大きな岩と土のかたまり 第一回
今からずっと昔のことです。ひとりの魔法使いがゴーレムをつくりました。大きな岩と
土でつくられた人形は、魔法でとりあえずの命をあたえられて、魔法使いのお手伝いをし
ていました。重たいものをはこんだり、夜も寝ないで見まわりをしたり、あるいは戦いに
使われたりしたのか。
ゴーレムは覚えてませんし覚えてる人も今はもういません。
今からずっと昔のことです。
今から15年くらい昔のことです。ある朝、ゴーレムは目が覚めました。朝の光か小鳥
の鳴き声がとても気もちよかったからかもしれません。アークランドと呼ばれているそこ
は魔法世界で、ゴーレムはずっと昔につくられた古い古い建物のなかで、砂とほこりと丈
の短い草とをかぶってじっと立っていました。
ゴーレムはなにも覚えていません。
ずっと昔につくられた古い古い建物のそとに出たゴーレムは、古い古い森を抜けて、古
い草原の道をとおって、なだらかな丘をこえて、車輪の跡がついた道を歩いて、きれいな
建物がならんでいる町にたどりつきました。
ひとつだけ、ゴーレムは名前を覚えていました。ポポス=クレイ・イワン・リビングス
トンという長い名前をゴーレムは覚えていましたので、だから名前を聞かれたときにゴー
レムは名前をこたえることができました。でもポポス=クレイ・イワン・リビングストン
という名前はとても長いので、ゴーレムはポポス・クレイという名前になりました。
それがとてもとても昔のひとりの魔法使いの名前だということを、ゴーレムは知りませ
ん。
今から15年くらい昔のことです。
◇
アークランドという魔法世界があります。100年に一回、そこからこちらの世界に留
学生が送られてくるのですが、100年ぶりの機会をもらったここ神戸では、魔法を役に
立てようとする学生の姿がこれからたびたび見られることになります。
西暦2000年4月10日月曜日、季節は春、もう桜の花も散りはじめた一日。ポポス
・クレイは神戸の町を歩いていました。今年から留学生として聖ポーラ学園に入学したポ
ポスですが、あんまり似合わないので制服は着ていません。大きな岩と土のかたまりに、
大きな四角い岩と土のかたまりを乗っけて、大きな岩と土でできた腕と脚をくっつけて、
ぐりぐりと瞳を描き込めばポポスのできあがりです。制服っていうか洋服はたぶん似合い
ません。
もとは物置だか車庫だかに使われていたプレハブの建物。ポポスはそこに住んでいます。
ポポスは階段をのぼるのがあまりとくいではありませんし、砂とか土で床がよごれてしま
いますからそんな建物のほうが住みやすいと思います。寝るときは真っ白なシーツをかぶ
って横になります。ポポスはけっこうきれい好きなので、殺風景な部屋の中はきちんとか
たづいています。でも部屋の入り口にはツバメの巣がありますので、下に敷いた板の上に
はツバメの糞が積もっていたりはします。
ポポスの部屋は小さな窓がひとつしかなくて、入り口のシャッターが北向きについてい
ますのであんまりお日様ははいってきません。でも入り口を出てから庭がちょっと広いの
で、シーツとかは外に出して干したりしています。夕方になると、庭に出たポポスは夕陽
をじっと見つめます。沈んでいく夕陽を見るのがポポスはなぜか好きなんですが、なんで
かはよく知りません。その日、ポポスは夕陽のしずむ西の方へむかって歩くことにしまし
た。
◇
ポポスは大きな岩と土のかたまりですから、神戸の町でであった人はたいていおどろい
たりふりむいたりします。アークランドからのたくさんの留学生の中には、もちろんポポ
ス以外にもニンゲンにとって変わったいきものはたくさんいるんですが、ポポスみたいな
ゴーレムはそれでもやっぱりめずらしいみたいです。ポポスは買い物篭にちょっとのお金
と一枚の紙を入れて、お店に行きました。ここ一週間くらいの間に知り合いになったお店
のおじさんは、とりあげた紙に書いてある「にぼし」の文字を見て、二袋の煮干しを持っ
てきてくれました。ポポスはお礼に右手を上げるとお店を後にお家に帰りました。ポポス
の背中にはしずみかけた夕陽があたっていました。
お家に帰ったポポスがシャッターをくぐると、部屋の奥から小さなゴーレムが歩いてき
ました。ポポスとおんなじ岩と土でできた、ポポスよりずっと小さなゴーレムの名前はポ
ポといいます。ポポはポポスがつくったゴーレムですけど、ポポスみたいに目が覚めては
いませんから魔法でとりあえずの命をあたえられているだけです。ポポスはポポがじぶん
みたいに目が覚めたらいいなと思っているのかもしれませんが、ポポがいないとポポスは
机の下に落ちた消しゴムをひろったり煮干しをこまかくちぎったりするのもたいへんです
から、ポポはとても役に立っているのです。
ゴーレムはなにも食べませんし、もちろん煮干しも食べませんけどこまかくちぎった煮
干しをお皿にのせておかないと、いつもポポスの家の前をとおっていく黒猫のごはんがち
ょっと減ってしまうのでした。明日の朝には黒猫が家の前にきて、ごはんを食べてしばら
くお昼寝をしてからまたどこかにいってしまうので、ポポスは煮干しをこまかくちぎって
おかないといけません。
ポポが煮干しのはいったお皿をお家の前においてくる間、ポポスは干しておいたシーツ
をとりこんでお部屋の隅にもどっていきます。そうして横になって、真っ白なシーツをか
ぶるとポポスの一日はもうすぐおわってしまうのです。明日からは学園の授業もはじまる
ので、もっときっといろんなことが起きるにちがいありません。ポポスはなにも言わずに
じっと天井を見ていました。
ポポスの一日はいままで何万回もあったんです。でもポポスの目が覚めてからまだ15
年くらいしかたっていません。きっとこれからいろんなことが起きるにちがいないんです。
その夜、ポポスは夢を見ました。
その夜、ポポは夢を見ませんでした。
おしまい
>他のお話を聞く