星虫(新潮文庫)
岩本隆雄著
もう知っている人のほとんどいないだろう日本ファンタジーノベル大賞の第一回最終候補作となった作品です。日本ではファンタジー小説というものが認知されていませんが、業界大手の新潮社がそのファンタジー作品を募集したとあって、特にこの第一回はプロアマ問わずものすごい作品が集まり、大賞には「後宮小説」という別格の作品が登場したこともあって最終選考に残った作品はあまり知れわたる事もなく、バブルの崩壊にともなってこの賞もやがて下火になっていきました。とはいえその後も派手な発表こそなかったものの、名作にして奇作「バルタザールの遍歴」など幾つかの作品を生み出していくことになりますが、その日本ファンタジーノベル大賞に選考された作品で、第一回の中でも個人的には一番好きな作品です。
時は西暦1990年頃、十六歳の、宇宙飛行士を本気で目指している少女が宇宙の果てから飛来してきた謎の生命体と出会うお話。星虫と名づけられたこの生き物は全世界の八割以上の人達に取りつくと、それから一週間の間、全世界が騒がしくて哀しくて、そして感動的な事件に巻き込まれていくになります。
十六歳の高校一年生という現実の中を生きている主人公の少女は、幼い頃に祖父に見せられたロケットの打ち上げを見て宇宙飛行士に憧れるようになり、そして一日だけ彼女が出会った「おじさん」の存在が彼女の夢を明確なものにしてくれました。そのおじさんは、まだ六歳だった少女の夢をまじめに聞きながら一枚のメモを書き記します。その最後には、次のように書かれていました。
「諦めない限り、希望はある」
これは、幼い頃の夢を希望を捨てずに追い続けた少女と、それを見続けていた少年とのお話です。そして宇宙から来た星虫のお話であり、星虫と人間のお話であり、人間と地球のお話でもあるのです。自分自身を含めて全ての生き物は平等であるという、ともすれば理想論的な価値観。生き物が生き物を殺す権利を認めることと、そしてそれを認めた上で生き物を、地球を救うこと。きれいごとによらないきれいなお話。星虫を救おうとした、たった一人の少女のお話。
美しくて人間の益になる生き物も、醜くて人間の害になる生き物も、同じ生き物であるということ。宇宙から飛来した星虫は、その双方の面を持つ生き物でした。ですがその少女だけは、星虫がどのような生き物であってもその態度を変えることはなかったのです。
主人公たちの言動は時として幼く、頑なで単なる理想主義でしかないかもしれません。ですが子供っぽい理想を、夢を追い求める姿が多くのロケットを宇宙に飛ばしてきたこともまた事実ではないでしょうか。作品を通じて、都合よく変わっていく現実の中でそんな子供っぽい理想を主張し続ける少女の姿は、それを読む人に幼さへの憧れを抱かせてくれるのではないかと思います。誰だって幼い頃の理想を、捨てずにいてもよい権利はある筈だというジュブナイル的な快さを感じさせてくれる作品です。裏編となる「イーシャの船」を含めて、朝日ソノラマ文庫から再販されることになったのもそれだけこのお話にはそんな幼い支持者がいたからではないでしょうか。興味と根気のある人は、一度新潮版のオリジナルを探してみるのもいいかと思います。
夢は、叶えるためにあるのだから・・・この言葉のままに綴られる一途なお話です。
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