非常扉を開けるたびに.三


 東京都汝鳥市。関東平野に面する低い丘には注連縄を巻かれた、齢一千年を数える古い神木が立っている神社があって古くから町を見下ろしています。そこは妖怪とか精霊とか化け物と呼ばれている、異形のものたちが集う土地でした。人の世界で、人ならぬ存在である化け物たちは人とさまざまないさかいを起こすことも珍しくはなく、それを公的に、かつ非公然に処理する者たちの存在はこの汝鳥の地に絶えたことがありません。
 妖怪バスターと呼ばれる、そうした者たちのほかにもその予備軍として、より小さな騒動を扱うために汝鳥の学園に通う生徒たちから有志が集ってつくられた組織があります。それは剣術研究会と、オカルト・ミステリー倶楽部と呼ばれていました。

 剣術研究会、通称剣術研と呼ばれているその倶楽部は古い歴史を持つ家が多いこの町でいくつか伝えられている武道や武術の流派を研究すると称して、それを実践する生徒たちを中心にして作られました。非公然とした活動としては、彼らは剣術を主体として異形のものたちを退治する手法そのものを求める者たちであり、故にどうしても化け物への扱いは厳しく好戦的になりやすいとも言われています。予備軍とはいいながらも、実際に化け物に対峙することも多い彼らの実力はけっこうなものであり、毎年この時期に行われている剣道部との交流試合でも勝ってしまうことすらあるほどでした。 

「全勝だ全勝!全勝以外は認めん、叩き潰せ!」

 彼らが好戦的と言われるのは主にこういった発言が原因であるには違いありません。学内での交流試合らしからぬ乱暴な叱咤の声を張り上げている女性は、今年から就任したネイ・リファールという名の剣術研顧問でした。歴然たるアメリカ人ながら日本史を教える非常勤教師であり、産休代理として呼ばれたと言われていますがまともな授業どころか日本史の知識を語った光景すら見たことがない、と称される彼女がなぜそのような役割についているのか不謹慎な噂と憶測は後を絶ちません。
 あるいは剣術研顧問としての力量を買われて抜擢されたのではないか、という控えめな意見にすら同調者は少なく、ネイが部員たちに与える指示はといえば「がんばれ」と「ホームラン」の二種類しかないと言われていました。日本史の教諭としては不熱心であり、剣術研の顧問としては無軌道であってしかも好戦的という彼女を一番手に負えないと考えているのは、当の剣術研の部員たちであろうとはもっぱらの評判で、生徒たちもそれを否定する材料を持っていません。

 ではオカルト・ミステリー倶楽部、通称オカミスはどうであるかといえばもとは怪奇現象やオカルト好きの生徒が集まって成立した集まりであり、表向きにはその本を読み漁ったり情報を交換するための同好会であるとされています。ですが彼らも非公然な顔としてはその知識と理念をもって異形の化け物どもを掣肘する者たちであり、剣術研に比べればより慎重で穏当な解決を好むとも言われています。それは同時に、腰が重く決断が遅いと彼らが非難される要因ともなっていました。

「アタシら文明人は考えてから行動するんデス」

 オカミス顧問である英国人、ウォレス・ジェラード・ラインバーグの言葉はそれだけを聞いていれば穏当に受け取ることも不可能ではありません。ですがこの文明人を率いる顧問は剣術研の野蛮人、主に剣術研顧問を務める野蛮人を出し抜くことを個人的な趣味にしているのだと囁かれるような人物であり、たびたび不健全な考えを実現するために行動する、手段が目的になるような人物だと言われていました。
 妖怪バスター予備軍としての、学園から正規のルートを伝い届けられる事件や依頼のほかにも、どことも知れぬ人脈とツテによってもたらされる騒動はオカミス顧問が好んで騒動を呼び込んでいるのだとも言われ、その韜晦した言動と愉快犯的な行動力はオカミスに与えられている「怪しい連中」との悪印象を補強するに充分なものがあったでしょう。ネイとは異なった、あるいは表裏に近い意味で部員たちにとっては迷惑千万な存在であるに違いありません。

