第二回



☆Act1.もういくつ寝たからお正月

 平成9年1月5日。聖林檎楽園学園…もとい聖ルーメス学園、五月倶楽部の部室。部室のまんなかでこたつに入っている三人の男女。こたつの上にはもちろんお茶とみかんが置いてあります。

「あの…どうして部室にこたつがあるんでしょうか?」

 お茶をすすりながら磯村薫(註.田中薫の間違いです)が言いました。

「やーねえ。こまかいこと気にしないの」

 みかんの皮をむきながら答えたのは明石カンナ。

「そうそう。薫は妙なところにうるさいんだよな」

 深々とこたつにもぐりこんでカイル・グリングラスも言います。

「そうかなあ…」

 そう言ってあたりを見まわす薫。跳び箱にマットに竹刀に冷蔵庫…これだけ訳のわからないものがある部室もそうはないと思うんですが。
 三人がぬくぬくとこたつに入っていると、部室の扉が開いて東郷真澄が入ってきました。

「なんだなんだあ。今日は中学生達しかおらんではないかっ。みんなたるんでるな」
「あ、真澄こんちはっ」
「こんにちは部長さん」
「今年もよろしくお願いします」
「うむ、よい挨拶である。そうか、君たちは正月のパーティーには来なかったのだな」

 ぱっと扇子をひらいて真澄。考えてみればけっこうえらそうな態度かもしれません。

「それではちょうどいい。せっかくだからこれから羽根つきでもしないか?」
「羽根つき…ですか?」
「ハネツキ?なんだそれ、薫」
「そうか、カイルは知らんのだな。この羽根と板でするバドミントンみたいなものだ」

 カイルの質問に答えながら、部室の隅から真澄が羽根と羽子板を取り出します。

「ほんとにいろいろある部室ですね…」
「まあ細かいことは気にするな。そうそう、負けた場合は顔にこのスミを塗られるのだぞ」

 今度はポケットから墨汁の瓶を取り出します。

「真澄、何でそんなもの持ち歩いてるの?」
「羽根つきをする為に決まっているではないか、カンナ」

 バタバタバタバタバタ…突然廊下の方から足音が近づいてきます。勢いよく扉が開くと、竹刀を振りかぶって飛鳥洋が入ってきました。

「真澄ーっ!成敗してくれる、そこに直れーっ!!」
「きゃ〜ははははっ!ヒロちゃん、何その顔っ!!」

 大笑いするカンナ。飛鳥の顔にはこれでもかというくらいスミで落書きがしてありました。

「人が昼寝している隙にやりたい放題やりおってっ!今日という今日は許さんぞっ!!」
「なんだ了見の狭い奴だな。これから羽根つきで負ける分を先に塗っておいただけではないか」
「ぬっ…誰が貴様なんぞに負けるものか」
「ではためしてみるか?逃げるなら今のうちだぞ」
「何をっ!かかってこい」

