第十二回
☆Act0.五月倶楽部三役選挙結果速報
部長 ★秋野志麻12票
副部長★飛鳥洋 11票
会計 ★田中薫 11票
カイル・グリングラスの一言。
「薫はあれで堅いやつなんだぞ〜。会計なんかにしたら大変だぞ〜」
どうやらみなさん事情が良くのみこめていなかったみたいです。とにかく会計は田中薫くんに決まりました。
「は、はいっ。がんばりますっ」
いい返事ですね。それでは今回は五月倶楽部会計田中薫くんのお話です。
☆Act1.田中薫奮戦記
「うむ。それでは田中薫、会計の仕事は任せたぞ」
「…とにかく、がんばりましょーね」
平成9年11月20日木曜日。聖林檎楽園学園もとい聖ルーメス学園五月倶楽部の部室にて。前会計から副部長に就任した飛鳥洋と、とうとう初の三役に就任した部長秋野志麻から、薫への一言です。
立候補してやる気だけは満々の洋。やる気だけはまんまんなんです。ちなみに前学期、洋が会計をしていた頃の倶楽部の財政は結局ほぼ動きなしという所でした。それでも前副部長の北翔風香たちの功績が認められたのか、とうとう五月倶楽部も学園に認可、なんと予算が降りるようになったんです。
どんどんどんぱふぱふぱふ〜っ
あのー、明石カンナさん。まだちょっと状況説明してるとこなんで、あんまりちゃかさないで下さいね。
「あはは。ごめんごめんちょっと暇だったんで」
えーと、どこまで話しましたっけ。倶楽部の財政ですね。
そういう訳で予算のおりた五月倶楽部。洋の財政引き締め政策もあって、本当なら黒字決算が出るはずでした。本当なら。
「あの使い込みさえなければね。ねえ秋野さん?」
「え?えええそおねえ。そおよねえ」
にっこりと笑いながら風香が志麻に話しかけます。最近風香は志麻の事を名前でなくて「秋野さん」と姓で呼ぶ事が多くなりました。頬をひきつらせている志麻はといえば、その使い込みの張本人の一人だったりします。
で、収支決算はほぼゼロ。しかし五月倶楽部には前期から引き継いでいる赤字の山があります。赤字経営なのは相変わらずなんです。
「いつまでも借金が消えないと部の認可も取り消されるかもしれないし、私も手伝うから薫くん頑張ってね」
薫にそう言ったのは志麻ではなくて風香でした。責任感の強い人ですねえ。前部長の伊吹神楽に肩をマッサージしてもらってくつろいでいる風香。ようやく三役から解放されて、二人ともほっとしているようです。
意気揚々としている洋。前途遼遠の思いにとらわれている志麻。緊張して上気している薫。そんな中で部室の隅、種ちゃんの穴ぐらで何やら話しているのはカイル・グリングラスでした。
「でね、先輩。話なんですけど」
「うーん、うち何でもいーわー」
だから騒動はこれから起こるんですってば。
◇
翌日からさっそく薫くんの奮戦が始まりました。新部長の志麻と話しています。
「え?部費を徴収するって?」
「はい。一人二千円くらいなんですけど」
一人二千円。部費としてはかなりの額です。部員が約35人で計7万円くらいですから、学園からの予算と合わせると相当な金額になりますね。
「まあいいけど…みんなから集めるの大変よ?ユーレー部員だって多いんだし」
「んっとでもぼく会計ですし、がんばって集めてきます」
そういう訳であちこち走り回ってお金を集めてきた薫。ぱたぱたと走りまわる薫の姿を見て、みんなもいちおう払う気になったようです。だいたいの額を集め終わった薫は大澤白郎を呼びました。
「ん?何だどーした薫」
「大澤先輩。これ以前先輩が倶楽部に貸してた分のお金です」
しめて¥57452也。一晩かかって整理した領収書の束と合わせて白郎に差し出しました。
「お、おいこれ…いいのか?どうせ俺すぐ使っちまうぞ」
「でもこれ先輩のお金ですもん。借りたままにしておけないです」
