砂漠の冒険譚3/冒険に行こう♪ ☆Act0 サランディーンの都。グラディウス山とマラキア内海に挟まれた砂漠都市です。 目の前に広がる砂の海。そこに一隻の砂航船が停泊していました。マストのてっぺんで 風になびく白い旗。「砂漠の兎」号という砂航船です。それほど大きくない船を船員たち が忙しそうに走りまわる中、甲板に一組の男女が立っていました。 「…来ないなあ」 「…来ませんですわねえ」 神官衣を着た温和そうな女性がイラ・クリスティー。ローブに長い杖といういでたちの 男性がレヴィー・スクワイア。二人の他に乗客はいないようです。少ない乗客に船員には かすかな不満の表情が、乗客の二人にはかすかな不安の表情が浮かんでいました。 これまで多くの調査隊や冒険者たちを追い返してきた「鋼の時代」のとある遺跡。その 調査と探索に用意された砂航船もじきに出港の時間になります。 「仕方ない。そろそろ船室の方へ入っていようか」 「そうですわね…あっ、待って下さい。どなたかいらっしゃいました」 そう言ってイラの指差した先から一人の青年が走ってきました。美貌と言っていい顔立 ちに気の強そうな表情を浮かべたその青年は、軽快に船上まで駈け上がると先客の二人を 見て言いました。 「何だあ?二人しか来てないのか。この様子じゃ次回の探索隊はなしだな」 「あの…どちら様でしょうか?」 物腰のやわらかいイラ。青年は答えました。 「俺はカズン・シャルロット。あんたらの案内役を頼まれたんだ。よろしくなお嬢さん」 そう言ってイラの手を取るカズン。レヴィーの方にはぞんざいなあいさつをしただけで、 握手のそぶりも見せません。そういう性格の性格の青年のようです。 ◇ 出港する「砂漠の兎」号。それを見送る二人がいました。貴族の青年とその護衛役のよ うに見える長髪の戦士。二人に共通しているのはいたずら好きの子供のようなその表情。 貴族の青年、アルマリク・アルナーシルが言いました。 「ようやく出港したな。今度こそうまくいってくれるといいけどね」 「そうですね。人数も少なかったようですし、次回はないかもしれません」 返事をした戦士がハーレン・シーベリアス。女性のようにも見えますが、美貌の男性の ようです。誰が見ても二人ともよからぬ事を考えているようにしか見えませんでした。や がて「砂漠の兎」号を追って一隻の砂航艇が出港します。 ☆Act1.そう言う訳で冒険の始まり 遺跡までは一週間もかからない旅程で、サランディーンの近くという事もあり航海は平 穏無事に進みました。砂の海は本物の海に比べると船の揺れもはるかに少なく、船旅は快 適なものでした。 「…それでイラは波動感知が得意で、レヴィーは風招術が使えると…」 イラ、レヴィー、カズンの三人は甲板に広げた天幕の中にいました。 「まいったなあ。そうするとまともに武器戦闘できる奴がいないのかあ」 ぼやくようにカズン。その腰にぶらさがった長剣を見とがめるようにレヴィーが言いま す。 「お前剣士じゃないのか?」 「ん?俺は盗賊だよ、遺跡荒らし。戦闘なんてできる訳ないじゃねーか」 「じゃあその剣は何だよ」 「飾りだよ。はったりくらいでなら振り回せるけど」 さらりと言ってのけます。 「きっと大丈夫ですわ。無理に戦わなくても話し合えばすむ事もたくさんありますもの」 イラもカズンも落ち着いていると言うよりは何だか能天気なように見えます。レヴィー は多少不安になりましたが、気にしない風でカズンが言いました。 「そう言えばあんたらは何でこんな遺跡の探索に志願したんだ?」 「とても古い遺跡だそうですので貴重な伝承などが残っているかもしれないと思いました の。それにみなさんと協力したりするのも立派な修行のうちですわ。わたくしはまだ未熟 な神官ですから」 「俺は…ちょっと探してるものがあってな。