ぱられるわーるど−たんぽぽに支配された世界の続き−


 電車に揺られて、いつもの駅を通り過ぎる。今日はひさびさに学校をさぼる。

 窓の外には一面のたんぽぽ。西洋たんぽぽに支配されたこの町を、誰もいない列車に揺られて通り過ぎる。点在していた家々も姿を消して、三時間もすると山裾にある終点の駅にたどりつく。裾野にひろがる一面のたんぽぽの中、ぽつりと駅が建っていて、一本の線路が地平線までのびている。ほんの二十年ほど前までは、この狭い国で地平線が見られるのはとても珍しいことだったらしいけど。

 こんにちは。わたし、田中いずみ。毎日毎日たんぽぽに囲まれて生きている女の子。わたしの住んでいるこの土地を、生態系にいたるまで支配してしまった西洋たんぽぽ。ニンゲンがほとんど去っていったこの土地で、わたしのようにまだここを離れられないでいる者もいる。
 二十年前、この国に輸入されてきた西洋たんぽぽは、またたく間にこの国を支配してしまった。アスファルトを破り、建物を崩し、ニンゲンを追い出して。今でも増え続けるたんぽぽに追われる人々。この狭い国は、あと2年もすれば完全にたんぽぽに覆いつくされるらしい。気候の似た近くの国では、たんぽぽが自分の国に渡ってくるのを恐れて、国の出入りにそうとうな制限をしいているらしい。でも去年の春、とうとうたんぽぽの種は風にのって大陸に渡った。最初は温暖な平地にしか生えなかったたんぽぽが、いつの間にか山岳や森林、海岸線まで覆いつくそうとしている。たぶん、大陸も数百年後にはたんぽぽに支配されるんじゃないかって、世界的に報道されてたりしている。

 ささやかに抵抗をするニンゲン。たんぽぽを食べる虫や動物の養殖をしたり、増えすぎたたんぽぽに繁殖力の弱い品種を交配させて、これ以上増えるのを防ごうとする動きもあるみたい。ただ、それでたんぽぽが増えるのを止められるという話はまだ聞いたことがないし、すでにたんぽぽに覆われたこの国を救えるという話も聞かない。

 西洋たんぽぽ。種と花粉だけでなく、自分で株分けもして増えていく、究極の植物。この国で増えながら、いろんな環境に適応して、その生息範囲を広げている。今では、水の上以外ならどこにたんぽぽが生えていてもおかしくない。ニンゲンは水上に都市を作る話をまじめに考えているほどで、いよいよ、この地からわたしたちが追い出される時がせまってきたのかもしれない。

 でも、わたしはたんぽぽを憎むことができない。

 何年か前のことだけど、わたしは、海に行ったことがある。昔は広い砂浜があって、海水浴場として栄えた海らしい。三十年ほど昔の写真を見せてもらったけど、砂浜は今の何十倍も広くて、コンクリート貼りの建物にアスファルトに覆われた道路にニンゲンであふれた砂浜…なんだかとても嫌な風景だったのを覚えている。
 わたしは海岸におりて、たんぽぽを踏みしめて、狭い狭い砂浜へ下りた。手にすくうことができる、さらさらの砂。こんな砂じゃ植物が生えることなんてできる訳ないのに、たんぽぽはそのすぐ側までせまってきていた。
 たんぽぽの生えているあたりの砂を見てみると、砂浜の砂よりもずっと湿って固くなっている。たぶん学校の理科で習ったと思うんだけど、植物の葉っぱは朝つゆをためて、地面に水分をもたらす。そして、深く広くはられた根っこは、地面を頑丈にして、土が砂となって流れてしまうのを防ぐんだ。この海岸にある砂は、たぶん純粋に海から打ち上げられた砂たちだ。写真で見た砂漠そっくりの砂浜は、二十年かけて植物が生える土の原に変わっていた。

 ニンゲンが地面につけた傷跡を、たんぽぽが癒してくれている。追い出されるべきなのは、たぶんニンゲンのほうだと思う。でも、わたしはニンゲンだけど、簡単に追い出されてやるつもりなんかない。だからこそ、いつまでもこの土地にしがみついて生きているんだから。
 背中に駅の見える、一面がたんぽぽの原っぱ。わたしはそこに寝ころがると、流れる雲を見上げる。何時間かお昼寝をしたら、すぐに帰らないといけない。自動運転の列車はもう本数なんか少なくなっていて、一本乗り遅れてしまったら、もう家に帰れなくなる。
 わたしはここに何をしにきたわけでもない。学校をさぼって、たんぽぽとお昼寝をしにきただけ。今は、いろんな勉強をしているけど、わたしはこの土地でたんぽぽと一緒に、たんぽぽに負けないで生きていけるだけの知恵と知識を学びたいな。今日の情報管理学の授業はさぼっちゃったけど、明日は自然地史学の講義があるんでさぼるわけにいかない。わたしの将来やりたいことはもう決まってるけど、それ以上にわたしの今やりたいことももう決まっている。

 今日はたんぽぽと一緒にすごす日。だから、もう少しだけここで寝ていよう。時間になれば、地平線の向こうから列車の音がきこえてくるから、たぶん寝すごしたりはしないもの。列車にのって三時間も揺られれば、日が暮れた頃にはお家に帰れる。夕飯の食卓には、毎日たんぽぽのおひたしがある。西洋たんぽぽのおひたしは苦みを取るのが大変だけど、なんといっても原価ゼロ。
 お風呂に入って、ベッドにもぐって、たぶん何十年か前には想像もつかなかったほど静かな中で眠りにつく。わたしの一日はそんな感じ。時間がゆっくりと流れてくけど、わたしにはやることがいっぱいある。みんなあんまりそうは見てくんない。

 寝ころがっているわたしの顔の横、たんぽぽの茎にしがみついているてんとう虫が一匹。


おしまい

                                      

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