超学園合体キングカシミヤオー 第1話


 1991年4月3日に最初のそれが落ちてから幾度目のことだったか、西暦も2000年も過ぎると数えるのに飽きる人も現れてはいたようです。水金地火木土天冥海の彼方から飛来した、二つの光る力の一方は地球を邪悪な力で満たすために、そして一方はその邪悪な力から地球を守るために人々にその力を委ねたのでした。ただ問題があったとすれば、その力が学園の校舎に落ちて学園の生徒に託されたという、よくわからないその事実だけであったでしょう。
 長野県は古坂町にある私立樫宮学園高等学校。これはそんな力を託された学園での日々を過ごしている、とある学生たちの物語。


 がらがらがらっ。

 いつものようにいきおいをつけて扉が開き、松本ひなたは元気なあいさつの言葉とともに1年3組の教室へと入りました。ショートカットのうなじが眩しい快活そうな少女は学業優秀でスポーツ万能な陸上部所属、元気で負けん気が強い生命力のかたまりにもしも欠点があるとすれば、あふれすぎている彼女の元気そのものにあったでしょう。

「おっはよー。あー、瑞季!昨日掃除当番さぼったでしょ」
「悪ぃ、ひな。昨日どうしても演劇部外せなかったんだよ」

 ひなたの糾弾にぱん、と手を合わせて頭を下げたのは星野瑞季。同じ陸上部所属にして、かけもちで美術部と演劇部の助っ人にも参加している多芸な少年は幼いころからのひなたの昔なじみであり、それゆえの仲の良さ、あるいは仲の悪さもひとしおでした。繊細そうな容貌の少年の謝罪のことばに聞く耳もたぬとばかり、ひなたは問い詰めます。

「そんなの最初から言えばいいじゃない。黙ってたんなら弁解の余地なし」
「お前…最初っから弁解させる気がないだろ?」

 そう答えると同時に、すでに瑞季は椅子から腰を浮かせていました。少年としては足は速いが手も早い、と評判の幼なじみの拳の餌食になるのはごめんこうむりたいところです。ただ、じりじりと逃げる獲物を見れば襲い掛かりたくなるのも猟師の心理というもので、逃げようとする獲物の行動曲線を想定してあらかじめその退路を押さえるひなたの能力は彼女の非凡な才能を窺わせました。もちろん、他の分野で役立つとは思えない程度の才能でしかありませんが。

「逃げるが勝ち!」
「あ、待てこの!」

 いつものこと、と慣れているとしか思えない、流れるような動きで椅子から立ち上がると軽快に逃げ出す瑞季。陸上部らしいスタートダッシュは流石というべきものでしたが、追いかけるひなたのスピードも陸上部らしくまた流石でした。「廊下を走るな」の貼り紙も空しく絶妙のライン取りとコーナリングで逃げる瑞季と追うひなた、ですが整地されたフィールドやコースとは異なり登校時間帯の学園の廊下ともなれば

 とんっ

とばかりに横合いから差し出された足先が先行する瑞季の足元に突き出され、ひっかけられるということも充分にありえました。バランスを崩しつつも、なんとか体勢を立て直した瑞季は突然あらわれた加害者のほうに向き直ります。もっとも、少年にはその正体はとうに見当がついていましたけれど。

「茂!やっぱりお前か、いっつも邪魔しやがって」
「…逃げてるんならさっさと逃げた方がいいんじゃないのか?」

 やや丸みのある顔に余裕のある笑みを返したのは木佐茂。しまった、という顔を瑞季が浮かべた次の瞬間には、追いついたひなたの上履きが瑞季の後頭部に炸裂し、そのまま猟師は獲物の捕獲に成功していました。これで本日の瑞季の罰当番が確定となったようです。

(今日はいつもより早く生物室に行けるな)

 なさけない表情になって連行されていく瑞季を見ながら、満足げにうなづく茂。昨日の掃除が長引いた分の時間くらいは誰しもが返してもらう権利を持っている筈でした。


 幾時限かの時間を過ぎて、学園の授業でもっとも活況を呈する時間はといえば、美術音楽技術家庭科理科実験云々とあれどやはり体育を忘れる訳にはいきません。高校生ともなれば机に縛り付けられることになれてしまった学生ももちろん大勢いますが、屋根のない校庭に出ることそれ自体を貴重な時間とする生徒もやはり大勢いました。

