第五回
☆Act0.トカゲの眉毛とタコの足首
「…カイル、このタイトルなに?」
「え?だって前回予告したじゃないか、薫」
「そうだけどさ。じゃあどんな意味があるの」
「どうしたんだよ薫。こんなタイトルに意味なんかある訳ないじゃないか」
「だってそれじゃあ…ううん、もういいよ」
田中薫とカイル・グリングラスの会話。どうも薫くんは細かいことを気にする性格みたいで、にもかかわらずつっこみが弱いからいつも気苦労が絶えないみたいです。べつにお話のタイトルなんて何でもいいと思うんですけどね。ほんとは「路地裏に眠る雪だるま」とか「はとバスとはと麦の相関関係」とか「けんけんばろあむぐるぐのしかかしぱんばたち」ってタイトルでもいいんです。
「…けんけんばろあ?」
あれ、知りませんか…まあいいや、それより本編にもどりましょう。
「その前にちょっといい?」
なんです、カイル?
「最近僕のイラスト描いてないだろ。前回は薫とシマだけだったし、その前もすみっこに小さくしか描かなかったじゃないか。せっかくゆみゆみ嬢に気に入ってもらってるんだから、ちゃんと描いてくれよな」
「そうですよ、ちゃんとカイルも描いてくださいよね」
あら薫くんまで。べつにわざとやったわけじゃないんですけどね。でもわたしもともと文章書きだから、イラストは得意じゃないんですよ。前回のカットだってあれだけ描くのに何時間かかったか知ってるでしょ。とくにカイルみたいな美少年は描くの苦手なんです。
「別に僕が美少年なのは今に始まったことじゃないさ。いくら描いても本物より美しくは描けないから安心していいよ」
カイル…そういう性格、わたしけっこう好きです。
※註.このお話の作成当時、確かにカイルのイラストはあんまり描いてませんでした。
☆ Act1.つっこみの弱い薫くん
平成9年4月17日木曜日。毎度おなじみ聖林檎楽園学園もとい聖ルーメス学園にて。この時期になると新学期も始まって、ようやく学園にもなじんでくる頃です。昼下がりの五月倶楽部の部室、めずらしく中には誰もいません。扉を開けて入ってきたのは田中薫でした。
「こんにちは…あれ?まだ誰もいないみたいですね」
部室を見まわして薫。出入りの激しい部ですから、たまにはこういう事もあります。みんなが来るまで待っていようかなあと思っていたところ、部室の隅っこ、いろいろな備品が積んであるあたりに奇妙なモノがあるのに気がつきました。
「何だろ?あれ」
そのモノに引かれるように…ふらふらと惹かれるように近づいていく薫。誰かが近くにいれば、何の気なくそれを手にとった薫の瞳に奇妙な光がやどっているのに気づいたことでしょう。実際はひとりだけ、薫の近くに人はいたんですが。
(ああ…それに近づいたらあかん。でも声かけるのめんどいわ…)
種ちゃんの穴ぐらの中。穴ぐらの主は薫の身に危険がせまっていることに気づいてはいたんですが、めんどうだったのでそのまま寝てしまいました。単にこれから起こることを楽しみにしていただけかもしれません。Heart of MAGIC通称はまじ、現代魔法世界には世にもめずらしい魔法のアイテムなんてものも存在します。そしてその中には恐ろしい呪いのアイテムも存在しているんです。
「おーい、薫いるかーい?」
続いて扉を開けて入ってきたのはカイル・グリングラス。五月倶楽部を巻き込んだ恐ろしい事件は、こうして一見平和な春の一日にその幕を上げたのでした。
◇
「こんにちはー、みんないるー?」
引き続き五月倶楽部の部室。いつものように扉を開けて、秋野志麻が入ってきました。
ぱああああああああああああんっ!!!!
突然部室に響く乾いた音。驚いた志麻が中に駆け込むと、そこには床に倒れ伏したカイルと、助けを求める顔で立っている薫がいました。
「ど、どうしたの二人ともっ!?」
あわてて駆け寄る志麻、カイルを抱え起こします。うめくようにカイル。
「シ、シマ…」
「何?カイル」
心配そうにカイルの顔を覗き込む志麻。
「どうせならもっと女らしい人に助け起こしてもらった方が美しかったのに…」
「あんたはこんな時まで何言ってるんだーっ!!」
すぱーーーーーーーーーーーんっ!!!!
