第十五回
☆Act.1〜4まとめて
東京都多魔区。丘の上に建つ聖ルーメス学園。
五月倶楽部は今日も平和です。今日も事もなく平和なんです。
◇
「…と言う訳で三月いっぱいをもって日本を離れるコトになりました。今までお世話になりまして皆様あんがとさんでございました☆」
ぺこり。妙な敬語で神妙にあいさつをするのは明石カンナ。写真の勉強の為にヨーロッパへの留学が正式に決まり、一年間一緒にすごした五月倶楽部の面々にお別れの挨拶です。聖ルーメス学園五月倶楽部の部室、いつもよりずっと集まる人数が多いのは、カンナの人徳のせいなのでしょうか。部員一同を代表して、現部長の秋野志麻が言いました。
「でもカンナ、向こうの新学期って9月からなんでしょ?一年生の単位ってこっちで取り終わるんだから、夏まで日本にいる訳にはいかないの?」
「うーん。あたしも考えないでもなかったんだけどね。でもやっぱりアタラシイセイカツニナレトカナイトイケナイシ、ケンブンヲヒロメヒロイシヤヲモツタメニモ早いうちに向こうへ行く事って必要だと思うんだ」
何故か急に棒読み口調になるカンナ。そんなカンナにつかつかと歩み寄るのはカイル・グリングラスでした。
「な、何よカイル」
「カンナ…やっぱりカンナと離れるなんて僕は淋しいよ」
真面目な顔でカンナの前に立つカイルに思わず顔が赤くなるカンナ。次の瞬間、いきなりカイルがカンナの上着をまくりあげました。
「きゃっ!ちょ、ちょっと何すんのよカイルっ」
ばさばさばさっ
焦るカンナの服の下から、ばさばさとガイドブックや観光用の地図が落ちました。カイルの表情があきれ顔に変わります。
「…思った通り、9月まで半年近く向こうで遊び呆けるつもりだな」
「…や、やーねえカイル。あたしがそんな事するように見える?」
弁解するカンナに部室のみんなの冷たい視線が刺さります。
これもカンナの人徳のせいなのでしょうか。
◇
「カンナちゃん…本当に行っちゃうの?」
「あ…シュリさん」
一方で。突然の別れを受け入れられない人も当然存在します。カンナに歩み寄るシュリ・エトレの表情は、今にもあふれそうになる想いを押さえるので精一杯、という感じでした。
「そ、そうよね。カンナちゃんが自分で決めた事だもんね。写真の勉強の為に留学なんてそうある機会じゃないし、私には何も言う権利なんて無いんだし…でも…でも…」
「シュリさん、ごめん。あたし…」
シュリの手を取るカンナ。こらえきれなくなったシュリの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれおちます。
「ふえええん…カンナちゃあん…」
「…………シュリさん……………」
泣き崩れそうになるシュリの肩を、後ろから木乃河雪夜がぽんぽんと叩きました。そのままシュリの肩を軽く抱いて、カンナに向かって笑ってみせます。
「…まあ、シュリの気持ちも分かってやってくれ。俺だって納得はできても淋しいのはあるしな」
「…ごめんなさい。雪夜先輩もシュリさんも」
「別に謝るような事じゃないさ。ほら、シュリもさっさと泣きやみな。カンナが困ってんじゃねーか」
優しくシュリの肩を叩く雪夜。何とか落ちついたシュリが、涙をふきながらカンナに顔を向けます。
「…あは。ごめんねカンナちゃん。向こうでも元気でね」
「大丈夫だよ。あたしが元気ないなんて事ある訳ないじゃない☆」
カンナの言葉にシュリに笑顔が戻ってきます。
今できる精一杯の笑顔。でもそれは一番素敵な笑顔です。
◇
「でもシュリ先輩の気持ちも分かるよね」
「ん?分かるって何が」
ふとつぶやく田中薫の声にカイルが聞き返します。
「んーと…カンナさんってとっても存在感があったから、いなくなった後に五月倶楽部が変わっちゃうんじゃないかなって事」
「そうだなあ。カンナと言えば傍若無人で天真爛漫で唯我独尊で焼肉定食な奴だからいなくなるのは淋しいよな」
「カイル…それはいくらなんでもひどいんじゃないの?」
「そうかい?あと電光石火に一騎当千に万夫不当なんてのもあるけど」
「…あんたあたしの事何だと思ってんのよ」
いつの間にかカイルの後ろに立っているカンナ。カイルの方は悪びれる様子もなく答えます。
「やだなあカンナ。僕なりに誉めてるんじゃないか」
「焼肉定食のどこが誉め言葉なのよ」
「昔からよく言うじゃないか。肉汁もしたたるいい女って」
「へー。それは初耳ね」
「当然だよ。僕も始めて言ったんだから」
ぼかっ
床に倒れるカイル。
「あんたと話してると頭が変になりそうだよっ!」
「…カンナ最近手が早いぞ」
そういえば私とカイルって最近よくカンナさんに殴られてません?
