キケロー弁論集(岩波文庫)
マルクス・トゥリウス・キケロー著 小川正廣・谷栄一郎・山沢孝至訳
古代ローマ最高の弁論の名手とうたわれ、現在の弁護士の源流になっているとも言われているキケローが残した膨大な弁舌の中でも、ラテン語のテキストとしてはユリウス・カエサルのガリア戦記やタキトゥスのゲルマーニアと並ぶ名文とされる「カティリーナ弾劾」を含む4編が収められた弁論集です。
共和制末期、カエサルとほぼ同世代で同時代人であったキケローは古来より続くローマ共和制の担い手として元老院を主導する立場にありました。建国の貴族と新たな功労者たちによって治められる、元老院議員による共和制を信奉するキケローに対して、グラックス兄弟の登場に端を発した民衆派と元老院派の対立による社会不安が表面化しつつあった時代。貧窮した貴族を主導して国家転覆を企図したとされるカティリーナの陰謀を弾劾すると、議場で演説をぶった「カティリーナ弾劾」はキケローの弁論の中でも特に有名な作品となっており、後に「祖国の父」の称号を得たことでも代表的な演説として刊行されています。
政変をもくろむカティリーナを徹底的にののしる様とそれを追求する自分の高潔さを徹底的にたたえる様がキケロー自身の筆によって、あまりに劇的に生々しく記されている筆致は一場の劇作品を見ている気分にすらさせられるでしょう。有名な冒頭の序文、「いったいどこまで、カティリーナよ、われわれの忍耐につけ込むつもりだ。 その狂気じみたおまえの行動がいつまでわれわれを翻弄できようか。どこまでおまえは、放埓で不敵な態度を見せびらかすつもりだ」ではじまる演説はいかにもキケローらしいと虚栄心をうかがわせずにはいられませんが、一方で自らを陰謀の標的にさらそうとも共和制ローマを守護する者として、弁舌の力でローマを守ろうとする理想を自ら体現する言葉でもあったのです。ローマ古来からの貴族ではなく、新たな功労者の一員であったキケローは当時、誰よりもローマ共和制の理念を守ろうとした人物の一人でした。
共和派の代表であったキケローに対して、後に帝政を創出するユリウス・カエサルは政敵同士であったにもかかわらず、この二人が互いに文筆家、ラテン文芸の愛好家としては無二の友人同士であったのはおもしろい点であり、対立する陣営にありながらもカエサルはキケローの家に休暇に訪れ、キケローが薦める者であれば喜んで自らの幕下に迎え入れており、キケロー自身も思想を異とするカエサルの寛容を見れば当然のようにそれをたたえました。本書にあるいくつかの作品の中でも、それぞれの時期や立場によってキケローのカエサルに対する扱いが変わっているのは面白いところです。
ただ、冗談を好み誰にもでも親しみのあるカエサルに比べると、無邪気なほどに自己中心的で虚栄心の強いキケローは褒められれば図に乗るし逆境に陥れば親友にも当り散らさずにはいられないという性格で、しかもそれを舞台劇にも勝る美文調で書きつづるという人でもありました。この人の作品を読む人はあまりに美しい文章と同時に、あまりに個性的な性格にも圧倒されずにはいられないでしょう。文章ではなく、キケローの性格についていけないことによってこの人の弁論を評価しない例がまま見られるのは気の毒かもしれません。
カティリーナ弾劾の他にはキケローが法務官時代にギリシアの詩人アルキアースの弁護を受け持ち、文学の有用性を唱えた「アルキアース弁護」、かつて執政官時代に自分を追放したピソの属州統治の不正を訴える「ピーソー弾劾」、そして有名なファルサロスの戦いを経て、旧敵ポンペイウス派のマルケルスを許したカエサルへの感謝を伝える「マルケッルスについて」とどれも実にキケローらしい、魅力的な弁論が掲載されています。マルケルスへの寛容についてはカエサルをたたえるキケローの変節を非難する声もありますが、ファルサロスに至る内乱についてはキケローは当初から元老院派をうたいながらも中立不干渉を望んでいたこともあり、カエサルもキケローに対してだけは常に礼節を欠かさなかったことも事実です。とはいえ、この時期に彼が友人アッティクスらに宛てた多くの書簡を見れば子供っぽくも思えるこの人の性格には苦笑せざるを得ません。
かなり問題のある性格が、その弁舌のために愛すべき精神に思えてしまう。当代随一の名文家であると自他ともに認めるキケローらしさが存分に堪能できる一冊です。
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