ぱられるわーるど/ひなたで過ごす


 子供たちにとって、近道とは冒険のことでした。

 そこへいく理由はいろいろあったことでしょう。川の向こうにわたるにはぐるり遠くの橋までいかないといけないとか、うねうねした山道をとおらないとてっぺんには行けないとか、あるいは何も立ちはだかってはいなかったとしても。
 下生えの茂みをとおりぬけたり、家と家のすきまにある塀の上をわたったり、川面に突きでている杭や石の上をとびこえたり、とがった針金をよけながら金網をのりこえたり。小さな冒険家たちは冒険することそのものにロマンを感じているのです。

「落ちるなよ?」
「だいじょうぶだいじょうぶ」

 子供たちは冒険家ですから、少しくらいの危険にだって平気で立ちむかいます。二人の男の子と一人の女の子はいろんな冒険をしていましたが、少しくらいの危険は平気でのりこえられないと本当の冒険家とはいえません。どれがあぶなくてどれがだいじょうぶか、どこまでなら近づいてよいかを子供たちは子供たちなりに知っていました。大きな図体でのっしのっしと歩く大人とはちがう、小さいけど身が軽くてはしっこい子供ならではの感覚で。
 小さな冒険家たちは塀や石から落ちたり、とがった針金にひっかかって怪我をするようなへまは決して起こしませんでした。そんな失敗はかっこうわるい素人がやることで、冒険家はかっこうよく罠をのりこえて宝物を手にいれるものだからです。
 怪我をしたら負け、泣いたら負けというのは子供たちの暗黙のルールですから。

「今日は、どこいくの?」

 子供たちが「川の向こうの山」と呼んでいる場所があります。図体ばかり大きい大人たちにとって、その山はもちろん山ではなくて丘でしたし、大人たちが勝手につけたへんてこな名前もつけられている筈でした。子供たちにとって重要なのはそこが川をこえた向こうにある山だというただそれだけで、きちんと意味さえつうじるのなら大人たちのつけた呼び名なんてどうでもいいのです。ただ、ときには子供たちのおじいちゃんやおばあちゃんがその山のとてもとても古くから伝わる本当の名前を知っていたりすることもありましたし、そういう大人たちをばかにすることはなかなかできません。物知りな大人たちは、きっと小さいころには自分たち以上のすごい冒険家だったにちがいないのですから。

 その山が川の向こうにあるということ。川の向こうにあるということはたいていは地区や町のさかい目をこえるこということです。子供たちは片手ににぎったおこづかいで食料を買いこむと、冒険の旅にのりだします。

「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
「おーっ」

 家のちかくにある公園から出発して、集会所の裏側にある金網に空いたすきまを通りぬけるとすぐに裏山につづく道へとぬけることができます。大きな道はぐるり遠まわりになりますし、車だって通りますから歩きにくいことこの上ありません。その日はそのまま裏山にいくのではなく、裏山にそった細い道をぬけて川のほうへと向かいます。静かで大きな家の並んだところ、小さな川の流れにそった道を早足で抜けると、まるで防壁のような土手と大きな川が見えてきます。
 下流ではよくいろんな人が走っていたり、家族と遊びにきていたりとにぎやかですが、子供たちのいるあたりは道もとぎれていて静かなところでした。川原までつづいている背の高い茂みの中には何本か、いきものが足を踏み入れたかのような細い踏みわけ道が隠されていて、子供たちはそこをとおって川へと降りていくのです。途中、いくつか分かれ道があってその中には行き止まりもありましたが子供たちはとうにその道をぜんぶおぼえていました。迷うなんてことはありません。

 川原におりると、向こうにはもう目的の山が見えています。上流や下流の橋までまわりこんでいたらどれだけ時間がかかるかわかりませんが、ここから川を超えてしまえばすぐに山にいくことができました。上流にある水門がしまっている日であれば、水面に突きでた石や杭の上をわたってすぐに向こうにいくことができましたし、そうでなければここがその日の冒険の終着点で、川原で遊ぶ計画に変更されることになります。
 水門の近くにあるこんぺいとうのような形をした大きな置き石ほどではありませんが、ここの杭や石も渡るのはそれほどむずかしくはありません。子供たちには両手と両足という四本の手足がありましたし、最後の石から向こうの川原までは少しだけ離れていましたけれど、誰かひとり先にいくことができれば、その子が手をひいてひっぱることができました。

「うわわっ!?」

 ときどき、届かずに水に落ちることもありました。水に落ちたくつはがぼがぼしてしばらくは気もちわるいままになってしまい、男の子はとりあえず後ろで待っている女の子の手をひいて向こう岸までわたると、くつとくつしたをぬいで水をすててから、はだしの足にくつをはいてまた出発します。くつしたはよく水をしぼっておけば、帰りにはかわいている筈でしたから。

 このあたりは川の向こうの山の裏手にあたり、上にのぼるためのちゃんとした道はありません。ただ、木がたくさんはえていますしそれほどたいへんでもないので、最後に子供たちは木々をたどって山のてっぺんをめざすのです。どの木を順番にたどっていけばよいか、それももちろん子供たちは知っていました。四本の手足が三人分もあって、少しくらい足をすべらせても木につかまって止まることができるんですから、川をわたるよりもよほど気楽というものです。

「ついたー!」

 山のてっぺんで、女の子が小さく飛びあがります。大きく飛ぶにはかなり狭いところで、低い木や草に覆われたそこは、男の子二人と女の子一人が入るとすこしせまくてきゅうくつだったかもしれません。そこは山のてっぺんで、川を見おろす景色があって、そして赤く塗られて地面にささった一本の杭がありました。その杭に三人の名前が彫刻刀で彫られていることを、子供たち三人だけが知っていたのです。

 そこにあるのはそんなものだけ。それを確かめるために子供たちは冒険をしています。食料を食べてしばらく休んで、日がかたむく前には山をおりて家に帰らないといけません。橋までぐるりまわるか、もう一度川をわたるか、こんどは水門の方をわたるかはそのときの気分しだいです。小さな冒険家たちは少しくらいの危険は平気でのりこえて、怪我をするようなへまは決して起こしませんでした。

「あれ?肘のところすりむいてるよ」
「あ。本当だ」

 つばをつけとけば治る怪我はもちろん怪我のうちに入りません。
 そんなものは冒険家の勲章のようなものですから。


おしまい

                                      

を閉じる