イーシャの船(新潮文庫)
岩本隆雄著
かの「星虫」の裏編にあたる作品。続編ではなく、作者があとがきでも記しているとおり裏方にあたる姉妹編となります。
お話自体は「星虫」で登場しながらも名前も出ていないあるとても重要な人物とそのまわりで起こっていた、小さな小さなできごとが中心になっています。全世界を巻き込んだ星虫騒動の何年か前で、舞台も公園の一隅にあるおんぼろ小屋を中心にしてほとんど移ることがありません。後に世界を救うことになる、その人が訪れたこの小屋で出会ったのは主人公となる青年と彼が連れている一匹の小鬼でした。町内一運の悪いと言われる、仁王像のような外見をした大男と、彼がひろった不思議な生き物。
角の生えた天邪鬼のようなその生き物は、外見からは想像もできない温和で優しく、お人好しな主人公に育てられることになります。そして、天邪鬼が見つかったという「入らずの山」の池の底からは、はるか昔にそこに埋まった宇宙船が発見されたのです・・・。
星虫騒動という大きな物語が起こる少し前に、小さな生活が与えた物語への大きな関わりが書かれている作品で、星虫が人間と地球との関係を描いていたようにこの作品では人と人の関係を求めた作品となっています。それは人間でないものをも含めた人と人とのつながりであって、美しくて人間の益になる生き物も、醜くて人間の害になる生き物も、同じ生き物であるという星虫のテーマと表裏一体で重なっています。
作中では「縁」と呼ばれている偶然がさすがに出来すぎていると思わせるところもありますが、そんな幼さを感じさせる偶然もまたそれが縁というものであるかもしれません。そしてそんな縁に関わっている、登場人物たちの姿が実に魅力的で、葛藤したり悩みながらも生きている人たちが大男と小鬼の二人による奇妙な家族に関わりながらもそれに魅せられていく様は、読者が共有することになる魅力ではないかと思います。主人公と、彼に惹かれる人たちと、小さな天邪鬼とのお話。
ことに「星虫」を読んだ人であれば、その裏で起こっていたこんなお話を知ってみるのもいいかと思います。子供っぽい、幼い夢に憧れているのがそれを持っている子供や持ち続けている人だけではなく、夢を語れなくなった人にもいるということ、そしてとても小さな夢であっても、真摯な思いでありうるということをこの作品は語ってくれることでしょう。
幸せなお話が好きな人に。
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