 剣術研とオカミス、学園に古くからある二つの奇態な倶楽部が互いに対立していることはもはや伝統にすらなっていましたが、部外者である一般の生徒から見ればどちらも奇態な連中であることには変わりませんでした。彼らには知る由すらない異形のもの、化け物を退治する任務それ自体が本来は怪しい活動でしかありえないのですから。

 たいていの人には何であんなところに入ったの、と心配まじりの忠告をされる剣術研究会とオカルト・ミステリー倶楽部の双方が互いに対立し、後ろ指を指されていることは事実でした。とはいえそれはむしろ顧問たちに向けられる目であることも多く、部員たちは必ずしも伝統に毒されている訳ではありません。同じ目的を有する活動である以上は、手段が違う者は手を組むことが優れた方法になることに気づいている者は多くいました。オカミスにも強硬な主張を好む生徒はいましたし、剣術研であっても冷静にことに当たることを望む部員は存在します。
 鴉鳥真琴と高槻春菜は共に汝鳥の旧家に生まれた少女であり、一般的にはいわゆるお嬢様として人に扱われるような存在でした。色白の肌に長い黒髪を持ち、控えめな言動が印象的な真琴とやはり黒髪を二つにしばった、清爽な雰囲気と凛とした瞳を持つ春菜の二人の新入生がそろって剣術研究会に入部したことは、当人たちを除く多くの人間にとって不安と心配の種になったことでしょう。そこが好戦的な乱暴者たちの集団であろうと、妖怪退治の専門家たちの集まりであろうと、どちらであっても年若いお嬢様が興味本位で首を突っ込んでもよい世界ではない筈でした。

「でも春菜ちゃんなら大丈夫ですよね」
「ちょっと真琴さん。それはどういう意味ですか?」

 不本意そうな目つきを向ける、春菜に笑う真琴の言葉は別段悪気があってのことではなく、幼い頃からの知り合いとして友人のことをよく知っているが故でした。真琴の知る春菜は彼女を知らない同級生の多くが考えているようなおとなしやかなお嬢様とはとてもいいがたく、華道に茶道に書道を習う傍らで祖父から習い覚えたという重厚な武術の使い手でもあって、同級の男の子たちに恐れられていたものです。新しく進学した環境の中で、彼女が被っている猫がさていつまで持つものであるかと真琴はやや苦笑ぎみに思っていました。

「あら。何のことかしらね」

 そう言いながら、春菜は今でも両親の目を逃れてすでに日課となっている鍛錬を欠かしたことはありません。彼女の尊敬する祖父は既に齢七十を超えていましたが、日々鍛錬を欠かさぬ分厚く高い肉体は頑健で力強く、未だ壮年にあると言われても信じてしまいかねないほどに強健なものでした。彼女がその祖父に武術を習っていたことを知る者は少なく、その祖父にすら才を称揚されたことを知る者は更にいません。春菜の祖父が曰く、鍛錬とは自らを学び、師父に学び、他人と学ぶということ。そして他人とはすなわち自分が信ずべき対等の存在を指していました。

(お前には背を預ける友人がいるか?春菜)

 祖父の言葉と見上げるような体躯、そして大きく厚く固い手が頭に乗せられる感触を思い出すと、春菜は軽く首を傾げながら自分自身の記憶に思いを寄せていました。


 もともとその依頼を、当人曰く手に入れてきたのはオカミス顧問であるラインバーグですが、それが学園を通しての正式な依頼となったときに、剣術研でも手を貸してやろううと鷹揚に宣言したのはネイでした。あわよくば出し抜いてやろう、との意図は誰の目にも明白でしたがそれは互いにとっていつものことであり、ラインバーグの目にはネイの顔に大きく書かれている「お前に手柄など立てさせるものか」という文字がはっきりと見えていたことでしょう。

