文化祭



☆Actマイナス1 打ち上げでのできごと

 平成9年11月3日月曜日。聖林檎楽園学園もとい聖ルーメス学園五月倶楽部の部室にて。

「それじゃあかんぱーいっ」
「かんぱーいっ!」

 響き渡るかけ声。テーブルの上に並べられたお菓子やケーキ、飲み物に一斉に群がる部員たち。文化祭が終わって、喫茶店で残った材料。まさに「かたづける」と言うにふさわしい感じで、次々とみんなのお腹におさまっていきます。心地よく疲れた部員たちにとって、食べ物のにおいは何よりの元気の素になるのでしょう。

「このケーキもーらいっ」
「あーっずるいぞカンナ」

 元気よくお菓子を奪い合っているのは明石カンナとシャルロッテ・パストル。

「はいはい。二人とも喧嘩しないの」
「追加のお菓子持ってきましたよー」

 がるるるるる。獣のように争う二人をたしなめながら、お菓子の積まれた大皿を抱えて北翔風香とシュリ・エトレがやってきました。がつがつ食べている様子を見て、あきれたシュリがつぶやきます。

「やれやれ。何だか100年の恋も覚める、って感じの食べかたね」

 ぴくり。一瞬だけカンナの手が止まります。そんな様子を見て、こちらは食べるのも止めずにシャルロッテが話し掛けます。

「なーにカンナ。がっついてるトコ誰かさんに見られるの気にしてんの?」
「そ、そんな訳ないでしょっ。あに言ってんのよシャル」

 めずらしく守勢にまわるカンナ。反発するかのようにケーキを頬張っています。

 そおいやカンナの奴後夜祭の時しばらく見かけなかったなあ。
 何かあったかな?

 ちょっとだけ興味を持ったシャルロッテですが、詮索しようとは思いませんでした。テーブルに積まれたお菓子の山の前では、余計な好奇心など吹き飛んでしまいます。

「ほんと風香先輩が材料多めに買っといてくれて良かったなー♪」
「予算でまとめ買いしたから、これでお茶菓子の材料はしばらくもちますよ」

 機嫌良さそうに答えるお局さま…もとい風香。今年の文化祭の予算は、会計の田中薫がきっちり使い切って見事なほどに利益も損失も出ませんでした。ただあらかじめ風香がお茶やお菓子の材料をまとめて買い込んでおいたので、余った材料がkg単位で残っています。
 今年の文化祭は使い込みのできない『食べ物』で利益が出た、というのは元会計の彼女にとってありがたい事だったでしょう。
 その一方。部室の隅のテーブルで、前部長伊吹神楽の目の前にも山のようなお菓子が積まれていました。途方に暮れた顔でそれを眺めながら、神楽は恐る恐る風香に声をかけます。

「あの…風香、風香さん?」
「何ですか前部長?」
「これ…俺一人で全部食べるのかな?」
「あら、おかしいですか?」

 神楽の前に積まれているのは、賞味期限が切れかかっていたりカビがちらほら生えてきているお菓子の山でした。安いからいいだろう、という事で神楽自身が大量に買い込んできた材料です。

「いや…その…喫茶店で使わなかったんだねえ…」
「厨房担当としてこういう材料は却下しましたから。もったいないですからちゃんと全部食べて下さいね♪」
「はあ…」
「あ、そうそう。お茶の方もたくさんありますからね。全部かたづけるまで、遠慮無くお代わりして下さいね」

 やっぱり賞味期限の過ぎていたりするお茶。もちろん『ぶちょー専用ポット』まできちんと用意されて、神楽の前に置かれています。横から覗き込んできた伊吹舞が言いました。

「あー、カグラのお菓子ベリーカラフルですネ。なんかワタみたいのもフワフワ付いててとてもキレイです」

 この後しばらく、部室の棚には神楽専用のお茶菓子置き場が設けられました。
 もちろん正露丸と一緒に。


☆Actマイナス2 後夜祭でのできごと

 平成9年11月2日日曜日。聖ルーメス学園文化祭も終わり、今は後夜祭の時間。生徒たちは最後の体力をふりしぼって、キャンプファイヤーにの回りに集まっています。
 星空の下、炎を囲んで踊る男女。校庭の隅でそれを見ているのは二人の教師、深山幸志郎とベガ・ムーンスケイプでした。幸志郎がつぶやきます。

