砂漠の冒険譚4/あらべすく☆きっず−海底人ビスケー湾上陸− アルファリス・メイデンは空を見ています。砂漠世界の空。太陽は死をつかさどり、月 は安らぎをつかさどる世界。そこは砂漠の世界、一面の砂。背後には街。そこは人間の領 域、ちっぽけな人間の領域。目の前に広がるのは空、果てのない空。遥か彼方へ。 アルファリス・メイデンは空を見ています。 ☆Act1.まじめなのは書き出しだけです 砂漠世界フォルトゥーナ。陸地のほとんどが砂に埋もれた世界でも、人々はわずかなオ アシスに集まってたくましく暮らしています。ニンゲンの持っている生命力というものは、 本人たちが思っているよりたぶんずっと強いのでしょう。沿海地方、広大な海に面する小 さなオアシスと、そこにある大きな都市。都市の名前はさらうどん、もといサランディー ンと呼ばれています。いつの時代、どこの世界でも。子どもたちは大人の知らない秘密、 あるいは知らない事にされている秘密を持っているものです。サランディーン郊外にある 岩場の洞窟。そこは子どもたちの「秘密基地」になっていました。 紀元989年、エメラルドの月のとある日。日差しの強い昼下がり、洞窟の入口で。洞 窟の上の岩場に腰掛けている一人の少年、カズン・シャルロット。端正な顔立ちをした生 意気ざかりの少年です。遠くへ伸びる視線の先、その先に見ているのはカズン自身の夢や 野心なのでしょうか?カズンの背後にひとりの影。気がついて振り向くより早く、影から 伸びた足がカズンの後頭部を踏んづけました。 「…痛ってえっ、何すんだよアルファ!」 「何すんだじゃないっ!カズン、あんたまたフィリアいじめたでしょ」 頭を踏まれたカズン以上に怒った顔で立っていたのはアルファリス・メイデン。口調も 服装も男の子みたいですが、これでも立派な女の子です。 「いじめたなんて心外だな。ちょっとからかっただけじゃないか」 「あんたねえ…『これがホントのネズミ花火だ』なんつって鼠たちを爆竹で脅かしてけし かけるのは、ちょっとからかううちに入んないのっ」 「フレーディスなんか腹かかえて笑ってたのに…これだから女は嫌いなんだ」 「…じゃああたしは何なのよ」 「へ?お前女だったの」 ぼかぼかぼかぼかぼか。 この二人はサランディーン出身。「秘密基地」に出入りするようになって長くなります。 ここには他にも幾人かの子どもが出入りしていますが…彼らに共通しているのは「つまん ないのは嫌い」という心情だったでしょうか。 洞窟に入ったアルファリスとカズン。中ではスィーン・ディーゼルがマクリス・エルシ オンと遊んでいました。スィーンはカズンやアルファリスと同い年の少年ですが、いつも は7歳年下の弟の面倒を見ています。まだ幼いマクリスはそんなスィーンに特になついて いるようでした。カズンたちの様子を見てスィーンが言います。 「カズン。またアルファにぶん殴られたのか?」 「まったくあの乱暴女は…痛ててててっ」 カズンの耳をひっぱりながら、こめかみをぴくぴくさせているアルファリス。 「だーれが乱暴女だって?」 「お前だお前アルファ。この手は何なんだよっ」 「本当にあんたは…マクリス、あんたはカズンみたいになっちゃだめだからね」 「はーい」 くりくりとした瞳を輝かせるようにマクリス。まだ幼い、優しくて素直なこの子が、こ んな連中に囲まれているのは教育上よくないんじゃないかなと時々思うアルファリスでし た。 ☆Act2.ああ麗しきかなおっさんたち とつぜん息せき切って駆け込んで来た三人の子どもたち、ルーファー・アクシーズ、フ レーディス・インバース、フィリア・アルハーリ。