みっどないと・てぃーぱてぃー第一幕



 パートナー。キングダム・ワールドという異世界の住人が、リアルワールド、つまり現実世界に来るためにそこの住人と契約を結ぶ。そして、キングダムの人間とリアルワールドの人間が儀式を交わす。そうした、お互いの相手のことをパートナーと呼びます。
 キングダム・ワールドは、リアルワールドの人間がその存在を『信じる』ことによってのみ存在します。パートナーとしてのキングダムの人間の公けの任務は、リアルワールドの人間の信頼を得ること。『信頼』を失えば、キングダムは消滅する。彼らにしてみれば、その存在そのものに関ること。故に、キングダムの住人はよほどのことがない限りリアルワールドの人間には逆らいません。
 リアルワールドの人間に服従し、しかもその事実に気付かせないことで信頼を得ようとする。それがキングダムの人間の任務であり、使命なのです。笑うしかない、悲しい事実。それは、たったひとつの作られた信頼だけにささえられた、あやうい関係でした。

 大きな世界の欺瞞と矛盾。でも、それを解決したのは、たったひとことでした。

「だってぼくは、君を信じてるから」

 契約を結ぶために信頼を得るのではなくて。信頼があるからこそ契約を結ぶことができる。ごく簡単なことがごく簡単にできた人たちにとって、パートナーとの関係、キングダムとの関係はあやういものでもなんでもありませんでした。

 これは、そんなごく簡単なことができたごく普通の人たちのお話です。


 時は現代。東京は武蔵野、多魔国の丘の上。丘の上に建っている真っ白な校舎。聖林檎楽園学園…もとい聖ルーメス学園の、1年9組の教室にて。
 授業が終わり、放課後を告げる鐘の音が響く中。カルマ・アークライエス、長身長髪、やや細身の美青年が、教室の扉を開けて廊下へ出ようとしていました。

「カルマーっ!どこ行く気だー!」

 ぶうんっ。空を切る金属バットの音。とっさに身をかがめたカルマの背後、立っていたのは松本いずみ。ショートカットで気の強そうな女の子。瞳に怒りの色を浮かべて、肩にバットをかついでいます。ゆっくりと振り向くと、挑発的に微笑んでカルマ。

「いずみ。女の子がそんな物騒なモノ振り回すもんじゃないぜ」
「…ずいぶん余裕あるわね。今日はこれから演劇部の舞台稽古があるはずなんだけど、いったいどこに行く気なのかな?」
「忘れたのか?今日は『どらえぼん・のび太と南京大虐殺』の封切り日だぜ」
「あんた部活さぼってまでそんな莫迦な映画見に行く気かっ」

 ちなみに同時上映が『男はつらいよ・七人の悪魔超人編』。

「とにかく。そんな莫迦な映画のためにあんたを取り逃がしたりしたら、聖良にあわせる顔がないかんね。おとなしく部活に出てもらうよ」
「残念だな。俺は命令されるのが嫌いでね」

 金属バットを構えるいずみに、軽く身をかがめるカルマ。戦いが始まりました。


     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     カルマ  召喚士     いずみ  戦士
     体力   16      体力   19
     スピード 18      スピード 30
     教養   18      教養   10
     個性   22      個性   20
     精神   16      精神   11
     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 スピードに優るいずみに対抗するには、カルマの召喚術では一歩を譲るはず。どれほど強力な召喚獣でも、カルマが呼び出したその一瞬に、呪文詠唱で無防備になった所にいずみの一撃が襲いかかってくるでしょう。
 重苦しい空気。緊迫する瞬間。短い沈黙を打ち破るように、突然カルマの両腕が旋律を奏でます。呪文の詠唱が始まると同時にいずみが突進!カルマがすばやく呪文を完成させた瞬間、その目の前にいずみが現れます。

「カルマ!とったああああああっ!」

 勝利を確信するいずみ。しかし、カルマの口元に僅かな笑みを見つけると、殺気を感じてあわてて天井を見上げます。頭上にのしかかる巨大な影。

 ずんっ。

 巨大なぬいぐるみのような召喚獣が、いずみを押しつぶしました。

「ぐええええ」
「勝ったか…しかし、いつの時代も勝利とは虚しいものだな」

 片手で長髪を軽くかきあげると、教室を出ていこうとするカルマ。

「ま、待って、カルマ…」
「本当なら女性の願いは叶えてあげたいんだがね。では失礼」

 すました顔で言うと両手をスラックスのポケットに押し込み、カルマは教室を出ていきました。


 勝利の余韻をかみしめつつ、カルマは廊下を歩いていました。壁の掲示板には、「廊下を走るな」「壁に頭突きをするな」の貼り紙がかかっています。戦場を後に、1年7組の教室前を通りかかるカルマ。ふと、殺気を感じます。

「くらえっ、『白光線』!」

 みーっ。ほとばしる光線。あわてて急停止したカルマの足元にはじけた光が、そのまま向かいの壁の貼り紙を焦がします。
 魔法の杖を手に、教室から現れたのは松本いずみのパートナー田中えりか。本名エリーカ・ラズロック。黒髪長髪の美少女が、微笑みつつカルマに話しかけます。

「ちぇっ。残念当たらなかったか」
「まったく…いずみといいお前といい…」

 新たな敵の出現に身構えるカルマ。悪びれた風もなくえりかが言います。

「ごめんねーカルマ。あんたが突破しようとしたら阻止するようにいずみに頼まれてるの。やっぱりパートナーの言うことじゃない、あたしも仕方なーくこんなことやってるんだからね」
「…仕方なくで攻撃魔法を使うか?」
「あはははは。大丈夫よ、あんたならたぶんたいていのことじゃ死なないから」

 えりかの白々しい笑いが廊下にこだまします。



「こんにちは。いずみさん、えりかさん。…あら?どうしたのカルマ、ずいぶん遅かったけど」

 聖ルーメス学園演劇部部室。白雪聖良が3人を出迎えます。栗色の長髪の、線の細い女の子です。ひきずられるようにやってきたカルマが言います。

「まったくえらい目に会ったぜ。聖良、こいつらに何言ったんだ?」
「え?何って今日は合わせ稽古があるからカルマを連れてきてねって言っただけよ。何かあったの?」
「…いや。何でもない。とにかく着替えてくるよ、今日は第二幕からだったな」

 そう言うと、更衣室に消えて行くカルマ。その様子を見て、目を見合わせて笑ういずみとえりか。お互いの頬にばんそうこう。不思議そうな顔をする聖良。

 舞台の幕が上がります。ごく普通の人たちの、ごく普通の物語です。

おしまい


他のお話を聞く