よく見ると目の下にうっすらくまができている薫。領収書の期間を見て、ちゃんと一年生や新規部員と二三年生とで徴収額も変えたりしてます。感心したような顔をして、薫の頭をなでながら白郎。
「まあ…受け取っておくか。ありがとよ薫」
「はいっ。先輩ありがとうございました」
かなり安直な方法とはいえ、こうして一晩で五月倶楽部の財政をほとんど立て直してしまった薫。ほとんどです。まだ全部じゃありません。やっぱり感心していた志麻に薫が言いました。
「志麻さん、ちょっといいですか?」
「なに、薫くん?」
「はい。あと残ってる借金って志麻さんの分とカーマイン先輩が以前扉を壊した分なんです」
「…」
「だから…その…これってみんなから集められるお金じゃないし」
「…わかったわ。今すぐは無理だけど何とか返すからもうちょっと待ってて」
倶楽部内唯一の借金持ちが部長とそのパートナー。
バイトでも始めよう。そう思う志麻でした。
☆Act2.陰謀と呼ばれる地下茎の芽
薫くんの活躍であっという間に健全な部になってしまった五月倶楽部。しかし急速な変化が功悪両方の変化をもたらすのは歴史上の常識です。
借金持ち部長の立場に悩む志麻とそのパートナーのカーマイン。とりあえずこの二人はほっときましょう。それからこれまで倶楽部にいろいろ寄付&援助してくれた深山幸志郎先生。
「これでも顧問だからな。返してもらう必要なんてないさ」
そう言う深山先生ですが、きっと心の中では血の涙を流していたに違いありません。
でもほっときましょう。それよりもっと深刻な人たちがいるんです。
「真澄先輩。ちょっといいかな?」
「何だカンナくんではないか。何か用かね」
こっそり部室から東郷真澄を連れ出すカンナ。その表情は深刻です。
「何って先輩も分かってるでしょ?」
「うむ、薫くんの事だな。確かに私も薦めたとはいえ、あれはうかつだった」
「でしょー?なんとかしないと」
「あんなに真面目に働かれたんではうっかり使い込みもできんからな。夏合宿の時は先生方の財布があるので良かったが…日常の部活ではそうもいかん」
「ヒロちゃんの時は喫茶店代とか予算にまぎれこませたりできたんだけどね」
「私も今度ぜひ買いたい模型があるので予算でまかなおうと思っていたのだが」
深刻な話なんです。当人たちにとっては深刻な話なんです。
「やっぱもう少し薫には楽をしてもらわないとね」
「だがどうするのだ?さすがに二人で何とかするのは辛いと思うが」
「うーん、それが問題よねぇ。誰か味方を探さないと」
ではちょっと検証してみましょう。
×秋野志麻&カーマイン・ロッド
「無理だよねえ」
「前科を作らせてしまったからな。部長にもなってしまったし、真琴を使っても簡単には仲間にできまい」
×飛鳥洋&飛鳥知世
「…問題外である」
「扱いやすいけど味方にはならないよね」
×速波水生&シーファリー・ミックス
「水生に色仕掛けしてもらう…無理だなあ」
「シーファリーくんはどうだ?彼女は実験でお金も使いたいだろうし」
「だめだめ。シーファリーは水生を裏切るような事だけは絶対しないから。それに白郎先輩もそうだけど、実験費は化学部から出してもらってるもん」
「ぬう…」
×北翔風香&大澤白郎
「まさにこれが一番の問題である」
「風香さん完全に薫の味方についちゃったからねえ。他の人は風香さんに逆らってまであたしたちの味方はしないでしょ」
「五月倶楽部最大の実力者の一人が既に敵方に取り込まれているという事か」
「最大の実力者の一人?」
「ふっふっふ、もう一人いるではないか。表の実力者が風香くんなら裏の実力者は…」
「あっなるほど」
早速部室に戻ると種ちゃんの穴ぐらを覗くカンナ。
「せんぱーい、ちょっとお話があるんですけどお」
「薫の会計の話なら手伝わんで」
「え?」
一瞬凍り付くカンナ。
