超学園合体キングカシミヤオー 第2話
西暦も2000年を過ぎてもう幾度目になったのか数えるのに飽きる人も出はじめてはいましたが、水金地火木土天冥海の彼方から最初のそれが地球に落ちてきたのは確かに1991年4月3日のことでした。
「地球の子供たちよ」
宇宙の彼方から飛来した二つの力。地球を邪悪で満たそうとする一方の力に対抗する、もう一方の光の力は人々からは光るおじさんだとか無責任戦士だとかマッチポンプだとか実は五次元人だとか機械神と同一人物だろうとかさんざんなことを言われていました。それでも自称地球を守る光の戦士はもう幾度目になったのか、今年もやってきては邪悪な力から地球を守るための力を人々に託して自分は用事があるとかで去ってしまっていたのです。そして、その力はやっぱりとある学園の校舎に落ちて、学園の生徒たちに託されていました。
長野県は古坂町にある私立樫宮学園高等学校。これはその年、そんな力を唐突にしかも一方的に託された学園での日々を過ごしている、そんな学生たちの物語です。
◇
町を徘徊する巨大メカ。毎週のように何の前触れも脈絡もなく来襲しては、耐え難い異臭を発する迷惑極まりないこの存在こそが地球人が倒すべき相手でした。しかもやっかいなことに頑丈なだけが取り得の巨大メカには地球の既存の兵器はほとんど役には立たず、まさか町中で大型兵器に頼るわけにもいかない人々が唯一、頼らざるを得なかったのが私立樫宮学園生徒に託された変形ロボットだったのです。
「ちょっとー、小夜はまだ来ないの?」
鳥型をした戦闘ロボット、スカイオーの座席で松本ひなたが声をあげます。気の強そうなショートカットの少女は空中から威嚇ミサイルを発射、黒い円筒状の巨大メカに命中させますが大きな効果はあげられません。更に豹型をしたグランオーが火炎放射を、亀型をしたマリンオーが甲羅から反射レーザー砲を打ちこみますが相手の足を止めるのがせいいっぱいのようでした。絶対無敵の学園変形ロボットとはいえ万能ではありませんし、町中で使える火力には制限だってあるのです。であればそれをサポートする存在というものは不可欠であり、司令部を乗せたカシミヤジェットが来てくれなければ存分に力を発揮することはとてもできません。ですがそのジェットは未だ学園の校庭で待機中であり、本来は教室であった司令部では腕組みをした不来方青葉がいらいらとメンバーの到着を待っていました。
「ぬー、小夜たんはまだ来ないのかーっ」
スレンダーな容姿に黙っていれば美人と形容される青葉が声をあげた、丁度そのときがらがらと音をたてて扉が開き、ボブカットにヘアバンドを留めたおとなしげな少女が駆け込んできました。
「ごめんなさいっ。遅れました」
「遅ーい。とにかくカシミヤジェット、はっしーん!」
待ちかねていた号令を下すと学園校舎の変形した戦闘機が轟音を立てて発進、垂直上昇から姿勢を水平形態に移行、友人の救援へと急ぎます。ですがそれまでひなたたちに応戦されて郊外へと押し出されていた巨大メカは、ようやくカシミヤジェットが到着したころには胴体下部からドリルを出して地中に潜り、まんまと逃げ出してしまいました。
ジェットの出動も無駄足になり、追い払った、とはとても言えない状態での帰還。学園に帰りスカイオーから降りたひなたは教室に戻って第一声、
「ちょっと小夜、遅い!モニタリング担当がいなくて戦えるわけないでしょ」
「ごめんなさい…ひなたさん」
頭を下げる小夜にこんどは気をつけてよねと釘を刺すひなた。直接苦労していた身としてはやむをえないところでしょうが、そこには少しく厳しいところもあったかもしれません。高校一年生にもなれば急なできごとに時間を合わせることも難しくなってきますし、誰にだって相応の事情というものはあったでしょう。そのへんの事情を察したのか、グランオーに乗っていた星野瑞希が小夜の援護にまわりました。
「そのくらいでいいだろ…ひなも言い過ぎだぞ」
