学園合体カシミヤオー
最初にそれと遭遇したのは1991年のこと。以来、地球を守る光の戦士は幾度となくこの国を訪れては、人々に力を与えつづけてきました。より正確にはおそらく作為的に選び出したのであろう子供たちに、無責任な力を。
長野県は古坂町にある私立樫宮学園高等学校。頭上で一本しばった髪の毛を風に揺らせて、田中恵太は校舎の屋上、給水棟のてっぺんに腰かけて空を見ています。柵もない屋上の給水棟、もちろんそれが教師たちに厳しく叱られる行為であることを少年は知っていましたが、ただの一歩でも空に近づくことの方が恵太にとっては遥かにたいせつなことでした。
高校生にもなって未確認飛行物体、UFOを探しているという少年。恵太の夢見がちな趣味は今にはじまったことではなく多くの友人たちは半分あきらめたような、そしてもう半分はその真摯さを羨むような視線で少年を見ています。それは少年の望みがたんなるUFOや宇宙人を探すことだけではなく、大人の壁に囲われた世界の遥かかなたを思いつづける心にあることだったから。
「今日は、何か見えたの?」
短い休み時間のひととき、人気のない屋上で。その日も給水棟に腰かけて空を見ている少年に向けて、少女は声をかけました。幾人かの友人を連れて、少しくあきれたような顔でウェーブのかかった髪をかたむけながら水木遥は頭上にいる恵太を見上げています。
夢見がちな少年の言動は同世代の、少女たちのロマンチズムを少しく刺激することがあるのでしょうか。遥たちは少年よりもずっと大人でしたけれど、大人になれば見ることを忘れてしまうものを恵太は捨てないでいるのかもしれません。
一番多いのは人工衛星、天気によっては気球や風船だったり、気象現象そのものが空に未確認飛行物体のようなものを見せることがありました。恵太はそれを見ても宇宙人の乗り物だとは言わず、幼いころから真摯に調べつづけて空の地図にはそれら全ての正体が載っているのです。正体が分かるものは未確認飛行物体ではありえず、もし、それでも正体の分からないものが現れたとき、人ははじめて未知との遭遇を果たすのかもしれませんでした。
その日も残念そうな少年の表情とともに、空の地図の少しを教えてもらえるかもしれない。少女にはその期待があったのかもしれませんが、いつもと違う、やや唖然としているかのような表情をした恵太のことばは遥の予想とは違ったものでした。
「…うん。ほら、あそこに」
そういって指さした少年の先、空の遥かには昼間でもはっきりと見える光が揺れていました。それが星でも太陽でも、飛行機や人工衛星でもないということはあまりに不自然なその揺れかたを見ればすぐにわかります。それまで遥の後ろにいた友人たちも好奇心にかられて屋上に足を踏み入れて空に視線を向けました。
「え?なになに、何か見えるの?」
「ちょっと、動いてるよぉ」
「おいおい…冗談だろ?」
頼りなく、あるいは地上の何かをうかがっているかのようなゆらゆらとした光る物体。空を指して呆然としている双海蓉子や鰈華レイ、柾木小太郎たちが生まれてから十数年の月日がたっていましたが、空の遥か向こうで光っている、あんなものの存在を彼らは今まで聞いたことも見たこともありませんでした。それこそ、おとぎ話に出てくるようなU・F・Oを除いては。
人は自分の先入観と知識の全てに該当しないできごとにであったとき、たいていは思考の流れを止めてしまいます。セミロングの髪を左右に振っている蓉子、くせのある髪の毛を指先でくるくるといじっているレイ、しきりに手のひらを開いたり握ったりしている小太郎。それぞれが無意識に目の前のわけのわからないものに心を奪われているようでした。遥が彼らよりも先に我にかえったのは、たんに彼らよりも先に空のUFOを見たからにちがいありません。
おどろいている友人たちの頭上で給水棟に腰かけていた恵太は、縫い止められたかのような視線を空の光に向けています。それは少しだけ空に近い少年のこころがそれだけUFOに捕らえられてしまったかのような、ですが先程までは唖然としたように見えた表情は真摯で、今はどこか怪訝そうなものに変わっていました。遥たちには見えていない、あるいは聞こえていない何かを少年は感じているのでしょうか、恵太の唇を通して誰のものともとれないことばが聞こえてきました。