気のせいかな。
◇
はい。そういう訳で『明石カンナ亡き後の五月倶楽部』が今回のプラリアのテーマです。
「勝手に人を殺すんじゃないっ」
ぼかっ
…痛たたたた。ちょっとした冗談なのに。やっぱりカンナさん最近手が早いですよ。
「これじゃあいつまでも話が進まないでしょ。打ち切りになった少年漫画の最終巻書き足しじゃあるまいし、世の中にはページの都合ってもんがあるんだからね」
大丈夫ですよ。私そんな長編なんて書けませんから。
「自慢できる事じゃないでしょ」
はい。
◇
五月倶楽部は今日も平和です。今日も事もなく平和なんです。
◇
アーレ・ハイネセンが死んでも、ヤン・ウェンリーが去ったまま帰らなくても、歴史は動き、人は生きつづけ、権力は支配者をかえ、理想は受けつがれていく。
明石カンナが留学しても、麻生いぶきが転校しても、新橋くじらが卒業しても、果実種が穴ぐらを追い出されても、五月倶楽部は五月倶楽部のままなんです。
がらがらがらがら…
それでも人が変われば部屋の様相も変わるものです。がらがらと大きな音をたてて部室に入ってきたのは、プラリア初登場の黄紫炎でした。やっぱり初登場になるパートナーの風花鈴をひきつれて、車輪のついた大きな化粧鏡を何枚も転がしてきます。
「ふぅ。このあたりでいいでしょう」
部室の隅を囲うように鏡を並べる紫炎。それを見とがめたのはシャルロッテ・パストルでした。
「ちょっと先輩…何やってんの?」
「やあシャルロッテくん…でしたね。いえ果実先輩がいなくなるという事ですので、部室のSpaceを有効活用しようと思いまして。部室に美しい私の為にMirrorBoxRoomを作ろうと思ったのですよ」
そう言って四角く囲った鏡を指ししめす紫炎。
「何か合わせ鏡みたい。悪魔でも召還すんの?」
「ふっ。このBoxに入れば、美しい私の顔だけでなく美しい私の横顔や美しい私の後ろ姿に延々と囲まれて過ごす事ができるのです。こんな素晴らしいSpaceの使い方が他にあるでしょうか?いや無い(反語)」
「…あ、あんた頭大丈夫?」
「当然でしょう。頭のてっぺんから足の爪先まで、私は美しさのかたまりみたいなものですからね。いえ、かたまりという表現は美しくありませんね、美の化身とでも言うべきでしょうか」
自己陶酔モードに(年がら年中)入っている紫炎に、頭を抱えるシャルロッテ。隣にいた花鈴の手をひっぱって、その場を離れます。
「…花鈴先輩。すごく失礼な事だと思うけど、何であんなののパートナーやってる訳?」
「えー?だって見てると飽きないしけっこう便利なのよ」
「便利…ね…ハァ」
確かに何でこの二人の関係が一目惚れなのかは私にも謎です。
ちなみにこの通称「召還部屋」ですが、中から聞こえる陶酔と恍惚の声があまりにうるさいとの事で、まもなく志麻さんに叩き壊されることになりました。さらにその後この部屋は「自走式MirrorBoxRoom」まで発展を遂げる事になるんですが、それは別のお話。
◇
五月倶楽部最大の実力者の一人、果実種ちゃんの穴ぐらが占有していたスペースはかなりの広さのようです。年度があらたまる事もあり、部室をあれこれ模様替えする様子が目に入ってきます。
「あれ?フォートナムさん、ここって何する所なんですか?」
やっぱり場所確保に余念のないフォートナム・メイソンに、薫が問いかけます。窓際の日のあたる場所、フォートナムが掛けた小さな看板には、飾り文字で「ぱんださんのお部屋」と書かれていました。
「んーふふーん♪ここはフェンさんのお部屋にするんだー」
「どうしてフェンさんのお部屋をフォートナムさんが作ってるんですか?」