やや年長のルーファー、吟遊詩人を目 指しているだけあって呼吸を整えるのも早いようです。それでもかなりあわてた様子で言 いました。 「大変だっ。妙な連中がここに向かってきてるぜ!」 「妙な連中?」 問い返したのはアルファリス。今度はフレーディスが答えます。 「ボウケンシャだって言ってたぞ。ここを調査に来るって」 「調査って、何でまたこんな所に」 「そこまでは分かんないけど、ボクたちを追い出そうとしてるみたいだ」 「何だって、そんな事させるかよっ!よーし追い返してやる、スィーン奥にいる連中呼ん できてくれないか」 意気上がるカズン。それを見ながらフィリアがおずおずと言います。 「…あのぉ、カズンさん」 「な、なんだよフィリア…えーい悪かったよ。さっきはごめんなっ」 「誠意が見えないよカズン」 カズンの後ろで怒った声でアルファリス。降参したようにカズン。 「わかった俺が悪かったっ!今度やった時はまたあやまるから許してくれっ」 ばきっ。 カズンはさっきよりもっと思いっきり殴られました。 洞窟の入口にやってきたのは冒険者風、もう三十代をまわっただろうのおっさん三人組。 入口の上、岩場に立っている子どもたちを見て、リーダーらしい髭のおっさんが口を開き ました。 「おーいボウズども、俺たちゃこれからここを調査するんだ。邪魔だから他所で遊んでく んねーか」 すかさず言い返すカズン。 「おーいジジイども、俺たちゃこれからここで遊ぶんだ。邪魔だから他所で調査してくん ねーか」 一瞬あっけにとられる冒険者たち。ジジイ呼ばわりされて怒ったのか、あやしい雰囲気 ののっぽのおっさんが叫び返します。 「だ…誰がジジイですって、このクソガキども!」 「あなたたちに決まってるじゃないですか。鏡を見たことないんですかー?」 今度はエルシェント・フォルティが言い返しました。美少年ながらなかなかいい性格を しているようです。カズンもエルシェントも神官の家に生まれたんですが、生まれた家と 本人の性格とはあまり関係がないのかもしれません。おっさんたちのもう一人、大男が言 いました。 「口の減らないガキどもだな、さっさと言う通りにしないとそこからつまみ出すぞ」 「まあー最善をつくしてみてはどうかね」 あくまで挑発するカズン。おっさんたちが洞窟に入ろうとすると、足元にぴんとロープ が張られているのに気が付きました。 「…子どもだけあってちゃちな罠だぜ。こんなものに足ひっかけるとでも思ってんのかね」 笑いながらロープをまたぐ大男。ずぼんっ。足を降ろしたとたん、ロープの向こう側に あった落とし穴に見事にはまりました。大笑いして洞窟に逃げ込む子どもたち。 「…クソガキども、もう許さねえ!とっちめてやる」 「落とし穴の中で叫んでも説得力ないですよー」 洞窟の奥に逃げながらエルシェント。こうして冒険者のおっさんたちと子どもたちの壮 絶な戦いは幕を開けたのです。 ☆Act3.こんばっと・ぷれい 入り組んだ洞窟を進む冒険者たち。洞窟と言っても実際はアーチ型の岩場のような所で、 あちこちから光が入ってくるので灯りをつけなくても歩くのに困る事はありません。もっ ともその分小柄な子どもたちがどこに隠れているのか分かりにくくなってはいるんですが。 冒険者たちを待ち受けていたのはルーファー。通路に入って来たのを見ると、やけに軽い 口調で隣の少年に話し掛けました。 「それでは先生、お願いします」 「どうれ」 そう答えて前に進んだのはストーム・ホーディッツ。そろそろ少年期を抜け出す年齢で、 子どもたちの中では最年長です。腰の長刀をすらりと抜くと、冒険者たちの前に現れまし た。 「さあどっからでもかかってきな!