「別に妖怪退治じゃないんデスから、剣術研の出番はないデショー?」
「心外だな。何も戦うだけが剣術研ではない、それにウチには将来有望な新入生も多いから少しでも妖怪に慣れさせる機会を持たせたいしな」

 ネイの発言の真意はともかく、内容としては正論そのものですからラインバーグも敢えて反対する理由はありません。言外にお前のところには将来有望な生徒はいないだろう、というネイに手柄を立てさせるつもりはむろんラインバーグにもありませんでしたが、それを表に出すことは英国紳士を自認する彼自身の品性が問われます。このあたり、ネイの無神経さはある意味ではラインバーグにとって厄介なものであったかもしれません。
 さしあたって、依頼についてはオカミス主体で剣術研が補佐をするということで話をつけると、互いの部室に戻った二人の顧問は彼らの部員たちに向かってその内容を説明します。オカルト・ミステリー倶楽部の部室で、柚木塔子は眼鏡の下にある視線を鋭くしました。

「もぐら探し・・・ですか?」

 確認する塔子にラインバーグはにこやかな顔で頷きを返します。飄々とした様子には緊張感の欠片も見えませんが、それは単に彼の性癖であって依頼の危険さや重要性が緊張感を抱くに値しないということではありません。

「とはいえ、別に緊張するような危険な話ではないデスね」

 逃げ出した物の怪、土竜の怪を見つけ出して捕まえる。年を経た猫が尾のわかれた猫又と呼ばれる妖怪となるように、年を経たもぐらが妖怪と化すこともありえないことではありません。むろんそうした動物がすべて妖怪となるわけでもありませんし、さして寿命が長い訳でもないもぐらが異形の姿になるほどに長く生きたということ自体が極めて稀少なことでした。

「・・・先生先生。どうしてもぐらの妖怪なんて探さないといけないんですか?」

 塔子の横にいた多賀野瑠璃が、三つ編みのお下げを揺らせて小首を傾げています。確かに妖怪を無条件に切り伏せるというのは乱暴な行為ですが、だからといって保護をするという理由も瑠璃にとっては思い当たるところがありませんでした。これが仮に保護に値するような可愛らしい妖怪であれば別だろうか、などと不埒な考えもよぎりますが、もぐらといえば土の中にいる黒っぽいネズミのような生き物でしかありません。頼りなげな後輩の様子に片方の眉を上げて、かるくため息をつくと塔子は言いました。

「まあいい、説明は後でしてやるからとにかく準備をしろ。今回も私と君でコンビだ」
「はーい」

 陣術を扱う塔子としては、系列の近い呪符魔術を扱う瑠璃を後輩につけられたことは決して不自然な人選ではないでしょう。ことに塔子は幼い頃から陣術の技を鍛えられていた一方で、その幼い頃からの関わりのせいで異形の化け物によって受けていた傷によって多くの力を失って久しく、技を発現する力に欠ける身として単独行が難しくなっていました。とはいえ未だ未熟な後輩を助け指導するには彼女ほどの適任もおらず、瑠璃のような少女には自分の分まで優れた術士になって欲しいところでしたが客観的に見てどうもそれは望み薄のようにも思えます。

「それでは行くぞ・・・ほら!その鞄にはキミの符が入っているんじゃないのか?」
「す、すみませーん!忘れるところでしたー」

 今回、そのオカミスを補佐する立場である筈の剣術研究会は、おそらく顧問の指示によるものか補佐という言葉の意味など知らぬというように単独で動くと土竜の怪を探して歩き回っていました。ですがそれを剣術研の部員たちのせいにするのは酷というものでしょう、なにしろネイが指示した内容は次のようなものでしたから。