『地球の・・・子供たちよ・・・』
それは恵太自身のことばだったのか、それともどこからか聞こえてきた声だったのか。ぱちんと目が覚めたような表情になって、全てを了解した恵太は立ち上がって下を向くと、足下にいる友人たちに叫びます。
「落ちてくる…逃げてーっ!」
その瞬間、世界はまばゆいばかりの光につつまれました。
◇
視界を満たしている光の中で、子供たちは目を覚まします。そこは一面の光の中にも関わらず、不思議なことに彼らはお互いの姿を認めることができましたが、そこがどこなのかはまるでわかりませんでした。近くにあった筈の給水棟も、扉も、足下の地面さえも感じることのできないその場所、友人たちだけは確かにすぐ近くにいるけれど、その姿は光の中で見えないその場所で。
「ちょっと、ここ…どこよぉ」
「私たち…?」
少年少女たちの不安そうな声が恐怖に変わる寸前、光の中から先程聞こえた声が少年少女たちの頭の中に直接響いてきました。それはとても穏やかで力強いけれど優しげな、ですがどことなく演出くさい口調に思えたのは後々彼らが持った偏見のせいだったのかもしれません。
『地球の・・・子供たちよ。私は・・・太古の昔より・・・地球を守ってきた光の戦士』
はあ、という怪訝そうな誰かの相槌が聞こえますが、光の戦士はかまわず続けました。太古の昔から地球を守ってきた光の戦士は、地球を襲う邪悪な帝国と戦い、そして傷つき倒れ力を失ってしまった。いましばらくは力を回復させる必要があるが、その間、誰かがこの地球を彼の代わりに邪悪な帝国から守る必要があるのだ、と。
突拍子もない、子供向けのテレビ漫画のような荒唐無稽な話を告げると光の戦士は子供たちの返事も待つそぶりも見せず、一方的な最後のことばを残して現れたときと同様、突然消えていなくなってしまいました。
『今日からは私の代わりに・・・きみたちがこの地球を守るのだ』
◇
◇
◇
「だから!UFOばかり探して遂に見つかったUFOが結局あれだっていうの?」
「それを僕に言われても…」
長野県は古坂町にある私立樫宮学園高等学校。気がつくと少年少女を包んでいた光はすっかり消えていて、彼らは見知った校舎の屋上で互いの姿と先程までの記憶とを見交わしていました。思ったよりも長い間のできごとらしく、集団で授業をさぼることになったその理由は当初、教師にも友人たちにも信じられないほどに莫迦げていて笑われるか怒られるかしたのですが、彼らが光の戦士とやらの趣味の悪い冗談の犠牲者であったことはすぐに明らかになったのです。
「全く、なんでこんなことに…」
不機嫌そうにぼやきながら遥は空を見上げています。そこにはあの日からもう幾度目になったのでしょうか、空から降りてくる邪悪な巨大メカの姿が浮かび上がっていました。
光の戦士が言っていたとおり、正体不明の邪悪な帝国から来ているらしい巨大メカはとつぜん空から現れて、近隣に降り立つと街に向かって歩き始めます。その姿は毎回異なり、ガスタンクのような球体や突き立てた棒のような姿に手や足や車輪のようなものがついていることがありました。その日現れた巨大メカは正八面体、ピラミッドを上下につなぎあわせたような形をしていて八つの面の中央からは一本ずつ、計八本の触手のような足が生えています。
未確認の駆動機械、無論そんなものの襲来を大人の社会が許すはずもなく地球防衛軍が出動すると正体不明の異邦人を取り締まろうとしますが、巨大メカは押せども引けども、それこそ銃弾や砲弾をあびてさえもけろりとしてまるで効いた様子を見せません。
かといって決して好戦的ではない巨大メカをでは放っておけるかというとそれもできず、歩き出したメカは小さな穴を開くと、黄緑色をしたガスのような煙を吹き出しはじめました。それは耐え難いほどの悪臭で、後に調査したところ毒性もまったくないのですが近隣の住民はパニックを起こして逃げ出してしまい、転んで足首をひねった婦人や腰をぬかした老人、売上げの落ちた商店街など周囲に被害が上がっていきます。その限りなく迷惑な巨大メカを倒すことができる、唯一の力が与えられたのが光の戦士に出会った樫宮学園の生徒たちなのでした。