そう言うカズンはどうなんだ?」 レヴィーが聞き返します。 「俺は雇われたのさ。でなきゃこんなとこまで来るかよ」 「こんなとこ?」 「これでもいろいろ事前調査してきたんだがな…どうもとんでもない遺跡らしいぜ。二人 とも覚悟しとくんだな」 意外に真面目な顔でカズン。イラもレヴィーもつられて表情を引き締めました。もちろ ん二人は知りようもありません。カズンの言う「とんでもない遺跡」がどんなものかを。 「遺跡が見えてきたぞーっ!!」 船員の大きな声が聞こえてきました。 ☆Act2.配列の迷宮 「砂漠の兎」号は小さな島に停泊しました。半日程で一周できそうな小島の半分程が遺 跡になっています。船を降りて入り口へ向かう三人を出迎えたのは一本の立て札でした。 『ようこそ冒険者の方々−入り口はこちら』 思わず目眩を感じるレヴィー。 「な、何だこれは?」 「何って、立て札のようですわね」 もちろんイラは真面目に答えています。 「そうじゃなくて!何でこんなものがここにあるのかって言ってるんだよ」 「さあ。どうしてでしょう」 「…まあいいさ。深く考えてもしょうがないぜ。中に入ろう」 建設的な意見はカズンのものでした。 ◇ 石造りの建物の中は巨大な迷路のようになっていて、さすがに三人とも緊張感が出てき たようです。レヴィーが言いました。 「確かこの遺跡は大昔の配列師が建てたんだよな」 「ああ。配列の罠がたくさんあるって聞いたが…イラ、波動感知で配列のある場所は分か るよな?」 カズンがイラに言います。口調や態度を見ていると三人の中で一番年下とはとても思え ませんが。 「…だめです」 弱々しく首を振って答えるイラ。 「どうした?何かあったのか」 「この遺跡…遺跡全体が配列で覆われているんです。小さな隙間もないくらい。今わたく したちが立っている所も何かの配列の上ですわ。どんな配列かは分かりませんが」 「…手のこんだ事を。宝石もどこかに埋め込んであるらしいし、調べようがないって事か」 探索の困難を思いやって三人は顔を見合わせました。 ◇ それでも三人は順調に遺跡を進んで行きました。これまでここを訪れた人たちからある 程度の情報を得ていたのが大きかったようです。あちこちに仕掛けられていた数々の罠は 三人を辟易させましたが、大方は避ける事ができました。 落とし穴の底と天井がつながっていて延々と落ち続ける配列。 おもしろいギャグを言わないと金だらいが落ちてくる配列。 中に入ると顔にらくがきをされる配列。 18歳未満お断りの配列。 実害が少ない代わりに、通路を覆い尽くしている配列はなかなか避けてとおる事ができ ません。いくつかの配列には覚悟の上で入らなければ先に進めないので、必然的にこうな ります。 「あっはっはっはっ!お前ひどい落書きされてるぞ!」 「痛ーいっ。誰か足をひっかけましたわ」 「だーっ身体が浮かぶっ」 「熱ち熱ち熱ち熱ち熱ちっ」 「『この配列は踏み切り線から飛び越えないと先に進めません』…ですって」 「ちっくしょーっ!誰だこんな配列考えたのはっ!!」 三人の悲鳴が遺跡の中に響き渡ります。 ☆Act3.迷路は続くよどこまでも ようやく一息つく事ができたた三人。すっかりくたびれています。 「ふう、ようやく一休みできますわ…あら?」 何かに気付いたようなイラ。カズンも腰をおろして休んでいます。 「はあ…ひどい目に会ったぜ…」 「まったく何て遺跡だよここは…あっカズンお前この遺跡のこと知っててここまで案内し て来たのか!」 レヴィーがカズンに食って掛かります。 「決まってんだろ、仕事なんだから。こんなにひどいとは思わなかったけどよ」 「予め教えてくれたっていいじゃないかよ!」 「だからここまでとは思わなかったって言ってるだろ。まだ誰も何も見つけてないっての も事実だし興味はあったんだ…あれ?