「ったく、ひどい目にあったぜ」
「おつかれー瑞季クン」

 ぼやきながら校庭に出た瑞季を出迎えたのは北城瞳、合同授業となるお隣り4組の少女は一見幼げに見えながらも陸上部期待の走り高跳びのホープであり、そして瑞季やひなたにとっては同年のライバルでもありました。短距離の瑞季に中長距離のひなた、高跳びの瞳の三人が陸上部期待のトリオとして競い合っている光景は樫宮学園陸上部の日常の光景となっていましたし、体育の授業中であろうともそれは変わりはありません。本領発揮となる陸上種目、自由練習の時間になったところで瞳が瑞季を捕まえると話しかけました。

「ねえ瑞季クン、ひなたチャンと併せるから時計お願いできる?」
「いいよ、200mだな」

 併せる、というとこの場合併走して競争するという意味となります。一年生女子で瞳やひなたと併走ができるスピードを持ち、更にレースとしての駆け引き云々までできると相手となるとお互いを含めてごく少数しかいません。多少の見物人と時計を持った瑞季とが見守る中、快速娘達のレースが始まりました。とはいっても、勝負が一本で終わるわけもなく負けず嫌いなアスリート同士の競争は終了のチャイムが鳴るまで延々と繰り返されることになるのですが。

「でもチャイムが鳴ってから着替えてたら次に間に合わないのだー」

 独特な間延びした口調で、しごくもっともな発言は不来方青葉のものでしたが、次の時間は昼休みでしたからある意味では大丈夫で、ある意味では大丈夫ではなかったかもしれません。授業に限定しなければ、学園でもっとも活況を呈する時間はそれこそ昼休みや放課後でしたでしょうから、それが削られてしまうというのは一大事ではありました。

「という訳で、ものども着替えてお昼休みなのだー」

 そういう青葉は机に縛り付けられることになれてしまった学生ではありませんでしたし、屋根のない校庭に出ること自体を楽しみにしている学生でもありましたけれど、それ以上に貴重なお昼の時間を楽しみにしているごく普通の学生でした。


 昼の休み、とはいっても購買での混雑やベンチの奪い合い、昼食後の校庭の縄張り争いがあることを思えばとても休むどころではない時間にも思えます。ただ、エネルギーと生命力にあふれた学生たちにそれだけの休みが必要かということになるとそれも疑問で、体力は授業中に回復させて精神力は休み時間中に回復させるというのが正しい学生の生活習慣だったでしょう。

「うー、焼きそばパン出遅れたあ」
「だから間に合わないって言ったのにー、おろかものめ」

 日の当たる校庭の芝生。会話するひなたと青葉の様相には、勝者と敗者の別がくっきりと現れていました。朝から走りまわり、体育でも走りまわり、購買へと走って放課後は部活動でも走るであろうエネルギーを支える食事というものはけっこう重要で、ダイエット云々以前に食べないととても動けるものではありません。

「だって瞳と7勝8敗だったのよ。イーブンに戻さなきゃ悔しいじゃない」
「で、戻せたんですかー?」
「…聞かないでよ」

 7勝9敗のひなたはやや不機嫌そうに、パンをちぎっては口にほおりこんでいました。ですが味にも量にも不満があるらしく、ときどき視線が流れると近くでやはり昼食をとっていた瑞季のほうをうかがいます。相手の意図をすぐに了解した少年は、ため息まじりともつかぬ声をあげて、

「…ちゃんとひなの分も用意してあるよ」
「ありがとー、持つべきものは幼なじみのパン屋の息子よね」
「なんだよそれ」

 急に元気の出たひなたに、瑞季はやれやれという顔をしながら幼なじみ用の差し入れのパンを手元のバスケットから取り出しました。悪びれずに受け取ると、うれしそうに満面の笑みを浮かべてほおばるひなたの様子を見るに、その光景は瑞季の用意がいいというよりは単にいつものことだったのでしょう。4時限目に体育があるということくらいは事前にわかっていてしかるべきでしたから。

 そんなおり、校内放送を通じて警報が鳴り響きました。


 突然の巨大メカ襲来!

