夏合宿



☆SideB.明石カンナの夏

 明石カンナ15歳。聖林檎楽園学園…もとい聖ルーメス学園の一年生。五月倶楽部随一のトラブルメーカーですが、この娘もいちおう恋する年頃の女の子のはずです。

「いちおうはよけいでしょっ」

 そうですね、すみません。で、この娘ももちろん今回の夏合宿に参加しているんです。


 平成9年8月8日金曜日。夏合宿二日目の夜。やっぱり恒例の花火大会の真っ最中、ロケット花火にネズミ花火に仕掛け花火に線香花火…色とりどりの火花があたりを照らしています。

「水生さん、線香花火持ってきましたよ」
「あ、薫さん。ありがとうございます」

 隅っこの方でちょっと赤くなりながら、ぱちぱちと線香花火をつけている二人。

(あの二人いつのまに…これはまたおもしろくなりそーだな♪)

 根っからの騒動屋。色恋事だろうが何だろうが、楽しければいいんです。

「おーいカンナ見てみたまえ!今年の新作だ」
「あ。すごいなー真澄先輩。あたしの分はないの?」

 そんなカンナに声をかけたのは東郷真澄。ゴーグルをかけて両手には多弾頭ロケット花火を仕込んだグローブ。真澄いわく『sentou花火スーツ二号』のお披露目です。

「くらえッ、ランチャーアタァァァックッ!」
「なんのっ必殺ネズミ花火スペシャル!」
「だーっ!何すんだこらーっ」

 真澄の多弾頭攻撃に対するはカンナのネズミ花火攻撃…キリーことキリカゼ・フィリーに花火を背負わせての突貫攻撃ってそれはあまりにひどくありませんか?

「だから俺はネズミじゃないって…」

 ぱぱぱぱぱんっ。

 キリーの声は花火の炸裂音にむなしくかき消されてしまいました。


 花火大会も終わって宿に戻った御一行。もちろんこれだけで旅行の夜がそう簡単に終わる訳がありません。部屋の中でいきおいよく立ち上がると真澄が言いました。

「よーし、それではいよいよ五月倶楽部夏合宿恒例まくわ投げ大会だっ!」

 ばこっ

 巨大なまくわうりをぶつけられて倒れる真澄。まくわうりのマスクを被った男がのほほんと言いました。

「やあわたしはただの通りすがりの怪人まくわ男です」

 怪人まくわ男はずるずると史穂に引きずられていきました。


 すっかり夜も更けてきました。水生や薫なんかはパンダ人ことターパン族のヤオフェンによりかかって、うつらうつらとしています。ふかふかした毛皮がなんとも気持ちよさそうに。何人かはそろそろ撃沈している中、カンナはカイル・グリングラスと話していました。

「どーおカイル、けっこううまく撮れてるでしょ」
「そりゃーもう、モデルがいいんだから当然だな」

 昼間の海水浴でカンナが撮った写真。どうやら一部を即日現像してきたようです。

「ほーんと、カイルとかカーマイン先輩って写真だけは女の子に人気があるのよねえ」
「どーいう意味だよそれは。シマより僕の写真の方が美しくていいじゃないか」
「何でそこで私の名前が出てくるのよっ」

 横からカイルのほっぺたを引っ張る秋野志麻。すかさずカンナがフォローに入ります。

「だいじょーぶだって。志麻先輩の写真だって女の子に大人気なんだから」

 だからフォローになってないって。大笑いするカイルのほっぺたを志麻は力いっぱいつねりあげてやりました。


 翌日。夏合宿も三日目の最終日です。

「え?一緒に中華街行こうって?」
「そーそー。他にも綾先輩とかOKだってさ」

 カンナを誘っているのはカイル。特に自由行動の予定を立てていた訳でもないし、おもしろそうだから行ってもいいかなという訳で、カンナも中華街へ行く事にしました。この辺カイルは相手の誘い方を考えてます。ふたりっきりで甘いムードのお店、なんてカンナが一緒に行くとも思えませんしね。