「みんな元気だなあ。こうして見てると自分が学生だった頃を思い出すよ」
「過去を懐かしむのは歳を取った証拠よ。気を付けた方がいいんじゃない?」

 からかうような口調でベガ。

「お、俺はまだ22だぞ!歳を取ったはないだろ」
「23でしょ。自分の歳も忘れちゃったの?お・じ・さ・ん♪」
「…だいたいキミの方が一つ年上のはずじゃないか」
「女性は20過ぎたら歳を取らないの。よーく覚えておきなさいね」

 どうも正面からのやりとりになるとベガには分の悪い幸志郎。やがてキャンプファイヤーの方から二人を呼ぶ声がします。軽く駆け出して輪の中に向かう幸志郎を見て、その後をゆっくり歩きながらベガがつぶやきました。

「…あーあーとうとう見つかったか。いちおう目立たないように隅っこにいたんだけどね」

 パートナー制を取るルーメス学園。生徒も教師も八割以上が男女の組み合わせでパートナー登録しています。星空の下でキャンプファイヤーともなると、半分以上の生徒がカップルになって踊り、残りは相手を探す連中と、そして、それを邪魔しようとする少数の人間とに別れます。人数が問題なのではありません。邪魔しようとする側に誰がいるかが問題なんです。

 ひゅるるるるる…どーんっ

 突然キャンプファイヤーから飛び出してくるロケット花火。それを合図とするかのように、あちこちで花火が飛び交い出します。先頭にたって騒動の指揮(?)を取っているのはもちろん我等が東郷真澄でした。ナイトビジョン付き双眼鏡を覗きながら、夜空を見上げています。

「よーし、上空に綾&大地くんを発見。全隊、構えーっ」
「わーこら真澄ーっ。やめろって言ってんでしょー!」
「撃てーっ!!」

 ひゅるるるるる…どーんっ
 ぱぱぱぱぱぱぱーん、どどーんっ

 ホウキに乗る天堂綾と因幡大地の二人に向かって、次々と打ち出されるロケット花火。

「熱ちちちちちっ。このー真澄覚えてなさいよっ!」
「わあああ綾っ、あばれないで落ちますっ」

 あたりを巻き込んでの大騒動は夜中まで続きます。

「…全く。これだから隅っこにいたのに…」

 巻き込まれたベガのつぶやきは花火の音にかき消されてしまいました。


☆Actマイナス3 文化祭でのできごと

 平成9年11月1日土曜日。更に日は遡って文化祭当日の五月倶楽部。
 喫茶店「喫茶去」。教室の一室を借りて作られた店内は、高校生の文化祭にしてはなかなかの雰囲気が出ていました。太正浪漫風エプロンドレスを着て、シャルロッテが元気に声を出していました。

「いらっしゃいませ!カフェ・ド・ヌーベルクロワッサンスへようこそ!」

 それは違うでしょ。

「あはは。たまには誰にもわかんないネタもいいかなと思って」

…まあ、それはともかく。けっこうその制服似合ってるじゃありませんか。

「…言わないでよ。こーゆーひらひらする服は苦手なんだから」

 そう言ってスカートの裾をひらひらさせるシャルロッテ。隣にいた麻生いぶきがたしなめます。

「もう。はしたないわよシャル」
「えー。だって本当うっとーしーんだってば」

 心の底からうっとうしそうにシャルロッテ。その後ろから声をかけてきたのはフォートナム・メイソンでした。

「シャールちゃん。元気してた?」
「げ。フォートナム…」
「ねーねー、どーおシャルちゃんいぶきちゃん似合うかなー?」

 そう言ってシャルロッテやいぶきと同じエプロンドレスをひらひらさせているフォートナム。

「え、ええ。似合ってますよとっても…」
「ほんとー?ありがとー♪」

 長髪を後ろで軽く縛って。たぶんウェイトレスの中で一番制服が似合っていました。

「ウェイトレスじゃなくてウェイターでしょ」

 いやまあシャルさんそうなんですけどね。機嫌良さそうに店内を見回してフォートナムが言います。

「でも本当内装が揃ってるね。ちゃんと座敷席まであるじゃない」
「東郷先輩が畳を持ってきてくれたんです。障子まで持ってきて窓枠にはりつけてあるし」
「…本当、あの人どこからあんなもの持ってくんだろーね」