「出撃準備、スカイオー、マリンオー、グランオー発進!」
「はーい」
1年3組と4組の教室。どこか投げやりにも思える遥や生徒たちのかけ声とともに教室の間の仕切りが沈みだし、二つの教室が繋がると壁面が回転してスクリーンに、机が移動してコンソールに変わり、それぞれの席には通信・レーダー・モニタリングなどの機能が分散され、司令席には遥が座って司令部へと変形します。
そして恵太と蓉子、レイと小太郎の席は開いた床下に沈み四人は校内を移動、体育館の天井が開き鳥型のロボットには恵太が、プールの水を割って現れた亀型のロボットにはレイが、そして校庭のトラックからせりあがってきた豹型のロボットには蓉子と小太郎の二人が乗り込みました。
「スカイオー、マリンオー、グランオー発進!」
再びかけ声とともに操縦竿がぐいと引かれ、三体のロボットはいきおいよく打ち出されます。これが迷惑極まる邪悪帝国の巨大メカを倒すために、光の戦士に与えられた子供たちの力でした。
◇
巨大メカは古坂町市街地を目指して、交通法規も気にせずゆっくりと県道を歩いています。その進路に立ちはだかるように、子供たちの操縦する三体のロボットが現れました。
後に地球防衛軍だけでなく学園の他の生徒も含めて、ロボットや指令部の操縦が試みられましたが遂に成功することはありませんでした。いつの間にか学園にロボットが隠されていた、その技術だけでなくどうやってパイロットを判別しているのか、その仕組みも分かることはなく今では消極的にロボットは樫宮生徒たちのものとして、パイロットたちは地球防衛軍特別部隊の民間人協力者という扱いになっています。
事態が大げさだけど深刻ではないことが救いになっていたのか、扱いとしては防衛軍は公務員になるのですが高校生の身分で給料をもらってはいかん、というのが私立樫宮学園高等学校の方針であり、防衛軍から命令なり指示なりを受ける代わりに出動時間を欠席とせず授業単位として認めるという条件で子供たちとはなんとか折り合いをつけていました。
樫宮学園は進学校であり、特にグランオーの前部座席に乗っている蓉子のような生徒にとってそれは重要なことだったでしょう。まるでほんものの豹のように疾走する、グランオーの操縦席で巨大メカの姿を見ていた蓉子が呟きながら首を傾けます。
「正八面体に八本の腕…」
「どうしたの?双海さん」
「正八面体の八つの三角形の中心点をつなぐと、ちょうど半分の体積を持った正六面体ができるのよね。そして切り取った残りを組み立てると…」
「あ、僕数学弱いから」
蓉子の言葉に手を振る小太郎にとっては、その日の数学の授業を受けずに出席扱いになるならそれは願ってもないことだったでしょう。
まずはグランオーが俊敏に動いて相手の注意を引きつけます。その頭上、空中では恵太の乗ったスカイオーが旋回しながら様子をうかがっていて、残るマリンオーはずいぶん遅れて現場に向かっていました。その様子を司令室から見ていた遥の声が通信回路に響きます。
「ちょっとレイ、亀だから遅くていいってもんじゃない!」
「ごめーん、まだ操縦に慣れてないのー」
レイの動作が遅いのは決して機体のせいではないようで、ようやく巨大メカをレーダーに捕らえると、狙いをつけてマリンオーが打ち出した水流のかたまりは見当違いの場所に着弾、すぐ隣りの運動場に水しぶきの豪雨を振らせて遥の怒声を誘います。
「レイ!明後日あそこでテニス部の大会があるのよ!」
「ご、ごめんなさいー!」
テニス部員として揃ってその大会に参加する予定だった遥とレイは、水をたっぷりふくんだコートを走り回ることがどれほど疲れるかとげんなりした気分になりました。その間巨大メカはグランオーの出現にしばらく躊躇していましたが、あらためて気を取り直したように前進を開始します。それまで頭上を旋回していたスカイオーが今度は急降下して巨大メカの注意を引きつけ、タイミングを合わせて足下にグランオーが飛び掛かると見事にひっくりかえします。ですが正八面体に八本の足が生えた巨大メカは上下をひっくりかえすとそのままそれまでの腕を足に、足を腕に替えて何もなかったように再び街に向けて歩き出しました。
