第七回



☆ Act0.お話の前に

「えっと、こんにちは。田中薫です」
「こんにちは、カイル・グリングラスです」
「めずらしくまともな書き出しだね、カイル」
「そう?登場人物の挨拶で始まるお話自体まともじゃないと思うけど」

 別にいいじゃないですか。
 それよりカイル、今回の連絡事項お願いしますね。

「はいはい。前回のお詫びね」
「えーと。ヤオフェンさんの名前ですが、前回姚風(やおふぇん)さんでなくて桃風(たおふぇん)さんと表記してました」

 申し訳ありません。深く反省しております。

「ほんとに。せめて名前のまちがいだけでも気をつけてくださいよね」

 薫くんに言われると申し開きもできません。以後気をつけます。
 それでは今回は早めに本編にどうぞ。いつも前置きが長くてもしかたないですしね。


☆Act1.今回はプールで泳ぐお話です

 平成9年6月19日木曜日、よく考えたら梅雨時まっさいちゅうです。デートに行くなら屋内施設にした方がいいかもしれませんね。
 聖林檎楽園学園もとい聖ルーメス学園の近くにあるアスレチッククラブにて。屋内プールの中では速波水生たちが泳いでいました。

「…ぷはあっ!」
「機嫌よさそうね、水生ちゃん」

 一緒に泳いでいるのが野村史穂。魚のようにすいすい泳いでいる水生にくらべると、史穂はぷかぷかただよっているだけという感じですが。

「はいっ!いくら前回予告したとはいえ、本当に泳げるとは思ってなかったですからもう嬉しくて!」

 元気に言うと水中に潜って、シーファリーのほうまで泳いでいく水生。足をかくだけで身体をくねらせている姿は本当に魚のようです。
 泳いでいる水生を見ながらぷかぷか浮いている史穂にむかって、誰かが声をかけてきました。

「やあ、史穂さんお待たせしましたあ」
「何やってたのベル?遅かったじゃない」

 声のしたほうに振り返る史穂。プールサイドに腰かけて釣り糸をたらしているベルセンスを見ると、そのままぶくぶくと水に沈んでいきました。

「あれ?どうしたんですか史穂さん」
「…ベル。それはいったい何のつもり?」

 何とか立ちなおって史穂。

「いやあ、なかなか釣れませんねえ。史穂さん、どうやらここは釣り堀じゃないみたいですよ」
「当たり前でしょ!」

 すでに怒るのを通りこしてあきれています。まぬけもここまでくると犯罪的かもしれません。いつのまにかベルセンスの後ろに近づいてきていたのは明石カンナでした。

「だからベルさん。プールってのはこーやって泳ぐとこなんだよっ」

 どんっ。

 言うが早いかプールにベルセンスを突き飛ばすカンナ。ざぱーんと水中に落ちるベルセンスを見て、けらけらと笑っています。

「あはははははっ、やっぱ人を突き落とすのはプールの醍醐味よねっ」
「なるほど」

 どんっ。

 やっぱりいつのまにか背後に現れたカイルが、そのままカンナの背中を突き飛ばしました。ざぱーんと水中に落ちるカンナを見て、カイルの後ろに立っている薫が言います。

「…カイル。危ないからプールサイドで人を突き飛ばしちゃいけないんだよ」
「その通りだよ。だから僕がカンナに身を持ってそいつを教えてあげたんじゃないか」
「カイルも突き飛ばしちゃだめなのっ」
「そうだね薫。じゃあ僕たちも身を持って罰を受けよう」

 そう言うと薫の手を取ってプールに飛び込むカイル。二人いっしょにカンナたちの所へ落ちていきます。

「うわわわっ!?何でぼくまで」

 ばしゃあああん(ごッ)。大きな水しぶきがあがると、あたりに静寂が訪れました。
 しばらくしてぷかあと浮いてきたのはカイルとカンナ。いい感じでお互い頭をぶつけたらしく、大きなたんこぶを作っています。同じく頭をぶつけたらしい薫の様子を見ながら、ベルセンスが言いました。

「なるほど、プールって奥が深いですねえ」

 そういう問題じゃありません。危ないですから良い子はまねしないでくださいね。


☆Act2.さつきくらぶのあたらしいぶちょー

「…で、今まで泳いでいたっていうんですか?」

 夕方近くになって、聖ルーメス学園五月倶楽部の部室。プールに遊びに行っていた連中を待っていたのは北翔風香でした。

「はいっ。とっても楽しかったんですよ」

 元気良く答える水生を見て、ため息をつきながら風香が言います。

「それでみんな、今日が定例会だっていうのは覚えてました?」

 風香の一言にあっという顔をするみんな。

「そういえば…」
「あ。わっすれてたー」
「ああーすみませんっ」
「あははははは」

 みんなの反応にあきれている風香ですが、部室の隅、『ぶちょー』と書かれたかんばんを首にさげている馬のぬいぐるみを見ると、もう一度ため息をつきます。

「まあ今日は部長も来てないからいいですけどね…」

 五月倶楽部新部長の伊吹神楽はちょうど昨日から学園を休んでいました。彼のパートナー、マイ・ホーリックスがフォローするように言います。

「今日はカグラはほんとーに寝込んでるネ。なんか悪いモノ食べたみたいデース」
「今日は?」
「ハイ。昨日は近くのラーメン屋の改装記念に行くんでさぼってましタけど」
「はああ…」

