子供というものは冒険の道をもっているものです。今日はどこまで行くことができるか、行動範囲は遠さではなく道によって決まるものですが、子供たちは大人の知らない冒険の道というものをたくさん知っていました。
冒険の道の始まる場所はあちこちにたいてい幾つかあって、それは公園の柵の上であったり家と家の狭いすきまであったり、裏山に続く道をはずれた茂みであったり用水路を渡る水門であったりするのです。
「今日はどこに行く?」
そんな挨拶を合言葉に、男の子たちと女の子の三人は冒険の道を歩きます。小さなバッグには少ないおこづかいと食料とが入っていて、その道は公園の柵の上を歩くところから始まりますが高さのある工場の塀へと移って少し歩いてから飛び降りると、いつもはまるで行けない道への近道ができるのです。飛び降りたその高い塀にもう一度登りなおすことはできない筈なのですが、さて子供たちがどうやって帰るのかというと不思議と覚えていません。
両側を高い塀にはさまれた道というものは、いざというときに逃げ場がないという冒険をするにはとても恐ろしい場所でした。冒険をする者はいつだって危険にそなえていなければいけませんし、そしてこうした道を歩くときにいちばん恐ろしい敵は大人に見つかることでした。もっとも大人というものは自分の知らない道を歩きたがらない臆病ものが多いので、子供たちがそんな臆病でのろまな連中に見つかるようなことはまずありませんでしたけれど。
「こっちこっち」
「そろそろ道路に出るよね?」
塀にはさまれた道を進んで、角をまがればふだんはまるで来ない道へとすぐに出ることができます。車道沿いの金網と金網の隙間をくぐれば向こうの道に抜けることができますし、道路わきのコンクリートの壁を登れば丘の上に行く近道になりますし、小さな社を見下ろしてあとはそこから草の斜面をすべって落ちていくだけでした。
そうして子供たちは小さな空き地にたどりつきます。そこは少し高い塀に囲われた、窓のないコンクリートの建物がある場所なのですが不思議なことに塀にも建物にもまるで出口も入口もないのでした。
きっとこんな建物では何か秘密のことを行っているにちがいありません。そしてそんな秘密の場所ではもちろん秘密の宝物だって見つかるもので、冒険の道を抜けて秘密の場所にたどりついた子供たちは人気のないあたりをうろうろと探してまわるのです。不思議に曲げられた金属片だとか、やはり金属の短い棒だとか丸い玉だとか、自然の山や野原では決して見つからない、人の作った宝物はこうした場所ならではのものでした。そんな宝物の中でも大きな強い磁石があったりすると、子供たちはもうおおはしゃぎでその貴重な石をポケットに入れて持ち帰るのです。目には見えない力がどれほど素晴らしいことであるのか、子供たちはちゃんと知っているのですから。
「あれ?何だろ、これ」
そんな宝物の中で子供たちが見つけたものの中に、とても不思議な丸い玉がひとつありました。女の子が見つけたそれは、たんなる金属の丸い玉に見えましたがそれは足元で勝手にころころと転がっていたのです。さては男の子たちのどちらかが蹴とばしたのか転がしたのだろうか、と思って女の子は手をのばしましたが、するとその玉はまるで逃げ出すかのように向こうにころころと転がっていくのでした。不思議に思った女の子は足を早めて、追いかけるようにしてその玉をひろいあげます。それはふつうの金属の玉でしたがなんとも不思議な感触がして、どうやら女の子が手に持っていた別の金属の棒からはなれようとしているようなのです。
鉄のような金属に近づくと、くっつかないで離れていく磁石。はたしてそんなものがあっただろうか。
子供というのは磁石が大好きですし、女の子も男の子たちもそれはおんなじでしたが、金属から離れる磁石というものはどうにも思い浮かびませんでした。いろんな宝物を入れた小さなバッグ、そこに不思議な玉を入れると離れようと中でころころ転がっているのです。この素晴らしい宝物を見つけた子供たちは大喜びで、しばらく不思議な玉を転がしては金属片や棒を持っておいかけまわすことに夢中になっていました。
追いかけると逃げていく玉。そんな不思議で面白いものはそうあるものではありませんから。
「あれは、どこにやったかなあ」
やがて子供たちが大きくなって、その玉はいつの間にかなくなってしまいました。誰かがなくしたのかもしれないし、すっかり忘れてしまった押し入れの中にまだしまわれているのかもしれないし、それとも玉は不思議な力を失ってただの金属の玉になってしまったのかもしれません。
今となってはそんな不思議な玉がほんとうにあったのかどうか、少女になった女の子はたまに自信がなくなることもありました。ですが不思議な玉を追いかけて遊びまわった、それは三人の誰もが覚えています。追いかけると逃げていってしまう、不思議な不思議な金属の玉。
きっと転がって逃げていったのにちがいありません。
おしまい