みっどないと・てぃーぱてぃー第四幕



☆いつか猫になる日まで

 一人は統率。
 一人は情報。
 一人は技術。
 一人は生命。
 一人は攻撃。
 そして、今一人は切り札。


☆本編です

 平成11年1月5日。西暦1999年の世紀末。世界滅亡の予言なんて信じてる人はいるんでしょうか…7月あたりになったら、次は2005年あたりに世界が滅びるかもしれませんね。
 聖林檎楽園学園もとい聖ルーメス学園は、今は冬休みの真っ最中です。ルーメス学園第一寮の裏庭にて。松本いずみが演劇の稽古をしていました。

「さあ、僕と一緒に夢の国に行かないか?」

 演目はピーター・パン。歌劇王様の耳はロバの耳じゃありません。訳あって三ヶ月ほど前から、いずみはこっそりピーター・パンの練習をしています。その辺は、また別のお話で語られたりするのですが…

「いーずみっ」
「わわわっ!?な、なんだえりかかぁ…おどかさないでよね」

 現れたのはいずみのパートナー、田中えりか。いちおう他に人が来ないか見張り役のようなものを頼んでいたんですが。

「どーしたのえりか、誰か来た?」
「ん?そうじゃないけど、ちょっと忘れてた事があってさ」
「?」
「明日から旅行でしょ、いずみ準備終わったのかと思って」
「…あーっ!忘れてた!」

 どたどたどた。あわてて寮の中に戻るいずみ。学校が始まる直前、正月休み明けを狙って一部の人たちと温泉に行こうという計画を立てていたんですが、きれいさっぱり忘れていたようです。

 どんがらがらがっしゃーんっ。

 一泊二日。楽しい温泉旅行は始まる前から嵐が訪れていました。


 電車に乗って近くの温泉。集団で出かけるならやっぱり電車が一番ですね。いえ、個人的な意見ですけど。

「お早うございまーす」
「お早うございます」

 清白大樹とケイ・スノウフィールドの声が朝の駅に響きます。大樹の元気な声以上に目立つのは、やっぱりケイが肩からかけている大きなカエルのかばんでしょうか。

「ケーちゃん、一泊にしてはやけに荷物が大きくない?」
「え?そんなことないと思うけど」

 ケイに話しかける大樹。その隣で、えりかが時計を気にしていました。

「遅いなあ、翡翠に尊、何やってんだろ」
「やっぱ一緒に来た方がよかったかな?どーせ同じ寮なんだし」
「翡翠に先行っててって言われたのよ。尊ももう起きてるって言ってたんだけどな」

 いちおう幹事役のえりか。いずみさんよりしっかりしてるのは間違いありませんね。

「お待たせー。尊連れてきたよお」
「翡翠…何やってんの?」

 文字どおり聖尊の首に紐をくくりつけて、やってきたのは宝珠翡翠。連れられた尊がぐったりと横たわって…というなら冗談になるんですけどね。首につけたバンドに紐をつなげられた姿はなかなか情けないものがあります。

「おーい。ヒスイ、もうこれ外してもいいだろ」
「そーね。いっくらミコトでもここまで来て迷ったりはぐれたりはしないよね」

 集合に遅れた前科があるらしい尊に、けらけらと笑いながら翡翠が言います。この後紐を外された尊は、さっそく反対方向のホームへ向かったりするんですが。方向音痴の人と一緒にいると、紐つけてつないでおきたくなりますよね。

 やっぱり個人的な意見です。


 今回は女性4人に男性2人。近場での一泊旅行なら、けっこう余裕を持っていろんなところへ行けますよね。山のふもとや湖の近くにある温泉町。最近関東近辺には旅行に行ってないんで、ひさしぶりに行きたいなあ。

「いい天気ねえ」
「まあ冬だからな。そう雨なんか降らないさ」

 大きく伸びをするえりかに、ちょっと説明的な尊。ケーブルカーに揺られて上ってきた山の中ほど、大きな自然公園に向かっています。

「確かこの公園って彫刻とか多いんだよね?」
「ああ。えりかはそーゆーの興味あるのか?」
「んー、詳しくは無いけどゲイジュツモノはけっこう好きだよ。でも彫刻って女性的な像が多いから、抽象的な像の方が好きかな?」
「じゃあこの公園なら『スティールの時代』の像がお薦めだぜ。えりかもきっと気に入るんじゃないかな」

