シールド・リング ヴァイキングの心の砦(原書房)

 ローズマリー・サトクリフ著 山本史郎訳
表紙  湖水地方を舞台にしたヴァイキングの末裔たちの物語で時代は十一世紀、ノルマン人によるイギリス征服、ノルマン・コンクエストに抵抗した人々の話です。かつてこの島を征服した人々の子孫は湖水地方を守るべく、山中に小さな砦を設けると秘密を決して漏らさぬように誓いを立てました。小さな砦よりも真に彼らを守る心の盾、彼らはその誓いを「シールド・リング」と呼びました。
 抵抗する中でそれでもノルマン人と友好を結ぼうとした彼らの代表が惨殺されるにいたり、族長ブーサルや英雄エイキンに率いられた人々は結束して彼らの心の盾を守りながら戦います。竪琴弾きの養父ハイトシンに養われていた少年ビョルンと、やはりノルマンに惨殺された集落から逃げ延びていた少女フライサはこの砦の集落で成長しますが、最後の戦いを前にノルマン人を陥れるべくビョルンが敵の陣営に忍び込むとフライサもその後に従います。

 サトクリフによるヴァイキングの物語の中でも、代表的な一つとして知られている作品です。かつて北方から入植した人々の末裔は今では陸のヴァイキングとして、海に出ることはなくともその気概と伝統を引き継ぐ者として力強く暮らしている様子が湖水地方の雄大な自然と竪琴の音色に乗って美しく描かれます。
 主人公となるのは少年ビャルニと少女フライサの二人ですが、竪琴弾きという部族では特異な存在に養われたビャルニと、滅ぼされた集落の生き残りであるフライサは成長する中で彼らの「シールド・リング」を共有する一員として、やがて戦いに身を投じていきます。サトクリフらしい少年と少女の物語に、純粋な部族の成員ではなかった彼らの目で心の盾の存在がより強く描かれているのは流石というべきでしょうか。

 緻密で美しい描写の見事さはいまさらといったところですが、厳しい戦いの中で何度も危地に陥る人々の姿や、それでも決して屈服することのない彼らの強さに目を離すことができません。それでいて高く険しい山の突端から見下ろされる湖水地方の姿が、彼らの祖先がかつて見晴るかした大海原でもあるかのように雄大に描かれる様は人々が守ろうとしているものの存在を確かに感じさせてくれます。
 ノルマン・コンクエストに最後まで屈することのなかった湖水地方の歴史の中で、気をゆるめることができないどころか心が折れそうにもなる熾烈な戦いが繰り広げられますが、それを読む者にも言葉だけではない「シールド・リング」の意味がきっと伝わるのではないかと思います。

 養父ハイトシンから竪琴「スイートシンガー」を引き継ぐビャルニですが、イルカの指輪を手に「剣の歌」を奏でるその姿こそ、時代を超えて引き継がれていくヴァイキングの心の砦なのでしょう。
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