第四回
☆Act1.星めぐりの歌
「おのさきをそらにむすび
おおぐまとこぐままわり
さかなたちふたりはなれ
やぎのつののさきむかい…」
平成9年3月21日金曜日。毎度おなじみ聖林檎楽園学園…もとい聖ルーメス学園、五月倶楽部の部室。そろそろ暖かくなる季節、部室の真ん中にでんと置かれたこたつに足を入れている二人の男女、田中薫と速波水生の二人。中学生の時から文芸部と園芸部のかけもちをしている薫が自作の詩を読んでいたりするんですが、五月倶楽部の部員の中で素直に…莫迦正直にそんなものにつきあってくれるのはたぶん水生くらいのものでしょう。もし薫が女の子だったら、カーマイン先輩あたりはつきあってくれるかもしれませんが。
「さそりのめあかくひかり
おりおんははるかとおく
おおぶねもいまはしずみ
ながれゆくりゅうこつのは…」
ちょっと照れ臭そうに歌うような調子で朗読している薫に、素直に両目を閉じてそれを聞いている水生。さすが通称夢みいちゃん、こういう照れ臭いシチュエーションも別にそれほど気にしていないようです。しばらくして詩が終わると、水生は小さな拍手をしました。
「薫さんこういう詩とか書くんですね。とっても良かったです」
「…ありがとうございます、そんなに喜んでもらえると嬉しいです」
ぽりぽりとほっぺたを掻きながら薫。本当ならこの辺で背景にお花が飛んで二人とも瞳がきらきら…って続くんでしょうが、あんまりそういう雰囲気でもありません。夢みいちゃんはともかく薫くんのほうに致命的なまでにそういう気がないからなんですが、書く身としてはその方がよっぽど助かります。だって恥ずかしいですもの、わたしのお話でラブラブなんか期待しないで下さいね。いちおう。
◇
たまには平和な部室、静かなひととき。聞こえてくるのは薫と水生がお茶をすする音と、あとはシャワーの音くらい…シャワーの音?部室の隅の謎のスペース、『種ちゃんの穴ぐら』の方から聞こえてきます。「せめてお風呂だけは入ってくれ」という一部部員の強い要望により、最近穴ぐらの中にシャワー室が設置されたとのこと。それ以来ときどきシャワーの音と石鹸の匂いだけは流れてくるようになりました。あんなところに誰が住んでいるのかなあと思いつつ、いまだに薫は穴ぐらの主と会ったことがなかったりするんです。いつのまにか窓枠に干されている布団が、奇妙にふかふかとして気持ちよさそうでした。
「こんにちはー、みんないるー?」
しばらくお日さまも動いたころ、部室の扉が開いて。中に入ってきたのは秋野志麻とカイル・グリングラスでした。部室ではこたつに入った薫と水生が転がってすうすうと寝息をたてていました。あきれたように志麻。
「…気持ちよさそうに寝てるわねえ。起こさない方がいいかな?」
「でもこたつで寝ると風邪ひくっていいますよ、シマ」
そういえばカイルの口調は、ですます調から普通の口調に変わりました。本当は薫もカイルも基本がですます調、パートナーに対しては普通の口調っていう設定だったんですけど、表記するならこのほうがよさそうだったんで変更していますが、あまり気にしないで使い分けるつもりです。
多少お日さまが降りてきたこともありますし、志麻とカイルは二人を起こしてあげました。薫と水生は申し合わせたように同時にあくびをすると、両手を上げて伸びをしました。ふとお互いに目を見交わして、軽く笑みを浮かべます。
たまには平和な部室、静かなひととき。やっぱりこういうものもいいものです。
☆Act2.でもさわがしい連中がやってくるんです
「新歓コンパ…ですか?まだ新学期も始まっていませんけど」
「なに気にするな水生くん。その時はまたコンパをやればいいだけのことだ」
先程部室にやってきた東郷真澄が、新入生歓迎コンパの話をしています。どうやら新学期になって五月倶楽部部長の任期が切れるまで、延々と騒ぎとおすつもりのようです。
「そういう訳で新入生は何か芸を考えてくるのだ。別にどんなものでもかまわんからな」
「芸…ですかあ?」
途方にくれる様子で水生。その隣でカイルに尋ねる薫。
「ねえカイル。コンパってようするにパーティーのことだよね?」
「そうだよ薫。正しくはcontraband partyの略で、ご禁制のパーティーって意味なんだ。十九世紀初頭にアメリカで流行ったドラッグパーティーが名前の由来になっていて、本来は内密な非公開の談合とかパーティーのことを指して言うんだけど、最近では内輪で行なうパーティーのことを指すようになったみたいだね」
「薫くんに嘘教えてんじゃないのっ」
ぼかっ。
志麻の鉄拳が飛びました。叩かれた頭を押さえて抗議するカイル。
「痛いなあシマ。マイ先輩に借りた本に書いてあったんだよ、何ならカーマイン先輩にも聞いてみなよ」
