川とか池とか、水にほど近い場所には生き物がたくさんいて、茂みにはとかげやかまきりにバッタがいたり、水にはかえるやいもりに小さななまずやえびなんかもいる、とてもにぎやかなところです。ちょっと草の丈が高い茂みで走りまわってみれば、草の穂や実が折りかえしたズボンの裾に入りこんでいて、洗濯機を悩ませるのもいつものことでした。
ただ、そんなにぎやかな水辺も冬になれば黄色い地面と黒っぽい水におおわれた、風の音ばかりが聞こえる透きとおった場所に姿を変えてしまいます。たいていの生き物は冬眠してしまっていて、見かけることはできませんが冬の黄色い地面は春や夏とはちがって草も土もあまりぬれてはいないので、日のあたるところに座ったり転がったり、風に乗って走りまわるにはとてもよい場所でした。夏であれば草の汁であちこちが緑茶色になってしまいますが、秋や冬は子供たちをぞんぶんに草まみれにすることができるのです。
「二枚しかなかったの?」
「切っちゃえば三枚になるよ」
坂があって大きなボール紙があれば、ものすごい速さですべることだってできました。並んでいっせいにすべったあげくに、勢いがついて大きく転がると草におおわれた土は何度も女の子や男の子たちを弾ませては、かわいた草と土だらけにしてしまうのです。水面をすべる風が肌にさむくなるような時には、お日さまをさえぎるものもない広い草の上ですべったり走りまわったりしてあたたかく過ごすこともできるのでした。なにより、子供たちにはさむがっている暇なんてないのですから。
「うーん、いい天気」
冬の空はたいていとても高く晴れていて、女の子は日のあたるあたたかい場所をふらふらと歩きながら、ぐるぐると空を見あげては吹いてくる風が草をなめて水面をすべる様子を楽しんでいます。草のにおいは夏であれば鼻の奥までささってきますけれど、冬の草はかわいた土のにおいとまじって女の子にまとわりついています。風が吹けばあっというまに水の向こうまで渡ってしまいますけれど、あたたかい土の上に転がってみればそこには風がおりてきませんから、女の子はあたためられた土のにおいを好きなだけ吸うこともできました。
男の子は虫みたいになって、冬の石の中に隠れている虫や生き物を探しています。冬になれば生き物は自分たちの決まった場所に集まるものですから、それを知っている男の子にはよほどかんたんに見つけることができました。たいていはかたまって動かないので、生き物の姿をじっくりと見ることができる、男の子は隠れている生き物を見つけるのがとても得意でしたけれど、足の長い水鳥のほうがそうした生き物を見つけるのはもっと得意に違いありません。
「そっちの石には何もいないぞ?」
「あ。うん、何か落ちてたんだ」
風に乗るかわいた草と土のにおいを吸っていた女の子や、虫になって石を転がしている男の子の様子を見て、水辺を歩いていたもう一人の男の子は水に落ちていた奇妙なものを見つけます。それは油紙と木でできた、古びた模型の飛行機でした。翼がひろくて曲がっていて、ずいぶんぶかっこうに見える変な飛行機です。投げて飛ばしてみるとすぐにどすんと落ちてしまうほどで、少し翼が曲がっているせいもあってつくりが悪いのかもしれません。
何度かねじれているところを戻して投げているうちに、ようやく飛行機は飛ぶようになりましたけれど、すぐに低いところにおりてしまうとそのまま飛んでいくので、たいていは草にぶつかってしまうのです。男の子がむきになって飛行機を投げていると、ほかの二人もやってきました。ですが、一人が三人になって投げてみてもやっぱり飛行機は低いところを飛んでばかりいるのです。
「低く飛ぶなら高いところから投げてみたら?」
古びたぶかっこうな飛行機を、女の子は持っていくと水辺から少し遠くにある、坂の上にある木nのぼってから投げてみました。飛行機はかたむいた地面にそって、ふらふらと流れていくとけっこう遠くまで飛びましたが、水辺から流れてくる風にあおられると今度は横向きになって落ちてしまいます。
いいところまでいったのにと残念がる女の子から、男の子が飛行機を受けとってよく見てみると、それはどうも低く飛ぶためにつくられているようにしか見えません。ですが、子供たちには低く飛ぶための飛行機なんてものがどうしてあるのか理解できませんでした。翼がひろくて曲がっている、ぶかっこうな飛行機は草の丈が低い冬の水辺でも、低く飛びすぎて草にあたってしまうのです。女の子の肌をすべる冬の風ですら、かわいた草と土のにおいを乗せて水の向こうまで渡ってしまうというのに。
「あ、そうか」
そう言うと、落ちたらごめんねと言いながら男の子の手から飛行機をとりあげた女の子はもう一度坂をかけのぼると木の上にあがり、思いきって飛行機を投げました。今度は、坂をすべった向こうにある水辺に向けてまっすぐに。
木の上からすべる飛行機は坂を低くすべるようにおりていくと、水辺に向かって飛んでいきました。もしも水に落ちてしまったら、こんな冷たい水に入ってとってくることはとてもできないでしょう。そうして風に乗って低くすべった飛行機は、水の上までくるとふわりと高く浮き上がったのです。
「あがった、あがった!」
水の上をすべる風に乗って高く、高く上がった飛行機はそのままふらふらと水の向こうまで飛んでいきましたが、向こう岸まであとちょっとのところで水に落ちてしまいました。そういえば、この飛行機を見つけたときも水に落ちてはいましたっけ。
「この飛行機は、水を越えたかったんだね」
次の日から、冬のさなかに長い釣りざおや手網を持って、冬の水辺に遊びにいく子供たちの姿を見た人はきっと不思議に思ったことでしょう。冬が終わる、その時までにこの飛行機に水を越えさせてあげることが、子供たちのたいせつな遊びになりました。お日さまの下で水と風と土をつなぐ子供たちは、それを越えることだってきっとできるのです。
冬が終わる、そのときまで。
おしまい