「だって日当たりのいい場所の方がふかふかしてていいじゃない。お昼寝には最高だよ」
「…」
ふかふかのぱんださん部屋。
ふかふかのぱんださん部屋。
もしかしてフォートナムさんはフェンさんをクッション扱いしてるのかもしれない。
でもふかふかのぱんださん部屋。
「…そ、そうですね。日当たりのいい場所の方がふかふかしてますもんね」
「でしょー♪」
薫くんもぱんださん部屋に賛成のようです。
◇
「あ。志麻さん、薫そーいえばさあ」
「なーに?カンナちゃん」
「どうかしたんですか?」
にこにこしながら志麻と薫に話しかけるカンナ。
「ちょっと聞きたいんだけど、志麻さんの借金ってもう無くなったの?」
「う…」
「えーと…それが…その…」
「だって薫、それ以外の借金ってもう全部完済してるんでしょ?」
「はい…でもあんまり言いたくないんですけど金額がちょっと…」
さすがに口ごもる薫。代わりにお局様もとい北翔風香が答えます。
「秋野さんの借金ならだいたい15万ほどあるはずよ。去年の部の借金額のほぼ二倍」
「げ。そんなにあったの?」
「秋野さんが約10万にカーマイン先輩が約5万。高校の部活動の借金額じゃないわねえ」
ちらちらと『秋野さん』の方を見ながら風香。背の高い志麻が小さくなっています。その様子を見て、さらににこにことしてカンナが言いました。
「何だかすぐに返せる見込みもなさそうだね。こりゃー次期部長も継続して志麻さんで決定かなっ♪」
「な、ななな何でそーなるのよっ!だいたい三役を歴任するのは違反なんでしょ!」
カンナの意外な言葉に飛びかからんばかりの勢いで志麻。あっけらかんとカンナが答えます。
「だって部長としての責任を全うしてるとは言いがたいもんね。せめて身体で払ってもらわなきゃ、炎天下の草むしりで倒れてまでお金を稼いだみんなに申し訳がたたないでしょ♪」
「ぐ…」
言葉につまる志麻。五月倶楽部自体の収入は、お茶の出張サービスやらお茶菓子や小物の販売やらで意外に入るんですが、さすがに自分の借金に部の収入を当てる訳にもいきません。追いつめるようにカンナが言います。
「あーあ。志麻さんってそーゆー人だったんだね、あたし軽蔑するなあ」
「わ、わかったわよっ!次期部長でもなんでもやったげよーじゃないの!」
「おっけー☆決まりね」
「あ…」
追いつめられるととても弱い志麻。次期部長は「立候補秋野志麻」という事になりそうです。
それで借金が返せるかどうかは知りませんけど。
◇
「やっ、みんな元気か?」
「あ、先生。しばらく来ていませんでしたけどどうしたんですか?」
扉を開けて入ってきたのは五月倶楽部顧問の深山幸志郎。久々の訪問に風香が出迎えます。
「ごめんごめん。明石くんや麻生くんの転校の手続きやらでしばらく忙しくてね。こんな事じゃ顧問失格かな?」
「そんな事ないですよ。でもせっかく来たんですからたくさん働いていって下さいね♪とりあえずお茶でも出しますから」
そういえばこの二人の関係はどうなったんでしょうか?聞いた話では風香さんは将来教師を目指しているそうですけど。
しばらくしてお茶菓子を持ってきたシュリを見て、幸志郎が言いました。
「そうだシュリくん。ちょっと落ち込んでるって聞いたんだけど大丈夫かい?」
「は、はい。もう落ちつきましたんで」
なんともストレートな幸志郎の言葉に笑って答えるシュリ。誰にでも冬が来るときはあるし、やがては春もやってきます。『五月倶楽部のおかーさん』はそんなに弱い人じゃありませんよね。