この俺が相手になるぞ」 「まあ生意気なボウヤね、ちょっと痛い目にあわせてあげるわ」 そう言って鞘の付いたままの刀を取り出したのはのっぽのおっさん。子ども相手とあっ て多少は手加減せざるを得ないようです。慎重に様子をうかがうのっぽ。先程大男が罠に かかった事を思うと、無鉄砲に飛び込む気にはなれないようです。ストームが言いました。 「そっちからこないならこっちから行くぜ。くらえっ、名付けて降砂迅雷剣!!」 「来なさいっ!」 身構えるのっぽのおっさん。ストームは相手には切りかからずに、近くに張ってあった ロープを切ります。とたんにするすると音がして、のっぽの頭上から重そうな砂袋がたく さん降ってきました。 どさどさどさどさどさっ。 「うひゃあああああっ」 「よーし、一人目っ!」 砂袋の下敷きになるのっぽのおっさん。それを見るとルーファーとストームは風のよう に逃げて行きました。 横道に隠れて作戦の確認をしているのはフィリアとフレーディス。 「えーと、こっちの道を曲がってぇ…聞いてますかぁ?フレーディスさん」 「だいじょーぶだいじょーぶ。ボクに任せといてよフィリア」 「でも何か心配ですぅ」 「フィリアの為ならたとえ火の中ウニの中、あんなジジイたちなんか小指で蹴散らしてや るからさ」 そう言ってフィリアの肩に手をまわそうとするフレーディス。ちなみに彼は後にナンパ 師のインバースとして知られるようになります。通路の方から大男の声が聞こえてきまし た。 「…確かこっちの方に逃げて来やがったんだが」 「おっさんおっさん。誰を探しているんだい?」 後ろに手を組んで、陽気な足取りで大男の前に姿を現わすフレーディス。 「ぬおっ、出やがったなこのガキ」 「失礼だな、人の事をオバケみたいに言わないでよ。でないと痛い目を見る事になるよ」 「ほおーおもしろい。どう痛い目を見るのか教えてもらおうじゃないか」 「後で後悔しても知らないよ…くらえっ!」 そう言って後ろ手に持っていた革袋の中身を投げ付けるフレーディス。袋に入っていた 水が大男にかかります。 「な…なんだこりゃ?ただの水じゃねえか、ばかばかしい」 「ただの水?ほんとにそう思うの、せっかく高そうな鎖かたびらなんか着てるのに」 「何だと?」 「『沿海地方限定とっても濃い塩水アタック』。高価な鎧もこれでおだぶつだねっ♪」 「こ…このクソガキっ!!この鎧まだ新品なんだぞ!」 怒り心頭でフレーディスを追いかける大男。一緒にいたフィリアの手を引っ張って逃げ るフレーディス。「愛の逃避行だねっ」「そうなんですかぁ?」なんて言っているのは余 裕の現れなのか単なる性格なのか判断のつきかねる所です。 やがて洞窟の先は長い下り坂になっていました。予め用意しておいた乗用甲虫の殻で作 ったソリに乗って、二人は坂を滑って行きます。 「きゃああああっ!!速いですうっ!」 「ちゃんと掴まってるんだよ、フィリア!」 後を追ってきた大男。勢いよく滑って行く二人を見て、あわてて他に何台か置いてあっ たソリに乗って追いかけます。 「後ろ追いかけて来ましたぁっ」 「よーし、それじゃあ合図頼むよフィリア、3・2・1…それっ!」 フレーディスの声に合わせて持っていた爆竹を頭上に放り投げるフィリア。ぱんっ。乾 いた音が洞窟に響きます。坂を見下ろす場所でその合図を待っていたのはスィーンとマク リス。 「よーし合図だマクリスっ」 「はいっ」 下がっていたロープをぶら下がるようにして思いっきり引っ張るマクリス。まだソリで 滑っている大男の目の前で、壁になっていた板が外れるとコースを換えられてしまいまし た。もちろんその先は行き止まり。 