イラはどこ行った?」 「え…おい、いないぞ!?どこ行ったんだ!」 あわてて立ち上がる二人。あたりを見回すと分かれ道の奥の方でイラが倒れているのを 見つけました。あわてて駆け寄るレヴィー。 「おいっ!!大丈夫かっ」 「ちょっと待てレヴィーっ」 レヴィーの腕をつかんで止めるカズン。 「何すんだよカズンっ!」 「落ち着いて見ろ。ありゃ寝てるだけだ」 「…え?」 よく見るとイラがすうすうと寝息を立てているのが聞こえてきました。腕に大きなぬい ぐるみを抱えて眠っています。カズンが言いました。 「睡眠誘導配列だな。ぬいぐるみを取りに行ってひっかかったのか…」 イラは世にも幸せそうな顔で眠っていました。 ◇ 遺跡に入ってどのくらい経ったでしょうか。三人は豪華な飾りのついた大きな扉の前に 突き当たりました。 「やっとついた…んだろうな?」 レヴィーが言いました。つい先程も立派な扉を開けたらトイレだった、という事があっ たばかりでした。 「今度は大丈夫だろ。だめなら遺跡の入り口から隠し扉でも探さないといけなくなるぜ」 そう言ってカズンが扉を開けます。中は広い部屋になっていて、その中央に武器を構え た凶悪そうな石像が立っていました。 「やれやれ。とうとう出やがったな」 剣を構えるカズン。牽制なりおとりなりはできるでしょう。レヴィーも杖を構えて魔法 の準備をします。 「あの…お待ち下さい。あれ、ただの石像ですわ」 イラが言いました。 「え?」 「だって波動を感じませんもの」 そう言われて気のぬけたように武器をしまおうとしたカズンたちの目の前で、石像がゆ っくりと動きだしました。問答無用という感じで襲いかかってきます。 「な…ただの石像じゃなかったのかよ!」 「そんな!!確かに波動は感じられませんわ!」 慌てて逃げ回る三人の耳に、高らかな笑い声が聞こえてきました。 ☆Act4.黒衣の配列師 「はっはっはっ…はっはっはっはっ…ふわーはっはっはっはっ…うっげほげほ」 高笑いの後思わず咳き込んだのは真っ黒なローブを着た一人の老人でした。 「どうじゃわしの配列は!名付けて『単なる石像がまるでゴーレムのように動き出す配列 』じゃ!!」 「そのまんまじゃねーか!」 思わずツッコミを入れるカズン。 「負け惜しみはよすんじゃな…おっとと」 そう言っている老人にも石像が襲いかかってきます。 「し、しまったこの石像は生き物に見境なく襲いかかるんじゃった…うぎゃあああっ!!」 石像にボコボコにされる老人。老人は急いで部屋の隅に行くと壁の穴から配列に使って いた宝石を取り出します。ようやく石像の動きが止まりました。 「ぬう…なかなかやりおるなお主ら」 「あの…大丈夫でしょうか?」 相手を気遣うイラ。純粋に心配して言ったのですが、レヴィーとカズンには「頭は大丈 夫でしょうか」と言ったように聞こえたかもしれません。 「うむ安心せい、お嬢ちゃんは優しいのう…それよりお主らまた見ん顔じゃのう。いった い冒険者ギルドの連中はどうしたんじゃ?」 「冒険者ギルド?」 レヴィーが尋ねます。 「何じゃ知らんのか?ブレディハールで悪名高い連中じゃ」 「ブレディハール…ここはサランディーンだ」 「さらうどん?…聞いたことないのう。もしやとは思うが、いったい今は紀元何年じゃ?」 「え…998年ですけれど」 「何と!!やはりそうであったか。前に来ておった連中も道理で妙な事を言っていた訳じ ゃ。そうかやはりこのコーヒーで真っ黒になったローブを洗おうとして『着ているもの洗 濯配列』をつくった時に時空移動してしまったんじゃな。やはりエメラルドの代わりに玄 武岩を使ったのがまずかったらしい」 「あの…あなたは」 イラが尋ねました。 「おお。わしは偉大なる配列師マリックじゃ。