小さな魔法のほうき(ブッキング)
メアリー・スチュアート著 掛川恭子訳
夏休みの間じゅう、大おばさまの古い屋敷に預けられることになってしまったメアリーという女の子。つまらない生活にふさいでいたメアリーですが、ある日、近くの森を歩いているとティブという真っ黒な子猫に出会いました。ティブに連れられて歩いていった、森の奥でむらさき色の不思議な花を見つけた少女はそれが7年に一度しか咲かない魔法の花「夜間飛行」であることを知らされます。庭にある古いほうきに、夜間飛行の花粉がつくと小さなほうきは空を飛んで少女を魔法大学へと運びました。
イギリスの作家メアリー・スチュアートが初めて書いたという児童文学で、魔法ものファンタジーの原点にも挙げられる作品です。日本ではあかね書房から刊行されていましたが、fukkan.comのリクエストを受けて赤星亮衛の挿絵もそのままに復刊されました。
黒猫のティブを連れてメアリーが訪れた魔法大学では個性的な生徒や先生たちが魔法の勉強にはげんでいて、いつの間にかメアリーも期待の魔法使いとして案内されていました。愛想よくメアリーに入学をすすめる校長マダム・マンブルチュークですが、実は彼女の狙いは強い魔力を持つという黒猫ティブ。まんまとティブを奪われたメアリーはもう一度ほうきに乗って、夜の魔法大学に忍び込むと子猫を連れ戻しに向かいます。忠実な小さなほうきに乗ってポケットには夜間飛行の花、そして大学からこっそり持ってきた「呪文の神髄」という本だけがメアリーの頼りです。
随所にマザー・グースをもじった見出しや替え歌が使われていたり、読みやすくてテンポのよい描写に引き込まれますが、どこかに魔法や魔女の怖さがただよっていてメアリーの感じる好奇心と不安がそのまま伝わってきます。校長のたくらみを知ってティブを連れて逃げるメアリーとそれを追いかけるマダム・マンブルチューク、メアリーを助けてくれる少年ピーターを交えた追いかけっこは手に汗にぎらずにはいられません。見つからないように森を抜けたり低く飛んだり、メアリーが助けた動物たちに囲まれて原っぱを逃げる場面には追いかけてくる魔女のおそろしさと駆け抜けるような疾走感を感じさせてくれることでしょう。
小さな子供にとって日常の思わぬ場面にまるで知らない魔法の世界が潜んでいるということ、片田舎の親戚の家で一人、森を歩くといった出来事がどれほど非日常であるか。本来魔法やファンタジーとはもっと身近な場所にある、知らない世界であることを思い出させてくれる作品です。子供になじみのあるマザー・グースがおそろしい歌に替わっていたり、魔法にしか見えない緑色の炎やフラスコといった実験器具、大人が追いかけてくる怖さに助けてくれる友人や動物たちといった、子供の視点を思い出しながら子供ならではの冒険を体験してほしいと思います。
この本を読んで、空を飛びたくなるでしょうか。魔法を使いたくなるでしょうか。それよりも、黒猫にふと目を向けてしまったり、見知らぬ木々の暗がりにちょっと入ってみたいと思いたくなるでしょうか。なにしろチャンスは7年にたったの一度しかありませんから。
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