「今度の依頼は逃げ出した土竜の化け物を保護することだ。先に捕まえた方の手柄となる、貴様ら、オカミス如きに遅れを取るなよ!さぁものども行け!」

 新任として訪れてよりすでに顧問の性格を充分に心得ている部員たちは、はいはいと気合いのこもらない返事をすると手早く捜索のチームを組みました。確かに生徒の自主性と独立心を重んじるという点で剣術研はオカミスにはっきりと勝っていましたが、それも顧問の性格を思えば無理もないことでしょうか。自主性と独立心のない者は奴隷に等しい、とは暴君を前にした人民が考えることでしたから。
 とはいえ、顧問の指示がこのようなものであれば剣術研の部員たちがオカミスに協力する筈もなく、確かに多少の競争心もありましたから互いに連携しないどころか足を引っ張り合うことにもなりかねません。何しろ当の土竜の怪がどこに現れたのか、どこで逃げ出したのかを知っている者すら少ないのではないかという有り様でした。

(まったく、何をやっているのやら・・・)

 いつものこととはいえ、塔子としては多少のいまいましさを覚えずにはいられません。仲良くしろとは言わないが、任務を果たすことを考えるならばもう少し真面目に依頼の内容を考えたらどうだろう、という思いが頭をよぎります。今回は危険が少なくとも、いつ安寧が覆されるとも限らないことを傷持つ彼女は自らの身を犠牲として知っていました。
 不機嫌な様子で、これからの方針を考えるべくゆっくりと歩みを進めている塔子の後ろで静かに控えていた瑠璃はふと、自分を呼ぶ声に顔を向けると見知った人影に手を振ります。まとまりかけていた思考を中断させられた塔子はボブカットの頭をひと振りすると、さほど気を悪くする風も見せずに駆け寄ってくる二人を迎えました。

「鴉鳥に高槻か。キミたちも目的は同じようだな」
「真琴さん春菜さん。どうしたんですか?」

 塔子と瑠璃の前に立っている二人は剣術研究会の新入生であり、先日も一緒に行動したことがある頼りないお嬢様二人組でした。足を止めた塔子はごくさりげない様子でどうしたのか、と見知った後輩に声をかけます。

「柚木先輩、これから汝鳥神社に行かれるんですよね。ご一緒させて頂いてもよろしいですか?」
「その通りだが・・・何故それを知っているんだ?」

 春菜の言葉にやや意外そうな顔をする塔子。土竜の怪が汝鳥神社の近くで逃げ出したことを知っているのは、依頼を持ってきた当人であるラインバーグとその話を聞いている者だけの筈でした。何しろそのラインバーグが自身、塔子たちを送り出す際にせっかちな剣術研究会顧問は土竜の怪がどこに現れたのか聞いていかなかったと笑っていたほどで、それも塔子がどうかと考えていた原因でしたから。

「なぜって・・・リファール先生知らなそうだからラインバーグ先生に聞いてきたんです」
「動物霊だから急いで保護した方がいいですね。それこそ化けたら取り返しがつかなくなります」

 続けて言う真琴と春菜に塔子は苦笑しました。なるほど、染まっていない者はまともな考えができるらしいといささか皮肉に考えましたが、少なくとも頼りなげなお嬢様二人は危険な依頼でなくとも重要な事件であることは心得ているらしく、当然のようにラインバーグに話を聞くだけではなく塔子たちとともに行こうとする、その判断力を評価していました。

 そもそも動物の怪が持っている最大の力が、その動物の種の力を強めることにあることはあまり知られていません。猫又は人を化かす力を持つ妖怪であると言われていますが、猫又はただ存在するだけで周辺にある猫たちを守護する力を持っています。土竜の怪も多くのもぐらを守る力を持つ妖怪であり、しかも日本にある数種のもぐらたちはすでに絶滅が危惧されて保護種にすら指定されている生き物でした。そして春菜がいうように異形の妖怪はひとたび邪な影響を受けて「化けて」しまうと、今度は本来の力を逸脱して人と人の世に害を与えるだけの存在に変貌していく性質を持っているのです。
 元来もぐらは四年程度の寿命しか持ってはおらず、妖怪になるほど年を経ることなどまずありえません。そして人が作り出した町はコンクリートとアスファルトに覆われた地面がもぐらたちの世界を奪い取り、たとえ地方の山村部に行ったとしてももぐらとは庭や畑を荒らす害獣として駆除されているような存在でした。これでは人の世で彼らが数を減らさない方が不思議だったでしょう。