「おー。似合う似合う」
「ちょっとぉ。何であたしがこんな格好しなきゃなんないの?」

 中国雑貨の店を出て。チャイナドレスに身をつつんだカンナをカイル達が出迎えました。

「冗談になると思ってカイルに乗せられちゃったよ」
「カンナ、せっかくの僕からのプレゼントなんだから今日はしばらくそれ着てるんだぞ」
「あははははは。カンナ似合うじゃな〜い」

 にやにやしてるカイルに、お腹をかかえて笑っている天堂綾。憮然としながらもネタの為には自分を犠牲にしてしまうあたり、ある意味カンナの弱点と言えるかもしれません。それにまあどんなに悪意があるにしろ、美少年に洋服をプレゼントされればそんなに悪い気もしません。この辺カンナもいちおう女の子なんですね。

「だからいちおうは余計だって」

 ああこれはすみません。そうだ、それなら綾さんにも同じのを薦めてみたらどうですか?

「あっそれいいね。大地先輩もたまには綾さんの色っぽい格好とか見てみたいでしょ?」
「ちょ、ちょっと何言い出すのよいきなり!」

 動揺する綾。隣にいた因幡大地も困った様子です。

「いや…でもそういうのは…」
「じゃあ先輩がプレゼントしないならカイルが買ってくれるよね?」
「もちろんだよ。僕から綾先輩に心を込めてプレゼントしようかな」

 ちゃんと心得ているカイル。カンナが大地にとどめをさします。

「あーあ。綾先輩もどうせなら好きな人にプレゼントしてもらいたいだろうに」
「わ、わかりました。そこまで言うなら僕が綾に服を買ってあげましょう」
「大地ー」

 動機はどうあれ大地がプレゼントしてくれるっていうのに、綾が断れるはずもありません。こうして綾もチャイナドレスを着せられる事になりました。

「あ〜はははっ!綾さ〜ん似合う、似合うよ〜」
「…カンナ。それはちょっと笑いすぎよ」

 今度は綾が憮然としています。チャイナドレスは身体の線が出ますからね。グラマーな綾さんの方が恥ずかしいでしょうね。

「でも綾。なかなか似合ってますよ、いえほんとに」
「え?そーお、大地そう思う?」

 大地に言われて急に機嫌が良くなる綾。カンナもちょっと複雑な気分。

「…ねえカイル。ちなみにあたしも似合ってるかな?」
「ああ。もちろんだよカンナ、まるで学芸会みたいだ」

 ばきっ

 地面に倒れ伏すカイル。本当にこいつはどこまでオンナゴコロがわかってるんでしょうか?


「こんにちは〜綾せんぱ〜い」
「あらフォートナムじゃない。中華街来てたの?」

 昼過ぎになって綾&大地に合流したのはフォートナム・メイソン。

「あれ。でもフォートナム確か健一と一緒じゃなかったっけ?」
「健ちゃん結局ゲーセン入っちゃうんだもん。置いてきちゃった」
「あんたたち仲がいいのか悪いのかわかんないわよねえ…」

 あきれたように綾。きょろきょろしながらフォートナムが訊ねます。

「あれ?カイルとカンナちゃんは一緒じゃなかったの?」
「ああ。あの二人ならもう中華街出てったわよ。何か行きたい所あるって」
「えーずるーい。僕の事おいといてー」
「いや…別に置いてった訳じゃないと思うけど…」

 すねてみせるフォートナムに困ったように綾。その綾のチャイナドレスに気づいたようにフォートナムが言います。

「まあいいや。それより先輩、そのドレス似合いますね。大地先輩のプレゼントですかあ?」
「えっそうなの。大地が買ってくれたんだけど、似合う?」
「いいなー僕もチャイナドレス着てみようかな」

 急に機嫌の良くなるフォートナム。たぶんこの人なんにも考えてませんよね。

 ごめんなさい。

 そういう訳でチャイナドレスを着た綾とフォートナムに挟まれて歩く大地。一見した所両手に花…何でしょうか?