 言いあう二人の後ろでカイルが何やらメモを取っていました。カンナが尋ねます。

「何書いてるの?」
「いや、アスカ先輩はああやって挑発すればいいんだなーっと思って」
「…そんなもの書いてどうするのさ」

 薫がつぶやきました。


「こんにちはー、みんないるー?」

 部室の扉を開けて入ってきたのは秋野志麻。とたんに目が点になります。

「何やってんの、あんたたち…」
「おお、志麻も一緒に羽根つきをやるか?」

 顔に墨の跡をつけて真澄。飛鳥もカンナも同じように墨の跡がついています。

「遠慮しとくわ。それより、どうしたの薫くん…」

 薫の方を見る志麻。その薫はといえば、顔中真っ黒になるまで墨を塗られています。

「いえ、みんな何だかすごく強くて…」

 考えてみれば体育系が得意な連中ばかりが相手です。薫ではとても歯がたたないでしょう。

「…しょうがないわねえ。あれ?カイルは羽根つきやってなかったの?」

 カイルに代わって真澄が答えます。

「いやー、カイルからだけは1ポイントも取れんかった」
「うむ。まったく無念だ」
「何か妙に強かったわよねー」

 飛鳥にカンナも残念そうに言います。にこにこと笑いながらカイルが言いました。

「僕の美貌にスミなんか塗られちゃあ堪らないからね。アキノシマもそう思うでしょう?」
「人の名前を妙な呼びかたするなーっ!!」

 ぱこーーーーーーーーーーーーんっ。

 カイルの顔にくっきりとスリッパの跡がつきました。


☆Act2.お正月には…

 のんびりとした昼下がりの午後。昼下がりなら午後なのはあたりまえですね。ひきつづき五月倶楽部の部室の中。

「ちなみに昼下がりっていうのは午後二時頃(三省堂国語辞典より)の事だそうです」
「薫…誰に向かって話してるんだ?」
「えーと…誰だろう?」

 こたつでお茶を飲んでいるのは薫とカイル、志麻の三人。
 ずるずるとお茶を飲みながら志麻が言いました。

「そういえばカイル、あんた以前『こたつでお茶なんて庶民的だ』って言ってなかった?」
「過去の事は気にしない主義なんです」

 悠々とお茶を飲みながらカイル。

「…あんた、ほんといい性格してるわねー」
「…えいそこだっ。ああくそっ!」

 のんびりとこたつに入っている志麻たちの横でTVゲームをしている三人。先程やってきた天野健一と速波水生、それからカンナが後ろで見ています。

「ああー!サマーソルトかわされたっ」
「ぬわーはっはっはっはっ、修行が足りんわ〜っ!!」

 勝ち誇っているのは水生のほう。

「水生ゲームしてるとき性格替わってない?」
「ええーっ、そうですかカンナさん?」
「まあいいか。それじゃあ健一、今度はあたしと交替だよ」
「くっそー。これで水生に連敗したー」

 くやしそうにカンナと交替する健一。サマーソルト空振りは致命傷になると思うの。

「TVゲームまで部室にあるんですね」
「まー高校の部活なんてどこもこんなもんだってば」

 志麻さんそれは違うと思いますけど。


「それにしても今日は本当に中学生達だけだなー、みんな何をしているのだ?」

 少し離れた所で真澄と飛鳥が話しています。

「真澄…貴様忘れたのか?正月の新年パーティーの事を」
「ん?何かあったっけか飛鳥?」
「年越しから三夜連続で騒ぎ通したのはどこのどいつだっ!!今頃みんな家で寝ているに決まってるだろうっ!」
「何だみんな軟弱だな。私も君もぴんぴんしてここにいるではないか」
「貴様と一緒にするなッ!!だいたいオレはちゃんと家に帰って寝ていたぞ」
「そういえばカンナを連れ帰っていたようだな。うむ、よい心掛けだぞ」
「えらそうな事を…まあいい、それよりこの時期に受験生がこんな所にいるのも問題だと思うが」

 と、突然後ろからカンナが割り込んできました。

「ヒロちゃん固いんだからー。受験生には息抜きってものが必要なんだよ」
「お前は去年のクリスマスからずっと息抜きをしていないか?」
「やーねえ気のせい気のせい」
「ぬう…まあちゃんと勉強しているならいいんだが」

 ここでぺらぺらと部員名簿のページをめくりだす志麻。

「あら?この中だと成績の心配がないのってカイルだけなの?」
「当然。僕は優等生ですからね、薫だって内申書はいいから受験の心配はないはずですよ」
「(美形でスポーツ万能で勉強もできて…これで性格さえよければ無敵なんだけどねえ)」
「ん、何か言いました?アキノシ…」
「何でもないわよっ」

 すばやくカイルのほっぺたをつまんで、志麻が答えました。


「…えーと、志麻さん」
「何?薫くん」
「はい、さっきから気になってたんですけど…あのすみっこにあるの、いったい何でしょう?」

 部室の隅。跳び箱やらの用具で仕切られた一画に『種ちゃんの穴ぐら』と書かれたボードが掛かっています。

「…あんまり気にしないでいいわよ。そのうちわかる事だから」

 じつの所、薫くんにはあんまりここの空気に染まってほしくないと思っている志麻さんでした。ふと真面目な顔つきでカイルが言います。

「ところで志麻さん。重要なお話があるんですが」
「な、何よ急にあらたまって。カイル」

 ちょっととまどって志麻。

「実は…オチがつかないんです」
「はあ?」
「だから、今回はキャラ紹介に終始してお話の展開を考えていなかったんで…お話のオチがつかないんですよ」
「な、何よそれっ!!そんなの私にどうしろっていうの?」
「だからどうしましょうかって」
「そんなの私が知る訳ないでしょっ!カイルが何とかしなさいよっ」
「僕だって困りますよっ。だから志麻に相談してるんでしょっ!!」
「何でよ!私には関係ないでしょっ!!」
「ひどい!志麻冷たいよっ!!」

 にらみあうカイルと志麻。薫があいだに入ります。

「ちょっとカイルも志麻さんも…落ち着いて下さいよ」
「これが落ち着いていられるかよっ、薫!!」
「そーよ、落ち着けばどうにかなるっていうのっ!!」
「だから…落ち着けば立派にオチがつくなあって…」

「…」
「…」

「いや、だから、落ち着くとオチがつくっていうのをひっかけて…」
「…わかった。薫、もう何も言わないでいい」
「…私達が悪かったわ。だからもう何も言わないで薫くん」

 薫くんがここの空気に染まってしまわないように。
 その事を深く深く心に誓う志麻さんでした。

おしまい


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