「う、うん。でもさあ」
不承不承ながらも素直にひきさがるひなた。元来学生たちがこういった地球防衛活動を行っていることに批判的な人達は多くいて、遅刻して敵に逃げられたなんていうことがあれば彼等からの風当たりが強くなるであろうことは必至でした。だからといってそれを理由に友人をせめるというのも筋違いで、ひなたが素直に瑞希の言うことを聞いたのもそのあたりに多少の自覚があったからでしょう。
◇
五島小夜。天文と物語が好きな、外見も中身もおとなしい女の子はたとえばひなたあたりから見れば、女の子らしらにコンプレックスを感じさせるような存在だったでしょう。華やかな町中を一人ウインドウショッピング、なんていうことが似合うのはきっとこういった年頃の「女の子」の特権でした。
駅前のデパートで、最近はピアスだとか指輪だとかいうものもけっこう安くなっていますし、それこそ宝石が入っていなければ銀の指輪が数千円しないで買えてしまうものです。アルバイト代やお小遣いを財布に秘めた高校生でも常連客になれるようなアクセサリー屋もたくさんあって、ライトアップされたショーケースを覗き込んでいる小夜の目には、光を反射してきらきらと光るきれいな水晶のペンダントが映っていました。その後ろからおやと近づく同年代の影。
「あれ、小夜何してるの?」
「きゃっ!?ひなた…さん?」
後ろから声をかけられて、驚く小夜の前には制服姿のひなたが立っていました。放課後の帰り道に寄り道をしていることについては小夜自身も同罪でしたし、いまどきそれ自体は別に珍しいことでもありません。
「え、いやその…これきれいだなと思って」
さきほどのやりとりが心の隅に残っているのか、あわてたように答える小夜。ショーウインドウに飾られたペンダントは水晶と聞いて誰もが思い浮かべるような六角柱をしていましたが、たしかに細めに作られたセンスと銀の鎖との組み合わせはなかなかのものでした。恐らくこういったものに無頓着に違いないひなたにもそれは理解できたらしく、一緒になってディスプレイに目を奪われています。しばらく幾つかのウインドウを見てまわると、ぽつりとひなたが呟きました。
「さっきはごめんね、小夜」
「え?」
「わたしも言いすぎちゃったし」
「あ、いいですよ。そんなこと」
とりあえずはそれが言いたかったらしい、莫迦正直な友人のことばに苦笑しする小夜。たまたま選ばれたという理由で貴重な時間を奪われている学生たちにとって、地球防衛活動とかいうものは迷惑極まりないものには違いありませんでした。ですがそれは、たまたま選ばれただけという理由を口実にしてクラスで一緒になにかができるという機会が得られていることも意味しているのです。
例えば修学旅行のように班行動に分かれてしまう行事はもちろんですし、文化祭や体育祭ですらみんな一緒にとなるとそれは難しいことだったりします。それこそ小学生の頃とは違う、みんなに個人としてやりたいことがどんどん増えてきている年代の中で、クラスという曖昧なひとくくりが一緒に何かできるということは貴重な体験ではないのだろうか。小夜にもひなたにも相手の主張はわかりましたし、どちらが正しいというようなものでもどうやらありませんでした。ひなたにわかっていたのは一つだけで、
「でもデートで遅れるのは勘弁してよね」
「え!?もしかして知ってたんですか?」
ひなたの言葉に慌てた顔になる小夜。ですが目の前の友人はいたずらっぽい笑みを返しています。
「あ、小夜本当に相手がいるんだ。メンズのアクセサリー見てたから振ってみただけなのに」
「…っ!ひ、ひなたさん内緒ですよ!」
おそらく無駄だろうことを知りつつも、赤くなった顔で小夜はひなたに釘を刺しました。
◇
「よーしっ!学園変形!」