 1991年4月3日の遭遇以来、地球には邪悪な巨大メカの襲来とそれを迎え撃つための力を託された学園生徒という、どこぞやの子供向けTVアニメのような事態が到来していました。やはりなぜか長野県市街地はずれに降り立った巨大メカは、ガスタンクのような丸い胴体にうねうねと動く長細い手足がついたデザインをしています。
 何の前触れも脈絡もなく、問答無用で来襲するだけのこの巨大メカが邪悪な存在であるという証拠はもちろんなにもないのですが、例外なく備えているその能力−毒性はまったくないが耐え切れない異臭を発する能力−はこの星の人々と共存するには向かない特性だったでしょう。地球人としてはこの迷惑極まるメカを受け入れるわけにもいかず、さらに困ったことには既存の地球の兵器ではこのメカにせいぜいかすり傷程度しか負わせることができなかったのです。巨大メカを倒すことができる兵器はただ一つ、謎の巨大メカと同時に来襲した光の力によって私立樫宮学園生徒に託された、変形ロボットだけでした。

「よーしっ!学園変形!」

 1年3組と4組の教室に戻る生徒たち。それぞれの席につくと、ひなたと茂、瑞季、瞳の机と椅子が開いた床下に沈みはじめました。続けて教室が変形をはじめ、3組と4組が学園校舎から切り離されると校庭には巨大な戦闘機が出現します。

「カシミヤジェット、はっしーん!」

 司令室となった教室で青葉の声が威勢よくひびき、校庭に垂直に立っている戦闘機は白煙を上げながら大空へと離陸します。空中で一旦静止し、飛行姿勢を水平に変更。もちろん、姿勢変更にともなって機体をロケット形態からジェット機形態へと変形させつつ、司令室の床面は水平のままに維持されています。
 一方、座席の沈んだ四人はそれぞれが校内の天井から小型バイクに乗って登場、廊下を疾走し、まずは体育館の天井が開いてそこから鳥型のロボットがあらわれると、ひなたの乗ったバイクが飛び上がって搭乗席に収まります。更にプールの水を割ってあらわれた亀型のロボットには茂が、瑞季とサイドカーに乗った瞳は校庭のトラックからせりあがってきた豹型のロボットに乗り込みました。

「スカイオー、マリンオー、グランオー発進!」

 掛け声とともに操縦竿を引き、発進する三体のロボット。それにあわせて頭上で空中静止していたカシミヤジェットも発進しました。


 手足のはえたガスタンクのような姿であばれまわる巨大メカは、防衛軍によって市街地はずれに誘い出されて足止めされていました。飛行機や戦車によって構成されている防衛軍の攻撃は巨大メカの注意をひくだけで攻撃自体の効果はまったくあがっていませんでしたが、応援がくるまで敵をひきつけ、市民を避難させておくのは地味ですが大切な役割となっています。
 機動力を駆使しながらも、敵の巨体と厚い装甲に苦戦する防衛軍。いよいよ捕まるかと思われた次の瞬間、飛んできたミサイルが続けて巨大メカに命中し巨体をよろけさせました。

「これで午後の授業は中止なのだ。攻撃開始ー」

 司令官青葉の声に、昼食後の眠気ざましにはちょうどいいとばかりにカシミヤジェットからミサイルが発射されます。閃光をあげて砲弾が炸裂し、更に敵をよろけさせますが厚い装甲を破るにはいたりません。カシミヤジェットの後方から追いついてきた三体のロボット、スカイオーマリンオーグランオーからもミサイルや火炎放射が撃ち放たれますが、巨大メカはそれらを弾き返すと反撃するために触手のような腕を伸ばしてきます。

「あぶねーぞ瑞季!」

 巨大メカの攻撃が当たるかと思った瞬間、割り込んで入ってきた茂のマリンオーが亀のような甲羅で敵の触手を弾き返して瞳と瑞季の乗るグランオーを守りました。

「サンキュー、茂!」
「貸し一つだからな」

 そして茂にはじかれてバランスを崩した巨大メカの隙をつくように、空からひなたのスカイオーが翼からミサイルを連続発射、命中させてひるんだところに瞳がグランオーをすばらしい跳躍で飛びかからせ、敵の巨体を転がすことに成功します。

