縦巻きなおはなし


 鏡のむこうの世界に行ってみたいと思ったことないかい?
 行けない理由は簡単なんだ
 むこうの自分が押し返してくるからさ

 −苺谷苺太−


 鏡が一枚ありました。とても大きなとてもごく普通の鏡です。その鏡はとてもごく普通
でしたけど、とても大きかったので大きな岩と土のかたまりが前に立っても全身がきちん
と映りました。
 ある時、大きな岩と土のかたまりがとても大きな鏡の前に立ちました。大きな鏡の中に
は大きな岩と土のかたまりが立っていました。大きな岩と土のかたまりは大きな岩と土の
かたまりでしたけれど、鏡の中にいる大きな岩と土のかたまりはちょっとちがう岩と土の
かたまりに見えました。

 自分とちょっとちがう岩と土のかたまりが鏡のむこうにいるのを見て、大きな岩と土の
かたまりはちょっとうれしくなりました。だって大きな岩と土のかたまりは、自分とちが
う岩と土のかたまりなんて見たことがなかったからです。大きな岩と土のかたまりは、岩
と土でできた腕をちょっと伸ばしてみました。鏡のむこうの岩と土のかたまりも腕を伸ば
してきましたけれど、そのかたちは確かに大きな岩と土のかたまりとはちょっとちがうか
たちをしていました。
 大きな岩と土のかたまりは、鏡のむこうをじっと見てみました。鏡のむこうでもちょっ
とちがう岩と土のかたまりは、鏡のこちらをじっと見ていました。大きな岩と土のかたま
りは鏡のむこうへ行きたかったのですけれど、ぎゅうぎゅうと押してみても鏡のむこうの
岩と土のかたまりもおんなじようにぎゅうぎゅうとこちらを押してきますので、どおして
もむこうに行くことができませんでした。

 しかたなく大きな岩と土のかたまりは、鏡のむこうをじっと見ていました。鏡のむこう
の岩と土のかたまりも、こちらをじっと見ていました。それはなんとなくうれしくて、な
んとなくさみしいことでした。鏡のむこうに大きな岩と土のかたまりがいる限り、大きな
岩と土のかたまりは鏡のむこうへ行くことはできなかったからです。外からさしこんでく
る日の光が赤い色になるまで、大きな岩と土のかたまりは鏡のむこうをただじっと見つめ
ていました。鏡のむこうの岩と土のかたまりも、鏡のこちらをただじっと見つめていまし
た。

 とおくから声が聞こえました。それは鏡のむこうから聞こえた声のようでした。鏡のむ
こうにいた岩と土のかたまりは、声のしたほうに身体をむけるとそちらへむかってのしの
しと歩いていってしまいました。大きな岩と土のかたまりは、鏡のこちらにいるというの
に。でも、鏡のこちらでは大きな岩と土のかたまりを呼ぶ声はとうとう聞こえませんでし
た。
 今は、鏡のむこうには誰もいません。岩と土でできた腕をちょっと伸ばせば、きっと鏡
のむこうに手がとどくのだと思います。

 でも、大きな岩と土のかたまりは手を伸ばしませんでした。

 明日またここにくれば、きっとまた鏡のむこうには岩と土のかたまりがいてくれるのだ
と思います。その日は家に帰って、明日またここにくれば、きっとまた鏡のむこうには岩
と土のかたまりがいてくれるのだと思います。
 次の日、大きな岩と土のかたまりは、とても大きな鏡の前に立っていました。鏡のむこ
うには、自分と全くおんなじ姿をした大きな岩と土のかたまりが立っていました。

                                    おしまい



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