第十四回



☆たなかかおるのこと

 ひとりぼっちのクリスマス。
 今までと同じ。みんながいるし、隣にはカイルもいる。ぼくの大切なパートナー。

 ひとりぼっちのクリスマス。
 でも、今年はひとりぼっち。今までと同じ。いつもと同じ。ただ、あの娘だけがいない。ぼくの隣に、あの娘だけはいない。去年のクリスマスではまだ出会ってもいなかったのに、今は、水生さんが隣にいないだけで、ぼくはひとりぼっち。

 一晩、おもいっきり泣いた。一晩、ずっとぼーっとしてた。ひとりぼっちで。
 部室へはいかなかった。今あの娘と会うのは辛かった。同じクラスの人たちと遊びに行った。ぼくの大切な友だち。遊園地の水族館。
 楽しかった。今、楽しいと思える自分がとっても嫌で、ちょっと落ち込んだ。

 ひとりぼっち?


☆あまのけんいちのこと

 平成9年12月30日火曜日。冬の季節にはめずらしく、しとしとと雨の降る一日。
 聖ルーメス学園五月倶楽部。静かな部室の中で、天野健一が一人窓の外を見つめていました。

「…今日も水生来てないな」

 クリスマスの夜。速波水生に好きだと言われて、好きだと言って。三流のTVドラマのように、そのまま幕が降りれば世の中にこれほど幸せな事はないでしょう。
 一夜明けて、目が覚めて。クリスマスの魔法が解ければ、目の前にあるのは自分が傷つけた現実。その日以来、田中薫は部室に顔を見せていません。

 わたしがかおるくんをきずつけてしまった

 最後に見た薫の表情を思い出して、水生はふさぎ込んでしまいました。クリスマスの夜が明けて。それ以来、水生も部室に顔を見せていません。
 部室の窓際でたたずむ健一。その後ろから何かが飛んできて、健一の後頭部にぽこんと当たりました。

「…痛て…」

 振り返る健一。ぽんぽんと床をはねていくテニスボールの先、こたつに身を埋めて、果実種が頬杖をついていました。

「こんな所で何しとるんや?健一」
「何って、別に」

 後頭部をさすりながら健一。やけに不機嫌そうに種が言います。

「別に、やないやろ。今日も水生も薫も来てへんけど、どないするつもりや」
「どないするったって…俺は…」

 ぽこんっ。答える健一の額に今度は野球のボールが当たりました。さらに不機嫌な顔になって種。

「…あのなああんた。そもそもの原因は自分にあるの分かってるん?」
「…俺が?」
「健一がしっかりしとったら、水生も薫もあんな傷つかんですんだんや。これで何もせえへんのやったら、今度はウチが許さんからな」

 ぼこんっ。健一の顔にサッカーボールがぶつかります。ボーリングの玉が転がる音を背に、追い出されるように健一は部室を出ました。一人残った種がつぶやきます。

「…まったくウチの世話焼いとる暇があったら自分の事しっかりせえよ」

 そのままあくびをひとつ。こたつのスイッチを切って、深々と布団にもぐり込みました。


 『感情』ってやつはどうも苦手だ。他人の感情も、自分の感情も。
 どうしたらいいのか分からないまま、健一はぶらぶらと廊下を歩いていました。目の前から歩いてくる女の子が一人。見知った顔。健一が声をかけるより早く、明石カンナが話しかけてきました。気のせいか、ちょっと冷たい声。

「あーいたいた。健一、薫が呼んでるよ」
「え?薫が?」
「…うん。第三校舎の裏庭だってさ」
「あ、ああ」

 とまどったように答える健一。口調を変えずにカンナが続けます。

「いーい健一?まだ良く分かってないみたいだから言っといたげるけどね、もともとあんたが水生をちゃんと構ってあげてればこーゆー事にはならなかったんだからね。志麻さんとの仲を誤解されてたって…みいちゃんの事ほっといて小間使いやってたあんたが悪いんだから。みいちゃんが傷ついてたの、ずっと薫がフォローしてたんだよ?それでもみいちゃんは健一を選んでくれたんだから。そのみいちゃんを慰めるのも、薫に謝るのも、健一の役目でしょ?」

 一息に話すカンナに気おされたように健一。その様子を見てカンナの顔が和らぎます。

「…まあ、健一のそーゆー性格が良い時もあるんだけどさ。今回は自分で責任取んなさいよね」
「ああ…悪かったよ。カンナにも気使わせちゃって」
「あたしに謝るのは別にいいよ。後日形のあるモノでくれれば」

 カンナの軽口を聞き流すかのように、健一は校舎裏へ急いで行きました。

「…まあ、あーゆー所が健一らしいんだけどね」

 つぶやきながら、カンナの頭の中は『後日形のあるモノ』の事で満たされていました。


 第三校舎の裏庭。カンナに聞いた場所はそこのはずでした。
 呼んでる、というからには薫が先に待っていると思ったのですが、そこには誰の姿も見あたりません。
 場所を聞き間違えたか、実は日時指定があったのか。こういう場合にカンナが嘘を教えるはずはないし、どうしようか健一が迷っていると、後ろからてててと足音が聞こえてきました。薫が来たのかな?と振り向く健一。

「天誅ーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 すぱーーーーーーーーーーーーーんっ!