「…まあ、人の関係なんてのはピースのそろわないジグソーパズルみたいなものさ。ひとつが欠けても戻ってくる場所は空いてるし、完成しないからこそ退屈しないってね」
「…先生?…」
つぶやくように言う幸志郎に怪訝な顔をしてシュリ。照れ臭そうな顔に変わって幸志郎が言います。
「うーん、あんまり正しい比喩とも思えないな。教師として何か言った方がいいと思ったんだけど、やっぱり柄じゃなかったかな」
「…ありがとうございます。雪夜にも言われたんです、『カンナを引きとめたいって言うのはただの我侭でしかない、でも俺だけはずっと一緒にいるからそれで我慢しろ』って…」
小さな声で赤くなって言うシュリに、幸志郎は笑みを浮かべながらティーカップを傾けました。
まるで乾杯するかのように。
◇
五月倶楽部は今日も平和です。今日も事もなく平和なんです。
◇
「だああああああっ!」
「ちょ、ちょっとどうしたんですか…カンナさん」
いきなり大声をあげるカンナに驚いて水生。カンナの手には五月倶楽部部員名簿が握られています。
「す、すっかり忘れてた。ちょっとみいちゃんこれ見て」
「これって…名簿がどうかしたんですか?」
「いやね。来期志麻さんが部長として、他の三役は誰になるかなーと思って一年生の名簿見てたのよ」
「えーと…ええっ!?カイルさんって五月倶楽部の部員じゃないんですかっ?」
ざわざわざわっ
水生の声に他の部員も意外という声。当のカイルも近づいてきます。
「あたしもすっかり忘れてたんだ。カイルは部活無所属で、ただ薫にくっついて遊びにきてるだけだったんだよ」
「じゃ、じゃあカイルさんって今まで部費とかどうしてたんですか?」
水生のもっともな疑問に答えてカイル。
「払ってないよ。だって部員じゃないんだし」
「ちょっとあんた…そんなのあり!?」
さすがに怒った声でカンナ。
「ちょ、ちょっと待てよカンナ。部費は払ってないけど、お茶代とかイベント代はその都度払ってるし、だいたいホットカーペットだって寄付してるんだから、問題ないと思うぞ」
「…今の話本当?薫」
今度は薫に聞くカンナ。
「ぼくも会計になるまで知らなかったんです。でもお茶代とかは出張サービスと同じ料金でちゃんと払ってるんで…」
「会計としては文句が言えないって訳か」
「…はい。それにカイルって東郷先輩と大澤先輩に継いで部に寄付してますし」
「…そーいやあたしもカイルにけっこーおごってもらってるな」
ちなみに現物支給を合わせると、部に一番寄付をしてるのは東郷真澄。大澤白郎とカイルがそれに継いでいます。もちろんワーストがカーマイン・ロッド&秋野志麻。
「でも真澄先輩が一位なの?意外だなあ」
「イベントの度に畳とか花火とか障子まで持ってきてくれてるんです。あとカー○ル・サ○ダース人形とか跳び箱とか簡易シャワー室まで真澄先輩が持ってきたそうです」
「…先輩、どっからそんなの持ってきてんの?」
後ろにいた真澄に思わず問いかけるカンナ。
「うむ?まあどうでも良いではないか。はっはっは」
「…確かに聞かない方がいいかもね」
入手経路を考えるとちょっと怖いですね。そのうち食い倒れ人形とかかに道楽看板まで持って来そうで。とりあえずカイルの部員の話は先送りになりました。
◇
「うーん…」
天堂綾は悩んでいました。
「うーん…」
天堂綾は悩んでいました。
「うーん…」
「どうしたんですか?綾」
悩んでいるらしい綾に声をかける因幡大地。
「あ?大地。いやちょっと考え事をね」
「一人で悩むなんて綾らしくありませんよ。良かったら僕が話を聞きますけど」
「そーお?でも大した事じゃないんだ」