 さらに深い深いため息をつく風香。つぶやくように言ったのはカンナでした。

「でもさあ。あのぬいぐるみの『ぶちょー』ってなんか違和感ないよね」

 思わず納得しそうになる部員たち。
 もしかしたら今学期の部長は馬のぬいぐるみなのかもしれません。


「そういう訳でせっかくですからカグラのオイワイに来ましタ」
「マイさん。お祝いじゃなくてお見舞いですよ」

 思わずつっこむ薫。みんなで神楽のお見舞いついでに彼の家の神社に来ています。やや体調悪そうに、大きなはんてんを着込んで出迎えた神楽が言いました。

「見舞いついでって何だ?」
「オーウ、カグラ。ぶちょーなのに今日がテイレー会なのを忘れてたんでスか?」
「ってお前ら…そんなモノここでやる気か!?」

 声を大きくして神楽。仮にも病人のいる家におしかけるなんてそんな非常識な…という言葉が通用する連中かどうかは今さら確認するまでもありません。風香が言いました。

「部長は先月の定例会も休んでたんですからね。それじゃあ他の部員たちにしめしがつかないでしょ」
「倒れちまったもんはしょうがねーだろ。別にわざとじゃないんだから」
「今度の部長は意外に病弱なのかな?」
「昨日行ったっていうラーメン屋で当たったんじゃないの?」

 カイルとカンナの言葉に反論して神楽が言います。

「仮にも改装オープンしたばかりの店がそんな事するかよ。昨日だって改装前よりうまかったくらいだぜ」
「じゃあその後何かおかしな物でも食べたんですか?」

 今度は水生が質問しました。考え込むようにあごに手をあてる神楽。

「いや、家の連中も誰も何ともないし…俺も夕飯の後メロンパン一個食ったくらいだしなあ」
「めろんぱん、ですか?」
「ああ、台所からマイが持ってきたやつ。アン入りだったけど甘酸っぱくてうまかったな」

 神楽の言葉にマイが言います。

「メロンパンでスか?アンパンなら持っていきましタけど」
「え?」
「そー言えば変なパンでしたネ。二ヶ月くらい前はフツーだったのに、気がついたら緑色になってフワフワしてました」

 マイの言葉を聞いた神楽はぱたりと倒れました。


☆Act3.六月度定例会にて

「…それでは、六月度の定例のお茶会を行います」

 風香の言葉でお茶会が始められました。もちろん引き続き神楽の家の中。その神楽は今度こそ完全に寝込んでしまい、今は代わりに『ぶちょー』看板をさげた馬のぬいぐるみが置いてあります。

「でもすっかり日が傾いてきちゃいましたね」
「今日はしょうがないんじゃない?さっきのプールも定例会の一部だったっていう事で」

 水生とカンナの会話。定例のお茶会と言っても五月倶楽部のそれはあまり堅苦しいものではありません。月に一度はみんなで集まってお茶を飲もうねって事と、あとはちゃんと活動をしてますよっていう学校側へのジェスチャーみたいなものです。
 きょろきょろしている薫に向かって、史穂が尋ねました。

「どうしたの?薫ちゃん」
「はい…えーと。先月もそうでしたけど、定例会のわりになんだか人数がすくなくありませんか?」
「ああ、だってメンバー選んでるから」
「え?」

 不思議そうな顔をしている薫に向かって、史穂が説明を続けます。

「だからね。学園に提出してる五月倶楽部の活動基準に、定例のお茶会の開催とそのレポートの提出があるのよ。普段の活動だけじゃ誰が見てもお茶飲んでのんべんだらりとしてるようにしか見えないでしょ?」
「だって実際そうでしょ?」
「だよねえ」

 カイルとカンナのつっこみは丁重に無視されました。今度は風香が説明を引き継ぎます。

「だから。その定例会の時に、やれ窓を割ったとかドアを壊したとか裸で踊ったとか大喧嘩で怪我人が出たとか二冠達成したのに骨折して三冠絶望になっちゃったとかあると…はっきり言って倶楽部の存続にひびきかねないのよ」
「二冠達成って?」
「まあそれはいいんだけどね。だから普段の日はともかく、せめて定例会の時だけはなるべくそういう心配のないメンバーを選んで呼んでる訳」