生徒たちの目的はこの迷惑なメカを街に入れずに排除すること。無機質で幾何学的なメカの動きは予想がしづらく、どうするかと司令部では通信が飛び交っていました。
「ちょっと、このままじゃ本当に市街地に入っちゃうよ」
「恵太君、持ち上げるとかできないの?」
「うん、やってみる」
遥の指示で鳥型のスカイオーが降下、両足で巨大メカの腕をがっしりと捕まえると空に持ち上げますが、巨大メカは残った手でスカイオーを捕まえると引きずりこんで高度を落とそうとします。激しく上下に揺すられる操縦席で、恵太の悲鳴が響きました。
「わ、わわわわわわっ!?」
「落とさないで!頑張ってね」
「こいつ、バランスが…」
悪戦苦闘する恵太のスカイオーにすかさずグランオーが飛びつきますが、合わせて八本の足を持つ巨大メカは残りの足を伸ばしてこれも捕まえてしまおうとします。
「危ないーっ!」
三機のメカが絡み合っているところに、これを助けるべくレイのマリンオーがもういちど水流を発射、こんどは見事に命中しました。絡まってもがいているスカイオーに。
「わあああああ、落ちるぅ!」
「恵太君!そのまま落ちて!」
「ええっ!?」
意外な攻撃と意外な声にバランスを崩してどしんと地面に落ちるスカイオー。一緒に絡まったままの巨大メカも流石にバランスを崩して横倒しになります。起きあがるにはスカイオーを捕まえている足が邪魔になり、その隙をついて絡みつく足をふりほどいたグランオーが飛びかかると足の二本を咬みちぎってしまいました。
「チャンスよ!みんな学園合体!」
「おーっ!」
司令室から遥の声が響き、生徒達は自分の席にあるスイッチを同時に押しました。合体信号が三体のロボットに向けて飛び、恵太たちが操縦竿を思いきり引っ張るとそれぞれが変形合体を開始します。スカイオーは首を折り曲げると腕と頭部、背中の翼になりマリンオーは手足を縮めると後ろを向いて胴体と甲羅は盾になり、グランオーは変形して脚部になると学園合体、カシミヤオーが完成します。それまで三機のモニターを映していたスクリーンも変形して一体の人型ロボットを映しだし、司令部の席には新しい武器管制用のモニターが現れました。
『学園合体、カシミヤオー!!』
巨大人型変形ロボット、カシミヤオー。これこそが私立樫宮学園生徒に託された、邪悪な巨大メカを迎え撃つための力でした。立ち上がろうとしている巨大メカに向けて盾についているマリンオーの顔から水流弾が発射、命中させて動きを止めると急降下、先程咬みちぎられた側の足を掴んで空に飛び上がると空高く放り投げました。
「必殺!カシミヤソード!」
恵太の操縦で抜かれた剣に光が宿り、収束したエネルギーの塊が頭上にかざされます。両足についていた爪を小太郎が発射するとワイヤーを伸ばしながら飛んでいき、巨大メカを捕らえて絡み付くと動きを固定して封じ込めました。そしていったん屈み込んだカシミヤオーは強靭な脚力で高くジャンプすると、落下してくる巨大メカに向かい翼を広げて飛び上がります。
「カシミヤファイナルアターック!」
落下してくる勢いとジャンプの加速で、下から突き上げるような一撃。剣の一閃で一刀両断にされた巨大メカは一瞬以上の間、火花を弾かせ放電したあとでゆっくりと左右に割れて大爆発、あたりが轟音につつまれました。
『学園合体、カシミヤオオオオオーッ!』
◇
どれだけ莫迦げたできごとであっても、やってる最中はおおまじめですし放っておけることでもありません。抜群のチームワークで邪悪な帝国から地球を守った樫宮の生徒たちは、学園への帰路を急いでいました。
「痛ーっ、コブになってる」
「ご、ごめんね。でも無事終わったんだし」
「…そのまま落ちて、は酷いよなあ」
「それよりレイ、明日運動場の水はけするから朝八時ね」
「えーっ、あたしもぉ!?」
「当然でしょ、明後日の試合できなくなったらどうするのよ」
ひとたび目が覚めれば日常に戻る、そんな楽しいできごとのことを子供は夢と呼ぶのかもしれません。いささかにぎやかな夢はきっとまた、気苦労とともにやってくるのでしょう。
私立樫宮学園の平和は今日も守られていました。
おしまい
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