みっどないと・てぃーぱてぃー第五幕



☆王者の魂は永遠に

 平成11年1月31日午後4時4分。61年間の人生に幕を降ろしたジャイアント馬場選手に対し、生涯現役であり続けたその姿勢と功績に哀悼と感謝の意を表します。


☆本編です。

 平成11年2月3日。聖林檎楽園学園もとい聖ルーメス学園にて。
 三学期も始まってしばらくたつこの時期。進級や卒業を前にして、学期間が短いこともあってややのんびりした印象を与える頃ですが、一部の学生たちは大きな緊張感に支配されることになります。2月14日、バレンタインデーの季節です。

「…離れていて下さい。誰も、僕をつかまえて大人にする事はできないんだから…」

 まだ人のいない演劇部の部室。松本いずみが、ひとり、舞台の練習をしていました。演目はピーター・パン。当時演劇部を襲った騒動の渦中でなお舞台の練習を続ける彼女に対し、それが成功するか、失敗するか、今はまだ誰にもわかりませんでした。それでも、いずみは自分にできることをただひたむきに続けています。

「…ふうっ。疲れた」

 練習を終えて、ひとやすみするいずみ。ショートカットをタオルに包んで、汗を拭いています。その横から水の入ったボトルを抱えて、田中えりかが現れました。

「お疲れいずみ。はい、水持ってきたよ」
「あ。あんがと」

 パートナーの好意を感謝しつつ、ストローをくわえるいずみ。演劇部所属とはいえ、本来は完全に体育会系のこの娘に、たとえ舞台の練習がなくてもバレンタインデーが関係あるとは思えませんが。

「なんだ、二人ともこんな所にいたのか?」

 やってきたのは約二ヶ月ぶりの、我らがカルマ・アークライエス。長身長髪の美青年。この人もたしか演劇部所属のはずなんですが、最近はそれどころではないのかもしれません。ちょっと挑発的な表情で、いずみが言います。

「あー、カルマ。最近見なかったけどどーしてたの?」
「悪い、今いろいろ忙しくてな。今度の舞台も手伝うくらいしか出来そうにないんだ。けど応援してるから頑張ってくれよ」
「うん。でも当日はちゃんと見にきてよね」
「もちろんさ。聖良たちも連れて一緒に見に行くよ」

 まだ予定ですが、今度の舞台「ピーター・パン」は、いずみがピーター・パン役として出演することになっています。演劇部が一時活動停止に近い状態になって、去年の秋に予定されていた舞台も年度末まで延期になっていました。その間何人かの生徒が地道に作業を続けて、今回の舞台の準備もようやく終わろうとしています。

「でもその調子じゃ今年はチョコは期待できそうにないな」
「はあ?何よそれ」

 いきなり話題を転じたカルマに、いずみは聞き返しました。

「まあチョコ作るのも難しいしな。あげる相手もいないだろうし、俺は聖良からもらえれば充分だからどうでもいいけどさ」
「し、しっつれいねー!バレンタインのチョコくらい、あたしだって簡単に作れるわよ!」

 からからと笑うカルマの挑発に簡単に乗ってしまういずみ。まだ疑わしそうな目をしているカルマに、毎度のことながら怒り心頭に達しています。

「見てなさい、そんなに言うならすっごいチョコ作って持ってきてやるから!」

 すっごいチョコ、というのがどんなものかは分かりませんが、いずみが宣言します。ああまただよと思いつつ、カルマはあれでいずみに女の子らしい事をさせようと思っているんだろうなーと、横で様子を見ていたえりかは思いました。たとえそうだとしても他に方法はいくらでもありそうな気もしますけど。


 もともとバレンタインデーなんてものはお菓子会社の陰謀だ、なんて言うのはそれが事実だろうと何だろうと楽しい意見ではありませんね。ただドラマや漫画やプラリアのように、誰でもこの時期チョコレートを配っているかというと…現実はそうでもありません。それこそ義理チョコならあちこち飛び交っていますけど、「本命」チョコなんて配らない人の方がずっと多いと思うんだけどなあ。
 それはともかく「すっごい義理チョコ」を作るため、いずみはえりかを連れて放課後の街へと向かいました。最近は材料も道具も簡単に手に入りますし、お店でもこの時期は大々的に売り出していますので、むしろ何を買うか目移りするくらいでしょう。

「んー、これなんかいいかな」
「いずみ、温度計って寮にあったんだっけ?」

 目的が何であれ、基本的にお買い物は楽しいものだと思います。それこそ女の子らしく買い物をしている二人。ちょっと高いところにある棚を見上げて歩いていると、他のお客とぶつかりそうにもなるので気をつけないといけません。

「あっとと、すみません」
「いえ。こちらこそごめんなさい」

 自分と背格好が同じくらいの女の子とぶつかったいずみ。その女の子、パトリシア・エインデベルと知り合うのはもうちょっとだけ先のお話になるんですが、今はただぶつかっただけです。買い物を済ませて、外のスポーツ店で待っていたパートナー、銀城英明と会った頃には、いずみとぶつかった事はきれいさっぱり忘れていました。


 チョコをきざんで。湯煎でとかして。氷水でさまして。また湯煎で温度を上げて。
 ルーメス学園第一女子寮。同じ目的の女の子たちで混雑している調理場で、いずみはチョコを相手に悪戦苦闘…はしていませんね。意外なほどにてきぱきとテンパリングしたりしています。隣でこちらは悪戦苦闘している宝珠翡翠が、いずみの様子を見て感心していました。