「綾の悩みなら僕も分かち合いたいですから。何でも言って下さい」
照れ臭い台詞を堂々と言い放つ大地。嬉しそうに綾が言います。
「いやーその。エメラルドフロウジョンとタイガードラーバー’91とコブラクラッチ・スープレックスとではどれが一番強力かなーと思って。でもダイビング・ネックブリーカーも捨てがたいのよね」
「…さすがに僕もそれ全部実験されたら無事にすまないと思うんですけど…」
「だから困ってるのよ。それにコーナーからの技って練習するの難しいから」
この二人はこの二人でとっても幸せなようです。
「あ、そうそう。それからはおちゃんがね、来年正式にルーメス入学するってさ」
「それは良かったですね。それで五月倶楽部には入るんですか?」
「うーん、まだ考え中みたい。でも園芸部は入るって言ってんのよね、そっちは薫にでも預けとけば大丈夫かな?」
来年度予定新入部員は今のところはおちゃん約一名。
他にも強者たちが入ってくるのでしょうか?
◇
「大地くーん、好きデースッ!」
「な、ななな何ですか舞さんっ」
伊吹舞にいきなり声をかけられておどろく大地。
「…うそでーすヨ。びびったデースか?」
「…あの…舞さん、あんまりそういう冗談は…」
どうやら舞の最近の流行りのようです。今度はルフィア・ハイラーンと星崎青流の所に行って同じことをしています。奇妙に感心した顔で綾に話す大地。
「舞さん元気ですねえ」
「そおねえ。でもあれはあれで大変みたいよ、朴念仁のパートナー持つと苦労するみたいだし」
「え?にんじんのパートナーですか?」
「…大地。薫やベルセンスみたいなボケはやめてよね」
「…すみません。でも健気じゃないですか、神楽の事ではいろいろショックも受けたでしょうしねえ」
『朴念仁』伊吹神楽と『恋に恋する』秋野志麻との一連の騒動で、一番傷ついたのは恐らく伊吹舞だったでしょう。
「あんだけ莫迦な事やってんだもん、舞が自分の気持ちに気づいてなかった訳がないのに。当の神楽があのありさまじゃねえ」
「まあ神楽もさすがに堪えたんじゃないですか?あんまり誰にでも優しいのも考えものだって」
「あら。大地はそんなに優しくないの?」
「もちろんです。僕は綾の為なら他人を傷つける覚悟だってありますから」
「…莫迦…」
嬉しそうな微笑を浮かべて。綾は大地の腕を取ると飛びつき腕ひしぎ逆十字固めに…
「何でそーなんのよっ」
違いました、腕を取ると身をあずけるようにもたれかかりました。
だからこういうシーンは苦手なんですってば。
◇
「あれ?舞さんもう行っちゃったの?」
「ああ。何でもシーファリーに『アン入りメロンパン』を大量に作ってもらったんで取りに行かなくちゃって言ってたな」
舞のいなくなった後、嵐の去ったような顔をしている青流にルフィア。
「アン入りメロンパン?」
「神楽にプレゼントだってさ。正露丸とセットで心をこめた贈り物だって」
「舞さんらしいわね。健全なひねくれかたって言うか…」
「何だよそりゃ?」
ルフィアの言葉に問い返す青流。
「オンナゴコロは複雑って事。でも青流もそのくらいは分かって欲しいなあ」
「え?」
「ううん、何でもないよ」
どうも五月倶楽部の男性陣には朴念仁が多いような気がします。その筆頭といえばもちろん…
「やあカンナさん。これはわたしからの餞別です」
「ベルさん…これ何?」
とまどうカンナにベルが手渡したのは、大仏とお化けとまくわうりとスイカと中華風のお面でした。
「実は、謎の大仏男も通りすがりのお化けも謎のすいか男も怪人まくわ男も謎の中華男も全部わたしの仕業だったんです。今まで隠していてすみませんでした」
