子供というものはいろんなものに出会うものです。不思議なものに出会って、不思議なものを見つける能力は子供たちの専売特許でした。知ったかぶりをして知らないものに気づかずに見過ごしてしまう大人たちと違って、どんなものでも不思議に思う子供たちはいつだって不思議を見つけることができるのです。
「あれ?」
ということばはそんな不思議な扉をあける、たいてい最初の鍵でした。道のまんなかに小さなふくろがひとつ、ぽつりと落ちています。
そんなものが落ちていたら子供は迷わずひろうでしょう。だって、中にはよその国のめずらしい金貨が入っているかもしれませんし、古い物置の南京錠を開く鍵が入っているかもしれませんし、あるいはその袋自体が魔法の無限袋かもしれませんから。
女の子がひろった袋の中に入っていたのはごくありふれた小さなガラスの玉。たぶん、ビー玉でしたけれどそれは不思議なビー玉でした。
ガラス玉とラムネの玉と、それからビー玉とおはじきの区別をきちんとつけることができますか?ビー玉であれば中にはくるりひねった色ガラスの模様が入っているものですが、その玉の模様はなぜかいつでもくるくると動きつづけているのです。
見ているとすいこまれてしまいそうなその模様、そのビー玉は、あっというまに女の子の小さな宝物のひとつになりました。
珍しくておもしろいものを見つけて、上機嫌の女の子はその玉を友人の男の子たちに見せにいきます。宝物というのはただたいせつにとっておくだけの楽しみだってありますが、せっかくあるなら使って遊ばないのはとてももったいないことでした。
地面に小さな丸をいくつか描いて、ビー玉を指ではじいてそこに順番に入れていく。もちろん相手の玉をはじきとばしたって構いません、いちばん最初にゴールしたら他の子のビー玉をもらってしまうことができます。
「よーし、見てろよ」
たいせつな宝物をとりあう、こうしたビー玉はじきで女の子の不思議な玉は女の子のとっておきの、とても強い玉になりました。もし負けたら持っている玉がとられてしまう、そんな決して負けちゃいけないときには子供は絶対に負けたりしません。とっておきのメンコやコマ、一見してなにも他と変わらないようなものでも、子供にとってそれが秘密兵器であるならそれは秘密兵器にふさわしい力を持っているのです。
くるくると模様の変わる、女の子の不思議な玉。それはかんたんに他の玉をはじきとばして、好きなところにぴったり止まることができるのでした。
ほんとうは、その不思議な玉はただのビー玉なのかもしれません、けれど、ほんとうはその不思議な玉はほんとうに不思議な魔法の玉なのかもしれません。たいせつなのは、その不思議なビー玉が女の子の秘密兵器であるとても強いビー玉だということでした。
でも女の子の不思議なビー玉の力はもちろん女の子だけの力でした。それを男の子が使ってみようとしても、それはたんなる普通の玉にしかなりません。そして男の子にはやっぱり男の子だけの、他の子には使えないとっておきの秘密兵器があるのです。そんなとっておきの、秘密兵器どうしが戦えばもちろんどちらかが勝ったり負けたりすることだってありました。
ですがたとえばそうした勝負で男の子が勝ったときは、負けた女の子のビー玉をとりあげたりはしません。かわりにそれまでとりあげられていた他のビー玉たちを釈放してもらうと、男の子は誇らしげにこう言うのです。
「こいつの方が強いぞ」
今回だけだ、女の子はとても悔しそうにそう言いかえして唇を噛むのでしょう。とっておきの力が負けるということはそれだけたいへんなことで、名誉と誇りというものは子供たちのいちばん大きな宝物でした。その宝物がいっぱいつまっているぶんだけ、秘密兵器は魔法の強さを発揮するのですから。
とっておき。そのとっておきのビー玉は他のいっぱいの宝物と一緒に、今でも小さな箱に入って引き出しの奥にしまわれています。他に男の子から取り上げたりしたふつうのビー玉たちはいつのまにか、どこかにいってしまいましたが魔法の宝物だけはきちんとしまってありました。
今でもとっておきの魔法が使えるか、女の子でなくなった女の子にはちょっと自信がありません。子供はいつだってとっておきの魔法が使えますが、秘密兵器にいっぱいの子供の名誉と誇りをつめこむ、それを今でも信じることができるかなあと思いながら、女の子は指をひとつ、空にはじいていました。
おしまい