「…ってあれ?薫くん」
あっけにとられる志麻。志麻が手を出そうとする前に、薫が手に持っていたハリセンでカイルの頭を思いっきり張り飛ばしていました。気持ちいいくらいの一撃にすっかり目をまわしているカイル。ですがカイルをひっぱたいた薫のほうといえば、さっき以上に困った表情をしていました。
「ああっ。カイル大丈夫!?」
「ちょ、ちょっと薫くん?」
何が起こっているのかさっぱりわからない志麻。今にも泣き出しそうな顔で薫が言います。
「志麻さん…このハリセン勝手に動くんです。どうしましょう」
「え?ええっ!?」
☆Act2.呪いのハリセン
(…とまあそう言う訳で、あまりにツッコミの弱かった部員の怨念がそのハリセンにはこもっているんや)
ところかわらず五月倶楽部の部室の中。しばらくして何人かやってきた部員たちに、果実種がめんどうくさそうに説明しています。ただ声だけは聞こえてくるんですが、姿はまったくあらわしません。どうやらいつものことらしく他の部員も気にしてはいないようですが。
「それで薫さんの身体を利用して誰彼かまわずつっこんでいるんですね」
ぶきみわるそうな表情で言ったのは速波水生。その足元には明石カンナが横たわっています。種の説明を聞いているときに「一撃必殺、これがほんとのスタン・ハリセンっていうわけね」などと口をすべらした瞬間に薫のハリセンの餌食になっていました。まだ意識があるのか、うめくように言います。
「じゃ、じゃあそのハリセンには怨念がこもっておんねんなんて言ったら…」
すぱーーーーーーーーーーーんっ!!!!
今度こそカンナはぴくりとも動かなくなりました。
「ああっ!カンナさーんっ」
「…だめね。完全に気を失ってるわ」
冷静にカンナの様子を見てシーファリー・ミックス。そばにいた伊吹舞が言いました。
「カラダをはってまでボケ通すなんてさすがカンナさん、立派な芸人根性でス」
「奇妙なことで感心してんじゃないのっ」
あわてて志麻が言いました。どうやらこの程度のボケなら先手をとってつっこんでおけば、ハリセンの餌食にはならずにすむようです。
「とにかく薫のことを何とかするまでむやみにぼけないようにしないと…」
カイルが言いました。
カイルが言いましたがここは五月倶楽部です。はたしてみんないつまでぼけないでいられるか、カイル自身もまわりのみんなも自分に自信を持つことができないでいました。ただひとり薫はなすすべもなく立ち尽くしていました。
◇
それからしばらくの間、部室の中には緊迫した空気が漂いつづけました。すでにまわりには屍となった部員たちが幾人も横たわっています。特にカンナなどは目を覚ますたびにぼけてはハリセンで殴られているありさまで、たびたび殴りつづける薫のほうもほとんど泣き顔になっています。
「カンナさぁん…」
「…薫くん。カンナの場合は何だか好きで殴られてるようにしか見えないから、そんなに気にしないでもいいわよ」
なぐさめるように志麻。まだハリセンの餌食になっていない数少ない部員のうちの一人です。「私ツッコミ役でよかった」と内心思っている志麻でした。
「でもいつまでもこのままにしておけませんよ、志麻さん」
水生が言いました。彼女もまだ無事でいる数少ない一人。
「いろいろやってみたんだけど全然効果が無いんですよね」
「もう少し試してみましょうか?カイルちゃん」
そうカイルに言ったのは美少年然とした少年、フォートナム・メイソンでした。カイルと一緒に右目にあざをつくっています。ちなみに彼がどんなボケをしたのかはご想像にお任せ致します。
あいかわらず薫の右手に握られたままのハリセン。いくらひっぱっても手から離れませんし、破こうとしてもハサミで切ろうとしてもまるで歯が立ちませんし、とりあえずハリセンだけどこかに縛り付けておこうとしても、誰かがぼけるとまるで魔法のようにすりぬけて襲いかかってきます。実際魔法がかかっているんですけどね。もちろん何人かの魔法を使える部員たちが解除を試みても、まったく効果がありません。多少疲れたようにカイルが言います。
「いっそ薫のほうを縛っておくかな。腕だけでも押さえておけば違うかもしれないし」
「ええ!?カイルちゃんが薫くんを縛るなんてそんないけないこと…」
思わずかたよった想像をするフォートナム。次の瞬間にはハリセンの餌食になっていました。
多少は薫くんも自分の力で殴っていたかもしれません。
☆Act3.さあどうしましょ
「それにしても困りましたネ。何とかしないと部員みんなゼンメツですよ」
「これも五月倶楽部の危機と言うべきかしらねえ?」
舞の言葉に志麻が答えます。もう日も暮れかけてきましたが、いっこうにいい案が見つかりません。ちなみに薫の方は耳栓をしておとなしくしています。どうやら薫が「これはボケなんだな」と認識しない限りハリセンは動かないようで、今のところ被害者の数は増えないようになりました。
『大丈夫ですか?お茶でも入れましょうか、薫さん』
「あ…ありがとうございます水生さん」
紙に字を書いて、薫との交信役をしているのは水生でした。一度カイルやカンナも挑戦してみたんですが、それでもなおカンナはハリセンの餌食になっています。カンナが言いました。
