ってるのはなんつうか、時間軸の話な。
明らかにここ、単純に『1日』の長さが違うんだよ。要するに。しかもその長さの違いも、日によってまちまちなんだ。」
Icon 「…調べてみれば周期とかあるのかも知れないけど、そういうの調べるのは協会の連中あたりの仕事なんじゃねえかな」
Icon 「…全然サッパリあてにならないけどな…」

 遺跡を貫いている縦坑を更に下の階層へと降りていく。断崖の隙間から覗いている水面ははるか遠く、頭上に暗がりの天井を被せていることに気がついて今さらのように確信する。つまり今もこの灼熱の海を照らしている日差しは頭上からではなく海の中にその源があるということだ。遺跡の回廊から水中に目をやれば、ある種の光線のように視界を縦横に貫く熱線が今も飛び交っていて周囲の海水を煮立たせると不規則な海流を生み出しているが、それが縦横に交差する理由もこのまま遺跡を降りていけばやがて判明するのであろう。上に下にと乱れた海流が熱線の出所を分かりづらくはしていたが、あらかじめそのように造られているらしい、切り立った断崖の壁面に当てられた熱線が指向性を保ったまま反射している箇所を見つけることができる。

「つまりこんな感じでビームが撃たれて海の中をこんな感じで貫いているということだ!」
「よく描けるなー」

 投影されている立体映像に海野百舌鳥子が何本もの線を描き込んでいる。これも彼女の潜水具の機能らしく、映写機から映している映像にペンのようなもので直接描き込むことができるペンタブレットのようなものらしいが、三次元空間に図形を描くことができるんだからこいつの頭の中はどうなっているんだろうと大空翔は感心してしまう。もくずが描き込んだ線は何本もややこしく入り組んでいるが、彼女が主張する通りならそれは海底から放たれているのではなく遺跡の深層から放たれていていよいよ深く潜れば光が届かない場所もありそうだということらしい。

「でもけっきょく何があるんだろうな」
「知るかー」

 それは本音だろうが本音に過ぎるだろうとも思う。とにかく遺跡を深く潜りながら先行するほかの探索者が発見した情報も集めておこうという今までの方針は変わらないし、徘徊する原生生物なり防衛システムへの対応は怠らないように、というスタンスも変わらない。特にこの(曲)燃えるサンセット唄ってごらんよ遠くあどけない日々を振り向けば俺は此処にいるだから夕陽に踊り君は北へゆけ寒い今日を生きて西へゆけそしてララバイ淋しさを知れば愛しあえるサンセットサンセット(中村雅俊・心の色)ことサンセットオーシャンに来てから今のところ彼らは襲撃をうまいこと切り抜けられていたから油断さえしなければしばらくはより深く潜ることもできそうに思えなくもない。

(油断してJASR△Cに怒られないよーにね)

 シーサーペントのゴルゴンゾーラがいつものようにたしなめてくれてありがとうございますだがそれはそれとして、先日探索した海域でもキング級と称する冗談のように巨大なクラーケンと左右を守るように立つ二体のマグロ戦士が立ちはだかったがゾーラの術とかけるの水中銃でわりとあっさり蹴散らすことができていた。ゾーラの氷流は生体組織にも影響を及ぼして相手をしびれさせたりすることができるし、かけるは大砲のような銃を担いだまま魚よりも自在に泳いで至近距離から連射することができる。威嚇係を自称するもくずはいつものように偉そうにしているが、いつのまにか潜水具に掴まって泳ぐ彼女の俊敏さもたいしたものになっていてマグロ戦士が振り回した武器はなんども水を切らされる有り様だった。

「ファイターは戦士だろ?グレイブマンってなんだ」
「MLBにケンドール・グレイブマンってのがいるぞー」
「お前それぜったい調べかた間違ってるから」

 以前から思っていたのだがもくずはいわゆる「ながらやり」が得意でいまも潜水具の整備をしながら探索ルートの事前調査をしながらモニタに映しているまんがを見ながら潜水具のステレオで聞いているバーフバリのサントラを延々と口ずさみながらトマト&レタス&チーズの通称TLCサンドをほおばりながら足先で海ことりをうりうりするくらいのことは平気でやってのけている。行儀が悪いことこの上ないが問題はこの状況でも「彼女の基準であまり重要でないこと」以外はわりときちんとこなしていることで、逆をいえば重要でないことはけっこうてきとうなところもあるということだ。先日もおおぞらかける強化アイテムと称してなにやら用意していたシャングリラ・システムとかのせいでひどい目に遭いそうになったことがあるからかけるとしては他人事で済まされる話ではない。

「あれ確かに強かったけどよ。どうせタコに弓ひかせるなら俺じゃなくてタコを強化すればよかったろ」
「そのとおりだー!」

 などという根本的な問題を指摘される前の試作品をタコデバイスでなくかけるに直接投入してどうやらそのときはすごいことになったらしいが彼にはいまいち記憶がない。追求したら負けだと思うのでうやむやにしてしまったが、その後改良されたシステムをタコに接続したら一時的にでもデバイスの性能を三倍近く向上させるというとんでもない効果を発揮していたし先にクラーケンやらマグロやらをあっさり蹴散らしたのもそのおかげもあったろう。
 なのだがタコの神経系と筋肉系はほんもののそれを踏襲しているからおおぞらかけるにも効果がある、というもくずの見解につまりそれは俺で試験してからタコに本番投入するのは順番が逆じゃありませんかと言いたいがどうせ騎士以外の発言は認めてもらえないに違いなかった。いつものように潜水具に投入する基板にどこかで見たようなイラストと「ケンシロウ暴力はいいぞ」などという殴り書きが貼られていて、この方法で基板を管理するのはやめろとかやっぱりお前は祖父さんの蔵を開けるのはやめろとか言いたくなるのだが重要なことは確かにこれでタコデバイスが強化されるということには違いない。

 とにかくタコデバイスの強化は彼が思っていたよりもずっと順調に進んでいて、これはもう水中用パワードスーツに近いのではないかと思えるほど彼らの探索には欠かせない存在になっている。かけるが水中を魚のように泳いで肩に担ぐほど大きな水中銃を撃ちながら巨大な原生生物やおそろしい防衛システムを相手にして真っ向から殴り合うことができている、のもかわいいタコが彼をサポートしてくれるからなのだ。相棒というならたぶん海野百舌鳥子よりもよっぽど彼のために身を挺して役に立ってくれているのがかわいいタコなのである。

(それにタコは理不尽じゃないしいきなり俺のことを殴ったりしないしな!)

 なんか自分は幼馴染のジャイアンを探索に連れているのではないかと思ったが深く考えても仕方ないので、サンセットオーシャンの熱線を避ける遺跡の一室で更に深く潜るための準備を続けながらタコデバイスの整備は決して欠かさないのだ。なにしろこのタコも自分ともくずとゾーラの三人で世話をしてここまで成長した仲間であるのだし、彼らは今までもこの先もチームで難儀をしのいでいくことになるのだろうから。

「おいおおぞらかける、今日は暑いからお前をなぐる!」

 問題はチームの中に理不尽な難儀が存在することだったろうか。
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