「今よみんな!超学園合体!」
「おー!」

 青葉の声に生徒たちが拳を突き上げ、それぞれの席にある超学園合体のスイッチを同時に押しました。轟音を上げるブースターの煙とともにカシミヤジェットが今度は機首を下にした垂直姿勢に移行し、宙に飛び上がり変形したグランオーが脚部に、本体と甲羅の分解したマリンオーが胴体と盾に、やはり分離したスカイオーが剣と頭部、背中の翼に変形すると超学園合体、キングカシミヤオーが誕生するのです。司令部のある教室の後方に、各パイロットの席がそれぞれスライドしてせりあがり、頭上からは操縦竿が降りてきました。

『超学園合体、キングカシミヤオー!』

 巨大人型変形ロボット、キングカシミヤオー。これこそが私立樫宮学園生徒に託された、邪悪な巨大メカを迎え撃つための力でした。巨大メカは装甲を開き、多弾頭ミサイルを一斉発射しますが強力な盾がその全てを弾き返します。キングカシミヤオーはカシミヤジェットの高出力にグランオーの機動力、マリンオーの装甲とスカイオーの攻撃性能を備えた超学園合体最強ロボットなのです。

「必殺!キングカシミヤブレード!」

 ひなたの操縦で抜かれた剣に光と炎とが宿り、収束したエネルギーの塊が頭上にかざされます。更に胴体部から球体状のエネルギーフィールドが撃ち出され、敵メカを捕らえるとその場に固定して動きを封じ込めました。
 そしてキングカシミヤオーの背のブースターからジェット噴射が吹き出され、空中に高く飛び上がると動きを封じた敵めがけて勢いをつけて突進します。

「カシミヤキーングフィニーシュ!」

 ジェット噴射の加速をつけて、急速降下しながら脚部のローラーが高速回転、突進する勢いを落とさぬまま地上に降りると地面を超高速で滑走し、下から振り上げるかのような剣の一閃、巨大メカを一刀両断にしました。まっぷたつにされた巨大メカは一瞬以上の間、火花を弾かせ放電したあとゆっくりと左右に割れて大爆発。あたりが轟音につつまれました。

『超学園合体、キィングカシミヤオオオオー!』


 放課後の掃除。1年3組の教室、昨日さぼった掃除の罰当番として残されていた瑞季は一人さびしくホウキで床を掃いていました。戦闘が終わり、午後の授業がなくなったとはいえ掃除は掃除としてきちんとやらなければいけません。

「それにしてもみんな帰っちゃうことないだろうに…」

 貴重な放課後。部活動に行く生徒もいれば寄り道をして買い物やら喫茶店やらに行く生徒もいたでしょう。中には一人で掃除当番をする生徒も。
 多少の愚痴をこぼしながらも掃除をつづけていた瑞季の耳に、ぱたぱたと軽快に走る足音が聞こえてきました。おやこの音は、と思う間に、

「お待たせー、瑞季ちゃんとやってるね。感心感心」
「ひな!?やっぱり手伝いに来てくれたのか」

 いつもの笑顔でいきおいよく扉を開けたひなたを見て、持つべきものは頼りになる幼なじみとばかりに元気の戻ってきた瑞季。片手にビニール袋を下げて、元気よく教室に入ってきたショートカットの少女はいつもの力強い笑みを浮かべます。

「すぐにみんな戻ってくるよ。戦勝記念の打ち上げとやらの買い出しに行ってるだけだから」
「え?そうなのか?」

 驚く声に重なって、外から聞こえてくる足音と話し声。瑞季を置いてさっさといなくなってしまった筈の同級生たちは、手に手に飲み物やらお菓子の入った袋をかかえて戻ってきました。その顔を見るに昨日掃除当番をさぼった罰、はどうやらみんなさっさといなくなってしまったと瑞季に思わせることそのものにあったのかもしれません。

「瑞季、打ち上げやるんだから早く掃除終わらせてよね」
「えーっ!?手伝ってくれるんだろ、ひな?」
「うーん、どーしよっかなあ…」

 なさけない声をあげて手を合わせる少年とそれをからかう少女の絵。ただし、幼なじみの少女がわざわざ同級生たちよりも先に帰ってきてくれたことについては少年には気付く様子もありませんでしたけれど。

 私立樫宮学園の平和は今日も守られていました。

おしまい


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