「あの…ベルさん」
「これをわたしだと思って持っていってくださいね」
「…」
好意なのか単なる嫌がらせなのかビミョーな所なのよね。
これがベルセンスじゃなかったら単なる嫌がらせなんでしょうが、筋金入りの○○○なベルセンスですから、たぶん純然たる好意のあらわれなのでしょう。
「ベ、ベルさん。気持ちはありがたいんだけどさ、やっぱりこんな大切なもの受け取っちゃ悪いよ」
「わたしなら大丈夫です。ちゃんと代わりのお面もありますから」
「いや、そーいう事じゃなくてね」
何とかベルセンスの申し出を断ろうとするカンナですが、なかなかうまくいきません。なまじ相手が『好意』で言っているだけに余計にたちが悪いですよね。
結局史穂さんのおかげで、カンナはヨーロッパに変なお面を持っていかずにすみました。
◇
新橋くじら19歳。警察学校に進学決定。カンナがお祝いの言葉をかけています。
「でもバシさんよく警察学校なんか入れたね」
「何言ってんだ。学業優秀、品行方正の新橋様をつかまえて今更」
「だってバシさんダブリでしょ。それごまかすの苦労したんじゃないの?」
「そりゃーもうあるコトないコトでっちあげてって…おい、何言わすんだ!」
しまったという顔でくじら。
「あはは、やっぱり尻尾を現したな。バシさんの場合は尾ヒレを現したかな☆」
「てめーカンナっ。そればらしたらバイク用立ててやんねーからな」
「あーん嘘嘘。今更そんな事ばらしたりしないから、だからバイクの件はお願いね(はぁと)」
「なーにが(はぁと)だ。似合わねー言葉使いすんじゃねーの」
「あーひどーい」
新橋くじら19歳。ダブリですけど何とか警察学校に進学決定です。
◇
「ねーくじらくんだけー?花の出番はないのー?」
あらこれは明花さん。だってばしさんって薫くん&カイルとの接点があんまりないから、出演する機会が少ないんですよ。明花さんもいつもばしさんと一緒にいるし。
「じゃあ花とくじらくんのラブラブなお話を延々と書けばいいでしょ」
いやそのさすがにそういう訳には。
「いーでしょいーでしょいーでしょーっ。でないと花、うさぎ皮のぬいぐるみ作ってくじらくんにプレゼントしちゃうぞーっ」
あの…明花さん。冗談でもそういうのはあんまり。
「冗談じゃないもん。だってくじらくん卒業しちゃうし、花も何か贈り物しようと思ってたからちょうどいいよ」
って包丁まで持ってくるのはやめて下さいっっ。かわいい女の子が包丁ぶんぶん振り回してる所、ばしさんに見られたら嫌われちゃいますよ。
「えーっ。くじらくんに嫌われるんなら花そういう事やめるよ」
セイ明花さんは(たぶん)こういう方です。ばしさんが卒業した後ちょっと心配。
◇
「あれ、薫くん前より背のびてませんか?」
「え、そうですか?」
ふと、薫を見て水生。軽く爪先立ちになって、顔を近づけます。
「ほら。前は爪先立ちで薫くんの視線に届いたのに、今はそれでも届かないですもん」
「あ。そ…そうですね」
ちょっとどきどきして薫。失恋したとはいえ、以前の想いが簡単に忘れられるはずもありません。そんな薫の様子に気づかないように、水生が言います。
「たぶん健一さんと同じくらいあるんじゃありませんか?健一さん167cmくらいだったはずですし」
「あ…はい」
健一の身長は覚えている水生。いつのまにか薫の背が伸びた事に気づいて。
目の前にいる水生が急に遠くにいってしまったような気がして、薫はどきどきしていた胸が落ちついてくるのを感じました。
きっとこの時、田中薫の初恋が終わったんです。
◇
3月末日。空港にて。