 尊の言葉を聞いて、いずみが横から会話に入ります。

「でもそれってスタローンをモデルにした裸像じゃなかった?」
「…いずみ、何でお前がそんな事知ってるんだ」

 不思議そうな顔をして尊。それをさえぎって、えりかが尊にたずねます。

「ちょっと待った尊。何でその彫刻をあたしが気に入るんじゃないかと思うの?」
「え?女性的な像よりマッチョ的な像が好みなんじゃないのか?」

 ばちばちばちっ

 町中での攻撃魔法の使いすぎには注意しましょう。


 その頃ケイは彫像に魅入っていました。じーっと魅入っていました。
 カエルの像です。じーっと魅入っています。

「ケーちゃん、何してるの?」
「あ。タイキ」

 後ろから話しかける大樹。

「カエルの像?」
「うん。金の鍵を手に入れるにはこれが必要なんだなーと思って…」
「???」

 YEAH…YEAH…


 日没の早い季節。温泉宿にたどりつきます。温泉で汗を流す前に…

「でやあ!」
「ていっ!」

 宿に置いてあったビニールバットを目にしたいずみと大樹。遊びがてらに剣の稽古をしています。この二人、能力ほとんど互角なんですね。

「必殺!真空片手独楽っ」
「わっ」

 大樹の足払いにバランスを崩すいずみ。でもそれは剣術じゃないんじゃないでしょうか。

「ちょっと破裏拳流に凝ってるんだ。次は反動三段蹴りだね」
「痛ったー。油断した」

 最近ちょっと負けが込んでいる気がするいずみ。ちなみに本当の真空片手独楽はあまりにご無体な技なのでそれはそれで危険なんですが。

 とにかく温泉です。ざぶざぶざぶ。
 ざぶざぶ入ります。ざぶざぶざぶ。

 念の為ですが、露天風呂でも混浴でもないので、覗きがどうとか18禁がどうとかいうシーンはありません。やわらかくなるまでお風呂に入って、夕食を食べたらお部屋でごろごろとしているのです。お酒やお茶が置いてあればたいへん幸せ♪

「あーあ、もうすぐ冬休みも終わりだね。短かったなあ」
「でも三学期になればまたみんなに会えますよ。みんな元気にしてるといいですよね」
「演劇部も年末年始はさすがに休み中だっけ?」
「学園内が使えないからね。仕方ないでしょ」
「そういえば二月だか三月に演劇部で公演があるのよね。決まったらまた教えてね」
「うん。でも今いろいろややこしい事が多いからなあ…とにかく日にちが決まったら教えるよ」

 ただ話しているだけで、時間はたっていくものです。1月5日の夜は更けていきます。


 時計の針が12の位置で重なって。温泉宿の日が変わります。

「お誕生日おめでとーっ!」
「えっ!?えっ?」

 おどろく大樹。平成11年1月6日。清白大樹の16歳の誕生日です。大きなカエルバッグから、リボンを結んだ大きなカエルのぬいぐるみを取り出すケイ。

「はい大樹。お誕生日プレゼント」
「ケーちゃん、みんな…ありがと」

 一泊旅行にしては、みんなそれぞれ大きな荷物を持ってきています。贈り物とそれ以上のものに囲まれて。

 その夜。大樹は久しぶりに冒険以外の夢を見ました。


 温泉宿の朝。そとは空気が冷たくていい天気。さわやかな、と言うにはちょっと肌に痛い朝です。

「おっはよー」
「じゃあ今日は湖の方まわってから帰りましょうか」

 宿を出る一行。その後ろで。

「おーい、ちょっと待ってくれよお」
「何だ大樹、遅いぞお」
「だ、だって急に荷物が増えて…」

 昨日の倍ほどには荷物がふくらんで、情けない声をあげている大樹。そんな様子を見て、みんなも笑いながら大樹をからかっています。

「しょうがないなあ。一泊の旅行でそんなに荷物持ってどうする気なんだろうね?」
「ほーんと変なの」
「そんなぁ」

 大樹の背中に乗っている、リボンを結んだ大きなカエルのぬいぐるみ。
 ぬいぐるみの顔もにこにこと笑っていました。

おしまい


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