どうも300年程前から時空移動してしま ったらしい」 「マリック…あの七界融合配列を創った方ですか!」 「ばかもんっ!!あれはマーリクじゃ。あんなニセモノと一緒にするでないわ」 レヴィーもカズンもどちらが偽者かはあえて追求しませんでした。 「早く帰らんといかんのう…それにしても冒険者ギルドの連中めわしをこんな目に合わせ おって。だいたいわしは冒険者という連中が嫌いなんじゃ。今まで何度わしの研究の邪魔 をされた事か…ぬっそうじゃお主らも冒険者じゃな!!ただではおかんぞ!」 「な…何だよその論理の展開は!」 「問答無用じゃ!くらえ究極破壊超殺戮配列ぅ!!」 思わず三人とも身をすくめて目を閉じますが何も起こりません。ゆっくり目を開けてみ るとマリックは部屋の隅へ行って先程の壁の穴を開けると宝石を取り出して入れ替え始め ていました。カズンが声をかけます。 「…おいジジイ」 「何じゃちょっと待っておれ今配列をつくるからのう…まだあと十四ヶ所宝石を入れ替え んといかんのぢゃ」 「…おい…」 「うるさいのう!ああほら見ろ間違えたではないか。えーとここはルビーが入って…」 マリックはすでに自分の世界に没頭しています。レヴィーがこめかみに指を当てながら カズンに話し掛けました。 「なあカズン…やっちゃっていいか?」 「…ああ…許す」 「あの…なるべく手加減してあげて下さいね」 レヴィーの魔法が炸裂しました。 ☆Act5.そして伝説へ マリックを連れてぼろぼろになって出てきた一行。精神的にぼろぼろ。結局遺跡はマリ ックの「住居」でした。住居にたいした宝物がある訳はありません。配列用にあった幾つ かの宝石が数少ない報酬でしょうか。疲れて出てきた三人とジジイ一人の前、威圧するよ うに現れたのはアルマリクとハーレンでした。 「ご苦労様でした。この島は官庁が所有する所でありまして、ここの宝物は全て我々が預 からせて頂きます。本当にご苦労様でした。」 にこやかな顔で宝物の横取りを宣言するアルマリク。後ろでハーレンが剣を構えていま す。まともに戦ってもとても勝ち目はないでしょう。もっとも三人とももはやそんな気力 もないでしょうが。 「…俺たちはこのジジイを捕まえてきただけだ。宝石とかならまだ中に転がってるぜ」 疲れたような声でカズンが言います。嘘はついていません。ほとんどの配列はまだ解除 しないで残っています。もっとも一度配列に使用した宝石はその価値を失ってしまうそう ですが。 「そうですか。本当にご苦労様でした。あ、これは少ないですが報奨金です」 そう言ってわずかなお金を渡すアルマリク。イラ、レヴィー、カズンの三人はマリック を連れて「砂漠の兎」号に乗ると出港しました。残念そうな…顔をしながら。 「行かせてよろしいのですか?」 ハーレンが尋ねます。 「まあいいだろう。罠はほとんど彼らが解除してくれただろうし。残っているのはお宝ば かり、とね」 アルマリクたちは遺跡の奥に足を踏み入れました。 ◇ 「ぬっ…ここはどこじゃ?」 「砂漠の兎」号の船室。気を失っていたマリックがようやく目を覚ましました。カズン は数少ない宝石の鑑定を、レヴィーはそのカズンと一緒にイラのいれてくれたコーヒーを 飲みながらくつろいでいました。 「ここは砂航船の船室の中ですわ」 看護をしていたイラが答えます。 「お主ら…まあいい。ぬ?そう言えばわしの究極破壊超殺戮配列はどうなったんぢゃ?」 「知らねーよ。配列を組んでいた途中のままだろ、何にも起こらなかったぜ」 「そんな事はない。あれは一種の複合配列での。遺跡を崩壊させる配列だけは組み上がっ ていたんじゃぞ」 マリックがそう言うと船の外から大きな地響きのような音が聞こえてきました。 「おーい、遺跡が崩れてくぞーっ!!」 ◇ このお話に出たうちの何人かは、その後姿を見掛けなくなったそうです。 おしまい