「ぬおおおおおっ!ちょっと待て冗談だろおおおおおおっ!!」 どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ。 砂地に滑り降りたフィリアとフレーディスの背中の方から、とっても大きな音が聞こえ てきました。眼下にその様子を見おろして、スィーンが言います。 「よーし、これで二人目だな。さあ戻るよマクリス」 「はーい…えっ!?」 戻ろうとするスィーンとマクリスが振り返ります。そこには怒り顔で髭のおっさんと、 ぼろぼろになったのっぽのおっさんが立っていました。 「あ…あは。こんにちは」 「よお。もう逃げられんぞボウズ」 「んもー本当憎たらしいくらいに可愛いボウヤたちね、食べちゃいたいくらい」 もしかしてのっぽのおっさんの方はイケナイ趣味があるのかもしれません。スィーンは 恐ろしさを感じながらも、もう一本ぶら下げてあったロープを引っ張ります。あたりにど さどさと砂が落ちてきて砂煙でまわりが見えなくなりました。 「うわっ何だっ!?」 「よしっ。いまのうち逃げるぞマクリス」 「は、はいスィーンさんっ…うわわっ!?」 スィーンはマクリスの手を取っておっさんたちの間をすり抜けようとしますが、砂煙の 中マクリスが足をつまづかせます。倒れかかったマクリスの頭が髭のおっさんのとても大 切なところに当たってしまいました。 「!#$%&@*¥?」 声にならない悲鳴を上げて。崩れ落ちる髭のおっさんを後にスィーンとマクリスは横道 に逃げ込みました。 「ま、待ちなさいこのっ!」 追いかけるのっぽのおっさん。横道にはちょうど大人の胸の高さくらいに何本かのロー プが張られていました。背の低いスィーンやマクリスにはそれほど問題ありませんが、大 人にはかなり邪魔になる高さです。のっぽのおっさんは懐から短刀を取り出すと、流れる ような刀捌きでざくざくとロープを切って追いかけます。慣れた手つきとすばやい動きと で子どもたちに追いすがるおっさん。勝ち誇った表情を浮かべます。 「もう逃がさないわよ、捕まえたらあんなコトやこんなコト…」 ガキーーーーーーーーーーンッ。 「ぐああああああああああああっ!」 子どもたちに追い付くと思った瞬間。ロープに混じって一本だけ掛けられていた鉄の棒 を思いっきり殴りつけると、さすがにおっさんは短刀を落としてうずくまってしまいまし た。その間にスィーンとマクリスはなんとか逃げきります。しびれた手を押さえているの っぽのおっさんの遥か後ろで、ようやく立ち上がったのは髭のおっさん。 「…くーっ、ええギャグ持っとんのーボウズども…」 ぴょんぴょん跳ねながら呪いの言葉を口にしていました。 ☆Act4.地獄の二者択一 「…相手が分散したのは助かったな。もっともまたすぐ集合するだろうけど」 「そろそろ騙すのも難しくなってくるでしょうしね。早く次の準備をして、こっちも再集 合しないといけませんね」 洞窟の奥で総指揮を取っているのはどうやらカズンとエルシェントの二人。 「ん?アルファがいないな。どこ行ったんだ」 「アルファリスさんならマクリスくんたちの様子を見に行くって言ってましたよ」 「ほんとか?…大丈夫かな、あいつあれで結構ソコツモノだからな。個人戦闘力は高いん だけどな」 「…いちおう様子を見に行きますか。単なる暴力娘じゃないと思いますけどやっぱり不安 ですしね」 アルファリス本人が聞いていたら半殺しにされそうな会話をしています。 一方こちらは冒険者たち。大男やのっぽと合流すると、髭のおっさんが言いました。 「何とか一匹でも捕まえりゃ、あんなガキどもどうにでもなるんだがな…ん?」 