大きな岩と土のかたまり 第五回


朝顔に ポポをとられて もらい水 −詠み人知らず−


 その日、朝早く起きて散歩をしていた聖雲空は、見慣れたプレハブ小屋の庭に何かが立
っているのを見かけました。それが大きな岩と土のかたまりであるポポスと、小さな岩と
土のかたまりであるポポであるということに気付くのに、たいした時間はかかりませんで
した。

「よお、ポポス何やってんだ?」

 見ると、ポポスの足下にいるポポが朝顔のつたにくるくると巻き付かれているのが目に
止まりました。いくら動きの遅いゴーレムとはいえ、いったいどういう経緯でそうなった
のかはわかりませんが、奇妙な情景であることには変わりありませんでした。空は手近な
一本の棒を持ってくると、つたを切らないように丁寧にポポにからまっていた朝顔を棒に
移しました。

                  ◇

 期末試験もとっくに終わり、世の学生たちにとって世間は夏休みのまっただ中。魔法世
界アークランドから留学してきた生徒たちにとっては、見習い魔法使いとしての中間成績
が出たこともあってごきげんだったり憂鬱だったりする人も多くいたでしょうけれど、そ
れでもただ一度の夏休みであることには変わりありません。なにしろ、彼らにとっては今
年一年間だけが限られた留学期間なのですから、たった一つの出来事でもたった一日の思
い出でさえも、懸命にその瞳の奥に焼き付けようとしていたことでしょう。日本は神戸、
ここの普通の生徒たちよりもアークランドからの留学生たちは総じて真面目で一所懸命に
生きていて、その影響は他の生徒たちにも良い影響を与えていました。たった一年間の友
人たちを懸命にもてなそうとする生徒も数多くいたでしょうから。

「ポポスさん?ポポくんも一緒に帰りませんか」

 期末試験が終わり、これから長い短い夏休みというとある暑い一日。学園の校舎を背に、
あまり成績の良くなかった鳶田純は少々落ち込んでいました。魔法生物、ゴーレム使役の
能力を学んではいるものの、生まれてこの方、いまだ一体のゴーレムを作り出したことも
ないとあっては仕方がないのかもしれません。のたのたと隣を歩いている、同じ魔法生物
の能力を学んでいるポポスはわりと優等生らしくて、そのことに多少の嫉妬を感じなくも
ありません。大きな岩と土のかたまりのポポスは自分も魔法生物でしたから、ポポをつく
るのだってそれは得意なのかもしれませんけれど。
 それでも、ここしばらくポポスにいろいろなことを教わるようになってから、多少は純
のゴーレム使役の能力にも向上が見られたようです。もっとも、どんな勉強や知識よりも、
ポポスやポポと接している時間そのものが純にとっては何より意味のあることだったかも
しれません。たいせつなことはゴーレムの心を知ること。自分がつくろうとしているもの
の心を知ること、というのは最近彼女が知り合った朽木ちなみも散々言っていたことです。
そんなことを考えつつ、黒目がちな純の瞳は足下をのたのたと歩いている小さなポポを追
っていました。何とはなく、ただポポのことをじっと見てしまう自分に気付いて、純は軽
く首を振りました。こんな何となくで見ているようじゃゴーレム使いも遠いなあと思った
純ですが、実はそれがいちばんたいせつなことだっていうことに彼女が気付くのは、もう
少し先のことでした。

 考えることよりも感じることがたいせつな場合だってあるんです。

「あ。純さんポポス一緒に帰ろ」

 目の前を歩く一人と二ゴーレムを見つけて、声を掛けてきたのは朽木ちなみでした。悩
み事の多い純にくらべると、良く言えば遥かに健全なちなみの頭の中は夏休みの計画で一
杯だったことでしょう。日の当たる空き地を走り回り、山に登って涼しい木陰でお昼寝を
して、海ではおいしいお魚を食べて、水は避ける。夏祭りや盆踊りだってあるし、涼しい
図書館でのんびりしてるのもいいかもしんない。
 もちろん、何をする時にだって仲のいい友達が一緒にいてくれるのなら、にぎやかでも
静かでも淋しくなったりはしないでしょう。ちなみが純たちに持ちかけた話は、お盆にあ
る花火大会のことでした。