「さっきカイルが来て言うたんや。カンナが来るやろうから言うこと聞かんといたら、部室にホットカーペット買うてくれるて」
「やられた…先を越されたか」
正攻法でくる薫に陰謀策謀を操るカイル。カンナたち反乱軍は早くも窮地に立たされていました。
☆Act3.第二次五月倶楽部大戦勃発
かくしてカンナ&真澄の反乱軍vs薫たち連合軍の戦いが始まりました。
「かーおるっ。昨日駅前の喫茶店でお茶飲んだんだけど」
「はい?」
「やっぱり倶楽部としてお茶の研究は必要でしょ?で、この領収書予算で出してほしいんだけど」
「…だめですよ。それってソフトボール部の人たちと一緒に遊びに行った後でしょ?」
「げっ!?何で知ってんの。クラスも違うのに」
[いぶきさんに聞いたんです。昨日遊びに行った帰りにカンナさんが領収書もらってたんで気をつけてねって]
「ぐっ…すでにいぶきまで取り込まれていたか。ヒロちゃんが会計の時でさえ何も言わなかったのに」
カンナのつぶやきを聞きとがめる洋。
「ちょっと待て明石カンナ。すると俺が会計の時に度々出していたあの領収書は…」
「えっいやー何のコトかなー?」
「ごまかすな!ええーいこの悪党め叩っ切ってくれる!」
竹刀を振り回す洋に追いかけられるカンナ。連合軍はそうとう手強いようです。
「んーやっぱり上手くいかないか。こうなったら…」
逃げながら考えるカンナ。けっこう余裕がありますね。洋をまいて部室にもどると、今度はカイルに話しかけます。
「カイルー、今日パフェ食べに行くんだけどおごってくんなーい?」
どうやらカンナは不利な戦いを放棄して他国に援助を求めることにしたようです。この後しばらくはカイルと白郎にたかるようになりました。しばらくして真澄も薫のところにやってきます。
「やあ田中くん。何と来週あの水陸両用ガンタンクの模型が入荷するのだが…」
薫の後ろに風香がにっこり笑って立っていました。
「…いやおじゃました。はっはっはっ」
真澄は去っていきました。きょとんとした顔で薫。
「真澄先輩どうしたんでしょう?」
「さあ?急用でも思い出したんでしょ。それより薫くん、お茶でもいれてあげるけど飲む?」
「はいっ。ありがとうございます」
五月倶楽部最大の実力者の一人です。
◇
さらに手管を変えて攻めてくるカンナ。薫にしなだれかかるように話しかけます。
「ねーえ薫くーん。ちょっと話があるんだけど」
「ちょ、ちょっとカンナさん」
半分冗談の色仕掛け。演技だとこういうことが平気でできるあたり、カンナのあなどれないところです。ふとカンナが視線をあげると、複雑そうな顔で速波水生が見ていました。
「…や、やーねぇ水生冗談よー」
「…別に。私は何も気にしてませんから」
機嫌の悪そうな声でこたえる水生にものすごくばつの悪そうなカンナ。朴念仁な薫くんはとりあえず困った顔をしていました。さすがに罪悪感を感じながら部室を出て、カンナは真澄と再協議します。
「真澄せんぱーい、もういいかげんあきらめない?」
「何を言うカンナくん。このまま引き下がったのでは我が軍の名誉に関わるではないか」
「だってさっきの水生の視線こたえたもん。あたしもう抜けるからね、どうせカイルにでもおごってもらえばいいし」
「まあまてまて。それでは私のとっておきの策を披露しようではないか。あきらめるのはそれからでも遅くはないだろう」
「なーに?」
やる気のない声でカンナ。
「うむ。まず薫くんを拉致してシーファリーくんに改造してもらい、裏面から直接会計を操ってしまおうと言う…」
すたすたとカンナは立ち去りました。補給も続かなくなった反乱軍はこうして崩壊します。五月倶楽部に平和が戻ってきました。
☆Act4.戦乱という厚いパンにはさまれた平和という薄いハム
それからしばらくの間、五月倶楽部はとっても健全な部になりました。一番喜んでいたのはきっと風香さんでしょう。