「舞っ!カイルたちに何を貸したの」
近くにいたポニーテールの娘に話し掛ける志麻。その娘、伊吹舞が片言の外人風口調でこたえました。
「オー。この本キングダム世界で買ってきたネ。私まだニポンの風習慣れてないからとても役にたってマス」
そう言って舞が取り出した本の背表紙には、「現代用語の基礎知識 民明書房刊」と書かれていました。本をひったくるように志麻。
「王大人著…こんな本いったいどうやって手に入れたのやら」
もはや怒る気も失せてすっかりあきれています。
☆Act3.contraband party
新歓コンパといっても会場は部室で行ないます。ジュースやらお菓子やらが運ばれてくると、普段はあまり顔を出さないようなメンバーもぞろぞろと集まってきました。中には部員でない連中もまじってるみたいですが別に気にしちゃいけません。ちなみに五月倶楽部は生徒会から予算をもらっていませんから、食べ物も飲み物も部費の一部から出すか、あるいは部員の持ち込みになります。
そうなると当然不埒な連中も出てくるわけで、隅っこで酒盛りをしているらしい様子もちらほらと見えます。
「ねえ薫くーん。一度でいいから女装してみないー?」
「し、志麻さんいきなりどうしたんですか!?」
すっかりできあがってる人もいるみたいです。なにしろ五月倶楽部はアルコールなしでも酔えるような連中の集まりですから、阿鼻叫喚の地獄絵図の中で良識派の叫び声はむなしく四散するのみなんです。部室の隅っこにもできあがってる娘が一人、北翔風香につきあっているのは天野健一でした。
「なによお…だいたいあの莫迦部長、予算のことも考えずにぱあていですってえ(とても長いので中略)もう来期までお金なんかもたないんだからあ、知らないっもう知らないっ今日は飲むぞこら健一逃げるなつきあうんらろおら」
「…白郎先輩自分で酒持ってきといてどこ逃げたんだーっ」
傍らに転がっているブランデーの瓶が二本。恨めしそうにそれを見ながら健一はあいかわらず不幸でした。そのころ部室のまんなかあたりではすでに隠し芸大会が始まっています。最初は伊吹神楽&舞のコンビ。
「ニポンの芸といったらやっぱりゲイシャガールねーっ!!」
「ち、違うーっ!!俺はこんな事をやるなんて聞いてなかったんだーっ!!」
かんざしに着物にラメ入りスパッツに草履。ものすごい衣装を着た二人が踊っています…でもなんか神楽くんも楽しそうですね。固い石ころの入った大量のおひねりが投げ付けられています。
「にばーん、明石カンナ青汁一気飲みやりまーすっ!!」
勢い良く手をあげたカンナ。みんなが大笑いする中、ジョッキになみなみと注がれた青緑色の液体を一気に飲み干します。
ごくん…
ごくん…
ごくん…
ごくん…
ぱたり。
「あの…カンナさん動きませんけど」
「だ、大丈夫ですよきっと。とにかく隅っこに連れてきましょ?」
ぴくりともしないカンナ。とりあえず薫と水生が介抱して隅っこに引きずっていきました。それでも狂乱の宴は終わるそぶりも見せません。今度は真澄が名乗りを上げます。
「よーし!!身体をはったカンナの芸には心打たれるものがあった!今度は私がとっておきの手品を見せてやろう、なんと種も仕掛けもないハトから内臓を取り出す芸だ!!」
「動物愛護団体から苦情の来そうな事をするんじゃなーいっ!!」
ばきっ。
志麻の右足が真澄の顔面にめり込みました。
◇
「明石カンナふっかーつ!もう一度青汁一気飲み挑戦しまーすっ!!」
「やめてくださーいカンナさーんっ!!」
必死にカンナを止める水生。新歓コンパに名を借りた狂乱の宴は未だに続いています。得心したようにカイルが志麻に言いました。
「ほーらシマ。やっぱりcontraband partyじゃないですか」
「否定できないわ…」
そんなことを言って常識人を自認している志麻にしても、コスプレ(させる)マニアなのは周知の事実です。カンナに水生に薫…大きなリボンにフリルのついた洋服を着せられて、先程からみんなに祭り上げられています。男の子みたいな外見の女の子と、れっきとした男の子にまでこういう格好をさせるのが常識人かどうかはちょっと疑問が残ります。
「ほおら健一さっさとつぎなさいよお出ないと予算どおなっても知らないんだからあ。なによお私もう予算のことなんか知らないっていったでしょお(やっぱり長いので中略)なーにその顔は、だいたい白郎がこないだの弥生賞に使いこまなければうんたらかんたら」
「もう勘弁してくれよお…」
まだ風香につきあわされている健一もいつのまにか志麻にコスプレさせられていたりするんです。ランニングゲイルは快勝してくれたんですけどねえ。関係ないですけど。
☆Act4.最強のスタンド使い