                  ◇

 平成12年8月15日火曜日。桐生杏は悩んでいました。せっかくの夏祭りの縁日は花
火大会、お気に入りの浴衣を着て、お目付役の父親がいるけれど、たびたびその目を盗ん
ではあちこちを歩き回って出店を楽しんでいます。これで例えばあの人みたいな男の人が
隣りにいてくれたら、なんて思わなくもないのですが、今一緒に歩いているのは場違いな
アラビア風の服を着た大男だったりします。お下げ髪、という点では二人とも共通してい
るかもしれません。
 いい人なのは間違いないし、頼りになる人なのも間違いない。男の人には口うるさい父
親も、さすがにこの人がどうこうと言うことはほとんどないし、そういう意味では気楽な
存在なのですが、やっぱり年頃のオンナノコが一緒にいる相手としてはムードとロマンに
欠けるのは致し方ないところでしょう。

「どうか致しましたか?ご主人様」

 純然たる親切心なのでしょう、心配顔で杏の顔を覗き込む大魔玉砂山。個人的にはご主
人様と呼ばれるのはどうにも慣れないので、やっぱり名前で呼んで欲しいんですけどそう
すると父親が何か言ってきそうだし…砂山のこういった態度が彼女の父親に安心されてい
る理由なのは間違いないでしょう。

「何でも…あれ?」

 ふと、視界の片隅に見知った男性の、いえ親しい男性の、えーと気になる人の、ってい
うかお友達の男の人の姿を見かけたような気がして杏は振り向きました。縛り上げた長髪
がふわりと揺れます。同じ町内に住んでいるんだし、あの人もこういったお祭りとかが好
きな人だからきっと来ている筈。急に元気の出た杏は砂山を従えて、その人を見かけた出
店の方角へ急ぎます。実の所、「攻撃目標」のある杏にとっては、後ろに控えている砂山
のおかげで余計な声を掛けられずに済んでいる所があったのですが。

 立派なボディガードです。

                  ◇

 聖雲空は出店のテントの中に立っている的に向けて、力一杯ボールを投げつけていまし
た。制限時間内に的になっている穴に入れたボールの数で景品が決まるので、本当は力一
杯投げる必要は全くないんですけれど。

「でいでいでいでーい!」
「負けるかこのーっ」

 やけにむきになっているのは、やっぱり競う相手がいるせいでしょう。それではルール
説明です。

                 ***

1.このゲームは一度に六つのボールを持って穴に投げ入れるというものです。
2.まずサイコロを一個振ってあなたの器用度と比べます。
3.サイコロの目が器用度以下だった場合、それがボールの入った数になります。
4.サイコロの目が器用度より大きい場合、ボールは全部外れました。
5.上記の要領で、あなたの俊敏の回数だけサイコロを振る事ができます。
6.最終的に入ったボールの数が得点になります。

  0点   すか
  1〜2点 あんず飴
  3〜4点 チョコバナナ
  5点以上 ぬいぐるみ

                 ***

 すばやさには自信のあるちなみが見事にぬいぐるみを獲得。杏と砂山は揃ってあんず飴
を食べています。気合いの入っていた空と純はそれぞれチョコバナナ。さすがにポポスと
ポポはボールが入らずに景品無しでした。どちらにしても岩と土のかたまりのポポスとポ
ポは食べ物をもらっても食べられないので、ぬいぐるみをとってポポにプレゼントしよう
と思っていた純は申し訳なさそうにチョコバナナを齧っています。もっとも、景品よりゲ
ームそのものの方がよっぽどたいせつなのは歩いているみんなの顔を見れば一目瞭然だっ
たでしょう。賑やかな喧噪の中、浴衣を着て歩く男女。中には服を着ていないゴーレムや
明らかに場違いな服を着た大男とかいたりしますけど、お祭りの雰囲気自体がそんなこと
を忘れさせてしまいます。
 上機嫌で歩くちなみが続いて見つけたのはくじ引きでした。空の手を引いて駆け出す様
子を見て、慌てて杏が追い掛けて行きます。はしゃいでいるちなみにそういう気がまるで
無いことは確かだったでしょうけど。