 一瞬健一のまわりに飛ぶ火花。目の前にはハリセンを持った薫が立っていました。にこにこと笑みを浮かべて、明るい声で話しかけます。

「あーすっきりした。ハリセンなんて、呪いのハリセン以来久しぶりに使っちゃった」
「…な、なにすんだよ薫!」

 かなりいい感じで入ったのか、目に涙を浮かべて健一。

「何って、正直頭に来てたからね。一発くらい健一くんを思いっきりぶんなぐってやんないと気がすまなかったんだ♪」
「う…悪かったよ。でもいきなりはたかなくても」
「だって謝ってもらうよりこの方が気分いいもん。ね?水生さん」

 そう言って薫が振り向くと、校舎の影から水生がてててと歩いてきました。

「天誅ーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 すぱーーーーーーーーーーーーーんっ!

 またまたあたりに火花の飛んだ健一。気が付くと水生もハリセンを持って立っていました。

「あーほんと。すっきりしました♪」
「ね♪ややこしい事するよりこれが一番でしょ」

 今度は顔面に入ったらしく、鼻の頭を押さえて健一が言います。

「…痛ってー。何も水生まで…」

 痛がる健一を気にしないように薫が言います。

「これでぼくの気はすんだからね。水生さんも健一くんもそれでいいでしょ?」
「あ…本当にごめんなさい、薫さん…」
「あ、ああ…悪かった、薫」
「だからもういいよ。気にいらなかったらまたハリセン持ってくるだけだから♪」

 明るくこたえる薫。
 薫くんちょっと変わったかもしれない。水生も健一もそう思いましたが、一つはっきりしているのは、結局健一は殴られ役だったという事でした。
 並んで部室にもどる三人。でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ薫が淋しそうな顔をしていた事は、誰も気がつきませんでしたけど。

 ひとりぼっち?ううん、そうじゃないの。


☆かいるぐりんぐらすのこと

「ええっ!?カンナが海外留学するかもしれないって?」
「やっかい事が減りそうだけど…淋しくなるなあ」

 噂の伝達は光の速度よりも速いそうで、明石カンナが写真の勉強の為に海外に留学する『かもしれない』という話は、五月倶楽部に急速に広まっていました。

「…で、カイル、どうするの?」
「うーん。どうしたらいいかなあ…」

 聖ルーメス学園学生寮の一室。カイル・グリングラスの部屋を訪れていた薫が言いました。深刻そうな顔…はそれほどしていません。窓際の日の光のあたる場所で、のんびりと午後のお茶を飲んでいます。

「正直な所、ぼくはあんまり何も言う気はないんだ。カイルがカンナさんに何か言うのか、自分で決める事だから」
「うーん…正直、僕はカンナが好きだ」
「うん」
「でもいぶきも好きだしシャルも好きだしシーファリーも好きだしシマでさえ好きだぞ」
「うんうん」
「それに綾先輩だって好きだし史穂先輩だって好きだしシュリ先輩だって好きだからな」
「うんうん」
「…何も言わないのか、薫?」
「カイルの言いたい事は分かってるもん。ぼくだってみんな好きだよ」
「ああ。で、僕はカンナの事を『どのくらい』好きなのか…良くわからないんだ」
「そうなんだろうね。でも、大切なのはそれだけじゃないでしょ?」
「え?」
「カンナさんがね。もし何か言う事があったら…って言った相手がカイルだったって事。自分の事より先にカンナさんの事を考えてあげなくちゃ」
「カンナの事、か…」
「で、カイルの事はぼくが考えといてあげるから、安心して悩んでいいからね。ぼくの言いたいのはそれだけ」
「薫…」
「じゃあ、ぼくそろそろ帰るね」
「…ありがと」

 その夜、カイルはずっと考え事をしていました。

 だって、僕はひとりじゃないから。


☆あかしかんなのこと

 あたしらしくなかっただろーか?