「でもフォートナム。そんな格好してまたカーマインに見つかっても知らないよ」
「だってせっかく中華街まで来たんだもん。こーいうの着てみたいじゃない」
「…あんた絶対何にも考えてないわよねえ」

 やっぱり綾さんもそう思いますよね?ドレスを着て歩くフォートナムの肩を、後ろからぽんぽんと誰かが叩きました。おどろいて振り向いたフォートナムの視線の先には、怪しげな中華マスクを被った男がのほほんと立っていました。

「やあわたしはただの通りすがりの謎の中国人です」

 どこからともなく史穂が現れて謎の中国人をずるずると引きずっていきました。


 ヨコハマの丘の上。別荘街に向かう道。
 その先のススキの野原に一件の喫茶店があります。米軍住宅風白ペンキの家を改造した店。
 えらく不便な遠い所にある店。それでも常連客はやってきます。時々。

 どーどーぼっぽぽー
 どーどーぼっぽぽー

 でーでぼっぽぽー

 電線の上でのんきに鳴いている鳩の声。風にくるくると回る魚の形をした看板。カフェに向かう一組の男の子と女の子。

「こんな所に喫茶店があるんだねぇ」
「まーね。僕のとっておきの場所だから」

 動きやすそうな軽装に着替えて。丘を登ってきたカンナとカイル。

「でもこんな所にあるんじゃ誰もお客なんて来ないんじゃない?」
「来ないよ」

 すまして答えるとカイルは続けます。

「一日のお客なんて一人か二人か…でも一度来た人はどの位先になってもたぶんまた来るんだ」
「何で?」
「さあ?何でだろうね」

 カイルの答えに納得のいかないでいるカンナ。ちょっと考えるそぶりをして、カイルが言います。

「何ていうのかな。みんなが回りにいて、いつも賑やかで、楽しくて…」
「?」
「でも、だからこそ淋しくなる時ってあるんだよね」

 何も答えないで考え込むカンナ。

(あたしも…そういう事って…あるのかな?)

「だから。カンナをここに連れてきたんだ」
「えっ?」
「ここは一人になれるけど淋しくなくなる店。たまにはカンナもこういう所に来たくなるんじゃないかなと思って」
「そう…かな…」

 カイルの声に考え込むカンナ。普段考えないような事ばかり頭に浮かんできて。

「だって僕は毎日カンナの顔を見てるからね。淋しくなんてならないさ」
「ちょ、ちょっとカイル…何言ってんのよ」

 思わず赤くなるカンナ。カイルが続けます。

「いつもカンナには楽しませてもらってるからね。今日この店に入った間だけ、いつもと違うカンナでいてもいいんじゃないかな?」
「うん…」

 カフェに入る一組の男の子と女の子。
 日が暮れるまでのほんの短い短い間だけ。いつもと違う時間。

 ほんの短い短い間だけ。


「えーい遅い!皆どこに行ったというのだ!」
「あ、カイル達が戻ってきたわよー」

 日も沈みかかって。解散前に集まってみんなで夕食の予定。

「どこ行ってたの?カイル」
「ああ薫。ちょっとあちこちぶらぶらとね。薫は水生たちと泳いでたの?」
「うん。あちこちまわってて疲れちゃった」

 ぞろぞろとみんなも合流して。ちょっと様子のおかしいカンナに話しかける水生。

「どうかしたんですかカンナさん?」
「え?ああいやその何でもないよ。あはは」

 考えてみりゃカイルにプレゼントしてもらって二人でお茶飲んでたんだ。慣れない出来事に戸惑っているカンナの視線は、ついカイルの方を追いかけていました。そこにはシーファリーと楽しそうに話しているカイルの姿。

「ふ〜ん。カンナと一緒にねぇ」
「そーそー。それでシーファリーにお土産買って来たんだ。コーヒー豆なんだけど、紅茶党のシーファリーにもきっといけると思うから」

 楽しそうに話すカイルを見て、軽くこめかみを押さえるカンナ。

(あ、あいつの本音が読めない…)

 ちょっと複雑な気分。それでいてカンナは奇妙に自分が安心しているのを感じました。さっさといつもどおりの明石カンナに戻ってやるかな。

「あーお腹すいたなーっ。部長、早く夕飯行こっ!」

 女心は複雑なんです、ね。

おしまい


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