「いずみくんチョコ作るのうまいねー。ちょっと尊敬」
「そーお?料理はちょっと苦手なんだけど、お菓子作りは昔っから好きだったからね」

 めずらしくほめられて嬉しそうないずみ。翡翠に教えながら、一緒にチョコを型に流し込んでいます。

「よっし。うまくできたかな」
「こっちもおーけーだよ。あんがとねいずみくん」

 ハート形の型にチョコを流し込んで。嬉しそうな翡翠にいずみも笑みを返します。いずみの作ったチョコレートは…すぐに分かることでしょう。もちろん更にその隣りでは、ケイ・スノウフィールドがたくさんのカエル型チョコレートを作っています。もしかするとカエルチョコを黙々と作っている女の子の姿は不気味に見えなくもないかもしれませんが、ちょっと見ればその顔がとても嬉しそうな女の子のそれである事に気づくでしょう。
 大事なことはチョコを作ることでもチョコを贈ることでもなくて、いっぱいの想いをつめこむことだから。
 いっぱいの女の子の想いをつめこむことですから。


 平成11年2月14日、バレンタインデーの日曜日。デートをするにはいい口実になる日です。異性とパートナー契約を結んでいる人たちは、日当たりのいい公園で、にぎやかなショッピングモールで、あるいは暖かいパートナーの部屋で。感謝を形にして受け渡しているのでしょうね。
 ちょっと照れ臭そうにチョコを手渡すパトリシア、自慢の飾り付けを得意げに見せるようにチョコを手渡す翡翠。表現は違っても、その想いに大きな違いはありません。
 その日も聖林檎楽園学園もとい聖ルーメス学園演劇部では、舞台の準備で何人かの部員が集まっていました。その中にはいずみの姿もカルマの姿もありました。みんなの間をくるくるとケイが歩き回っています。

「はい、タイキ。チョコレートよ」
「あ、ありがとう、ケーちゃん」

 みんなに小さなカエルチョコを配った後、清白大樹にひとまわり大きな包みを手渡すケイ。恥ずかしくも初々しい光景です。いずみもえりかと一緒にチョコを配り終えると、カルマに大きな包みを差し出しました。

「さあカルマ。あたしの気持ちだよ。うけとってね♪」
「あ、ああ…」

 まさかちゃんと作ってくるとは想っていなかったらしいカルマ。不安そうに包みを受け取ると包装を開けてみます。中から出てきたのは、でろんと舌を出した狼の形をしたチョコでした。ちゃんと丁寧に、心臓のあたりがホワイトチョコでできた矢で貫かれています。

「お前、よくこんな暇なモンを…」
「あら。ちゃんとすっごいチョコ作ってきたんだから感謝してよね♪」
「…ああ、ありがとよ」

 不本意ながら敗北を認める表情でカルマ。いずみの意外な女の子らしい特技に感心した思いと、でもお前これは違うだろうという思いが複雑に絡み合った顔をしています。
 まあ俺は聖良からもらえればそれでいいんだからな、とカルマが思っていると、それまで姿を見せていなかった白雪聖良が部室の扉をくぐって現れました。

「ごめんなさーい、遅くなっちゃった。はい、カルマこれバレンタインのチョコレートだよ」
「ああ、ありがとう聖良。やっぱり俺の事を…」

 感謝の言葉をカルマが言い終わらない先に、聖良が言葉を続けます。

「はい、大樹さんもこれチョコレートです」
「あ、ああ。ありがとうございます」

 あの。ちょっと、聖良…さん?

 何か言おうとするカルマを背に、演劇部のみんなにチョコレートを配っている聖良。丁寧に手作りされた、同じ包装の同じ大きさのチョコレートが配られていく様を見て、カルマは石化していきました。たぶんカント寺院かMADIの呪文でなければ蘇生できないでしょう。
 それでも最後の力をふりしぼって、石像カルマが聖良に話しかけます。カルマの不幸を知っている他の部員たちも、必死に笑いをこらえながら優しい目で見守っています。

「あの、聖良…バレンタインのチョコっていうのは…」
「ねえ聞いて聞いて。カルマの分のチョコ作ったらすっごく上手にできたの。あんまり嬉しかったからみんなの分も作ってきちゃった。いずみさんたちも良かったら食べてってね」

 無邪気な残酷さでそう言うと、いずみがカルマに渡したチョコを見て聖良が叫びます。

「きゃあああっ、可愛い!これいずみさんのプレゼント!?良かったねーカルマ、やっぱり好きな人からチョコレートもらえると嬉しいよね」

 がらがらがら。カルマという名の石像は粉々に砕け散りました。


 くすくすくす。

 学園の帰り道、並んで歩く女の子、いずみとえりかの二人。

 くすくすくす。

「やっぱカルマの莫迦気づいてないんだろーね」
「たぶんね。あいつあれでにぶそーだもん」

 くすくすと笑いながら帰る二人。聖良から贈られたチョコレート。いずみやえりかもご相伴にあずかったのですが。

 同じ包装の同じ大きさのチョコレート。表面には「St.Valentine’s Day」の文字。カルマに渡したひとつだけ、最後に「for you」の文字が加わっていた事に。

 カルマは気づいていたのでしょうか。
 聖良も女の子だっていうことに。

おしまい


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