魔法飛行(創元推理文庫)

 加納朋子著
表紙  最近学校で、何とも奇妙な出来事に出会っているのです。ひとつそのことを、書いてみることにしましょうか。
 私の最初の作品は、幾つも名前を持っている女の子の物語です。
 (どうです、ちょっと興味を惹かれるでしょう?)

 入江駒子が物語を書きはじめた、そのきっかけは彼女が知り合った青年、瀬尾さんに「手紙で近況を報告するくらいの気持ちで、気楽に書けばいいんじゃないかな」とすすめられたことでした。彼女は瀬尾さんの言葉に勇気づけられて、自分が出会った日々の小さな事件でできごとを物語にすると手紙をつづって送ります。大人でもなく、子供でもない年代の駒子が見つけた日々の小さなできごとに、瀬尾さんは鮮やかにその謎を解きほぐした返事を書いてよこします。ですが、その手紙に混じって彼女の元には、差出人不明の、駒子の物語を知っているはずもない誰かからの不思議な手紙が届くようになりました。

 前作「ななつのこ」の続編に当たる、やっぱり不思議であたたかいミステリー作品です。短大生の駒子が前作で出会った青年、瀬尾さんにすすめられて彼女の近況を物語にしてつづりはじめたことがお話のきっかけとなります。幾つも名前をもっている「茜さん」のこと、高架下にある、骨になっていく子供の絵のこと、空を飛んでいる恐竜の凧と女の子の風船、そして誰かからの救いを求める手紙。前作と同様に三つの短編が展開されて、それが四本目となる一本のお話につながっていくという構成が見事ですが、そうした構成が登場人物たちのあたたかい心のやりとりを見せるという主題に、心を伝えるというテーマにつながっているのがやはりたまらない魅力となっています。

 前作の主題は誰かがたいせつに思っている風景にありましたが、今作ではクドリャフカの鈴の音やハロー・エンデバーの交信に例えられる、誰かから伝えたい思いが届かないさみしさと、それが届いたときの嬉しさが語られています。そして事故で死んだ子供が呼びかける強烈なメッセージや、空をとぶ見も知らぬ存在を探す青年を信じようとする気持ちを「魔法の飛行」という言葉にこめて送った女性のお話など、駒子が出会い瀬尾さんに語られる日常にまでつながっていきます。
 誰だってたいせつな風景があるならば、誰だってそれを伝えたいという思いがあるにちがいない。ミステリー小説であるにも関わらず、一本のあたたかいテーマの上に計算された物語が流れている構成はやはり不思議な魅力を感じさせずにはいられません。

「いいえ、やっぱり魔法です」

 有栖川有栖さんの評したこの言葉がとても似合う、すてきな魔法があってもいいということを知って欲しいと思います。
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