                 ***

1.くじ引きは純粋に運だけが求められるゲームです。
2.サイコロを5回振ります。
3.1回目のサイコロの目があなたの体力と同じなら当たりです。
4.2回目のサイコロの目があなたの知力と同じなら当たりです。
5.3回目のサイコロの目があなたの俊敏と同じなら当たりです。
6.4回目のサイコロの目があなたの器用と同じなら当たりです。
7.5回目のサイコロの目があなたの魅力と同じなら当たりです。
8.当たるごとに以下の景品がもらえます。

  0回   すか
  1〜2回 飴玉
  3〜4回 袋菓子
  5回   ガガンガーンのプラモデル


                 ***

1.さらに金魚すくいのルールです。
2.まずサイコロを一個振ってあなたの器用度と比べます。
3.サイコロの目が器用度以下だった場合は上手く金魚がすくえました。
4.サイコロの目が器用度より大きい場合は残念網が破けてしまいました。
5.一回金魚をすくうとあなたの器用度が1下がります。
6.網が破けるまで2から5を繰り返します。
6.1回目で網が破けてもおじさんが一匹金魚をくれます。
7.特別ルールで大物を狙う事もできます。先に宣言してその目を出せば成功です。失敗
  したら網が破けてしまいます。

  ミドリガメ 出目が6
  赤デメキン 出目が6
  黒デメキン 出目が5か6
  リュウキン 出目が5か6

                 ***

 くじ引き組から離れて、金魚すくいで得た戦利品を手に、純は出店の間を歩いていまし
た。隣には、同じく戦利品を小さな頭に乗せた小さな岩と土のかたまり、ポポが純と一緒
に歩いていました。このときポポスはくじ引き組と一緒にいて、ここにはたまたまいなか
ったのですが、純ならポポを預けていても安心できるからときっと信頼されているのでし
ょう。考えてみれば、彼女がゴーレムを連れて普通に歩いているのですから、これはゴー
レム使いとしての彼女にとってはたいした進歩だったのかもしれません。
 もちろん、純にはそんな意識はまったくなかったでしょうし、そのこと自体が何よりも
たいせつなことであったのですけれど。

                  ◇

                  ◇

                  ◇

 日も暮れて、いよいよ花火の時間。大きな大輪の花火が夜空にあがります。

「きれい…」

 夜空に咲く大輪の花を見上げて、ふと思う純。隣にいるポポの目にも、あの花火はきれ
いに映っているんだろうか。そう思って見たポポの瞳が、先程花火を見た時の自分の瞳と
一緒であることに気付くと、なにやらほっとした嬉しさがこみあげてきました。

「ポポくん。何で、あんなものがきれいに見えるんだろうね?」

 ポポは何も言いません。

「そうだよね。そんな事に理由なんかいらないよね」

 鳶田純にとって、ポポと一緒にいるただそれだけのことが、何よりたいせつなことをい
ろいろ教えてくれるということなのかもしれません。そして、それはポポにとっても同じ
ことであったのです。彼女は気付いていないでしょうが、純はポポスが持っていないとて
もたいせつなものを持っていて、ポポがとても人間らしいゴーレムだとすればそれはポポ
スよりもきっと純のおかげなのです。そのことが分かっているからこそ、ポポスはポポを
純に預けたんでしょうけれど。

 草の上に腰掛ける、
 一人の少女と一体の小さなゴーレムの影。
 夜空には大きな花火。
 赤く光るさそりの星。
 理由なんていらないということ。

                                    おしまい



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