「もし…もしもね、あたしに言う事があるなら、2ヶ月以内に言うように★」

 さ、さすがにちょっと…照れ臭かっただろーか?いやちょっとだけね。

 明石カンナ16歳。これでも年頃の女の子です。

「だーから。これでもは余計だって」

 ああこれはすみません。でも前号でお話をふったのはカンナさんの方ですからね。多少照れ臭くたってリアクションは受け取ってもらわないと。

「何よ?じゃあ照れ臭いリアクションでもかけるって言うの?」

 そーですねえ。例えば夜景を背に雪の舞う中、カイルが「カンナがいない世界なんて考えられないんだっ」って言って、カンナさんが「カイル…あたしの想いを受け取ってっ」で、ひしっと抱き合ってどこからか聞こえてくる鐘の音…

 ぼかっ

…痛たたたた。何もなぐる事ないじゃないですか。

「莫迦な事言ってんじゃないの。だいたいあたしやカイルがそんな事言うと思ってんの?」

 思いませんよ。だいたい似合わないし。

 ぼかっ

…痛たたたた。だから何でなぐるんですか?

「そんなに正面きって言われるとさすがに頭にくる」

 わがままですねえ。


「なあカンナ、明日デートしないか?」
「え?ああ、うん…いいよ」

 昨日の電話。唐突にカイルに言われて思わずOKしてしまった。確かに暇だったのはあるんだけどさ。お茶飲んで、映画見て、買い物して、まるで本当にでーとみたい。しかも困った事にけっこう楽しい。こーゆーのはあたしのキャラじゃないんだけどな。
 冬だから日が暮れるのも早い。夜空とショッピングモールを背に、カイルとあたしの二人、並んで歩いてる。まさか本当に照れ臭い展開にでもなるんじゃないだろうな、なんて思ってたら突然カイルが話しかけてきた。げ、目がマジ。

「なあ、カンナ…」
「な、ななな何?」

 おいおい。あたしったら何でどもってるんだ。

「カンナ、本当に留学しちゃうのか?僕は、前からカンナの事が…」
「え、えーと、その、あの…」

 どきどきどき。い、いきなりでないかいカイル?でもさあのその。

「カンナ…」
「カイル…」

 あたしの両肩に手を置いて、ゆっくりカイルの顔が近づいてくる。いきなり強引な奴。でも何故か、あたしそのまま動かずに目をつぶってた。まるで魔法にかかったみたいに。…や、やっぱこーゆーのはやだよ、何か違うもん。あたし、目を開けようとする。

 みょ〜ん。

「ふに?」

 目の前にあたしのほっぺたを引っ張ってるカイル…な、何してんのよあんた?

「あはは☆どう、カンナ少しはその気になってた?」
「カ、カイル、あんたねえ…」

 じょ、冗談にしてもこれはひどいぞっ。

「本当は真面目にラブシーンをやりたいんだけどね。カンナはそういうの嫌だろ?」
「え?」
「一晩ずっと考えてたんだ。僕は…やっぱりカンナの事が好きだ」
「え!?あ、あのさ、その…」
「…でも。僕が好きなのはカンナらしいカンナなんだ」
「?」

 な、何よそれ?

「たとえ傍若無人で天真爛漫で迷惑千万だろうと僕はカンナらしいカンナが好きなんだ。だから、らしくない事はしてほしくない」
「何かカイル…ずいぶん失礼な事言ってない?」

 だいたいこいついつの間にか難しいコトバ覚えてるし。

「自分のやりたい事、必要な事があるのに他人に余計な気を使って遠慮するのはカンナらしくないと思ったんだ。だから、カンナが留学したいなら僕にそれを止める事はできない」
「カイル…」
「やっぱり何もしないで後悔するより何かして後悔しなきゃな」
「どっちにしても後悔するっての?それはナサケナイぞ」

 いつもの軽口が戻ってくる。あたし、それからしばらくカイルの事じっと見つめてた。何も言わずに。
 多分、いや間違いなくカイルの言葉は薫の受け売りだろう。でも、それでカイルの本心が見えない程あたしは鈍くはないつもり。冗談にまぎれさせて照れが見えるのは、多分あたしも同じ気もちだからだろうな。

「だからもしカンナが留学するなら盛大にお別れパーティーしてやるからな」
「ん。ありがとカイル」
「ただ…ひとつだけ気になる事があるんだ」
「何?」

 カイルったら急に真面目な顔に戻って。何よいったい?

「ヨーロッパの新学期って9月からだろ?留学するとしてもそれって今年の夏休みあたりからじゃないのか?」

 あ。


☆ゆかいなうさぎたちのこと

 はやなみみずきのこと
 たなかかおるのこと
 あまのけんいちのこと
 かいるぐりんぐらすのこと
 あかしかんなのこと

 ひとりぼっち?ううん、そうじゃないの。
 だって、僕はひとりじゃないから。君がいるから。

おしまい


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