もちろんまだパーティーは続いています。さすがに何人かは最初のテンションが落ちてきたようで、あたりはなごやかなムードにもなってきているみたいです。ようやくcontraband partyも終わりに近づいたというところでしょうか。お菓子の残骸をつつきながら、薫と志麻が話していました。
「どお薫くん、少しはここの雰囲気にも慣れた?」
「はい、志麻さん。でもちょっと聞きたいんですけど…ここっていつ演劇の稽古とかしてるんでしょう?」
「え?」
思わず聞き返す志麻。
「え、だからその演劇とかお芝居の稽古って」
「薫くん…ここ演劇部じゃないんだけど」
「ええっ、そうなんですか!?だってぼくてっきり」
「ちょっ、ちょっとまって薫くん。もしかして…水生、健一、カンナ、カイル、シーファリーちょっとこっち来て」
志麻が呼ぶと新入生たちがぞろぞろと集まってきました。不安を感じながらも志麻は五月倶楽部が何をやってる部なのか聞いてみます。
「薫から演劇部だって聞いてたけど…違うの?だって大道具小道具そろってるし、シマだってたくさん衣装とか持ってきてるじゃないですか」
「え?五月倶楽部ってゲーム研究会ですよね、健一さん」
「うん。俺もそう思ってたけど」
「えー何言ってんのよ水生。ここって科学部なんでしょ?」
「へ?五月倶楽部って部活動だったの?あやしい宗教団体だとばっかり思ってたけど…」
こめかみを押さえてうつむく志麻。真澄の能天気な声が聞こえてきます。
「まあーよいではないか、どれも似たようなものである」
「いい訳ないでしょっ!あんた部長なのに何やってたんだーっ!!」
きらーん。
志麻のバットの一振りで、哀れ東郷真澄はお空のお星さまになりました。薫がつぶやきます。
「五月倶楽部ってじつは野球部だったんですね」
違います。
◇
「…おおっそういえば薫はまだ芸をやっておらんではないか。何でもいいから技はないのか?」
「技、ですかあ?」
お空の果てから生還して。ぼろぼろになりながらも薫に芸をすすめる真澄。
「いつまでも莫迦なこと言ってんじゃないの…で、わかった?五月倶楽部っていうのはようするにお茶のクラブなの。いちおう名目上は『お茶の種類や作法に無理にこだわらず創造力と感性とを養う』ってことになってるんだからね。堅苦しいのは抜きにしても、何でもありって訳でもないのよ。でなきゃたとえ予算がでなくても部活動って認定してもらえないから」
説明的な長い台詞を言いながら、志麻が五月倶楽部のことを新入生に教えています。
「じゃあちゃんと活動が認めてもらえれば、予算も出るようになるってことなんですか?」
「そうよ水生。もっともこの様子じゃあなかなかそうもいかないだろうけどね…」
そう言って部室を見回してみると散々たるありさまでした。訳のわからないたくさんの備品に、散乱するごみくずに、ひびの入ったガラス窓に、床に横たわる部員たち。誰とはなしにため息をつきます。ため息の量だけまだ理性と良心が残っているということなんでしょう。薫が言いました。
「それじゃあせめて最後はにぎやかにお茶でも飲んだほうがいいですね」
「なんでにぎやかになの?薫くん」
問い返す志麻。
「だからお茶のクラブだけに最後はぱーっとティーを飲んでパーティーだなんて」
邪気の無い顔で薫。あたりがまっしろになりました。
「ってあの…志麻さん?」
「…」
「どうしたんですか…あれ、みんなも」
「…」
あたりを見回す薫。みんなまっしろけです。
「ねえどうしたんですか?ぼく何か悪いことでも言ったんでしょうか」
「…」
「あの…」
「…」
「…」
「…」
どうやら薫くんは時間を止める技を持っているみたいです。
世界がまっしろに染まっていました。
おしまい
☆次回予告
♪ちゃーちゃーちゃーちゃちゃんちゃーん
…初めて薫と出会ったあの日、二人で誓いあった僕たちだけの約束。ペンダントに込められた思いと、少年たちに加せられた大きすぎる試練。時の砂粒が運んでくるのは暖かい光なのか、それとも冷たく暗い常闇なのか。
真実を知っているのは、あの日と同じ星空だけ…。
「…カイル、何この文章」
「いや、予告編らしくていいかなーと思って」
「次回何書くかなんていつも考えてないじゃない。いきあたりばったりだもん」
「だから予告編もてきとうに書いたんじゃないか、いい感じだろ?」
「やだ。こんな恥ずかしそうなお話出たくないよ」
「しょうがないなあ、じゃあせめてタイトルだけでも。『トカゲの眉毛とタコの足首』でどう?」
「…もういいよ」
…大正桜に浪漫の嵐っ!!
ちゃーちゃーちゃーちゃちゃんちゃんっ♪
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