ふと何かの気配を感じたおっさん。他の二人に言います。 「ちょっと二人とも耳栓してろ…クソガキめ、引きずり出してやる」 自分も耳に栓を詰めて。髭のおっさんはおもむろに荷物からガラスの板を取り出すと、 思いっきり爪を立ててそれを引っ掻きました。 きい〜きききききい〜きいきききい〜。 「きゃああああっ!!やめてやめてええっ」 洞窟の壁に反響する音。たまらず横道から飛び出してきたのはアルファリスでした。今 度こそ勝ち誇った顔で取り囲む三人。捕まったアルファリスの方はものすごくバツの悪そ うな表情をしていました。 でも何でおっさんがそんなものを持ち歩いていたのかは気にしちゃいけません。 「カズンさん、あれ!」 「ちっ。遅かったかあの莫迦」 後を追いかけて来たカズンとエルシェント。その前にアルファリスを連れて冒険者たち が現れました。 「…あは。ごめんみんな、ドジっちゃった」 他の子どもたちも集まってきます。髭のおっさんが言いました。 「ゲームオーバーだ、楽しいお遊戯もこれで終わり。残念だったな」 「へえーあんたらあんな目に会って楽しかったのか。変態なんじゃねーか?」 「相変わらず口の減らないガキだ。こっちには人質がいるんだぜ」 「いい大人が子どもを虐待していいんですかっ」 カズンもエルシェントも言い返しますが、冒険者の顔からは余裕が消えません。 「そんな事を言っていられるのも今のうちだ。俺たちを怒らせるとどんな目に会うか、よ く見ておくんだな」 そう言ってアルファリスに話し掛ける髭のおっさん。 「さあ嬢ちゃん…ぞうきんと富士山どっちがいい?」 「ふ…富士山」 反射的に答えてしまったアルファリス。その腕の皮をつまむと、髭のおっさんは富士山 のように引っ張りあげました。 「痛い痛い痛い痛い痛いっ!!」 「ふはははははっ!どうだ嬢ちゃん、これでもぞうきんより富士山の方がいいかっ」 「痛い痛いっ、じゃ…じゃあぞうきんっ」 選びなおすアルファリス。今度はその腕を掴んで、髭のおっさんはぞうきんのように絞 り上げました。 「痛たたたたたたたたたっ!!」 「ふはははははっ!どうだ嬢ちゃん、地獄の二者択一の味はっ」 なんて恐ろしい攻撃でしょう、思わずカズンが飛び出して行きました。 「ま…待てっ、待ってくれおっさん!!」 「何だあ?あきらめてここを出て行く気になったか」 アルファリスをじっと見つめるカズン。今まで見せたこともないような真剣な顔を浮か べています。 「アルファ…」 「カ、カズン…」 「アルファ…すまない。俺たちの為に犠牲になってくれ」 「へ?」 言うが早いか。カズンはとっておきの爆弾を冒険者たちに投げ付けました。コショウと トウガラシの粉末を詰めた袋に爆竹を仕掛けた特製爆弾です。 ぱんぱんぱぱぱんぱぱぱぱぱぱぱぱぱんっ!!!! 「うぎゃあああああああああああああああっ!!!!」 あたりに立ち込める赤い煙と断末魔の悲鳴。とっさに煙を避けていたカズンが悲しそう な顔をしてつぶやきました。 「アルファ…いい奴を亡くしてしまった。お前の犠牲はきっと無駄にはしないからな」 「勝手に人を殺すんじゃなーーーいっ!もーう許さないからねこのバカカズンッ!!」 煙の中から目を真っ赤にして飛び出してきたアルファリス。渾身の力を込めてカズンを ぶん殴ると、まだ立ち込めている赤い煙の中に叩き込んでぼこぼこにしてやりました。 「なあ…今回一番大怪我してるのってカズンじゃないか?」 思わずつぶやいたのはストーム。その隣ではルーファーが竪琴を引き鳴らしています。 それは鎮魂歌の旋律でした。 ☆Act5.戦いすんで… ロープで縛られて転がされている冒険者たち。