「それじゃーみんな行って来るよーん☆おみやげは期待しないでねー」
「お世話になりました。またお会いしましょうね」
「カンナちゃん、いぶきも元気でねー」
「またねー」
出発する麻生いぶきと明石カンナを見送る部員達。
たった一年間。たったの一年間だけ。みんなと過ごした時間。
でも、きっと忘れません。いつまでも、いつになっても。
時々は思い出します。
搭乗口に消える二人。飛行機に乗れば、もう窓からはみんなの顔なんて分かりません。それでも飛行機が飛び去って、見えなくなるまで、みんなは見送ります。別に永遠の別れじゃないけど。たぶん、また会えるけど。
「行っちゃいましたね」
「そうだね…」
空港の展望台にたたずむ薫とシャルロッテ。ふと、何か言いたげに薫にシャルロッテが話しかけます。
「…んーと、薫。最近気づいたんだけどさ」
「はい?何ですか」
「あんたさ、いっつも別れ際に『それじゃあ、またね』って言うんだよね。じゃあねとかさよならじゃなくて」
「そう、ですね…いつもそう思いたいから」
「いい言葉だと思うよ。だからあたしもいぶきに言ってやったんだ。『またね』って」
「また、会えますよ…絶対」
「…あんた、いい奴だよね。カイルの気持ちが分かるよ」
「え?」
「何でもないよっ。さ、行こう薫っ」
時々は思い出します。君の姿を。君の言葉を。君の想いを。
君を信じたいから。
君を信じてるから。
◇
「…お待たせいたしました〜次はヨーロッパ、ヨーロッパでございま〜す…」
「…ってそんな機内放送があるかっ!」
空港に降り立つ飛行機。待っているのは新しい生活。
荷物を抱えてロビーを離れるいぶきとカンナ。きょろきょろとあたりを見回すいぶきに、カンナが話しかけます。
「それじゃあいぶき。しばらくごやっかいになるんでヨロシクねっ」
「え?ああ、そうですね…いちおう私の家の住所、渡しておきますね。万が一はぐれたりしたら大変ですし」
「そーだねっ。あんがといぶきっ」
旅行気分でうきうきしているカンナに、そわそわと落ちつかないいぶき。カンナが怪訝な顔つきになります。
「どーしたの?具合でも悪いのいぶき」
「そ、そんな事ないですよ。飛行機に酔ったんですかね」
「そーお?そんならいいけど」
「あ。私ちょっと御手洗い行って来ます」
「うん。分かったじゃあ待ってるかんね」
「頑張って…下さいね☆」
「はあ?」
意味不明の言葉を残して立ち去るいぶき。ぼんやりと立ちすくんでいるカンナの肩を、後ろから誰かがぽんぽんと叩きました。
「お待たせーカンナ。はい、冷たい珈琲♪」
「あ、あんがとカイル…ってええっ!?」
驚くカンナの目の前に立っていたのは、カイル・グリングラスでした。旅行鞄を肩に、にこにこと笑っています。
「な、ななななんであんたがここにいんのよっ!」
「あれ、知らなかった?新学期が始まるまで一週間くらい旅行に来たんだけど…まさか一緒の便だったなんてぐーぜんだなあ♪」
「あんたねえ…あーっ!じゃあいぶきもこの事知ってたんだな!」
いぶきの言葉に納得のいったカンナ。カイルの笑顔から必要以上に悪意を感じるのは気のせいでしょうか。
「いぶきもよろしくって言ってたぞ。とりあえず荷物預けたら遊びに行こっ♪」
「はあ…負けたよあんたには。じゃあどこ行く?とーぜんカイルのおごりだよねっ☆」
◇
君に届くかな、僕の想い。
今日は無理でも。明日でも。明後日でも。君に会えたら。
だから僕はこう言うんだ。『またね』って。
明日も、明後日も、君に会えるように。
またね。
またね!
おしまい
>他のお話を聞く
井良かおるは今日もこの辺でお酒を飲んでいます。