 環境破壊がもたらす危機が叫ばれている昨今、種の保護を大きく助ける力を持つ動物霊の類は特に保護すべき存在として扱われています。しかも保護種に指定されている動物を最良の設備が整えられた動物園で安全に生き延びさせる研究は多く進められていても、自然ならぬ人の作った設備で妖怪を守る研究は更に至難であり、その機会を与える動物霊の存在はより貴重とされていました。
 一般に、捕獲した貴重な動物霊たちはより自然が多い地域まで連れられてそこで放されると、結界や陣術を用いて周辺から隔絶した上で養うのが常でしたがそれでも一定の効果は上がっており、国内でも数が限られているそのような国定の保護区域はいつも満杯で公的な手続きを待つ状態になっています。認可が下りるまで、捕獲した妖怪は多少なりとも自然が多い場所か霊格の高い場所に触れさせる必要がありましたが、今回、古い神木が見下ろす汝鳥神社に土竜の怪が連れて行かれたところで、逃げ出してしまったというのが事の顛末でした。

「でも霊格はともかく、自然な場所ってそんなに少ないの?」
「残念ながら、この国は自然の扱いがぞんざいなのよ。美しい富士山麓はあまりの不法投棄の酷さに国際保護区に選ばれなかったのが実状だもの」

 瑠璃の質問に、残念とも不機嫌ともとれる表情で春菜。その口調はもぐらでさえ生きていくことができぬ、人の世界のどこに自然な場所があるのだろうとでも言いたげでした。人の作った環境で保護され、衰弱していた土竜の怪に少しでも力を戻すために汝鳥神社の神木の近くまで連れていったところで逃げられたというのである。相手が怪である以上は法的な問題はないが、稀少な存在と貴重な種を保護するためにも土竜を無事に捕まえたいというのがラインバーグに流されてきた依頼でした。塔子は真琴と春菜、それに瑠璃を連れて神社の境内へと向かいます。

「目的が果たせるのであればそれを誰が為しても構わない。行くぞ」
「はい!」

 汝鳥神社で逃がしたと分かってはいても境内は広く相手は土の中にいる存在です。境内でやみくもに土を掘り返す訳にもいかず、仮に見つけたところで土中の相手をどう捕まえたらよいかも皆目見当がつきません。塔子の陣術であればそこに追い込んだ相手の足を止めることはできるでしょうが、いずれにしても土竜の怪がどこにいるのか、それを見つけることができなければどのような策も術も意味がないでしょう。

「できれば他の連中が来て騒動になる前に終わらせたいが・・・」

 このような状態でオカミスと剣術研の対立などに余分な時間を費やしたくはない、それは塔子の本音であり自分の力が強ければ陣をどこまでも広く張って探ることもできるでしょう。神社の境内まるごとに陣を張ることができればそこで動くものを知ることもできるでしょうし、あるいは瑠璃であればその力があるかもしれませんが、充分に制御できぬ力を大きく用いれば衰弱しているという土竜の怪を消してもしまいかねません。

「うーん・・・たぶん、なんとかなると思います」

 そう言ったのは真琴でした。春菜がラインバーグに話を聞いている間、別れて簡単に調べておいた内容ではもぐらという生き物は小動物にありがちな大食漢であって多くの食料、主にカエルや虫などを得るために長くて広い巣穴を掘ることで知られており、その全長は100メートル程度には達すると言われていました。

「もぐらが害獣と呼ばれるのはこの穴のせいで、例えば水田でこんな穴を空けられたらたまったものではないですし畑でもその穴にネズミが入り込んで作物の根をかじったりすることが多いからなんです。彼らはただ巣穴を掘っているだけなのに、田舎の田園風景ですらそれとは共存できないなんて気の毒ですよね」