すまきにされて吊るされているカズン。 めでたく子どもたちの勝利です。すっかり降参した髭のおっさんが言いました。 「まいった…俺たちの負けだ。な、なあ。ところで俺たちが何でこんな所まで来たか聞き たくないか?」 「こんな所で悪かったですね…でもそうですね、冒険者が来るにはやっぱり理由があるっ て事ですよね」 「金目の物か?」 どうやら交渉役を買って出たのはエルシェント。ストームもそれに加わります。 「そうだ。ここにはかつて偉大なる配列師が使っていた実験場があったそうでな。配列師 の遺跡って言えば、そりゃもう莫大な宝石が付き物ってもんさ。俺たちが案内するから、 手伝ってくれたら見つかった財宝は半分こって事でどうだ?」 「…半分?」 冗談でしょ、という顔でエルシェント。 「いやその…俺たちは三分の一でいいです」 「人数で頭割り。あんたたちの取り分は四分の一だな」 有無を言わさぬ口調でストーム。 「…はい。それでいいです」 しぶしぶと冒険者。 「…一人あたり十二分の一。カズンの分はあたしがもらっといたげるから六分の一ね♪」 にこにことアルファリスが宣言しました。 「あの…スィーンさん、さっきから背中におかしな視線を感じるんですけど…」 「しーっ。振り向いちゃだめだからねマクリス」 背中にのっぽのおっさんの熱い視線を感じながら。スィーンやマクリスも洞窟の奥へ向 かっています。 「ねえねえ、財宝が手に入ったらボクとデートしない?」 「わたしは…昔のおもしろい配列とかが見つかったほうが嬉しいですぅ」 フィリアを口説いているフレーディス。脈があるのかどうかは分かりませんが。 「これで新しい竪琴が買えるぜ。まったく財宝さまさまだな」 「ああ、俺もこれでようやくいい刀が買えるよ」 即物的なのは年長組のルーファーとストーム。 「神殿に入る前にぱーっと散財するのも…」 「…悪くないよねえ」 やっぱり即物的な神官候補、エルシェントとアルファリス。 「…ちくしょー覚えてろよアルファーっ!…」 みんなの遥か後ろで。カズンはすまきのまま吊るされていました。 洞窟の奥、砂に埋もれた石造りの扉。みんなで力を合わせて扉を開くと、そこは広々と した部屋でした。中は閑散としていましたが、奥の方にひとつだけ、大きい立派な箱がで んと置いてありました。 「おおおおおおおおおおおおおっ!本当にあったぜえっ」 「…な、何だよおっさん、自分で信じてなかったのか?」 茶々を入れる声もどこか上の空。目の前に財宝の入った箱があると思えば無理もありま せん。 「わ、わわ罠があるかもしれねえからし慎重になあ、おちつけんだざみんにゃ」 「お、おっさん。あんたが一番落ち着いてないぞ」 震える手で箱を開ける髭のおっさん。みんな一斉に中を除き込みます。箱の中に入って いたのは一枚の紙。 『スカ』 この後冒険者たちがどうなったか…あんまり書きたくありません。 ☆Act6.10years after アルファリス・メイデンは空を見ています。砂漠世界の空。太陽は死をつかさどり、月 は安らぎをつかさどる世界。そこは砂漠の世界、一面の砂。背後には街。そこは人間の領 域、ちっぽけな人間の領域。目の前に広がるのは空、果てのない空。遥か彼方へ。 十年前。彼女たちの出会った冒険者たちは、今は何をしているんでしょうか。聞いた噂 では、彼女を含めてあの時の九人の子どもたちはみんな冒険者になったとか。あの時の事 を思い出します。あの時の事がきっかけになったのでしょうか?あんな出来事でも。思い 出して、軽く笑みを浮かべるアルファリス。 アルファリス・メイデンは空を見ています。その表情は、かすかにあきれ顔でした。 おしまい