教室に響く青葉の声。逃げていた黒い円筒状の巨大メカが再び町中に現れたという知らせに生徒たちは集まると、1年3組と4組の教室に駆け込みました。それぞれの座席につくと、ひなたや瑞季を始め木佐茂、北城瞳の机と椅子が開いた床下に沈みはじめ、続いて教室が学園校舎から切り離されると壁面が変形し、校庭に巨大な戦闘機が出現します。戦闘機内、司令室となった教室では移動した座席が各オペレータ席に、教壇には青葉の座っている椅子が移動して司令席となります。黒板と掲示板が反転してスクリーンになると、複数の情報がいっぺんに映し出されました。
「カシミヤジェット、はっしーん!」
青葉の声が威勢よくひびき、校庭に垂直に立っている戦闘機は白煙を上げながら大空へと離陸します。空中で一旦静止、姿勢制御を行い水平飛行へと切り替えます。
一方、座席の沈んだ四人はそれぞれのロボットに移乗、体育館の天井が開き現れた鳥型のロボットにはひなたが、プールの水を割って現れた亀型のロボットには茂が、校庭のトラックからせりあがってきた豹型のロボットには瑞季と瞳が乗り込みました。
「スカイオー、マリンオー、グランオー発進!」
掛け声とともに操縦竿を引き、カタパルトから射出される三体のロボット。
それにあわせて頭上で空中静止していたカシミヤジェットも爆音と共に発進しました。
◇
町に現れ異臭を振りまいているのは確かに先日取り逃がした、黒い円筒状の巨大メカに間違いがないようでした。防衛軍の地上戦車部隊はなんとか町中へのメカの進攻を食い止めており、とりあえず相手を郊外まで連れ出したいところです。
「食らえーっ!」
掛け声とともに飛来した、ひなたのスカイオーから太い鎖のついた鈎爪が伸ばされ、巨大メカに引っかけるとこれを吊り上げようとします。ですがスカイオー自体の出力は決して高いものではなく、相手の重量にむしろこちらが引きずり下ろされかねません。すかさずマリンオーがフォローに入り、口から水流を吐いて巨大メカを押し流そうとします。更にバランスを崩した相手にグランオーが飛び掛かり、ようやく引き倒すと水流の上を滑らせるようにして巨大メカを一気に運び出しました。周囲に建物のない郊外まで運び出すことができれば、存分に火力の高い武器での攻撃が可能になります。
「あとで町内掃除が大変だなあ」
「茂ーっ!呑気なこと言ってないで水流の出力上げてーっ」
細腕で力一杯操縦竿を引きながら叫ぶひなた。重そうに巨大メカを引きずりながらもなんとかスカイオーが巨大メカを郊外まで連れ出します。さあ一気に片づけるぞと思った矢先、司令室に小夜の声を響きました。
「敵の出力に異常!気を付けて!」
その声が届くが早いか、黒い円筒形が割れて中から大きな水晶の柱のような巨大ロボが現れました。陽光を反射して美しく光るプリズム状の身体はひなたや小夜がデパートで見たペンダントにも似て、あざやかな虹色の輝きを返しています。
「…こんなのでも悪臭持ちというのが嫌なのよね」
「ひな!来るぞ!」
通信回線に瑞季の声が流れた瞬間、巨大メカがスカイオーの鈎爪を掴んで力任せに引っぱりました。一気にバランスを崩したスカイオーが落下しますが、とっさに飛び掛かったグランオーがすばやく鎖を噛み切ります。スカイオーも危うく体勢を立て直すと空中に戻り、更にマリンオーが反射レーザー砲、ですがこれは水晶のような身体を透過してしまいまったく効果がありません。それならミサイルで、と構えるスカイオーの前で巨大メカの姿が一瞬ぼやけたかと思うと、突然分裂を始めました。
「うそーっ!?」
全く同じ姿をした四体の巨大メカにそれぞれが別々に攻撃をかけますが、先程までとは違う俊敏な動作でこれをかわすとやはり水晶体のようなミサイルを複数発射、スカイオーマリンオーグランオーの周囲に光と炎の華が咲き乱れます。その様子はカシミヤジェットの司令室からも見てとれました。
「ちょっとー!どういうことなのだー」
「待ってください、これは…」