 張り巡らせた穴のところどころに地上への穴をあけて、不用意に落ちて中をうろついている餌を捕食する。それがもぐらの巣穴ですが、それでは穴を掘る場所の条件といえば餌になる生き物がいるところに違いなく、更にその生き物たちが簡単に穴に飛び込んでくれるようなところがいいに決まっています。

「ですから農家の人がもぐら駆除をしようとする場合、田畑の真ん中ではなくて普通は農道や畑のあぜ道なんかに罠を張るそうです。もちろん田畑に罠を張るのが剣呑という事情もありますけど、人に驚いたカエルや虫が飛び込むところの方がもぐらにとっても餌場になりますしね。いくら妖怪でも、妖怪ならばこそ習性は残っている筈です」

 順序立てて説明する真琴の話には充分な説得力がありました。逃がした場所が神社、境内からあまり離れていない、餌になる生き物がいそうな巣穴を掘れる場所で、更に人通りに驚いた餌が多く逃げ込みそうな場所となれば広い境内にあってもその周辺を囲う雑木林になるでしょうか。はたして地面を探し回ってみると、それらしい穴を見つけることができました。

「あとはもぐらの移動速度で100メートル内の巣穴をうろうろするなら、数時間で同じところを通る計算になる筈です。ここに陣を張って待ち構えていれば、たぶんかんたんに捕まえられるんじゃないかと思います」
「・・・大したものだな。分かった、陣術の方はまかせろ」

 感心した表情を隠そうとせずに、塔子は頼りなげなお嬢様たちの言うとおりに陣を張る用意を始めました。ほどなくして、長い尾のような毛を生やした毛づやのよい土竜の怪が捕らえられたのは、それから三十分程度もした後のことです。


「それにしてもオカミスが事件を解決できたのは、剣術研の優秀なサポートがあったからだな」
「アナタの指示はずいぶん違ってたようですけどネー?」

 無事、土竜の怪を捕まえても剣術研究会とオカルト・ミステリー倶楽部双方の顧問が懇意になるようなことはありません。ネイとラインバーグは相変わらずといった口論を続けており、互いの部員たちはああまたかといった様子でそれを抑えようともしていません。
 塔子としては頼りなげな剣術研究会のお嬢様たちが、単純な力や能力によらず事件の解決に寄与してみせたことに春菜や真琴に対する見方を多少、改めていましたが当の真琴や春菜はあまり喜んでいるようにも見えず、むしろ物思いに沈んでいるような表情すら見せています。塔子が声をかけるよりも早く、友人の様子に気が付いていたのはとても気が利くとは思われていない瑠璃でした。

「どうしたの?二人とも元気ないよ」
「本当は、土の下にもぐらがたくさんいるならばあんな方法で土竜の怪だけを見つけることはできないんです。それを思うと、かんたんに捕まえられたことがむしろさみしいなと思いまして」

「・・・そうだね。でもだからこそ助けたんでしょ?それでいいじゃないの」
「・・・そうですね。そうですよね?」

 所属の異なる、対立する筈の剣術研とオカミスの友人同士が笑顔を向け合っている間にも、互いの顧問は飽きることなく罵り合いを続けていました。両倶楽部の対立と呼ばれているものも、結局はどこかになれ合いを秘めただけの、互いに手を取り合うことができる無意味な対立でしかないのかもしれません。そして無意味だからこそ、それを捨てる理由もなくやがて伝統にまでなったのでしょうか。

 あの土竜もきっと、いつかどこに逃げ出しても捕まえることが難しくなるような、あるいは逃げ出しても捕まえる必要もなくなるような時が訪れるのでしょうか。部室前の騒々しい廊下を離れて、何とはなく図書室に行きたくなった春菜は友人たちを連れてきびすを返します。

 読みたい本は、もう決まっていました。

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