「もーいやっ!アタシ今日こんなのばっかだよ」
「カンナの場合ほとんど自業自得じゃないんですか?」
「…カイルに言われたくないよ」
憮然として目を見交わすカイルとカンナ。そこに息せき切ってやってきたのはシーファリーです。
「わかったわよ!呪いのアイテムを外す方法」
「本当ですカ!?シーファリーさん!」
舞が言いました。部室のみんなもシーファリーのところへ集まってきます。白衣を着て古びた本を手にしたシーファリーが説明を始めました。
「…別にアイテムに限らないんだけど呪いを解除する方法っていうのは二通りあるのよ」
どことなく教師のような口調でシーファリー。
「一つはその呪いより強大な力で強引に解除する方法。単純だけど、でも呪いの力ってものすごく強い事が多いから意外に難しいのよね。実際何人か魔法をかけてみたけどだめだったでしょ?」
「じゃあもう一つは?」
カンナが尋ねました。シーファリーが続けます。
「もう一つの方法は『呪いが満たされる条件』を果たす方法。例えば極端な例なら、誰それを殺すっていう呪いはそれが叶った時点で解除される訳」
「そうすると薫さんの呪いが解除されるには…」
「ハリセンが満足するほどの会心のツッコミをする事ね。そうしたら呪いも解けるはずよ」
自信満々で断言するシーファリー。一瞬あたりに静寂が訪れます。
「…アタシは嫌だかんねッ!!あのハリセン見た目よりずっと痛いんだからっ」
「そうだそうだっ!だいたい殴られる為にボケなんかできる訳ないですよ!」
カンナとカイルが声をそろえます。これまでさんざん痛い目にあってきた身としては当然でしょう。
とりあえずその場をおさめたのは志麻でした。狙っていいボケが出るわけもないし、とりあえず薫の耳栓を外して後はいつもどおり誰かがぼけるのにまかせるという事にします。薫の耳栓を外すとカイルが言いました。
「さすがシマ。年食ってるだけあっていいこと言いますね」
すぱーーーーーーーーーーーんっ!!!!
耳栓を外した薫の最初の犠牲者はカイルでした。
☆Act4.実は今回はホラーのつもりだったんですが
それから一時間もたっていません。五月倶楽部はほとんど壊滅状態にありました。やはりプレッシャーがあるせいか、みんなかえってぎこちない冗談を飛ばしてはハリセンの餌食になっています。必死になっておもしろそうな冗談を考えていたカイルも、今はカンナと二人討死していました。
「あーん。どうしましょう志麻さん」
「もう打つ手なしねえ…」
お手上げという感じで志麻。さすがにそろそろ下校しないとまずい時間です。薫の頭の中に種の声が響いてきたのはそのときでした。
(しゃあないなあ。薫くん、あんたも何かおもろいこと言うてみい)
「え、ぼくですか?」
「どうしたの?薫くん」
薫の方を見て志麻が不思議そうな顔をしています。どうやら他の人には種の声は聞こえていないようです。
(ええから何か言うてみ)
「え、えーとそれじゃあ…あんまりハリセンで迷惑かけるとハリセンボン飲ませるぞーとか…」
沈黙。
長い沈黙。
とても長い沈黙。
とてもとても長い沈黙。困ったように薫。
「え?えーと…これでいいんでしょうか?」
長い沈黙。そして。
ぽとり。
薫の手を離れてハリセンが床に落ちました。
「わ!?取れたっ取れましたっ。でも何で?」
嬉々として薫が喜んでいます。ハリセンのショックと、それとは別のショックに撃沈しているみんなには種の声は聞こえませんでした。
(シーファリーも言うとったやろ。呪いより強大な力で強引に解除するって…)
半分独り言のように言うとあとはそのまま寝てしまいました。
◇
とにかくこうして世にも恐ろしい「呪いのハリセン事件」は幕を閉じました。ハリセンにかかっていた呪いもどうやら薫くんの力で(?)解けたようで、五月倶楽部の部室にもちょっと騒がしいけれど平穏な日常が戻ってきました。
それから数日後。穏やかな昼下がり、五月倶楽部の部室にて。がらがらと扉を開けて入ってくる人影がひとつ。
「あれ、誰もいないみたいですね…ん?何だろあれ」
ふらふらと引かれるように…惹かれるように部室の隅に歩いていくフォートナム。五月倶楽部を巻き込んだ恐ろしい事件はこうして一見平和な春の一日に…。
(…ええかげんしつこいわ)
そうですね。やめにしておきます。
おしまい
☆ 次回予告
♪ちゃーちゃーちゃーちゃちゃんちゃーんっ。
「…また次回予告やるつもり?カイル」
「だってけっこう気に入ってるみたいなんだ、これ」
「しょうがないなあ。でも何やるかなんて決めてないんでしょ?」
「そうだなあ…じゃあ突然シンデレラの劇をやることになって、大神さんの相手役を決める為に勝負するっていうのはどう?」
「どっかで聞いた話。だいたい大神さんって誰なの?」
「じゃあ花組代表を決める衣装対決とか」
「…だから花組代表って何」
「それじゃあ蒸気バイクの修理ができないからいっそ遊びに行くお話とか」
「…カイル。最近花組対戦コラムスにはまってるんだね」
「うん♪」
大正桜に浪漫の嵐っ!!
ちゃーちゃーちゃーちゃちゃんちゃんっ♪
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