青葉の声に、慌ててデータを調べる小夜。目の錯覚で相手が分裂して見えるだけなら、先程の敵のエネルギー出力を見ればその正確な位置が確認できるはずでした。そして小夜の思った通り巨大メカは自分のプリズム状の身体を利用して、自分の姿を投影し分身したように見せているだけで熱反応のある本体はひとつしかありません。カシミヤジェットのレーダーにはその所在がはっきりと映し出されています。
「ひなたさん!右後ろ45度!」
「サンキュー小夜!」
振り向きざまにスカイオーからミサイル発射、一斉に命中して巨大メカをぐらつかせます。更に一発同時に発射したペイント弾が水晶体の表面に広がり、反射投影ができなくなった分身達はその姿を消しました。
「今よみんな!超学園合体!」
「おーっ!」
青葉の声に生徒たちが声を合わせ、それぞれの席にある超学園合体のスイッチを同時に押しました。轟音を上げたカシミヤジェットが機首を下にしながら垂直姿勢に移行、宙に飛び上がったグランオーが左右に分かれると脚部に変形、本体と甲羅が分解したマリンオーが胴体と盾に、やはり分離したスカイオーが剣と頭部、背中の翼に変形すると超学園合体、キングカシミヤオーが誕生します。司令室の後方に各パイロットの席がそれぞれスライドしてせりあがり、頭上からは操縦竿が降りてきました。それぞれの操作がそれぞれのパイロットに割り振られ、巨大人型変形ロボット、キングカシミヤオーが起動します。
『超学園合体、キングカシミヤオー!』
瑞季と瞳が操縦を、茂が防衛、ひなたが攻撃を担当し、その他の装備やサポートも司令部のメンバーが分担して受け持ちます。小夜のレーダーは巨大メカの位置をしっかりと捉え、多弾頭ミサイルが一斉に発射されると全弾命中して相手の動きを止めました。
「必殺!キングカシミヤブレード!」
ひなたの操縦で抜かれた剣に光と炎とが宿り、キングカシミヤオーの収束したエネルギーが塊となって頭上にかざされます。更に胴体部からエネルギーフィールドが撃ち出され、敵メカを捕らえるとその場に固定して動きを完全に封じ込めました。
そしてキングカシミヤオーの背にある高出力ブースターから爆音とともにジェット噴射が吹き出され、空中に高く飛び上がると動きを封じた敵めがけて勢いをつけて落下します。
「カシミヤキーングフィニーシュ!」
ジェット噴射の加速をつけて、急速降下しながら脚部のローラーが高速回転し、勢いを落とさないまま地上に滑るように降りると地面を超高速で疾走、下から振り上げるかのような剣の一閃で巨大メカを一刀両断にします。プリズム状の身体が澄んだ音を立ててゆっくりと左右に開き、一瞬置いてから大爆発、あたりが轟音につつまれました。
『超学園合体、キィングカシミヤオオオオー!』
◇
学園に戻り、既に放課後となった帰り道。長野県は古坂町にある私立樫宮学園高等学校、校門から続く坂道を複数の学生たちが降りていました。
「ありがと。今回は小夜のおかげで助かっちゃった」
「どういたしまして」
やっぱり苦笑しながら答える小夜。莫迦正直で素直な友人たちと一緒に、ひとつのことを熱中してできるということはそれは或いは望外の幸運なのではないだろうか。だとすると自称地球を守る光の戦士は変形するロボット以上にたいせつなものを、もしかしたら学生たちに与えてくれているのかもしれないのです。
「そういえば、ひなたさん」
「ん?」
「ひなたさんもメンズのコーナーを見にきてたんですよね?誰にあげるつもりなんですか?」
「ちょ、ちょっと待った小夜待ってお願い!」
慌てて赤くなる莫迦正直で素直でない友人に、いたずらっぽい笑みを返す小夜。たとえ宇宙の果てから巨大メカが来襲したとしても、たとえ地球を守る変形ロボットに乗っていたとしても、学生生活はやっぱり学生生活であり、たいせつなのはその時間を誰と一緒にすごすことができるかということだったでしょう。
みんなと一緒にすごすということ。
それがいちばんたいせつな宝物でした。
おしまい
>他のお話を聞く