「秋野さん。早く薫くんにお金渡してあげてね」
「え、ええ。もうすぐバイトのお金が入るからもうちょっとだけ待っててね」
借金部長の志麻も肩身が狭いなりに平和なようです。
「カイルー、今日喫茶店よってかない?ちょうど新しいCDも発売されるんだけど」
「お茶はまだしもCDは買ってやんないぞ」
綱渡りしながらカンナもなんとか平和なようです。
「うーむ。父上からの仕送りがこれだけで、真琴の分を抜かして…」
この人はお金がなかろうが何だろうがたくましく生きていけるでしょう。
で。会計田中薫くんの評価はなかなか高くなっていたんですが、さすがに真面目に働きつづけたせいか多少は疲れが出たようです。
「あれ?カイル今日は薫どこ行ったの」
「ああカンナ。薫ならちょっと風邪気味なんで保健室で休んでるよ。ちょうど季節の変わり目だったしね」
「ふーん。もしかして水生も一緒?」
「ああ。さっき様子見に行ったけど」
今度はカンナも気をきかせる事にしました。
◇
保健室。ベッドに腰かけて休んでいる薫。お盆にのせてきた湯飲みを水生が薫にわたします。
「薫くん。具合はどうですか?」
「ちょっと熱があっただけなんで…大丈夫です」
「あんまり無理しないで下さいね」
そう言って隣に腰かけると、薫の額に小さな手をあてる水生。思わず頬の熱くなる薫。
「ほら。やっぱりまだちょっと熱がありますよ」
「は、はい、いえあのそのでも」
「どうしたんですか?薫くん」
どきどきどき。きょとんとしている水生に、薫は何を話していいのかよくわからないでいました。
「はい、えーと…その…」
「?」
「あの…最近水生さんぼくのこと薫くんって呼んでくれるんですね」
「え?ああ、その、そう言えばそうですね、あはははは」
「あっすみません。ぼ、ぼく何か変なこと言っちゃって」
「あはは…は…」
「…」
二人うつむいて飲むお茶は何だかとっても甘い味がしました。
◇
あんまり無理しないで下さいね。
水生さんの一言。それ以来薫くんはあんまり無理をしなくなりました。
「結局水生の色仕掛けが効いたのかあ」
複雑な心境のカンナ。とにかく五月倶楽部もすっかり今までどおりに戻りました。それでも財政が一息つけたんで、風香さんなんかはやっぱり機嫌が良さそうです。
「志麻さん。そういえば昨日アルバイト代出たんですよね」
「それが…カーマインが買い込んだ薔薇の花束代払わされて…」
「…秋野さん。早く返してあげて下さいね」
もしかしたら歴代で一番立場の弱い部長かもしれません。
で、今回一番得をした人はというと。
「は〜。極楽やわ〜」
ホットカーペットを手に入れた果実種さんなんです。
おしまい
☆次回予告
♪ちゃーちゃーちゃーちゃちゃんちゃーんっ
「はーい。シーファリー・ミックスでーす」
「あれ、今回はシーファリーが予告するのか?」
「水生と薫はまだ保健室いるそーだしね。たまにはいいでしょ」
「ああ。じゃあ次回は何するんだ?」
「ふふーん、前にTOSHIKIが言ってたでしょ。次回はせいふくものよ」
「せいふくもの?でも知らない人は元ネタぜんぜんわからないんじゃないか?」
「だいじょーぶよ。たぶん元ネタとはぜんぜん違うお話になるから」
「って事は結局行き当たりばったりだって事だな」
「その通りよん」
「何か最近そんなのばっかりだな。いいかげん次回予告やる意味がないんじゃないか?」
「あらぁ、そんな事ないわよお」
「何で?」
「だって本編で出てこれなかった人が出る機会ができるじゃないの」
「あ…なるほど」
「と言う訳で次回はまた何人か初出演の予定だから、期待しないで待っててね」
「それじゃあ次回も、太正桜に浪漫の嵐!だな」
ちゃーちゃーちゃーちゃちゃんちゃん♪
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