 水生に説明する風香の脳裏に去年の定例会の様子がうかんできました。部長東郷マチュミに副部長飛鳥ピロチという、ある意味定例会には最悪の組み合わせ。まさか部長副部長を除いて定例会を行うわけにもいかないし、毎月学園に提出していたレポートの内容被害災厄のことを思うと、五月倶楽部がなかなか学園に認可されないのもしかたないわねえという気になってきます。薫が聞きました。

「でもいいんですかそんな事して。みんな怒ったりしないんですか?」
「別に出席はローテーションさせてるだけだからね。特定のメンバーだけ出したり出さなかったりしてる訳じゃないし、本当に都合で出れない人もけっこういるから」
「はあ」
「何より落ち着いてお茶を飲むだけなら無理してまで参加しようとしない人もけっこういるのよ。仮にもお茶のクラブなのに」

 風香のぼやきにぎくりとした人もきっといる事でしょう。

「そ、そうねえ。そうよねえカイル?」
「そうだね、カンナもそう思うよね?」

 二人とも何か思うところがあるようです。


☆Act4.忘れ物は何ですか

「それじゃあ、今日はこの辺でおひらきにしましょうか」
「おつかれさまでしたー」

 定例のお茶会は何ごともなく無事終了しました。あたりもすっかり暗くなって、神社の境内はひっそりと静まりかえっています。こわごわとした様子で水生がつぶやきました。

「うわ…まっくらですね」
「ちょっと遅くなりすぎたわね。白郎に迎えにきてもらおうかしら」

 困ったように風香。水生のほうはそんな風香の言葉を聞いていたりはしませんでした。

(どうしようかな…そうだ私も健一さんに迎えにきてもらおうかなでもまっくらな夜道を二人で帰るなんてきゃあそれじゃあまるで小説のワンシーンみたい私たちの前に悪人があらわれて健一さんが身を呈して私を護ってくれるんだわああそれとも手に手をとって逃避行だなんて二人の前に広がる困難も何もあなたがいれば怖くないんだわあなたは私の王子様…)

 空想モードに入ってしまった水生。このあと一時間くらいあっちの世界に行ってました。
 どこかへいってしまった水生の横で、カイルにそっと身をよせるようにしてカンナが囁きます。

「カイル。何だかあたし怖いな…送ってってくれない?」
「カンナ…」
「カイル…」
「…すっげー似合わないぞ」

 ぼかっ。

 頭を押さえてうずくまるカイル。

「…痛ってー!カンナだってどうせ冗談で言ったんだろ、殴る事ないじゃないか」
「そりゃそうだけど、そこまで正面きって言われるとさすがに頭にくる」
「自分でふっといて…何て男らしくない奴だ」
「あたしは女だよっ!」

 もしかしてラブラブになると思ってくれましたか?


「…とにかく、そろそろ行きましょ。忘れ物はないですよね?」
「大丈夫だと思いますけど。ですよね?史穂さん」

 今回は完全に常識人の風香と薫。最後に家から出てきた史穂が言います。

「ええ、ただどうも何か忘れてるような気がしなくもないんだけど…まあそれなら明日部長に届けてもらえばいいわね。じゃあ行きましょ」

 そう言われると何か忘れてる気がしますね。
 ああ、そういえばまだベルセンスさんが屋内プールに浸かったままでした。

「いやあ、プールって奥が深いです」

 翌日。部室の『ぶちょー』ぬいぐるみのとなりに『べるせんす』ぬいぐるみが置かれていました。

おしまい


☆次回予告

 ちゃーちゃーちゃちゃちゃんちゃーん♪

「こんにちは。フォートナム・メイソンです」
「あれ、今回はフォートナムさんがゲストなんですね」
「うん。薫ちゃん元気してた?」
「はい。そういえば前回カイルが『僕はまだ容姿46なのに』って言ってましたよ」

註.げーむ中の数値のお話です。最高能力値は99。

「でも僕もカイルちゃんも充分美しいから。薫ちゃんは容姿鍛えないの?けっこうかわいい顔してるのに」
「いや…ぼくは別にそういうのは」
「なんでー?今度いっしょにかわいい服とか買いに行こーよ。健ちゃんゲームセンターばっかでつきあってくれないんだもん」
「でもぼくは…」
「あっそーだ。じゃあ次回はみんなでかわいい洋服とか買いに行くお話ね」
「え!?」
「もう予告しちゃったよ。水生ちゃんの時も予告通りだったから次回はみんなでお買物。かわいい洋服とか買いに行くんだからね」
「ちょ、ちょっとフォートナムさん」
「それじゃあ次回も、大正桜に浪漫の嵐っ!」
「フォートナムさーん」

 ちゃーちゃーちゃーちゃちゃんちゃんっ♪


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