 『座席からは学校の設備が全く見えないようにするべきである』東郷真澄のもっともな意見によって、喫茶店の内装はそうとう手が加えられていました。

「でも厨房のある部室への連絡通路が窓を通ってていうのは…まずくありませんか?」
「何言ってんのいぶき。ちゃんと窓全部はずしてるから大丈夫でしょ」
「で、でも…それって校庭までお店に使ってるって事になりませんか?」
「だから大丈夫だって。どーせ怒られるなら部長と顧問の先生だからさ」

 おいおい。

「あ、あの…ところで飛鳥先輩は?」

 ちょっと赤くなっていぶき。それに答えたのはカンナでした。

「ああヒロちゃん?ヒロちゃんなら今頃すまきじゃないかなあ」
「え???」
「だってヒロちゃん朝からずーっと竹刀持って入り口立ってんだもん。商売の邪魔なんでさっきみんなで取り押さえてたよ」

 けらけらと笑ってカンナ。

 そういえば朝方よりお客さんの入りが多くなったような気がします。


☆Actマイナス4 準備でのできごと

 平成9年10月末日。更に更に日は遡って五月倶楽部の部室。

「喫茶ぼろもうけ」
「却下」
「喫茶まるかじり」
「却下」
「和風喫茶赤ちょうちん」
「却下!」
「英国喫茶Dアナ」
「却下却下却下!却下だ!」

 部室に響きわたる飛鳥洋の声。
 聖林檎楽園学園もとい聖ルーメス学園にも、文化祭の季節がやってきました。お茶のクラブらしく出し物は喫茶店という事で、店名を考えていたんですが。

「えーい貴様等真面目に考える気があるのか!」
「えーあたしはマジメだよ。さすがにDアナはまずいかもしんないけどさ」

 文化祭の準備というのはぎりぎりのスケジュールで行うのが伝統です。当然あたりは修羅場になります。

「風香さん材料買ってきましたよ」
「買ってきましたー」
「あ。ありがとうルフィア、それから明花も」

 買い出しの袋を抱えているルフィア・ハイラーンとセイ明花。明花が材料の入った大袋を順番に床に並べていきます。そんな様子を見ながら風香がルフィアに言いました。

「ごめんなさいねルフィアさん。天文部もあるのに大変でしょ?」
「大丈夫ですよ。今は星流にまかせてるし、風香さんこそ責任者代行で大変でしょ?」
「今年は手伝ってくれる人が多いから。薫くんも補習すぐ終わるそうだしね」
「せんぱーい、材料並べ終わりましたーっ」

 明るく響く明花の声。風香とルフィアが床に並んだ材料の袋を数えます。

「えーと、小麦粉に砂糖にこれがハチミツで…」
「…あれ?風香さんこの袋何でしょう」

 見覚えのない袋が一つ。ごろりとひっくりかえしてみると、毛布にくるまった果実種でした。

「…明花ちゃんこれは料理しないわよ」
「えーそうなんですかあ?」

 部室の一隅、接客班としていぶきに指導を受けているシャルロッテ。ふとあたりを見てみると、さっきまで一緒にいたカンナがいません。

「いぶき、カンナどこ行ったか知らない?」
「さあ?さっきカイルさんと部室を出ていったみたいだけど」
「ふーん…ところでさぁいぶき、ちょっと休憩にしない?」
「…カンナさんたちを探しに行く気?悪いわよ」
「嫌なの?」
「…そ、そうね。ちょっとだけ休憩にしましょうか☆」

 麻生いぶきも好奇心旺盛な女の子です。

 校舎裏の木陰で。カンナはカイル・グリングラスと何やら話していました。おだやかに笑顔を浮かべるカイルと、ちょっと戸惑った顔のカンナ。ただ、お互いうっすらと顔が赤くなっているのは遠目でも分かりました。

「…何話してんだろーね、二人とも」
「…しーっ。シャル静かにして」

 風に乗ってほんのかすかに流れてくる声。「…キャンプファイヤーの時…」という言葉だけが聞き取れました。


☆Actぷらすぜろ それから

 後日談。
 シャルロッテの見る限り、カンナとカイルの間に何かかわった事があったようには見えません。そーいえばいぶきが薫に頼まれて文芸部の本に原稿を書いたそうです。綾の攻撃を受けた真澄からはまだばんそうこうが消えていません。神楽前部長は原因不明の腹痛で調子が悪いそうです。五月倶楽部は事もなく、今日も平和なんです。

 でも。カンナのヘアバンドが新しく変わってるのに気づいたのはいったい何人いたでしょうか。

おしまい


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