砂漠の冒険譚1


 ひらひら。

 妖精が一人飛んでいます。身の丈は人間のひざまでくらい。髪の長い女性の格好にとん
ぼのようなすきとおった羽。ひらひらと宙に浮くように飛んでいます。その後ろをついて
歩く三人の男女。先頭を歩くのは軽装にベストを着たショートカットの女の子です。

「ファルちゃーん。あんまり先に行っちゃだめだよー」

 女の子が言いました。妖精に呼びかけます。ファルと呼ばれた妖精は知らんかおで飛び
まわっています。もの珍しそうにあたりをふらふらと。

「イーシャ、ほんとにこっちでいいのー?」
「そのはずだよー、パリィ。地図のとおりだもん」

 もう一人の女の子が話しかけます。軽装の盗賊の姿をした、ショートカットの女の子が
イーシャ。パリィと呼ばれた女の子、パリザードは腰まである髪の毛を一本に編み上げて
います。弁髪ってやつですね。イーシャ以上に軽装で、「拳士」用の頑丈そうなブーツが
目立ちます。気が強そうに見えるのもこの格好のせいでしょうか。妖精が一人と女の子が
二人。あれ?あと一人…いました。少し離れて後ろの方に。イーシャが呼びかけます。

「ラシッド、何やってるのー?早く来なよーっ」
「ちょっ、ちょっと待てーっ!荷物持ってるのはオレなんだぞ!」

 ラシッドと呼ばれた青年、一見して砂漠の剣士といった格好ですが、今はそれより背中
の大荷物。大柄なラシッドがひとかかえしても余りそうな荷物をしょってます。ロープに
鉄くぎ、鈎づめに大きなハンマーがこれでもかというくらい袋からはみだしています。見
ただけで重そう。

「だいたい何でこんな大荷物がいるんだよ」
「あら、ソナエアレバウレイナシって言うじゃないの」
「だからって何でオレが…」
「それじゃあかよわい女の子にこんな荷物持たせる気?」

 何のことはない先ほど立ち寄った街で買い物しすぎただけなんですが。いつものことで
す。

 水の都パジャルメル。砂漠の真ん中にあるオアシス都市です。オアシスには生活が、砂
漠には冒険があります。イーシャたちは冒険者です。自称スリルとロマンスをもとめて遺
跡をかけめぐる英雄候補!…なんですけど、あくまで自称は自称です。つい先日骨董品屋
で古びた地図を見つけたのがことのはじまり。×印のついた遺跡へ遊びに、もとい探索に
行くことになりました。ちなみにパーティ名は「うさぎ走れ走れ」。

「でもほんとに遺跡なんてあるのかなー」
「まあいいじゃない、どーせパジャルメルから近いんだしさ。ピクニックくらいにはなる
よ」
「こんな疲れるピクニックがあるかよー」

 ラシッドがぼやきます。実は背中の大荷物、ピクニック用のおやつや折りたたみいすま
で入ってるって知ったらきっと倒れていたかもしれません。そのうち先を行く小さな妖精
が何かに気づいたようです。くるくると飛びまわってイーシャたちを呼んでいるように見
えます。三人はファルのところへ行きました。岩かげに隠れるように石づくりの門が小さ
な口をあけています。

「ほんとにこんなところに遺跡があったんだね」
「なによイーシャ、それじゃあ自分で信じてなかったの?」

 明かりをつけます。中に入ると思ったより広い通路がありました。すぐに扉につきあた
ります。石づくりの頑丈そうな扉。一見だれもおとずれたようなあとはありません。意外
なところに意外なたからものがあるかも。三人ともわくわくしています。ファルはといえ
ば、明かりに使ってる夜光石のまわりを嬉しそうにくるくると飛びまわっていたりします。

「イーシャ、罠ないかお願い」
「んー?何にもないみたいだけど…」

 イーシャが罠を調べます。何もしかけがなさそうなのを確認すると、しんちょうに扉を
開けました。パリザードとラシッドが身がまえます。そして、扉の向こうには部屋。

「イーシャ」
「…何、パリィ?」
「あたしここって枯れた遺跡ってやつだと思うんだけど」
「…どうしてそう思うの?」
「だってもう全部まわったと思うもん」
「………」

 扉の向こう側。部屋がひとつありました。部屋がひとつしかありませんでした。小さな
家くらいの大きさの、がらんとした一部屋。イーシャたちが入ってきた扉のほかには、家
具もなんにもありません。

 たしかにだれもおとずれたようなあとがないのも当然でしょう。
 だって何にもないんですから。

「もうトークツされつくしちゃったのかな?」
「んー、その前からここには何にもなかったような気がする」
「まあしょうがないさ。とりあえずひと休みしようぜ」

 ラシッドはそう言って壁ぎわに荷物を降ろしました。どすん。そうとう重かったようで、
荷物の重みで床石がしずみました。床石がしずんで。

…ごごごごごご…

 となりの壁がひらいて隠し部屋があらわれました。

「やったあっ!?」
「ほらラシッド、荷物持ってきてよかったじゃない!」
「…何かちがう気がする…」

 ラシッドは今ひとつ納得できない表情です。

 水の都パジャルメル。砂漠の真ん中にあるオアシス都市へ向かう道を歩いています。結
局あの遺跡、もとは個人の住居か何かだったようです。たいしたものは見つかりませんで
したが、それでも何とか読めそうな書物とか、がらくた寸前の壺や置物とかがありました。
もちろん今はみんなラシッドが背負っています。

「ファルちゃーん。あんまり先に行っちゃだめだよー」

 ひとつだけ。きらきら光る小さな指輪を見つけました。
 ちょうどいいサイズだったので、今はファルの腕輪になっています。

 これが魔法の指輪だったとわかるのは、それからずっと先のことです。

                                    おしまい



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